2節(3)
文字数 5,338文字
エレンの思考はどんどん悪い方へと想像力が働いてしまう。しかし、内心焦れば焦るほど思考の迷路は複雑になるばかりであった。
と、その時。
ふと、泳いでいたエレンの視線がディーンの視線と重なった。
いや、もしかしたら、追っ手や飛竜から2度も命を救ってくれた彼に、無意識に助けを求めてしまったのかもしれなかった。
「たしか、王都にあった実家が没落しちまったんだったよな?」
そして、三度ディーンはエレンに救いの手を指しのばしてくれたのだった。
「聞けばわりかしヘヴィな借金取りに追われてたらしいじゃないか。そんで、逃亡に逃亡を重ねた結果、やっとのことでたどり着いてはフラヒヤ山脈の麓 付近で追っ手に追いつかれ、捕まれば身売りのピ~ンチ!って時に、俺と会ったんだよな。それにしても、殆ど身一つで王都からここまで来たんだから、すげぇぜお前」
一息にそう言うと、もっともらしくウンウンうなづくディーンは、エレンの肩をポンと叩く。
「あ、はい。大変でしたが、助けてくれた人もいましたので 。その人の勧めで、このポッケ村まで来た次第です」
おかげでなんとか落ち着きを取り直せたエレンは、ディーンの言葉に口裏を合わせることができたのだった。
「なるほど。そりゃあ難儀じゃったの。こんな辺鄙 な村じゃが、できるだけのことはさせてもらうよ」
どうやら、ディーンの助け舟の甲斐あってか、オババは納得してくれたようだった。
「ありがとう御座います。オババ様」
エレンは誠心誠意低頭する。別に悪意を持って騙しているわけではない。だが、それでも本当のことを大部分伏せているし、身分も偽っているのは確かだ。せめて態度だけでも、しっかりと頭を下げておきたかった。
「ふぉっふぉ。よいよい、顔を上げなされ」
そんなエレンの心中を知ってか知らずか、オババはそれまで通りの柔らかい笑顔で応えてくれた。
「ただし、うちの村も一度に食客を迎えられるほど裕福ではないでの、働かざる者食うべからず。お主にも少なからず仕事をしてもらうから、そのつもりでおってくれよ」
更に続けて、悪戯 っぽくイヒヒと笑いながら、オババはエレンにそう言った。
気さくな、それでいてとても親しみやすいその人柄に感動したエレンは「はい!頑張ります!」と、再び、今度は先ほどよりも元気よく頭を下げた。
エレンの素性に疑問をもって、複雑な心境だったフィオールも、その様子を見てつい頬がゆるむのだった。
「あの、それでその…仕事の件なのですが」
すぐにいつものように内気な娘に戻って、エレンは怖 ず怖 ずとオババに尋ねる。
やはり労働と名の付くものとは無縁で育ったのだろう。見るからに深窓の御令嬢といったエレンにとっては、おそらく生まれて初めての肉体労働となるであろうから、不安になってもしょうがない。
誰もがそう思っていたであろう。
オババも始めから重労働をかすつもりはない。実際に口に出してエレンを落ち着かせようと口を開きかけたその時だった。
「その……私も……」
心配せずともよいよ……とオババが返そうと口を開きかけた。だが、エレンが続けて紡いだ言葉は……
「私もディーンさん達とハンターがしたいです!」
その場の誰もが考えもしないものだった。
・・・
・・
・
「「「「………エェッ!?」」」」
たっぷり3秒。3人とオババのそばに控えて話を聞いていたネコチュウも話の途中のままの体制で固まって後、揃って驚愕 の声をあげた。
息、ぴったりである。
無理もない。詩集より重い物を持ったことがなさそうな、このいかにも育ちの良さそうで華奢 な少女の口から、「ハンターをしたい」なんて言葉が出るなんて、誰が想像出来ようか。
「あ、あの。やっぱり駄目でしょうか 」
胸の前でギュッと両手を握りしめ、(彼女にしては)決死の覚悟で出した言葉だったのだが、目の前の3人と1匹は、信じられないといった表情をしている。
