2節(9)

文字数 6,847文字

 思わず自分の巨体を見下ろすまで跳び上がったディーンへと目を向けるが、まさか翼を持たぬ存在が、自分を空から攻撃するとは思いもよらず、ディーンを見上げたままなす術なく彼を待ち受けるしかない。

我流一刀(がりゅういっとう)断罪の鋼刃(イグゼキュート)!!

 自由落下に身を任せ、全体重を鬼斬破に乗せ、まさに断頭台(ギロチン)の刃と化したディーンが、片角の魔王へと襲い掛かる。


 (ザン)ッッッ!!!


 全力全開全体重を両手で握った鬼斬破に乗せた一撃が、ディアソルテの眉間(みけん)の甲殻に、深い深い裂傷を刻み付ける。

 名高き火竜リオレウスを(ほふ)った技だが、瞳の色が変わらぬ状態では、やはり威力が激減するようだ。

 しかし、それでもイルゼのフルミナントブレイドでもロクに傷を付けられなかった魔王の甲殻を、深々とえぐり抜いたのだ、たった一撃がもたらす効果としては、充分すぎると言えよう。

 先程エレンの不意打ちと同じ様に、再び仰け反ったディアソルテだが、襲いくる脅威はディーンだけではない。

「私を忘れてもらっては困るッ!」

 着地したディーンを追い抜いて、今度はフィオールが魔王へと肉薄する。

「……シィッ!!

 仰け反ったディアソルテの顎下から突き上げる鋭い刺突。

 一発見舞うや立て続けて二発。
 無駄の全く無い動きで、ひと呼吸の間に都合三発叩き込んだフィオールだが、彼の動きはそれだけでは止まらない。

「まだだ! まだ終わらんよ!」

 気合一閃。更に深く踏み込んだフィオールが、強引に左手に持つスティールガンランスを振り下ろす。

 突き出された刃は、下がってきたディアソルテの顔面を強襲し、狙い違わず先程ディーンによって刻みつけられた、眉間の傷に突き立った。

「弾倉内、残さずくれてやる」

 突き立てた銃槍を、更にえぐりこむ様に押し付けながら、フィオールは持ち手部分の撃鉄を起こすのではなく、器用に横に“ズラ”す。

 それによって、弾倉内で次弾を装填する機能が誤作動を起こし、銃口手前でひしめき合う様にかたまった。

 読者諸君は回転式機関(ガトリング)砲をご存知だろうか。

 今フィオールが行ったのは、ガトリング砲の様にベルト状に銃身内に収まった銃槍様の弾丸を、無理矢理一つしかない銃口に集中させたのだ。

 これは、近年ガンランサーの間で編み出された裏技の様なモノである。

 その名もまさしく……

全弾発射(フルバースト)!!


 バウンッッッッッ!!!


 重なり合った銃声が、一つの爆音となってディアソルテの眉間で炸裂する。


 ガアァァァァァァッッッ!!??


 襲いくる衝撃と激痛に、無尽蔵のタフネスを誇るディアソルテが悲鳴を上げる。

 だがそれでも、まだ彼らの攻撃は致命傷には及ばなかったらしい。
 苦しむ片角の魔王だが、大きく仰け反りはしたものの、倒れたりはせずに踏みとどまると、ギロリと血走った眼でディーン達を睨み返した。

「うげっ!? アレ食らってまだ立つかよ!?

