2節(7)

文字数 6,638文字

 今まさに、フィオール目掛けて突撃体勢をとっている黒角竜(くろつのりゅう)を前にして、何を言うのか。

 一瞬フィオールの脳裏にそんな言葉が浮かんでくる。
 だが……。


 グアアアアアァァァッッッッ!?


 そう思った瞬間に、三度(みたび)ディアブロス亜種が仰け反ったのだ。

 これには流石のフィオールも驚いた。

 耐久力において他の追随を許さぬ黒角竜を、ものの見事に押さえ込むなど、にわかには信じ難かったからだ。

 しかも、あの普段大人しいエレン・シルバラント嬢が、有言を実行する形で、である。

「ボサッとすんなフィオール!! もう一本も“貰う”ぞ!!

 そんなフィオールに鋭い声がかかる。ディーンだ。

 足元に張り付いていた彼であったが、ディアブロス亜種が大きく仰け反った隙に、足元から頭部へとターゲットを切り替えたようだ。

「……諒解した。私の砲撃に合わせろ!」

…そうだ、エレンさんがどんな魔法を使ったにせよ、今は間違い無く好機!

 思うや直ぐ様思考をもとの戦闘用に戻すと、間髪入れずに銃槍から空薬莢(からやっきょう)を排出、次弾装填(リロード)

 黒角竜が体勢を整える前に、残った左の角目掛けてガンランスを振り上げると、立て続けに引き金を引いた。

 ガウンッ! ガウンッ! ガウンッ!

 竜撃砲の発射によって、銃身を冷却していようとも、銃弾による砲撃は可能である。
 正確に精密に、三発の砲撃が左の角の中程一点を攻め立てた。

「オオォォッッ!!

 そこへディーンが強襲する。
 走り込む勢いを余すところなく大上段から振り下ろされる鬼斬破。

 けたたましい硬質な音が鳴り響き、ディアブロス亜種の角に致命的なヒビを刻み付ける。

 ディーンは止まらない。
 全力で振り抜いた大太刀に、強引にもと来た軌道を描き直させる。


 ギィンッ!!


 再び鳴り響く硬い音。
 黒角竜の角の耐久は、そこで限界を迎えた様だ。

 バキンと乾いた音と共に、折れた大角が明後日の方向へと飛んでゆく。


 グギャアアアアアァァァァァッッッ!!!???


 (たま)らず悲鳴を上げる黒角竜。

…追い討ちを!

 ディーンとフィオールが、更に攻撃を仕掛けようとそれぞれの得物を握り直した。
 だが、その時である。

「ッ!? 皆さんッ! 離れて下さいッ!!

 聞こえてきたエレンの声に制されて、ディーンとフィオール、そして脚部を斬りつけていたミハエルが一斉に飛び退く。

 その一瞬後であった。

「奴めっ、潜る気か!?