やはり、自分のような小娘には無理なのだろうか。馬鹿なことを言う世間知らずな娘と思われてしまったのかもしれない。
言ってしまってから、エレンの頭の中では早くも後悔の念が騒ぎ出していた。
やっぱり、なにも言わずに言うことを聞いていれば良かったのだろうか。折角ここまで来たのに、結局また大嫌いな何も言えない自分で居続けるしかないのだろうか……
「本気なんだな?」
その時、目を伏せたエレンに声がかかった。
ディーンである。
フィオールやオババ、ネコチュウまでもが驚いた顔でディーンに振り返った。
しかし、ディーンは彼らを気にせず、先程までの驚いた表情から一転し、射抜くようにエレンを見つめていた。
「はい。本気です。私は、ディーンさん達と一緒にハンターになりたい!思いつきや軽い気持ちじゃありません」
…そうだ、ディーンさん達が眠っていた3日間に決めたではないか。彼らのように強くありたいと。
ディーンもフィオールも、突然現れた飛竜に対し、あの理不尽に突きつけられた脅威に対して、それがさも当然のように当たり前のように立ち向かった。
もし自分なら、今までの自分なら、きっと何もできずにあの飛竜の餌食 になっていたに違いない。
ここまでたどり着くためにだって、いろんな人たちに指示され、導かれるままだった。
それ以前に、エレンのこれまでの人生は、食事から衣服まで、すべてが自分以外の第三者からの御膳立 てだったのだ。その事に、ディーン達と出会い助けられて気がついた。
そうだ。彼らのように自分の意志で生きたいと思ったのだ。出会ってから間もないけれど、彼らの歩こうとする道に自分も立ちたいと、本心からそう思ったのだ。
…そう、私は……
「強く、なりたいんです」
最後の気持ちは言葉になって、自然と唇からからこぼれていた。
その言葉にフィオール達は押し黙って、ディーンだけはエレンの言葉に、ニィっと口の端を吊り上げた。まるで新しい悪戯を思いついた悪ガキのように。
「オババ、ギルドへの口利きにエレンの分も加えておいてくれないか」
「ディーン!?」
思わずフィオールが声をあげる。
思わぬ展開に少々面食らってしまったが、冷静になれば口を挟まずにはいられない。
「おい正気か? エレンさんには悪いが、どう見ても無謀すぎだ。狩りは遠足じゃない、危険すぎる!」
「本人がああ言ってんだし、いいじゃねぇか。それに、危険なのは俺もフィオールも一緒だろ?」
まくしたてるフィオールに対するディーンは飄々 としたものだ。
「それに、俺だって言ってしまえばエレンと条件変わらないんだぜ? 何の実績もない若造って点ではさ」
と、屁理屈 までこねる始末だ。
「しかし!」
「俺とお前でフォローすりゃいいだろう? それとも、かのマックール卿 の息子ともあろう者が、女の子一人守る事もできないとおっしゃる?」
「父は関係ない!」
つい言葉が荒くなってしまったことに気づき、ゴホンとフィオールは咳払 い。
解っている、売り言葉に買い言葉だ。ディーンだって素人を狩りに連れて行く危険性くらい理解できているだろう。
「なぁオババ、改めて俺からも頼むよ。エレンのフォローは俺がする。なんとか口利いてくれないか」
フィオールが少し落ち着いたので、ディーンはオババに向き直る。その表情は既に引き締まって、姿勢も正していた。
オババは「ふぅむ……」と困ったように顎に手を持って行く。
「オババ様。ディーンの戦闘力に関しては、この目で見た私が保証します。彼ならきっといいハンターになるはずですし、私もエレンさんにできる限り力を貸しましょう。どうか、認めてあげてください」
「フィオール!」
今度はディーンが驚く番だった。エレンもまさかといった表情を見せる。
「いいのか?」と問うディーンに、苦笑しながら「おまえが言ったのだろうが」と返すフィオール。
