4節(5)

文字数 5,589文字

「ようし、その気になりやがったな。んじゃ、着いて来やがれ!」

 リオレウスの狙いが自分になったと解るや、すかさずディーンが(きびす)を返す。


 パフォーー!


 まるで火竜の神経を、あえて逆撫でするかのように角笛をひと吹きすると、そのまま脱兎(だっと)のごとく駆けだした。

 狡猾(こうかつ)な火竜リオレウスが、これが自分を小馬鹿にしていると解らぬはずもない。

 怒りに燃える瞳で走り去らんとするディーンを睨みつけるや、彼を追って大地を蹴った。

 (つがい)の雌火竜も、後に続こうとそちらを向くが、その前にフィオールとミハエルが立ちふさがるのを見て、苛立ったように唸り声を上げる。

「おっと、御婦人(マダム)にはもう少し、私達にお付き合いいただく」

「簡単に僕達を抜けると思わない事だね」

 雄々(おお)しくも雌火竜を前に、フィオールとミハエルはそれぞれの獲物を抜き放った。

「ディーンさん、お気をつけて!」

 エレンも走り去るディーンの背中に声をかけると、ライトボウガンを構える。

「誰に言っていやがる!」

 律儀に返ってきた声は、先ほどと変わらず不敵なものだ。

…本当に、出鱈目(デタラメ)な人だなぁ。

 そう思うと、不謹慎にも口元がほころぶのを自覚し、エレンは表情を引き締めるのだった。

「うひ~っ」

 エレン相手に格好つけて返答してはみたものの、ディーンは内心ドキドキ物であった。


 ギャオオオオオォォォッッッ!!


 後方には、咆哮上げて迫り来るリオレウス。

 ディーンが誘い込んだのは、先程彼等が通ってきたトンネルである。

 結構な距離がある上、火竜一匹ギリギリで通れるスペースが、ディーンから逃げ道を前方のみに限定させていた。

 (しか)るに、疾走(はし)る。

 あと30メートルで開けた場所に出る。それまでは直進あるのみ、全力疾走である。

 ディーンの身体能力が高いとはいえ、相手は巨躯(きょく)を誇る飛竜種だ。一歩一歩の歩幅が違いすぎる。

 ──あと15メートル。

 背後を振り返る余裕など無い。

 ちょっとでも減速しようものなら、たちまちはね飛ばされてしまう。

…生きた心地しねぇー!

 胸中で叫び声を上げる。高々十数メートルがこんなに長く感じたことは初めてである。

 ──あと5メートル。もう少しだ。

 すぐ後ろにリオレウスの気配を感じる。

 一歩一歩駆ける足運びがもどかしい。

 ──3メートル。

 吐息までかかりそうだ。

 ──2メートル。

 間に合うかっ!?

 ──1メートル。

「っだあぁぁぁっっ!!

 ──(ゼロ)

 広いスペースに出た途端。

 ディーンが強引に横に跳んだのと、リオレウスが倒れ込むようにそのスペースに飛び込んできたのは、殆ど同じタイミングであった。

 否、若干ディーンが速かったようだ。

 先程までディーンが走っていた進行方向へ、リオレウスが倒れ込む。

 そのまま勢いを殺しきれずに数メートルずざざっと土煙を巻き上げてスライドして、漸く停止したリオレウスと、同じ様に倒れ込むように身をかわしたディーンが、ほぼ同時に起き上がる。

 お互い全力疾走の疲れを見せる間もなく、瞬時に次の行動に移る。

 先手を取るは、火竜リオレウス。

 グンと一瞬鎌首(かまくび)を持ち上げたかと思うと、その口から一抱えほどの大きさもある炎のブレスを吐き出した。

 巨大な火弾と化したブレスが、轟音上げてディーンに迫る。

 しかし、ディーンは落ち着いてブレスを回避すると、反撃には移らずに再び踵を返す。

「こんな狭っ苦しい場所じゃぁ、お互い全力出し切れねぇだろう!」

 この開けたスペースの(すみ)を一気に駆け抜けたディーンが、シルトン丘陵(きゅうりょう)へと出る坂道の入り口へと立って言う。

「着いて来な!そこで思う存分暴れようじゃねぇか、王様野郎(おうさまやろう)!」

 言い際に再び角笛を一吹きすると、坂道を一気に駆け上がっていった。

 ディーンが駆け上がった坂道は、流石に飛竜種が通り抜けるだけの幅がない。

 走り去るディーンの背中を憎々(にくにく)しげにひと睨みしたリオレウスは、彼を追うために両の翼を広げ、大空へと舞い上がった。

 自分を此処まで虚仮(コケ)にした、矮小なるハンターを血祭りに上げるために。

 坂の上から、リオレウスが自分に着いてきていることを確かめると、自身が決戦の地と定めた場所へと向かうために走り出す。

 先程ミハエルに見せてもらった地図によれば、シルクォーレの森を出て、折り返すように(ゆる)やかな上り坂を上がりきれば、飛竜が巣として使う山頂の洞窟に出るはずである。

 広いスペースと、山頂付近の開けた視界のあるその場所。空の王者を相手取るには相応しい。

「さぁ、決闘》だ。その鼻っ面ごと、誇りと尊厳を打ち砕いてやるぜ! 王様野郎!」

 上空では、ディーンの声にまるで言い返すように、リオレウスが一声吠えるのだった。


・・・
・・



 ドォンッ!!