 フィオールが忌々しげに上げた声が表す様に、黒角竜は両の角の折れた頭部を地面に突っ込んだかと思うと、そのまま瞬く間にズブズブと潜って行ってしまった。

「チィッ! 警戒しろみんな!」

 舌打ちするディーンが、先程と同じ様に円を描くように移動を開始しようとしたが、彼等が警戒した地中からの奇襲攻撃は行われなかった。

 何故ならば、黒角竜が砂中を移動する時に起こる砂煙は、ディーン達では無く明後日の方向へと去って行ってしまったからである。

「……逃げた、のか?」

 いい終えて、ふぅと息を吐いたのはミハエルだ。
 両手に持った双剣、レックスライサーを背中に納めると、ポーチから回復役を取り出して口に含む。

 一息でもつける時に体力回復を無意識に図るのは、ソツのない彼らしい行動と言えるのかもしれない。

「そうみたいだな。みんな、大事ないか?」

 フィオールも状況を確認するや、すぐさま仲間の具合を気にかける。
 そんな彼の気配りに、仲間達は皆強くうなづき返すのだった。

「にしてもエレン、いったい何をやったんだお前? あの黒いの、お前の弓でイキナリ仰け反った様に見えたけど……」

 と、疑問を口にするディーン。あの乱戦時によく目ているものである。

「ええ、その事なんですが……」

 ディーンの言葉に皆の視線が自身に集中するのを意識しながらも、エレンは口を開くのだった。


・・・
・・



「ふむ。実に興味深いな」

 エレンの言葉を聞き終えたフィオールが、腕組みしながらつぶやく。

 彼女の説明はこうだ。

 出発直後にレオニードからもらったヒント。
 弓を、しかもあえてハンターボウの事に触れてから、エレンにだけ伝えられた内容、“尻尾の裏側、やや付け根付近”。

 そして実際そのヒントをもとに、黒角竜の尻尾の裏側やや付け根付近を矢で射抜いたところ、事の他効果的であったという事である。

「レオニードさんは、出来れば発展型のパワーハンターボウが欲しいところとも言ってました。だから多分、最後の一矢が耐えられてしまったのは、私の装備の威力不足だと思います」


 ──弱点部位(じゃくてんぶい)


 エレンがレオニードから授かった助言によって得た効果は、この弱点部位を攻撃するという事だったのだ。

「どうやら、ディアブロスの尻尾の裏側には、痛覚が過敏な部分があるみたいだね。そこを、連射矢で一度に複数の衝撃を加えれば、さっきみたいな効果が得られるんだと思う」

 冷静に分析するのはミハエルである。
 彼の言う通り、角竜の尻尾の裏側は弱点部位と呼ばれる箇所だ。

 熟練のハンター達の中でも、あまり知られていない戦法であるが、充分な威力を誇る弓と、択一した腕前さえあれば、角竜に対して大きなアドバンテージとなる。

「なるほどな~。レオのヤツ、だいぶご馳走してくれるじゃねぇか」

 話を聞きながらも、砥石を使って鬼斬破の切れ味を回復させていたディーンが、明るい調子で声を上げる。

「ああ。ハンデとは言え、大したサービスだ」

 フィオールも、唇を釣り上げて応える。ミハエルも似たような表情だ。
 だが、彼等の内心は言葉とは裏腹であった。


…甘くみやがって。


 コレである。
 塩を送られながらも、いや、送られたからこその負けん気であろうか。

 チームの男どもが不敵な空気をはらんでいる中、エレンだけは特に表情も変えずに、次の動きを考えていた。

 そして、その考えがまとまったのだろう。

 落としていた視線を上げた彼女の表情は、今まで彼等の後ろをついて来た時のモノとは違っていた。

「皆さん、少しよろしいでしょうか?」

 上がったエレンの声に振り向いた彼等の中には、そんな彼女の変化に気づかぬ程の間抜けは存在しなかった。

「私に、考えがあるんですが……」

 意を決して言葉を紡ぐエレンに対し、ディーン達はまっすぐ彼女を見つめ返すのだった。


・・・
・・



 一方。


 ッガィィンッッ!!


 リコリスの握ったデスパライズが、ディアソルテの朱色の甲殻に弾かれる。

 勇敢にも頭部を狙っての一撃であったが、頑強な甲殻を有する角竜の頭部である。

 トリケラトプスを思わせるその硬い顔面は、リコリス渾身の踏み込み斬りをいとも簡単に弾き返してしまう。

「くぅっ!?

「離れろッ、リコりん!」

 痺れる左手に顔をしかめるリコリスの襟を、むんずとひっつかむ女性にしてはかなり大きな手の持ち主が、そのまま強引に彼女を後ろに引っ張って転ばせる。

「にょわぁ!?」という悲鳴を黙殺し、リコリスを引き倒した張本人、イルゼ・ヴェルナーは得物のフルミナントブレイドを砂漠に突き立てた。

 その刹那だ。


 ブゥオンッ!!


 無理矢理(コカ)された事に抗議の声を上げようとしたリコリスの頭上スレスレを、実に嫌な風きり音を上げて魔王の剛尾(ごうび)が通過する。

 ガンッと鈍い音をたてながらも、その大剣の腹で一撃を防ぎ切ったイルゼが「無事か?」とぶっきらぼうに問いかけるのに、一瞬本気で肝を冷やしたリコリスは、応答に若干戸惑ってしまった。