確かに無謀かもしれないが、エレンの意志も硬いようだし、「強くなりたい」という彼女の言葉には、フィオール自身も共感するところが多々あった。
それに打算的な話だが、ディーンと組むいい口実である。あんな貧弱な装備であの轟竜を押し返す彼の力。
そして、あの豹変 。
ハンターとしても、一人の戦士としても興味が尽きない。
「ディーンさん……、フィオールさん……」
エレンが「ありがとうございます」と深々と頭を下げる。二人の若いハンターは、今更ながらに格好付けすぎた自分に気づき、それぞれ頬をかいたり頭をかいたりと、照れ隠しをするのだった。
「オババ様。私、一生懸命がんばります。どうか、よろしくお願いします!」
もう何度目になるかわからないが、再度オババに対し、誠心誠意頭 を垂れるエレン。
もしかしたら、他人にここまで頭を下げたのも、生まれて始めてかもしれなかったが、今の彼女のにはそこまで考える余裕など無かった。
ディーンもフィオールもオババに向き直る。
そんな3人の若者に、どこか眩しさを覚えながら、オババは「ふぉっふぉ」と普段の柔らかい顔に戻ると「ネコチュウや」と、傍らに控えていたアイルーに声をかけた。
ネコチュウはさっきから話に参加できず、とは言え席を外せる雰囲気でもなく、所在なさげにしていたところにいきなり声をかけられたので、「ミ゛ャ!?」と素 っ頓狂 な声を出してしまった。
「すまないが、ミハエルを呼んできてくれんかの。儂はギルドに新人2人分のハンター登録手続きの準備をするように伝えてくるでのぅ」
その言葉に、すぐさまネコチュウは「ミャ!」と手を挙げて敬礼し、ディーン達に「また後でニャ」と言って村の出口に通じる坂道をくだっていった。
3人は一瞬ポカンとしたが、ようやくオババの了承を得たのだと理解すると、表情を輝かせお互いの顔を見合わせた。
「やったな! エレン」
ディーンが自分のことのように嬉しそうにエレンの肩を叩いた。
「ディーンさん、フィオールさん。ありがとうございます」
勢いよく叩かれた肩が少し痛かったが、逆に心地よいのは、ディーンも喜んでくれていると伝わってくるからだろう。
二人に礼を言うエレンもとても嬉しそうだった。
「ふぉっふぉ。3人とも今後ともよろしく頼むよ。期待しておるでの」
「はい。オババ様、ありがとうございます。私頑張ります!」
「ご期待に添えるよう精進します」
「ああ、任しといてくれよ!」
三者三様にオババに応える。エレンは本当にうれしそうに、フィオールは慇懃 に、ディーンは揚々 と。
オババはそれに満足そうにうなずくのだった。
「さて、それでは儂はギルド行くとするかの。おヌシ達は一旦加工屋の方に顔を出すと良い。エレンはもちろんじゃが、聞けばディーンも武器を折ってしまったと言うではないか」
「あぁ! そう言えばそうだった!! 俺の太刀!!」
言われてディーンは思い出した。彼の持っていた骨を削って作った太刀は、先の轟竜との戦いで根本付近からバッキリと折れ、持ち主がハンターとなる前に天寿 を全 うしてしまったのであった。
早く新しい得物を手に入れなければ、エレンのフォローどころか自分の狩りすらロクにできなくなってしまう。
「ふぉっふぉ。加工屋の方には儂からの紹介と言っておけば、最初くらいはツケにしてくれるじゃろうて。まずは相談してみるといいじゃろう」
そう言うと、オババは焚き火をつついていた杖を支えに、そのギルドへ向かって歩き出した。
「ああ、ありがとうオババ」
ディーンがお礼を言うと、オババは「よいよい」とにこやかに応えた。
そして、ディーン達の脇を通り抜けると、ふと何かを思い出したように立ち止まり、オババが先ほどまでいた焚き火と、村の出口に通じる坂道を挟んだ向かいの建物を杖で差しながら言った。
「そうそう、目と鼻の距離じゃが、そこがこの村のハンターズギルドじゃよ」