 爆音爆風巻き上げて、エレンが慌てて飛び退いた場所に、雌火竜の炎のブレスが着弾する。

 危うく直撃するところであった。

 倒れ込むように横に飛んで、何とか回避することができたようだ。
 胸をなで下ろす暇もなく立ち上がり、急いでその場を離れる。

 口元から炎のブレスの名残のように、ブスブスと煙を吐きながら、リオレイアはブレスから逃れた小柄なハンター、エレンの方へと狙いを定める。

 他の人間よりも、目に見えて小柄なエレンが一番弱く、倒しやすいと考えたのであろう。

「させんっ!」

 いつの間に回り込んだのか。

 フィオールが先ほどディーンが蹴り上げた箇所。筋肉と筋肉の境目(さかいめ)の箇所に、正確無比な突きを繰り出す。


 ギャアアァッッッ!?


 狙い違わぬ一撃が、リオレイアの足を一瞬止める。

 驚くべき事だが、ディーンが先ほど蹴った場所に急所があると見切っていたフィオールが、この乱戦の状況下でピンポイントでその急所を突いて見せたのだ。

 リオレイアの左足に、再び激痛が襲いかかる。

 エレンはその隙に、雌火竜の射程から退避する事ができた。

 だが、重い衝撃だったディーンの蹴りとは違い、鋭い分逆に痛みの持続がないのか、リオレイアは一瞬膝を折る程度で何とか踏みとどまる。

 そこに、ミハエルが追撃を仕掛ける。

 鬼人化し、赤い闘気(オーラ)を幻視させながら、ガクンと下がった頭部へと躍り掛かる。

「でぇぇいッ!」

 右の剣で袈裟懸(けさが)けの一刀(いっとう)、その一刀が今度は左の二刀目(にとうめ)を引き連れるかのように軌跡を逆上がる。

 横から見ると、大きく円を描くように翻る双刃が、リオレイアの顎先を薄く削る。

「まだだよ! もう一撃!!

 勢いそのまま、一転して正面向きに向き直るミハエルが、再び同じ軌道の円を描く。

 ただし、2回転目は先の回転斬りよりも強烈な一撃である。

 一回転目で生じた勢いを、全身のバネを使って更に加速させたのだ。

 あまりの勢いに、両脚が地面から離れる。

「ッ!?

 渾身の連撃であったが、雌火竜の無尽蔵な生命力を削り尽くすには、まだまだ足りぬ。

 空中で身動きのとれぬミハエルの眼前では、フィオールに突かれた痛みから回復したリオレイアが、長い首を振りかぶり大口を開いていた。

 口内にはびっしりと生え揃った牙。あんなモノで食いつかれた日には、一体どんな惨状になるか、想像もしたくない。

 しかし、このタイミングと今の体勢では、かわすことは勿論の事、防ぐこともままならない。

…やられる!?

 ミハエルが覚悟を決めて身を堅くした刹那、飛来した弾丸がリオレイアの顔面に直撃した。

 エレンである。

 口径の小さいライトボウガンの弾丸では、一発一発の威力は期待できない。

 リオレイアもその程度はものともせずに、振りかぶった首をミハエル目掛けて振り抜いた。


 ガッ!!


