2節(3)

文字数 6,482文字

「ペイントボールの匂いもしないから、先輩組(あっち)もまだなんだろう? もうこの狩り場から移動してんじゃないか?」

 ディーンの言い分が、もっともらしく聞こえてしまう。

「まぁまぁ。まだクエストは始まったばかりだよディーン君」

 そんなディーンに諭すように言うミハエルではあったが、彼の顔に浮かぶ苦笑いは、言外に彼も似たような考えである事がうかがえる。
 おそらく、彼自身も自分に言い聞かせる意味を込めて言っているのであろう。

「そうだな、ミハエルの言う通りだ。確かに少し静かすぎる気もするが、皆も知っての通りディアブロスは地中に潜って移動する習性がある。地上で見当たらないからと言って、油断は出来んさ」

「そうですね。地中からの奇襲攻撃も得意としているらしいですし、警戒しているに越した事はありませんね」

 ミハエルの言葉を受けて言うフィオールに、エレンが続いて生真面目な言葉を口にするので、ディーンは三人がかりで諭すように言う諭される形となり、「へいへい、わかりやしたよ~」と少しだけ口を尖らせるのであった。

 その様が滑稽でもあり、一同は少しだけだが、緊張感を緩めるのであった。

「それにしてもさ。俺やエレンはディアブロスは始めてなんだが、どんな奴なんだ?」

 気を取り直してか、ディーンが今更ながらの質問を口にする。

「お前……昨日資料を渡しておいただろうが……」

 フィオールが『またか』といった表情を作る。

 このディーンという男、人生のほとんどを直感のみで生きているところがあり、ワリと行き当たりばったりの生き方でここまで来た傾向がある。
 今回みたく、モンスターの詳細などは流し読みでクエストに参加する事など日常茶飯事だ。

「いやぁ、昨日はイロイロあったから、あのまま爆睡しちゃてさぁ」

 呆れ顔のフィオールの言葉に、「あはは~」などと暢気な笑い声なんか飛ばしている。

 そんなディーンにフィオールは溜息一つ。

「お前と言う奴は……あれ程しかと読んでおくよう言っておいたのに……」

「でもさぁ、百聞は一見に如かずって言うだろ?俺達もいざ相見(あいまみ)えてからじゃないと、実際はわかんないじゃんか」

 ディーンの言い分も一理あるかも知れないが、事実モンスターハントにおいて、狩るモンスターの情報をいかに調べているかは重要である。
 よってこの場合は、フィオールの方がハンターとしては正しいといえよう。

「それに、一応弱点属性に合わせて武器を変えたんだぜ?」

 言って背中の太刀を少しだけ抜いて見せるディーンだが、対するフィオールの表情は苦いままである。

「弱点属性だけ見てても、習性や戦い方の検討もしておかなければ意味ないだろうが」

 最も過ぎるフィオールの言葉だが、ディーンには馬耳東風(ばじとうふう)と言ったところである。

「まぁほら、俺の仕事って斬る(Kill)事じゃん?」

「うまい事言った気になって、何思考を放棄しているかッ! この天然が!!

 すっとぼけた返答をするディーンにツッコむフィオール声が、普段の彼から考えると相当荒っぽかった。

 そのやり取りをそばで見ているミハエルとエレンは、顔を見合わせて互いに困った様な笑みを浮かべるのであった。

「ふぅ……仕様が無い奴だな。エレンさんは資料に目を通しているでしょう?この暴れ馬鹿に説明してやって下さい」

 如何(いか)にもヤレヤレと言ったポーズのフィオールに、突然話を振られたエレンは、「は、はいっ!?」と慌てて返事を返すと、少々もたつきながらもディーンに説明してやるのであった。

「えっと……ですね。角竜(つのりゅう)ディアブロスは、頭部から突き出した二本の角が特徴の飛竜種で、得意技はその角での突撃と、地中からの奇襲攻撃です」

 おっかなびっくり話すエレンの説明に、ディーンはフムフムなどと暢気(のんき)相槌(あいづち)を打ちながら聞いている。

「地中に潜っている時は、ガレオス達と一緒で音を頼りに移動をするので、有効策として有名なのは音爆弾らしいです。潜っている時に使うと、ビックリして飛び出してくるみたいですね」