「へ、平気だよっ。アリガト!」

 礼を言って急ぎ起き上がり、今度は足元目掛けて斬りかかる。イルゼも彼女の無事を確認するや、今度は自身が顔面を狙うべく、一旦大剣を背中背中に担ぎ直して腰を落とした。

 胴体ごと回転して尻尾を振るった片角の角竜ディアソルテは、尻尾による攻撃を生意気にも防ぎ切ったニンゲンである、イルゼを次の標的と定めたようだ。

「上等だ」

 片角の魔王が視線をこちらに向けるや、低い声音がイルゼの唇からこぼれ落ちる。

 次の瞬間、その言葉をその場に置き去りにするかの如く、イルゼは砂原を蹴った。
 ディアソルテがこちらに向き直るタイミングに合わせて、力任せに大剣を振り下ろすのだ。

 イルゼの扱う大剣という武器は、その重量と巨大さ故に、武器を構えたままで素早い動きは出来ない。

 その為、攻撃する度に抜刀(鞘を有するわけではないのだが、便宜上ハンターたちの間ではこう呼ばれる)と納刀を繰り返すのが定石となる。

 その弱点を逆に利用して、納刀状態で素早く移動し、抜刀して斬りつけた後に納刀して安全圏に離脱するという、一撃離脱(ヒット&アウェイ)が基本戦術だからだ。

 いざ、振り返ったディアソルテ目掛けて、自慢のフルミナントブレイドを叩きこんでやろうとするイルゼの耳に、独特な高音域の笛の音が聴こえる。

 その途端、彼女の四肢に力がみなぎる様な感覚が走った。
 ディアソルテの顔面目掛けて走る一瞬、横目で聴こえた音の方を見れば、巨大なヒキガエルの頭部に似た狩猟笛を吹き鳴らすレオニードの姿。

 彼の持つ狩猟笛、ドン・フルートの旋律による攻撃力強化効果である。

 旋律を聴く者の交感神経に働きかけ、一時的とはいえ、ハンター達の筋力を増強させるという、竜人族の技術による奇跡の(わざ)だ。

 イルゼがリコリスを庇った後、直ぐに反撃に移ると見抜いていたのであろう。素晴らしいタイミングでの援護に、思わずイルゼの口元が笑みの形を取る。

「フンッ!」

 充分な加速と、巧みな体重移動。そして狩猟笛による筋力強化を乗せた一撃が、鋭い呼気(こき)と共にディアソルテの顔面に振り下ろされた。

 ガンッと鈍い手応えがイルゼの両腕に伝わってくるが、少なからずのダメージを与えたはずである。

 一瞬、追い討ちをと考えたイルゼだが、再びそれを思いとどまらせると、振り下ろしたフルミナントブレードを構え直す事なく、そのまま強引に身体ごと転がってディアソルテから距離をとった。

 まさにその判断が功を奏する。

 イルゼの一撃によるダメージをモノともしなかったのであろう、片角の魔王はすかさず反撃に転じたからだ。
 一瞬首をもたげたかと思うと、イルゼ目掛けて振り下ろさんとするディアソルテの一撃を、とっさの判断で回避すると、イルゼは更に角竜から間合いをとった。
 イルゼへの攻撃をかわされたディアソルテであったが、首と共に振り回される巨大な尻尾によって他のメンバーを寄せ付けず、リコリスやルークも追撃に移れなかった。