 硬質同士がぶつかり合う。

 振り抜かれたリオレイアの首に跳ね飛ばされたミハエルが、後方へ吹っ飛ばされた。

 ミハエルはゴロゴロと転がりながら、落下の衝撃を最小限に押さえると、すぐさま立ち上がって走り出す。

 リオレイアは、噛み砕き損ねたミハエルを妬ましげに睨みつけて唸る。

 先のエレンの弾丸は、リオレイアを止める事はかなわずとも、その狙いをズラすという意味では功をなしたようだ。

 そのエレンが、立て続けにトリガーを引く。

 重い銃声とともに、数発の弾丸がリオレイアに襲いかかり、その巨躯に無数の傷を穿(うが)つが、そのどれもが大したダメージを与えられてはいないようだ。

 だが、全くダメージが無いわけでもないらしい。

 リオレイアは如何にも忌々しげにエレンを睨みつけるや、再び彼女に狙いを定めた。

「エレンさん! 気をつけろ!」

 リオレイアの標的が彼女に移ったのを見て、フィオールが声を張り上げる。

「行かせないッ」

 防御力の低いガンナー用装備のエレンでは、この強大なリオレイアの攻撃には耐えられはしないだろう。

 ミハエルも雌火竜の脚に斬りかかる。

 この距離で突進されては、エレンにそれをかわしきるのは難しいだろう。

 しかし、それこそがこの狡猾な火竜リオレイアの狙いであった。

 フィオールはエレンに気を取られ、ミハエルもそれに伴い、焦って大ぶりな攻撃を仕掛けてきている。

 そう、エレンを狙うと見せかけたのは、リオレイアのフェイント。本来の狙いは……


……ブォンッ!!


 突如としてうなりをあげ翻った剛尾(ごうび)に、フィオールもミハエルも対応することが出来なかった。

「ぐぅっ!?
「ウァッ!?

 為す術もなく打ち据えられ、ミハエルとフィオールが弾き飛ばされ地面に叩きつけられる。

「フィオールさん!? ミハエルさん!?

 吹っ飛ばされた二人をみたエレンが悲鳴を上げる。
 だがそれは、この状況に置いては致命的な隙を生むことに他ならない。

 そして、それを見逃してくれるほど、この雌火竜は優しい相手ではない。

「……っ!?

 エレンが気付いたときには、リオレイアは振りかぶるように持ち上げた鎌首を振り下ろすところだった。


 ゴォォッ!!


 大きく開かれた口から吐き出される炎のブレス。
 巨大な球体と化した灼熱の砲弾が、無防備なエレンを襲う。

 このとっさの状況、一瞬動きを止めてしまっていたエレンにかわす術はない。

直撃(ぶつか)るっ!!

 エレンが目を閉じ、身を堅くする。

 しかし、三度(みたび)彼女は命を救われる。

「危ニャい!」

 草影に隠れていた小柄な人影が飛び出して、()(たい)状態のエレンに体当たり。彼女ごと倒れ込んだ。

 その上スレスレの所を、ブレスが唸りをあげて通過し、その先の岩肌にぶち当たって弾けた。

「ネコチュウさん!?

 エレンは、起き上がりながら自分を助けてくれた鼠色(ねずみいろ)の毛並みのアイルーを抱き上げる。

「ミ、ミャ~ァ~。コワカッタミャ~」

 腕の中で涙目になるネコチュウを感謝の気持ちを込めてギュッと抱き締めると、エレンはすぐにその場を離れる。

 見ればリオレイアは、再三攻撃をかわすエレンにいらだちを露わにしている様子。

 その隙に射程圏から逃れたかったが、リオレイアも馬鹿ではない。そこまでは許されないようだ。

 腕に抱きかかえたネコチュウは、どうやら先程のでなけなしの勇気を使い果たしたらしく、完全に腰を抜かしているようだ。

 そんな状態の二人を、リオレイアは今度は直接引導を渡す気なのか、身体ごとエレン達に向き直り、いざ突撃せんと両脚に力を込める。


 ──刹那である。


 ぼんっ!


 リオレイアの目の前に投げ込まれた球体が弾け、まばゆい閃光が一帯を光で埋め尽くした。

 閃光玉である。

 いつの間に復活したのか、フィオールが投じた閃光玉がリオレイアの眼前で炸裂したのだ。

「ハァァッ!!

 強烈な閃光を直視してしまい、仰け反るリオレイアの足元に、やはりいつの間にか立ち上がっていたミハエルが疾駆する。

 その身には赤い闘気(オーラ)
 鬼人化である。

 一瞬の間にリオレイアの右脚に張り付くように接近、そのまま超至近距離からの乱舞、乱舞、乱舞!

 無呼吸での連続斬りがリオレイアの右脚を強襲する。

「ハッ!!

 これ以上はスタミナの限界だが、最後に一撃、渾身の力で両の剣を叩きつけるように、一気に大上段から振り下ろす。

 リオレイアにとっても、無視できぬダメージであろう、だがリオレイアはまだ倒れない。

「ミハエル、伏せろ!」

 ミハエルの背後からかかる声に反応して、彼が反射的にしゃがみこんだすぐ頭上を、フィオールのパラディンランスが高速で走り抜ける。

 突き出された槍が、ミハエルが斬り刻んだ右脚に深々と突き立った。


 ギャアアアアッッッ!?


 これには流石のリオレイアも耐えきれずに、その巨体をズシンと横倒しにしてしまった。

「今だ、一旦引いて体勢を立て直す!」

 フィオールが、倒れた雌火竜を確認して声を上げた。
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