「ほうほう。流石エレン、よく勉強してるな」

「お前が勉強してなさ過ぎだ」

 再度フィオールにツッこまれて首をすくめて見せるディーンであった。

「少し補足すると、非常に怒りやすい上に、怒った状態では我を忘れるらしくて、音爆弾が効かなくなるみたいだから注意が必要だね。他にも、閃光玉も効くみたいだよ」

 エレンの説明で足りない部分をミハエルが補う。

「なるほどね。だからフィオールがあんだけしつこく音爆弾とか閃光玉とか言ってたワケか」

 感心した様に自分のアイテムポーチの中身を見ながら言うディーンに、フィオールが呆れ顔で「当たり前だろう」と声をかける。
 まぁ、それも当のディアブロスが見当たらないのであれば宝の持ち腐れ状態であり、一行はクーラードリンクを飲んでいてもなお暑い砂漠の上を見回すのであった。

「いませんね……」

 エレンの口からそんな言葉が漏れる。
 隣に立つディーンが「そうだな~」などと気軽い声で返そうとした、その時である。


 ──チリ。


 首筋に、否、脊髄(せきずい))に走る何かの違和感に気がつけたのは、それこそ普段直感で生きているディーンであったからこそかも知れない。

「散れッ!!

 突然発せられる鋭い声。
 そして、その声に反応出来ぬフィオールとミハエルでは無い。

 ディーンの声色で、直ぐ様非常事態である事を感じ取った二人は、一片の迷い無くその場から跳びのく。

「どうしたんです……くわきゃぁッッ!?

 反応出来なかったエレンは、ディーンにいきなり小脇に抱えられたので、意味不明な悲鳴をあげていた。

 ──そして。


 ドオオオオオオォォォォンッッッッッッッッ!!!!!!


 ディーンが小脇に抱えたエレン共々、大きく跳びのいたその場所から、突如として巨大な“何か”が飛び出した。

「何だとッ!?

 いち早く難を逃れていたフィオールが、先程自分達のいた場所の地面から現れた存在(モノ)の姿を見て驚愕の声を上げる。

「コイツ、僕達に奇襲をかける為に、今まで息を潜めていたっていうのか!?

 ミハエルも信じられぬといった表情である。

 それもそのはず。もしも彼の言う通りであるならば、明確な意思のもと、モンスターがハンターを“待ち構えていた”という事になるのだ。そんな事例は聞いた事がない。

「チッ、やってくれるじゃねぇか」

 ギリっと歯を噛み締めながら、エレンを小脇に抱たままのディーンがそのモンスターを睨みつける。

 棘のついた襟飾(えりかざ)り状の装甲を持ち、目の上に二本の巨大な湾曲した角。

 先端が棍棒状になった図太い尾に、発達した前肢は大きな翼になっているが、飛ぶ事よりも掘る事に重きを置くこの両翼が、羽ばたく事に使われる事は稀であろう。

 草食性には不釣り合いな長い牙をを有する砂漠の暴君。その名も高き、角竜(つのりゅう)ディアブロス。

「……黒い……」

 ディーンの小脇に抱えられたままのエレンが、恐る恐る口にする。

 そう。跳び散った彼らの中心に現れた巨大な飛竜、角竜ディアブロスのその姿は、本来土色のはずの体色が、まるで墨の海に浸かって来たかの様に全身黒く染まっていた。

 20メートルにも及ぼうかという全長も相まって、その姿はまさしく悪魔(ディアブロ)の如きである。

「亜種の方か……ツイてないな」

 そう(うそぶ)いてみせるフィオールが、背中のスティールガンランスを展開させ、 大盾を前面に突き出して構える。

 ディアブロス亜種、黒角竜(くろつのりゅう)と呼ばれる繁殖期の雌は、そのより凶暴性を増した警戒色である黒い巨体を巡らせて、自分の縄張りに無断でやって来た人間達を睨みつけた。