 ディーンが流石に驚いた表情で言う。

「昨日の酒が残ってて、力が入らなかったんじゃないのか?」

 そう言いながらディーンの側まで後退して来たフィオールも、バイザーの下の若干引きつった表情を隠せなかった。

「そんなモン、とっくに汗と一緒に流れ落ちてらぁ」

「ディーンさん、フィオールさん、突進です!離れてくださいっ!」

 応えるディーンにかぶさって聞こえたエレンの声。
 だが、二人の新人ハンターの反応は、エレンの声よりも早かった。

 フィオールは余裕を持って大盾でそれを去なし、ディーンにいたっては、ディアソルテが通過した時にはすでに範囲の外におり、走り行くディアソルテを追う姿勢をとっている。

「しゃーねぇ、地道に削ってくか」

 言って地を蹴るディーンを「その様だな」と返したフィオールが、銃槍を背中のマウントに戻して追いかける。

「リコリス。ルークさん。イルゼさんの手当をお願いしますね」

「んじゃ、俺も行こうかね。頼んだぜお二人ちゃん」

 戦闘状態の彼等から少し離れた場所では、ミハエルがリコリスとルークに負傷したイルゼを任せると、自身も戦闘に参加するべく走り出し、レオニードがそれに続く。

「皆さん、ディアソルテの動きを封じます!注意をそらして下さい!」

 そしてエレンも、自身の役割を全うすべく皆に続く。

「アララ、五人態勢になっちまった。いいんかね?」

「緊急事態だ、致し方あるまい。数字的には演技が悪いがな」

 突進の不発に苛立つ片角の魔王へと走りながら、ディーンとフィオールが相変わらず不敵に言い合う。

 かの英雄ココットの不幸。

 五人で出発した狩りで五人目のハンター、ココットのフィアンセが亡くなったという事故から、クエストへは最大四人で向かうという暗黙のルールがある。
だが、今回は4:4の対受注(バーサスクエスト)だ。変則的とはいえ、大きな問題にはならないだろう。


 第一。


「ハァッ!」
「フッッ!」

 いち早くディアソルテに追いついたディーンとフィオールが、傷だらけの頭部へと(おの)が得物を振り下ろす。

 硬質同士がその身を削り合う音を立て、火花を散らす中、その場の誰もが、この狩りに置いての敗北を想像できなかった。


・・・
・・



「これはこれは、思ったよりもはるかに順調そうですね」

 眼下で繰り広げられる死闘を眺めていた赤衣の男が、目深にかぶったフードからのぞく口元を吊り上げた。

 ところ変わって気球の上。

 ディーン達を加え、仕切り直されたディアソルテとの戦いを見下ろし、感心した様に口を開いたのはルカである。

「確かに、ドン・フルートの攻撃力強化を上乗せすれば、如何に攻撃力の低いハンターボウⅢとはいえ、高い効果を期待できるでしょう」

 上機嫌そうに語るルカの口調は、まるで自分の子供の成長を見た親の様だ。

「ディーン様とフィオールくんの型破りなコンビネーションといい、いやはや、若者の成長はめまぐるしい。無為に年を重ねた身ですが、コレばかりは飽きが来ません」

 もちろん、ミハエルくんからも目が離せませんねと続けながら、くつくつとフードの奥で笑うルカの(かたわら)

「……フン」

 不機嫌そうに鼻を鳴らすのは真白(ましろ)い童女シア。

 こちらは彼と違って、見るからに不機嫌であるといった(てい)だ。
 両の頬をぷうと膨らませ、いかにも面白くないという感情を強調している。

「おや姫君。如何されましたかな?」

 その様子に漸く気が付いたふうを装いながら、ルカが隣に立つシアへと問いかける。

 対してシアは、待ってましたとばかりに不満をぶちまけるのだった。

「如何も何もないわよ! あんなんじゃ全っ然だわ。つまらないったらありゃしない」

 可憐な容姿を苛立ちで染め上げて、シアはそうまくしたてた。

「何よ! 片角の魔王なんて大それた名前なんだから、もっといい具合に追い詰めてくれると思ったのに、あれじゃまるっきり役不足じゃないの!?

 そう言って、ルカに抗議するかの様に指差した方向には、ディーン達ハンターに翻弄されるディアソルテの姿。

 異常なタフネスを誇る突然変異種とはいえ、やはり角竜である。

 習性や攻撃方法にはそこまで大きな変化はなく、エレンの援護を得たディーン達は、実に危な気なくディアソルテを追い詰めつつあった。

「いやいや、そう言われますな。ご覧下さいませ姫君。ディーン様だけではありません、他の皆さんの成長も素晴らしい。きっと“我が主”もお喜びに……」

「“お父様”の事はいいのっ!!

 なだめるルカの言葉を、シアの怒声がさえぎる。

…“我が主”に、“お父様”?

