七、カイリの覚悟(3)

文字数 2,014文字

「話は済んだな」
すたすたと戻っていくと、一理は広い空間の中央にどかっと腰を下ろした。
「おまえらも来い。戦の前の腹ごしらえだ」
「腹ごしらえ?どこに食べ物があんだよ」
「あんだろ?ほら」
一理が指す方を見ると、両手いっぱいに果物を抱えて戻ってきた善が、ゆっくりと洞窟内へ入ってきた。
「早くしねぇと、なくなるぞ」
荷物を下ろすと、
「ほら、早く来い」
と言って、善は二人を手招きした。食べ物を目にした途端に、二人の腹の虫が盛大に鳴った。
「そういえば、昼飯を食ってなかったな」
気まずそうに顔を赤らめる巴慧の隣で、カイリは頬をぽりぽりと掻いた。
 小走りで駆け寄ってくると、二人はちょこんと腰を下ろした。
「ほらよ」
一理は果物を掴むと、お手玉のようにポーンと放り投げた。飛んできた物を慌てて両手で掴むと、「いただきます」と言って、巴慧は遠慮がちに一口かじった。途端に、甘い果汁が口いっぱいに広がる。
「うまいか?」
こくんと頷くと、善は目を細めた。仁が何も言わずに一理と善の間に割り込み、林檎を掴んだ。
「あっ」
ちょうど林檎に手を伸ばしていたカイリの手がひゅっと引っ込んだ。
「果物しかねぇけど、我慢してくれよ?」
代わりに善が林檎を取り、ぽんぽんと優しく肩を叩きながらカイリに手渡した。
「仁、おまえは食いすぎるなよ」
善の声色が少しばかり鋭くなった。大食らいの仁だ。釘を刺さなければ全てを一瞬で平らげてしまいかねない。
「そうだぞ。くれぐれも、くれぐれも全部食うなよ。こんだけしかねぇんだからな」
仁はムッとした顔で一理を睨んだ。だが何も言わずに小さく頷くと、林檎にかぶりついた。もぐもぐと口を動かしながら仁は思った。善は食べ物を見つける天才だ。こいつがいる限り、飢え死ぬことはなさそうだ。
 黙々と果物を食べ続ける仁の傍で、カイリは居心地悪そうに体を縮めた。ちらりと横を見てはすぐさま目線を戻し、また見てはすぐに視線を逸らせている。
「なんだ」
ぼそっと仁が呟いた。びくっと肩を揺らすと、カイリは慌てて釈明した。
「いや、べつに、なんでもねぇんだけど」
「なんだなんだ、言いたいことがあるなら言ってやれよ」
一理がけしかける。
「ほら、言ってやれよ。てめぇが一番、わけわかんねぇ。一番、得体が知れねぇんだよってな」
「べ、べつに、そんなこと思ってねぇよ!」
「茹で蛸みてぇな顔して嘘つくな」
「違うよ!ただ、なんつうか、一番読めねぇって言うか、おっかねぇって言うか」
つい本音が漏れてしまった。仁を見ると、先ほどの恐怖が一瞬のうちに蘇ってくる。もうあんな思いは二度とごめんだ。
「そりゃあ気を失ったんだ。無理もねぇさ。だがな、こいつのことが分かんねぇのは、なにもおまえだけじゃねぇ。俺たちにもさっぱりだ」
一理が大口を開けて笑った。仁は聞いているのかいないのか、黙々と果物を口へ運んでいる。
(けっこう分かりやすいけどな、仁は。すぐ顔に出るからな)
そう思いながら、善は林檎を咀嚼する仁を眺めた。目は口程に物を言う。仁の切れ長の目は実に表情豊かだと善は常々思っている。
「ところで、おまえらいくつだ?どっから来たんだ?」
ずっと気になっていたことをカイリが尋ねた。
「歳か?俺と善が二十三?二十四?そんぐらいだ」
カイリと巴慧はきょとんとした。
「そんぐらいって、どういうこと?正確な年齢を知らねぇのか?」
「別にいいだろ。そんなに重要か?」
「じゃあ、仁は?」
「十九?二十?いや、二十一?その辺りだ」
「テキトーすぎんだろ!その辺りって、どういう意味だよ」
「別にいいだろ?んじゃ、なんだ?おまえらは毎日毎日、私は今何歳ですって考えながら生きてんのか?」
「別に、常に考えてるわけじゃねぇけど、今年で何歳だなとか、あんだろ?普通」
「ほーん。そういうもんか?」
「そういうもんだろ?」
「そういうもんかねぇ」
一理は首を傾げた。
「で、そういうおまえはいくつだ?十二歳ぐらいか?」
「ちょっと待てよ!二十か二十一ぐらい?若いじゃねぇか!もっと上だと思ってた!」
カイリは仁を見て言った。一理の話によると十九歳である可能性もあるわけだが、カイリは無意識のうちに「そんなわけはない」と、その可能性を排除していた。
「二十一歳・・・」
驚いた顔でまじまじと仁を見る。五、六年後、自分がこうなれるとは到底思えない。貫禄ありすぎだろ!そう思っていると、すぐさま聞き逃せないことを言われたことに気が付いた。
「おい!さっき、十二って言ったか?俺は十五だ!」
もうすぐ、だけどな。だが、それは口には出さない。
「なに?十五?おいおい、嘘は感心しねぇな。もちっとましな冗談を言えよ」
一理は大げさに驚いて見せた。一瞬で真っ赤になる顔を見て、
「お、見ろ見ろ、林檎がもうひとつ増えたぞ」
と言って、けらけらと笑っている。カイリをからかうのがよほど楽しいようだ。茹でた海老のように赤くなったカイリをなんとか宥めてから、
「姫さんは十七ぐらいか?」
と、一理が尋ねた。
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