1節(1)

文字数 4,556文字

「え〜っと……」

 しかめっ面で腕組みしながら、現在の状況を必死の脳内で整理するディーンが、護送竜車の中で唸り声をあげていた。

「つまりエレンは、西シュレイド王国のお姫様で、現国王の妾腹の子(バスタード)。王位継承権どころか、現国王のイメージダウンを防ぐ為に、正式に出生の公表はされていない。って事で、合ってるか?」

 竜車にしてはかなり大きな構造で、一台につきアプノトスを三頭も使うその護送竜車内の鉄格子の()で、ディーンがコルナリーナへと問いかけ、それに対し鉄格子の外側(・・)の席に腰掛けるコルナリーナが応える。

「そう言う事。ディーンくん……でしたっけ? 概ね正解」

 大きな胸を支えるように腕を組んだコルナリーナは、気の抜けるような笑顔で肯定した。

 竜車の中だからであろう。砂漠用のマントを脱ぎ、おそらく侍従用の装束である白いブラウスと紺のロングスカートといった出で立ちだ。

 スカートと同じ紺色のコルセットが彼女の女性的なプロポーションを更に強調し、そのせいかブラウスの胸元のボタンは、かなり大きな負荷がかかっているようであった。

「エレンシア様は、実質隠し子扱いだったの。国王陛下がその昔、モンスター達の大きな生態系変動が起きた際に、長期で遠征され、ハンターズギルドと協力して事態の収拾に尽力された時期があってね。その時、陛下やギルドへと貢献された若い学者の姉君が、エレンシア様の御母上になるの」

 ちょうど、ディーン達の産まれた頃の話である。
 辺境の地全体で、大型モンスターの生態系に大きな乱れが生じ、各地で被害が相次いだ時期があった。

 普段なかなか人里に近づかないはずの古龍種さえも、頻繁に人々へと被害を出し、強力なモンスター達が各地で暴れまわると言う、シュレイド地方だけでなく、西と東の両大陸全土に渡る暗黒時代だったと、人々の記憶に新しい。

 だが、その暗黒時代はたったの1年で収束する。

 学び舎などの教師などは、現国王が軍を動かし、ハンターズギルドと協力して各地でこれを収め、辺境の地に平和をもたらした。

 などと教えて()いる。

 だが、ハンターズギルド側の見解、と言うよりは、ハンター各自の見解としては、誰もが今現在伝えられている歴史に疑問を持っていた。

 大陸全域で暴れ回る大型モンスターを、それ専門で狩るモンスターハンターではない“ただの兵隊の群れ”が、いくら徒党を組もうとも、辺境の地に君臨する大型モンスター達に太刀打ちできるとは思えないからである。

 弱い個体ならいざ知らず、火竜リオレウスをはじめとする強力な飛竜種や、先の砂漠の死闘でディーン達が戦ったイビルジョーやアクラ・ヴァシムといった強力なモンスターには、通常兵器しか持たぬ王国兵士がどれほど束になってかかろうとも、餌になるか死体の山を作り上げるだけなのは、容易に想像できた。

 実質。
 人知れず“自然と治った”が、現在辺境の地で生きる人々の共通見解なのであった。

 ただ、国王が軍を率いて各地で奔走したのが紛れも無い事実であり、辺境の民からの現国王への支持率は非常に高い為、誰も今の歴史に異を唱える者はいなかった。

 エレンは、どうやらその時にできた子供であるとの事である。

「なるほど」

 フィオールがディーンと同じく腕組みをしながら、彼とは違いいつも通り涼やかな顔で頷いた。

「陛下は側室を持たぬ王。実際、世継ぎは第一王女か第二王子がいらっしゃるからな。それ故、その清廉潔白さも相まっての統治だ。エレンさんの存在は、その清廉潔白な王の不義の証拠。野心家どもの格好の餌というわけか」

 そして、先の暗黒時代の収束を、王国軍の手柄としている現在の歴史や教育などにも、当然いい影響は与えないだろう。

「そうなの」

 コルナリーナがため息まじりに同意する。

「しかも、エレンシア様のあの御容姿でしょう? もしも世間に公表されようものなら『現国王の不義の証!存在を認められなかった薄幸の美しい姫!』なんて尾鰭がついて、ますます野心家達を調子付かせちゃうでしょうし」

「それで、一部の保守派が、問題になる前にその“エレンシア姫”を“居なかった”事にしようとした……」

 ミハエルの見解に、コルナリーナは頷いて応える。

「私も一応は、“御家(おいえ)”的には保守派に入るですけどね〜。ただ、エレンシア様を“居なかった”事にするなんて、とてもじゃ無いですが承服しかねたもので」

「で、王宮からエレンを逃してあげた。って事?」

「ええ。まぁ、あんまりうまくいきませんでしたけど」

 リコリスの問いに、苦笑交じりに応えるコルナリーナ。
 だが、彼女の機転のおかげで、エレンの命が助かった事には変わりなかった。

「俺が叩きのめした連中は、その保守派の連中の手の者って事か……」

「さぁ、どうかしら。保守派も一枚岩じゃないですしね〜。でも、貴方がエレンシア様を助けてくれたのには、とても感謝してます」

 そう言って、ディーンへとコルナリーナは頭を下げた。

 対するディーンは、「たまたまだ」とぶっきらぼうに返すのだったが、そこまで会話が終わると、組んでいた腕を解くと、コルナリーナに向き直り、こめかみに若干青筋を浮かべながら言うのだった。