 対するディーン達は、黒いディアブロスの奇襲攻撃による混乱から早くも立ち直り、フィオールに続いて各々が臨戦体制をとる。

「気を付けろよエレン」

「はい。ディーンさんも」

 抱えていたエレンを降ろしたディーンが、背中の太刀に手を掛けながら言えば、エレンもそれに応える。

 言葉を返されたディーンは、ニヤリと口の端をつり上げると、「誰に言っていやがる」と不敵に返すのだった。

「……? おかしいな……」

 同じく、直ぐにでも動けるよう腰を落としていたミハエルが、(いぶか)しげに呟く。

「どうしたんだ?」

 ディアブロスを警戒しつつ、フィオールがそう言うミハエルに訊ねる。

「うん。コイツ、僕らへの奇襲攻撃の為に息を潜めていたのかと思ったんだけど、なんだか違うみたいだ」

 応えるミハエルの言う通り、黒いディアブロス亜種は、まるで単に地上に出た際に、偶々この場にディーン達がいただけかの様に、今更ながらに威嚇の声をあげているのだ。

 言われてみれば確かに、ピンポイントでディーン達に奇襲をしかけて来たワリには、少々おかしな行動である。

 だが、そんな疑問に使っている時間は、これ以上無いようだ。

「来るぞッ!!

 フィオールが警戒の声を上げる。
 それが引き金代わりになったのか、こちらを威嚇していたディアブロス亜種が、自分の縄張りに入り込んだ身の程知らず目掛けて砂の海原を蹴る。

 その標的は……フィオール!

「クッ!」

 頭を下げながら、頭部の角で刺し貫かんとばかりに突進してくるディアブロス亜種を、右手に持った大盾で巧みに捌き切るフィオール。

 迫り来る巨体ごと、うまく力のベクトルをズラす様に後ろへと受け流すが、やはりその重量、パワーたるや凄まじい。

「展開するぞ! 私が正面。ディーン、ミハエルは両サイド。エレンさんは背後を!」

「「応ッ!!」」

 黒角竜の先制攻撃を防ぎ切ったフィオールが、痺れの残る右腕を無視して皆に向かって指示を飛ばすや、皆がすかさず応えて走り出す。

 しかし、広いエリアの影響もあってか、追いかけるべきディアブロス亜種が勢い余って走り抜けたその距離は遠く、ディーン達が追いつき攻撃を仕掛ける前に、黒角竜はこちらへと振り返り、再び突進攻撃を仕掛ける為の体制を整えていた。

「チィッ!」

ディーンが舌打ちし、一層の加速をかける。

「ハァッ!!

 片脚を一歩後ろにおいて頭を下げた、今にも走り出さんとする黒角竜の右側からディーンが強襲。

 身の丈程もある大太刀の重量を全く感じさせない、ジャンプからの鋭い右片手のみでの袈裟懸けがディアブロスの首筋に振り下ろされた。


 ザギンッッ!!


 走り抜けた苛烈なる斬撃は、黒角竜の硬い装甲に傷をつける事は出来たが、その一撃だけではディアブロスの動きを止めるには至らない。

 再び大地を蹴るディアブロスに、残りの三人は慌てて動線上から跳びのいてやり過ごした。

 2度にわたる突進攻撃をハズしてしまった黒角竜は、三度(みたび)振り返る様な事はしなかった。

「奴め、潜るつもりか!?

 フィオールの声が上がるのとほぼ同時タイミングで、黒いディアブロスが砂の海原の中に潜り込んでいった。
 遠くの方に走っていってから潜られた為に、音爆弾を投げて届く距離ではない。

「来やがるぞッ!! みんな跳べッ!!

 ディーンが鋭い声を放つと同時に、地面の砂が地中を移動するディアブロスの動きに影響されて波打つように盛り上がり、それは一直線にディーン達目掛けて突き進んでくる。

 その速度は思いの外速い。
 ディーンの声の通り、誰も見切ろうなどとは考えず、兎に角進行上から跳びのく事しか出来なかった。
 そして……。


 ドオオオオオォォォォンッッッッッ!!!!!!