オババの杖の指し示す先には、お世辞にも大きいとは言い難いが、この小さなポッケ村の中では一際大きな建物があった。
「ワシはちょいとおまえさん達の件以外で、ここのギルドマスターに用があっての。登録の件はよろしく言っておいておくから、ほかの箇所を見てくるといい。先程ネコチュウにもう一人案内役を呼びに行かせたから、そ奴に案内させるとよいじゃろうて」
そう言うと、オババはディーンに背を向け、再びギルドへと歩き出した。
と、その時。
ふと、泳いでいたエレンの視線がディーンの視線と重なった。
いや、もしかしたら、追っ手や飛竜から2度も命を救ってくれた彼に、無意識に助けを求めてしまったのかもしれなかった。
「たしか、王都にあった実家が没落しちまったんだったよな?」
そして、三度ディーンはエレンに救いの手を指しのばしてくれたのだった。
「聞けばわりかしヘヴィな借金取りに追われてたらしいじゃないか。そんで、逃亡に逃亡を重ねた結果、やっとのことでたどり着いてはフラヒヤ山脈の
一息にそう言うと、もっともらしくウンウンうなづくディーンは、エレンの肩をポンと叩く。
「あ、はい。大変でしたが、助けてくれた人もいましたので 。その人の勧めで、このポッケ村まで来た次第です」
おかげでなんとか落ち着きを取り直せたエレンは、ディーンの言葉に口裏を合わせることができたのだった。
「なるほど。そりゃあ難儀じゃったの。こんな
どうやら、ディーンの助け舟の甲斐あってか、オババは納得してくれたようだった。
「ありがとう御座います。オババ様」
エレンは誠心誠意低頭する。別に悪意を持って騙しているわけではない。だが、それでも本当のことを大部分伏せているし、身分も偽っているのは確かだ。せめて態度だけでも、しっかりと頭を下げておきたかった。
「ふぉっふぉ。よいよい、顔を上げなされ」
そんなエレンの心中を知ってか知らずか、オババはそれまで通りの柔らかい笑顔で応えてくれた。
「ただし、うちの村も一度に食客を迎えられるほど裕福ではないでの、働かざる者食うべからず。お主にも少なからず仕事をしてもらうから、そのつもりでおってくれよ」
更に続けて、
気さくな、それでいてとても親しみやすいその人柄に感動したエレンは「はい!頑張ります!」と、再び、今度は先ほどよりも元気よく頭を下げた。
エレンの素性に疑問をもって、複雑な心境だったフィオールも、その様子を見てつい頬がゆるむのだった。
「あの、それでその…仕事の件なのですが」
すぐにいつものように内気な娘に戻って、エレンは
やはり労働と名の付くものとは無縁で育ったのだろう。見るからに深窓の御令嬢といったエレンにとっては、おそらく生まれて初めての肉体労働となるであろうから、不安になってもしょうがない。
誰もがそう思っていたであろう。
オババも始めから重労働をかすつもりはない。実際に口に出してエレンを落ち着かせようと口を開きかけたその時だった。
「その……私も……」
心配せずともよいよ……とオババが返そうと口を開きかけた。だが、エレンが続けて紡いだ言葉は……
「私もディーンさん達とハンターがしたいです!」
その場の誰もが考えもしないものだった。
・・・
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「「「「………エェッ!?」」」」
たっぷり3秒。3人とオババのそばに控えて話を聞いていたネコチュウも話の途中のままの体制で固まって後、揃って
息、ぴったりである。
無理もない。詩集より重い物を持ったことがなさそうな、このいかにも育ちの良さそうで
「あ、あの。やっぱり駄目でしょうか 」
胸の前でギュッと両手を握りしめ、(彼女にしては)決死の覚悟で出した言葉だったのだが、目の前の3人と1匹は、信じられないといった表情をしている。