「で、俺達とあんたの、この(・・)扱いの違いは何だ?」

「あ〜……あはは〜……」

 半眼でつっこむディーンの言葉に、コルナリーナが引きつった表情で乾いた笑い声をあげる。

「できれば、オイラ達も捕まえられた理由も知りたいのニャ」

「あ〜……あはははは〜……」

 同じく半眼でつっこむネコチュウの言葉にも、コルナリーナは引きつった表情で乾いた笑い声を上げる。

「それについては、ごめんなさい。私の手違いなの」

 眉根を下げたコルナリーナが、鉄格子越しに彼等に手を合わせる。

「ポッケ村の村長さんの元へ、エレンシア様を預けて、しばらく様子を伺うってところまでは良かったんだけど……」

・・・
・・


 本当は良くはなかった。
 エレンにはしっかり追っ手がかかっており、ディーンがたまたま通り掛からねば、下手すれば本当に“居なかった”事にされかねなかったのだが、とりあえずディーン達はつっこむのを我慢する。

「その間、エレンシア様を保護してくださる方……できれば王族の庇護が一番なんですが、直接陛下に助けを求めるわけにもいかないですし。それに、現国王にはご兄弟がいらっしゃらず、第一王女と第二王子は、腹違いの妹君を快く思っていらっしゃいません。そこで、前々からエレンシア様を懇意にされていたファルローラ様に、庇護を求めたところぉ……」

「あのわがままな第三王女が暴走して、こんな大事になってしまった、と?」

 言い淀んだコルナリーナの言葉をフィオールが引き継ぐと、コルナリーナは先ほどの乾いた笑いと共に、「ごめんね」と顔の前で合掌するのであった。

「完全にあんたの凡ミスじゃねぇか!」

 ディーン、我慢できずにつっこむ。

「そんな事ないわよぉ! エレンシア様がまさかのハンターデビューした事実を知ったファルローラ様が、羨ましがって『わらわもハンターデビューじゃ!』とか言い出しちゃったもんだから、私がちゃ〜んと「きっと悪いハンター達が、エレンシア様をそそのかしたに違いありません」って言って、お止めしたんだからぁ」

「オイラ達が捕まったの、おミャえのせいじゃニャいか!」

 何故かドヤ顔のコルナリーナに、ネコチュウ、キレる。

「え〜!?」


「「「心外かよっ!?」」」


 心底『その事実は予想だにしなかった』って顔のコルナリーナに、遂にフィオール以外のその場の全員がツッコミを入れるのであった。

「やれやれ」

 ツッコミには参加しなかったものの、フィオールも呆れるばかりであった。
 道理で、エレンが本当の意味での第三王女であるとカミングアウトしたファルローラが、突如として「この狼藉者どもを引っ捕らえるのじゃ!」とこちらの釈明を一切合切問答無用で逮捕してきたのかがよくわかった。

 王国正規軍と争う訳にはいかないため、ディーン達はおとなしく捕まって今に至るというわけだった。


・・・
・・



「とりあえず。現在の状況はわかったけど」

 頑張って気をとりなおしたリコリスが会話を再開させる。

「まずは、ファルローラ姫にエレンを引き渡しちゃって、本当に大丈夫なのか、説明してほしいわね?」

「あ〜……それなら〜、大丈夫よ」

 ギロリとコルナリーナを睨みつけるリコリスだが、問われたコルナリーナは今まで通りの間の抜けたリズムで応える。

「ファルローラ姫の発言力は、案外すごくてね。国王陛下も一番下の娘って事で可愛がってらっしゃるし、その第三王女様がエレンシア様を保護すると言った以上、保守派の強行派閥もおいそれと手出しはできないと思うの」

 コルナリーナが言うように、第三王女の発言力は、彼女の序列と年齢を加味しても、アンバランスなほど高い。

 コルナリーナは言葉に出さなかったが、理由としてもう一つ。国王の王妃に対する体裁の意味合いもあるのだ。

 自分の不義理で、一人の女に子を孕ませ、産ませた国王は、王妃に対するご機嫌とりの理由もあってか、その後第三王女をもうけ、その第三王女を大いに溺愛してみせた。

そのため、今のように彼女がわがまま放題に育ってしまったのだが。
その代わり、そのわがまま放題の彼女が、彼女のわがままとしてエレンシア姫の保護を訴えた場合、少なくとも彼女を“保守”の対象とせざるを得ない派閥の者達は、エレンシア姫に手が出せないという理屈である。

だが。

「本当かな〜?」

リコリスはイマイチ信用できぬと言った様子である。

「確かに、ビスカヤーさん(・・)の言い分にも一理はある。だが、それでもやはり信用しきれない事がある。第三王女殿下が“エレンシア姫”の保護を訴え、それが彼女を守る有効手段であるのならば、何故ビスカヤーさん(・・)は、あの時エレンさんに『逃げろ』と言ったのだ?」

 フィオールがリコリスの不安を代弁し、コルナリーナへと疑問を突きつけた。

「むぅ。フィーちゃん、なんでさっきから私の事『ビスカヤーさん(・・)』なんて他人行儀に呼ぶの〜?昔みたいに『コル姉様』って呼んで欲しいよ〜」

「そう呼んでいた記憶は私にはありませんし、貴方が私を『フィーちゃん』と呼ぶのを改めてくださるのなら、改善を検討する可能性を試査しますが?」

「それって、改善する気無いよね?」

 にべもなく突っぱねるフィオールの言動に、ミハエルが苦笑いしながら言う。

「むぅ。ほんっとに小さい時にそう呼ばれてたんだよぉ?」

 頰を膨らますコルナリーナだが、睨み返してくるフィオールと、その隣のディーンがわりかし洒落にならない殺気を滲ませ出したので、「わ、わかったわよ〜」と涙目で言うのだった。
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