「くっ、なんてヤツだ」

 ルークが振り回される尻尾に巻き込まれない様に、後退しながら毒つく。

「いやまったく、しんどい相手だぜ」

 演奏を終えたレオニードも、ルークのボヤキに同調するように口を開いた。

 ディーン達が黒角竜を追って、エリアを移動してからしばらく、リコリス達のチームはディアソルテの猛攻に対し、状況を打破する方法を未だ見つけられずにいた。

「信じらんない。ここまでタフだなんて……」

 普段弱音らしい弱音をまったく吐かないリコリスであったが、流石の彼女も片角の魔王相手には辟易とした表情だ。

「まぁ、ボヤいてたって始まんないとはいえ、コイツは噂以上だ。こんなヤツがまだセクメーアにいたなんてな」

 世間ってなぁ、案外広いもんだ。と、続けながら、レオニードがこちらへ向けてゆっくりと振り返らんとするディアソルテを睨み返しながらつぶやく。

 先程から、レオニードやイルゼを筆頭に、歴戦のハンターである彼らが烈火のごとく攻め立てていたのだが、一向にディアソルテが弱る様子が無いのだ。

「おしゃべりはここまでだな。……来るぞ」

 何時の間にか近くまで戻ってきていたイルゼが、

 回復薬をあおりながら言う。

 彼女の言(げん)の通り、ディアソルテはこちらに向き直るや、ハンター達目掛けて突進する腹づもりの様だ。

「クソッタレが!」

「もうっ!」

「ヤレヤレ……」

 三者三様に言い捨てて、皆がディアソルテの進路から飛び退る。

「フンッ」

 一泊遅れて、イルゼも地を蹴ったその瞬間。

 彼らの元いた位置に、朱色の巨躯が走り抜けた。

「ったく、いい加減うんざりしてきたぜ」

 他のメンツよりも危な気なくディアソルテの突進を回避して、誰よりも素早く立ち上がったレオニードが、走り過ぎて行ったディアソルテの背中を睨みつける。

「みんな、もう一度だ! 旋律効果はまだ続いているな? 俺が正面(センター)!リコリスちゃんとルークちゃんは両脚を!イルゼちゃんはトップ下で、ここぞって時に一発頼むぜ!」

 先程までのシニカルな口調から一転、鋭く指示を飛ばして走り出すレオニード。そんな彼の言葉に、リコリスは素早く「了解!」と応えて後に続く。

 一泊遅れて立ち上がったイルゼ、も「まかせろ!」と短く返して走り出す。

 普段ぶっきらぼうな彼女だが、どうやらある種のランナーズハイになりやすい性分らしく、戦闘中は気分が高揚しやすいようだ。

 そんな彼らから一瞬遅れて、ルークも走り出す。

「……クソ」

 無意識に口から出た言葉は、今の危機的状況に対してであろうか、それともギルドナイトとして、一般のハンターの上に立つべき存在である自分が、何時の間にかレオニードやイルゼの指示に従わされている事に対しての苛立ちであろうか。

 そして、それをさも当然の事の様に受け入れているリコリスに対する、ある種の嫉妬心に似た思いからでなのか。

「何だってんだ畜生!」

 苛立たしげに声を上げて、ルークも彼等に続いて駆け出した。
 何よりも悔しかったのは、プライドの高い彼であっても、レオニードやイルゼに従うべきと、理解していまっている事だ。

…見てろよ。俺はギルドナイトなんだ。この羽根つき帽子は伊達じゃないって事を解らせてやる。

 角竜突然変異種、ディアソルテ。

 目の前に立つ魔王に対して、彼が恐怖心を紛らわすには、そう思わなければやっていけなかったのかもしれない。


・・・
・・



「ハアァッ!!

 下から降り上げられたドン・フルートの一撃が、ディアソルテの下顎を(したた)かに打ち付ける。

 鈍い手応えがレオニードの両腕に返って来るが、それを気力で強引に押さえ込んで、振り抜いた動きをそのままに、反対側から第二撃目を繰り出す。


 バチィィンッッ!!


 狩猟笛(しゅりょうぶえ)の基本の動きである、“ぶん回し”と呼ばれる攻撃である。

 数あるハンターの武器種の中で、同じ打撃武器であるハンマーよりも重量の軽い狩猟笛だが、その分、遠心力を利用して連続して振り回すことにより、ハンマーに劣らぬダメージを与える事ができるのだ。
 しかし、それも連続してうち続けられればの話。

 ドン・フルートによるぶん回しの二撃目を受けたディアソルテであったが、さして怯みもせずにレオニードを睨み返す。

…三撃目は無理か。

 判断は迅速。
 レオニードは追撃を諦め、飛び込む様に前転してその場を離れる。

 そのレオニードがいた位置を、ディアソルテの牙が通過したのは、まさに一瞬の後であった。

 トリケラトプスを思わせる襟状の装甲が、レオニードの背後で空を切る。

 前転回避でそれを掻い潜ったレオニードが、振り返って今度は顎の真下からぶん回しを見舞おうと動き出す。

 その両脇を駆け抜ける影が二つ。

 リコリスとルークである。

 刃に神経性の毒を塗り込ませたデスパラライズを持つリコリスが右脚、(いかづち)の力を刀身に宿す鬼斬破を担いだルークが左脚だ。
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