 少し離れた場所で会話を聞いていたムラマサが、聞き逃すには少し無理のあるその言葉に反応し、二人に気づかれぬように意識を眼下からそちらへ向けた。

 言い返されたルカは、それ以上何も言う事はないとばかりに、若干肩をすくめる素振りを見せると、低頭(ていとう)して一歩退いて、再び眼下に意識を向けたようだった。

「……いいわ」

 ルカを黙らせたシアは、それでも気が済まぬとばかりに呟くと、今度はその視線を下界へと向け、未だ死闘を繰り広げる者たちを睨みつける。

魔王(アイツ)にお兄様を染め上げる力が無いと言うのなら、この私自らがその役目を負うまでの事……」

 そう言った途端、シアの周り……否、この狩場全体の空気がガラリと変わった。

「ッ!?

 突然の事に、ムラマサの身体が彼の意思を無視して強張る。

「………やれやれ、困ったお方だ」

 驚くべき事に、下界のディーン達までその動きを止めている中、ルカだけが動じた様子なく、ただ少しだけ飽きれた様な素振りを見せながら、眼下に意識を向けていた。

 徐々に傾きつつある灼熱の太陽の下で不自然に冷たい風が吹き、シアの長い白髪(はくはつ)をふわりと浮き上がらせる。

 幼い童女の姿をした異様な存在たるシアが、まさしくその本性を表したかの様だ。


 そして……。


 固唾(かたず)飲むムラマサなど気にもとめず、シアはその身に(まと)う異様な“気”を爆発させる。

『……目を覚ましなさい』


 ──ドクンッ。


 静かに、ただ静かに一言呟いただけで、張り詰めた空気が爆散したかの様な錯覚を覚え、心臓がひときわ跳ね上がった。

「……グッ、ガ……ハッ……」

 膝をつき、苦悶の声を出すムラマサは、それまで呼吸する事すら忘れていた事に漸く気付き、苦しげに息を荒げる。

「大丈夫ですかな?」

 そのムラマサを、何時の間にかそばに近づいてきたルカが助け起こしながら気づかわしげに声をかけた。

「この至近距離でよく耐えられましたな。常人ならば、失神してもおかしくないと思いましたが、流石でございます」

…冗談ではない。心臓の弱い者ならば、“さっきの”で止まっていたっておかしくなかったぞ。

 胸中で言い返しながらも、すぐには自らの力で立ち上がれなかったので、ムラマサはおとなしくルカに助け起こされながら、再び眼下に視線を戻してギョッとなった。

「……なっ!? あれは!?

 思わず口から飛び出した驚愕の声。

 だが、驚くムラマサとは対象的に、二人の異形(いぎょう)は笑みすら浮かべて、下界の様子をただ眺めていた。


・・・
・・



 ──ドクンッ。


 大気が震え、一気に重量を増した。

 その場の誰もが、そう感じて疑わなかった。

「なっ!? 何だ、何が起こった!?

「わからないよ! でも、何だかとんでもない威圧感(プレッシャー)が……」

 フィオールとミハエルが突然の事に我を忘れて言い合う。

「何なんだコレ……プレッシャー?」

 レオニードでさえも戦闘中である事を一瞬忘れて、ついあたりを見回してしまう。
 しかし、彼等人間達よりも、より影響を受けた者がいた。

「……ハッ!? 皆さん気をつけて! ディアソルテが!?

 他の皆と同じく、緊張のため我を忘れていたエレンがいち早く気を取り直し、他の者達に警戒の声をあげた。


 ──刹那。


 ブウォンッ!!


 突如振り回された巨大な尻尾が、近接武器の為ディアソルテに接近していた彼らを弾き飛ばした。

「グアッ!?
「ガッ!?

 反射的に受け身を取れたのは僥倖(ぎょうこう)であった。

 苦痛に歪んだ声が上がり、(まり)の様に飛ばされながらも、ハンター達はすぐさま立ち上がることができたからだ。

 受け身もなしにモロにくらってしまえば、如何に頑丈な防具で身を守っていようと、簡単に意識ごと持っていかれてしまうだろう。

「チィッ、油断した」

 二、三首を振りながら、フィオールが忌々しげに言う。
 他のメンツも、だいたい似たような様子だ。

「皆さん! 大丈夫ですか?」

 心配そうな表情で、エレンがこちらに声をかけてくる。遠目ではリコリス達も同じ様子である。

 フィオール達は、各々が身振りで大事無いと返事し、再びディアソルテへと攻撃を仕掛けようとした。

が、しかし。


 ブウォンッ!! 
 ……ブウォンッ!!