やはり、自分のような小娘には無理なのだろうか。馬鹿なことを言う世間知らずな娘と思われてしまったのかもしれない。
言ってしまってから、エレンの頭の中では早くも後悔の念が騒ぎ出していた。
やっぱり、なにも言わずに言うことを聞いていれば良かったのだろうか。折角ここまで来たのに、結局また大嫌いな何も言えない自分で居続けるしかないのだろうか……
「本気なんだな?」
その時、目を伏せたエレンに声がかかった。
ディーンである。
フィオールやオババ、ネコチュウまでもが驚いた顔でディーンに振り返った。
しかし、ディーンは彼らを気にせず、先程までの驚いた表情から一転し、射抜くようにエレンを見つめていた。
「はい。本気です。私は、ディーンさん達と一緒にハンターになりたい!思いつきや軽い気持ちじゃありません」
…そうだ、ディーンさん達が眠っていた3日間に決めたではないか。彼らのように強くありたいと。
ディーンもフィオールも、突然現れた飛竜に対し、あの理不尽に突きつけられた脅威に対して、それがさも当然のように当たり前のように立ち向かった。
もし自分なら、今までの自分なら、きっと何もできずにあの飛竜の
ここまでたどり着くためにだって、いろんな人たちに指示され、導かれるままだった。
それ以前に、エレンのこれまでの人生は、食事から衣服まで、すべてが自分以外の第三者からの
そうだ。彼らのように自分の意志で生きたいと思ったのだ。出会ってから間もないけれど、彼らの歩こうとする道に自分も立ちたいと、本心からそう思ったのだ。
…そう、私は……
「強く、なりたいんです」
最後の気持ちは言葉になって、自然と唇からからこぼれていた。
その言葉にフィオール達は押し黙って、ディーンだけはエレンの言葉に、ニィっと口の端を吊り上げた。まるで新しい悪戯を思いついた悪ガキのように。
「オババ、ギルドへの口利きにエレンの分も加えておいてくれないか」
「ディーン!?」
思わずフィオールが声をあげる。
思わぬ展開に少々面食らってしまったが、冷静になれば口を挟まずにはいられない。
「おい正気か? エレンさんには悪いが、どう見ても無謀すぎだ。狩りは遠足じゃない、危険すぎる!」
「本人がああ言ってんだし、いいじゃねぇか。それに、危険なのは俺もフィオールも一緒だろ?」
まくしたてるフィオールに対するディーンは
「それに、俺だって言ってしまえばエレンと条件変わらないんだぜ? 何の実績もない若造って点ではさ」
と、
「しかし!」
「俺とお前でフォローすりゃいいだろう? それとも、かのマックール
「父は関係ない!」
つい言葉が荒くなってしまったことに気づき、ゴホンとフィオールは
解っている、売り言葉に買い言葉だ。ディーンだって素人を狩りに連れて行く危険性くらい理解できているだろう。
「なぁオババ、改めて俺からも頼むよ。エレンのフォローは俺がする。なんとか口利いてくれないか」
フィオールが少し落ち着いたので、ディーンはオババに向き直る。その表情は既に引き締まって、姿勢も正していた。
オババは「ふぅむ……」と困ったように顎に手を持って行く。
「オババ様。ディーンの戦闘力に関しては、この目で見た私が保証します。彼ならきっといいハンターになるはずですし、私もエレンさんにできる限り力を貸しましょう。どうか、認めてあげてください」
「フィオール!」
今度はディーンが驚く番だった。エレンもまさかといった表情を見せる。
「いいのか?」と問うディーンに、苦笑しながら「おまえが言ったのだろうが」と返すフィオール。
確かに無謀かもしれないが、エレンの意志も硬いようだし、「強くなりたい」という彼女の言葉には、フィオール自身も共感するところが多々あった。
それに打算的な話だが、ディーンと組むいい口実である。あんな貧弱な装備であの轟竜を押し返す彼の力。
そして、あの
ハンターとしても、一人の戦士としても興味が尽きない。