 再び飛び出してくる黒い巨影。

 からくも皆無事ではあるが、ディアブロスの攻撃は地中からの奇襲攻撃だけではなかった。

「ッ!?

 先程先行していた分、他の皆よりも離れた位置にいた為、安全圏で見ていたディーンがディアブロスの狙いを感じ取って息を呑む。
 ディアブロスは地上に飛び出すと、先端に棍棒状の重しの様な部位の付いた太い尻尾を振り上げようとしていたのだ。

 位置的にみて、ディアブロスの正面にフィオール、

 背後にはエレンとミハエルがいる形である。

 もしも尻尾が振り回されたら、エレンとミハエルの場所は非常に危険だ。

「エレンッ!! ミハエルッ!! 逃げろッッ!!!」

 ディーンが慌てて声を上げるが間に合わない。

 ぶおんっ、と重い風きり音を上げて、棍棒状の太い尻尾が振るわれ、跳びのいたばかりで体制の整え来れていなかったエレンとミハエルを薙ぎ払った。

「グッ!?
「きゃぁっ!?

 (まり)の様に跳ね飛ばされた二人の、苦痛を伴う悲鳴が聞こえる。

 どうやら二人とも最低限の受け身を取れたようで、ダメージはあるであろうが命に別条は無さそうだ。

 二人の様子を確認したディーンが、ディアブロス亜種をキッと睨(にら)みつける。

「手前ェ……苦しみながら()く覚悟はできてんだろうなッ!!

 ()えるディーンがディアブロス目掛けて地を蹴った。

「今の借りの大きさは、その身の痛みをもって思い知るがいいッ!!

 同じくフィオールも体制を整え、黒角竜の真正面から銃槍(ガンランス)による強烈な突きを繰り出す。

 突撃槍(ランス)よりも重量のあるガンランスであるが、その常識はフィオールにおいては通用しないらしい。

 流れるようでいて且つ電光石火の三連突きが、ディアブロスの喉元を抉り、鮮血を巻き散らせるが、フィオールの攻撃はまだ終わってはいない。


 ガゥンッ!ガゥンッ!ガゥンッ!!


 立て続いて三発。

 フィオールの銃槍が火を吹いた。
 ガンランス特有武装、砲撃である。

 ランスの長い柄を利用して詰められた火薬が弾け、ディアブロス亜種の装甲を焦がす。
 フィオールが砲撃の反動(ブローバック)によって後ずさるが、今度はそのスペースにディーンが突貫する。

「喰らえッ!!

 飛び込み気味の右片手一本斬(チョッピングライト)が硬い甲殻に裂傷を刻みつけ、返す刃が喉元から跳ね上がって黒角竜の下顎まで走り抜けた。

 流石の黒角竜が痛みに怯む。

「畳み掛けるッ!」
(おう)ともよ!」

 すかさず反動から体制を整えたフィオールが、大太刀を真上に振り抜いたディーンに並び立ち声をあげれば、ディーンもそのつもりであるとばかりに応える。

 いざ、ディーンとフィオールの連携攻撃がディアブロス亜種へと披露されんとする、まさにその瞬間であった。


 ギエエエエエエエエェェェェェェェッッ!!!


 鳴り響く絶叫。

 しまった、と思った時には既に遅い。

 砂漠に鳴り響く大音量は、ディアブロス亜種の口から放たれた咆哮(バインドボイス)だ。

 リオレウスの“それ”とはケタ違いの音量が、ディーンとフィオールの耳朶(じだ)を襲い、その身の動きを奪う。

 反射的に両耳を庇って動きを止めてしまう二人。
 その隙を見逃すほど、甘い相手ではなかった。

 束縛(バインド)の名の通り、身動きを封じられたディーンとフィオールの二人に対して、黒角竜は身体ごと回転しながら、強靭な尻尾によって二人を弾き飛ばした。

「グァッ!?
「クゥッ!?

 弾き飛ばされた二人は、苦痛をこらえながらも何とか意識を繋ぎとめ、強引に体制を持ち直して起き上がった。
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