五、一理の提案(2)

文字数 2,043文字

「歩兵ってのは何人ぐらいいるんだ?」
不気味な笑みを浮かべる一理を困惑顔で見ていた巴慧は少し考えてから、
「数万人ぐらいかなと思います」
と答えた。
「ざっくりしてんな。正確な数すら公表されてねぇのか?」
「本当に開示されている情報が少ないんです。軍の全容を知る人は限られているので」
「ふーん。ずいぶん秘密主義なんだな。にしても、数万はいるってことか」
そこでひとつ、疑問が生じた。
「巳玄って治安の良い国だろ?そこまで警戒する必要があんのか?」
思い返せば、巳玄に来てからというもの、やたらと兵士の姿を目にする。街中を巡回している憲兵の数も明らかに多い。
「面積も小せぇし、人口も少ねぇ国だろ?もっとでけぇ国を旅してきたけど、そこまで警備してなかったと思うぜ?」
「他の国のことは分かりませんが、巳玄は昔から軍が強いと言われています」
そういえば、「鉄壁の守備力と圧倒的な攻撃力を誇る軍」が巳玄にいるらしいという話をどこかで耳にした気がする。
「歩兵の数が数万って言うのは、すべての駐屯地を合わせた数か?」
巴慧は困った表情を浮かべた。その顔を見れば、答えを知らないことは明らかだ。
「いや、別にいい。総数は重要じゃねぇから」
気まずそうにしている巴慧のために、答えやすい質問をすることにした。
「四つの隊は、基本的には本部にいるのか?」
「そのはずです。訓練の指揮を執りに各駐屯地へ出向くこともあるみたいですが」
「本部ってあれだろ?こっから南西に行ったところにあるやつだろ?」
巴慧は頷いた。
(ってことは、別の隊が来てる可能性もあるってことか。山での捜索だから、山岳兵隊も来てるかもしんねぇな)
こうしている今も、ぞくぞくと兵士が集まってきている。耳をぴくぴくと動かしながら一理は呟いた。
「どうせなら、四つの隊まとめて、お目にかかりてぇなぁ」
巴慧の顔から血の気が失せた。そんな恐ろしいことは考えたくもない。
「槍兵隊の隊長は来てるかな?さっき、第二隊長と会ったんだよなぁ。もし来てるなら、ぜひ手合わせ願いたいもんだぜ」
 
 そんな話をしていると、カイリが意識を取り戻した。ぼぉっと天井を見ながら瞬きを繰り返している。すぐさま、脳裏に崖から落ちて行く場面が蘇り、カイリは勢い良く起き上がった。
「カイリ、起きたのね!」
そう声をかけるが、全く耳に入らない様子できょろきょろと辺りを見回している。駆け寄って来た巴慧の顔を見ると、情けない表情を浮かべた。
「巴慧ちゃん、俺、死んじまったのか?ここは、あの世か?」
一理が噴き出した。
「おまえ、目を覚ましたとたんにそれかよ」
「カイリ、大丈夫?気分は悪くない?」
からかう一理と心配する巴慧の間を視線が彷徨う。
「ここはどこだ?」
「洞窟の中よ。ここまでは下りて来られないだろうから、しばらくここで休もうって一理さんが」
説明を聞くカイリの顔が一気に赤みを増した。
「な、何もされなかったか?大丈夫か?」
巴慧の肩を掴み、きっと一理を睨む。
「何かってなんだよ。いやらしい奴だな」
一理が意味深な笑みを浮かべると、カイリの目尻が更に吊り上がった。
「大丈夫よ。色々お話してたの」
「お話って?」
「巳玄軍のこととか、いろいろ」
「そっか」
カイリはホッと小さなため息をついた。水筒を渡すと、ゆっくりと水を飲み、次に果物を渡すと、何も言わずに一口かじった。もぐもぐと口を動かすカイリを見る巴慧の目が細まった。
「そいつ、まだ寝てんのか?」
「うん、ずっと同じ状態」
ふぅんと呟くと、カイリは残りの果実を口に入れた。
 少しの間、洞窟内は静まり返った。巴慧は屍のような一新の姿を横目で見下ろしていたが、やがて耐えられなくなった。
「一理さん、やっぱりお医者さんのところへ連れて行きたいです。呼んでも揺すっても起きないなんて、普通じゃありません。ずっと何も飲んでないし、このままだともっと弱ってしまいます」
「そうは言っても、近くの村は軍の手の内だしなぁ。善が大丈夫って言ってるし、大丈夫だろ」
「でもさ、あの状況で起きなかったんだろ?相当やばいぜ」
崖から飛び降りる場面がまた蘇り、カイリは大きく身震いした。
「音を聞く限り、休息を取ってるだけだと思うぜ」
「休息?」
カイリと巴慧の声が重なった。
「どう見てもくたばってんだろ」
「そうカリカリすんなよ。善がもっと深く聞いて大丈夫だって言ってんだから、大丈夫なんだよ。その内、起きんだろ」
不安を払拭するには、一理の説明は根拠に乏しすぎる。
「休息を取っているだけだとしても、やっぱり、お医者さんに診てもらいたいです。あまりにがりがりだし、ずっとろくに栄養を取れていなかったんだと思います。一理さん、どこか心当たりはありませんか?お願いします」
懇願しながら頭を下げると、一理は小さく息を吐いてから頬杖をついた。そのままじっと巴慧の後頭部を眺めていたが、突如として目を輝かせると、ぽんっと膝を叩いた。
「ひとつ、考えがある」
「というと?」
「簡単な話だ」
一理は胡坐を組み直すと、ぐいっと身を乗り出してきた。
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