 再度振り回される尻尾によって阻まれ、踏鞴(たたら)を踏んでしまう。

「クッ!」
「チッ、馬鹿の一つ覚えみたいに振り回しやがって……って、ん?」

 舌打ちするミハエルとレオニードだったが、すぐにその様子のおかしさに気が付いて、(いぶか)しげに眉根を寄せる。

 二人にひと呼吸遅れて、フィオールとエレンもディアソルテの様子がおかしい事に気付き、同じく怪訝な表情で片角の魔王を凝視した。


 ブウォンッ!!
 ……ブウォンッ!!


 再三、巨大な尻尾が空を切る。
 一体どうしたと言うのであろうか、ディアソルテは尻尾を振り回したり、手当り次第手近な所を図太い首で薙ぎ払ったりと、一見意味の解らぬ行動をとっていた。

「……何だ?何をやってるんだ、アイツ……」

 とりあえず射程距離外に移動したレオニードが、やはり理解に苦しむとばかりに呟く。

「もしかして……先程の件で、恐慌状態になっているんじゃ……」

 恐る恐るといったエレンの(げん)であるが、確かに言われてみれば、ディアソルテの様子は、何かに怯えて、何人たりとも自分に近づけまいとするかの様であった。

「どうやらそうみたいだね。でも、それならなおの事、さっきの“アレ”は一体なんだったんだろう?」

 エレンに同意するのはミハエルだ。

 彼の言葉に皆が首を傾げていたが、唯一エレンだけには、心当たりがあった。

…あの時の、リオレウスとリオレイアに遭遇したあの日のディーンさんが放っていた威圧感にそっくりです……。

「あ、それよりもディーンさんは? ディーンさんはどこでしょう!?

 ディーンの事を考えたからであろうか、みればディーンだけ集まってはこない事に、今更ながらに気付いたエレンは、慌てて周囲を見回す。

「言われてみれば!?

「まさか、ディーンくんだけ受け身を取り損ねたんじゃ!?

「馬鹿な!? アイツに限って……」

 エレンに遅れて他の三人も辺りを見渡すが、心配する彼らとは裏腹に、当のディーンの姿はすぐ見つかった。

「……ッ!? ディーンさん!?

 エレンが驚いて声をあげるのも無理はない。
 なんとディーンは、無造作に太刀を右手にぶら下げながら、手当り次第に暴れまわっているディアソルテに向かって、トボトボと歩いていたからだ。

「何やってるんだアイツは!? おおい、ディーン! 戻ってこい、危険だ!」

 フィオールがディーンに向けて声を張り上げるが、ディアソルテへとゆっくり進むディーンの歩みは止まらない。

「打ち所が悪かったのか? ディーンちゃん! 戻るんだ!」

 レオニードやミハエルも大きな声を出してディーンに呼びかけるが、やはりディーンの動きに変化はなかった。
 もう既に、ディアソルテの攻撃の射程圏内まで、あと数歩といった所だ。

「……っ!」

「待て、エレンさん! 今から行っても間に合わん」

 意を決して駆け出そうとしたエレンであったが、フィオールの手が彼女の腕を掴んでそれを引き止める。
 彼の言う通り、今から走ってディーンのもとへ行くよりも、ディアソルテの尻尾がディーンを打ち据える方がはるかに早いだろう。

 それに、万が一間に合ったとしても、ガンナー用で防御力の低いエレンの防具では、尻尾の一振りに巻き込まれた場合、命の保証は取れない。

 それこそまさに死にに行く様なものである。

「でも、でもディーンさんが!」

 華奢な体格のエレンでは、対モンスター用の武器の中でも屈指の重量を持つガンランスを扱うフィオールの腕を振りほどく事ができず、悲痛な面持ちでディーンを見るしかできない。

 そんなエレンの様子などお構い無しに、歩みを止めぬディーン目掛けて、ディアソルテの巨大な(コン)の形をした尻尾が、唸りをあげて襲いかかった。

「ディーンさんッ!!

 エレンの悲痛な叫びが木霊(こだま)し、その場の誰もが無防備に尻尾の一撃をまともに受けて宙を舞うディーンの姿を想像せずにはいられず……。


 ──そして、その場の誰もがその想像を裏切られる事となった。
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