「ディーンさん……、フィオールさん……」
エレンが「ありがとうございます」と深々と頭を下げる。二人の若いハンターは、今更ながらに格好付けすぎた自分に気づき、それぞれ頬をかいたり頭をかいたりと、照れ隠しをするのだった。
「オババ様。私、一生懸命がんばります。どうか、よろしくお願いします!」
もう何度目になるかわからないが、再度オババに対し、誠心誠意
もしかしたら、他人にここまで頭を下げたのも、生まれて始めてかもしれなかったが、今の彼女のにはそこまで考える余裕など無かった。
ディーンもフィオールもオババに向き直る。
そんな3人の若者に、どこか眩しさを覚えながら、オババは「ふぉっふぉ」と普段の柔らかい顔に戻ると「ネコチュウや」と、傍らに控えていたアイルーに声をかけた。
ネコチュウはさっきから話に参加できず、とは言え席を外せる雰囲気でもなく、所在なさげにしていたところにいきなり声をかけられたので、「ミ゛ャ!?」と
「すまないが、ミハエルを呼んできてくれんかの。儂はギルドに新人2人分のハンター登録手続きの準備をするように伝えてくるでのぅ」
その言葉に、すぐさまネコチュウは「ミャ!」と手を挙げて敬礼し、ディーン達に「また後でニャ」と言って村の出口に通じる坂道をくだっていった。
3人は一瞬ポカンとしたが、ようやくオババの了承を得たのだと理解すると、表情を輝かせお互いの顔を見合わせた。
「やったな! エレン」
ディーンが自分のことのように嬉しそうにエレンの肩を叩いた。
「ディーンさん、フィオールさん。ありがとうございます」
勢いよく叩かれた肩が少し痛かったが、逆に心地よいのは、ディーンも喜んでくれていると伝わってくるからだろう。
二人に礼を言うエレンもとても嬉しそうだった。
「ふぉっふぉ。3人とも今後ともよろしく頼むよ。期待しておるでの」
「はい。オババ様、ありがとうございます。私頑張ります!」
「ご期待に添えるよう精進します」
「ああ、任しといてくれよ!」
三者三様にオババに応える。エレンは本当にうれしそうに、フィオールは
オババはそれに満足そうにうなずくのだった。
「さて、それでは儂はギルド行くとするかの。おヌシ達は一旦加工屋の方に顔を出すと良い。エレンはもちろんじゃが、聞けばディーンも武器を折ってしまったと言うではないか」
「あぁ! そう言えばそうだった!! 俺の太刀!!」
言われてディーンは思い出した。彼の持っていた骨を削って作った太刀は、先の轟竜との戦いで根本付近からバッキリと折れ、持ち主がハンターとなる前に
早く新しい得物を手に入れなければ、エレンのフォローどころか自分の狩りすらロクにできなくなってしまう。
「ふぉっふぉ。加工屋の方には儂からの紹介と言っておけば、最初くらいはツケにしてくれるじゃろうて。まずは相談してみるといいじゃろう」
そう言うと、オババは焚き火をつついていた杖を支えに、そのギルドへ向かって歩き出した。
「ああ、ありがとうオババ」
ディーンがお礼を言うと、オババは「よいよい」とにこやかに応えた。
そして、ディーン達の脇を通り抜けると、ふと何かを思い出したように立ち止まり、オババが先ほどまでいた焚き火と、村の出口に通じる坂道を挟んだ向かいの建物を杖で差しながら言った。
「そうそう、目と鼻の距離じゃが、そこがこの村のハンターズギルドじゃよ」
オババの杖の指し示す先には、お世辞にも大きいとは言い難いが、この小さなポッケ村の中では一際大きな建物があった。
「ワシはちょいとおまえさん達の件以外で、ここのギルドマスターに用があっての。登録の件はよろしく言っておいておくから、ほかの箇所を見てくるといい。先程ネコチュウにもう一人案内役を呼びに行かせたから、そ奴に案内させるとよいじゃろうて」
そう言うと、オババはディーンに背を向け、再びギルドへと歩き出した。