終章

文字数 4,633文字

……さん………ィーンさん……


 まどろみの中、耳朶に優しく響く綺麗な声音に、次第に意識が鮮明》になっていく。

「ディーンさん、起きてください。朝ですよ」

 ベッドの上のディーンを優しく揺すりながら語りかけるのは、彼を起こしにきたエレンであった。

「……ああ、もう朝か」

 気怠げに応えるディーン。

「ええ。もうすぐ朝食の用意が出来ますから、そろそろ起きてください」

 目を向ければ、エレンは部屋着の上に可愛らしいエプロンを身に着けている。

 ここはポッケ村。

 ディーン達3人は、ちょうど空き家である、ミハエルの家のお隣にやっかいになっていた。

 ()の火竜達との死闘から早3ヶ月が過ぎ、ディーンはもちろん、エレンもだいぶハンターが板に付いてきていた。

 彼女は更に、モンスターハントの傍らいつの間にかネコチュウと共に家事全般を行うようになり、今朝のような光景も最早日常となってきていた。

「ん~、あと5分」

「そう言わないで、起きてくださいディーンさ~ん」

 エレンが困ったような表情をする。

「そんじゃ、あと余分」

「無駄と解っているなら起きてください……」

 ディーン自身、本当は既に覚醒しているのだが、からかいがいあるエレンについ意地の悪い事を言うのであった。

「はいはい、解った起きますよ……っと」

 流石に可哀想になってきたので、ひょいっと飛び起きると、ディーンはさも爽やかな顔で「おはよう、エレン」などと片手を上げて挨拶すると、驚いて目をぱちくりするエレンをその場に残して、とっととお隣さんである、ミハエルの家へ向かって行くのであった。

「もう、起きているなら意地悪しないで、素直に起きてきてくださいよ~」

 そう言いつつ、パタパタとディーンの後を追うエレンの姿も、ここ最近では見慣れたものとなっていた。


・・・
・・



「よ! おはようフィオール」

 元気よく挨拶を言うディーンが、シューミィ家の居間にある、わりかし大きな食卓についているフィオールの、向かいの席にに腰を下ろす。

「ああ、おはようディーン。何度も言うが、あまりエレンさんに手を焼かせるんじゃないぞ」

 情報誌『狩りに生きる』に目を落としながら返すフィオールに、ディーンの返答は軽いものである。

 そうこうしている内に、食卓にはエレンとネコチュウの手によって、朝から結構な量の朝食が並べられていく。

「おお、こりゃ(うま)そうだな」

「ンニャ! 今日のもウルトラ上手に焼けたのニャ」

 運ばれてくる料理に目を奪われたディーンの言葉に、実際にそれを作ったエレンとネコチュウが嬉しそうに応えるのであった。

「エレンも、だいぶ料理の腕を上げたからな。日々の食事が楽しみなのは嬉しいことだぜ」

「いえ、私なんて……ネコチュウさんの教え方が上手いからですよ」

 ディーンの賛辞に、エレンが頬を赤くして照れる。

「そう言うお前は、いつになっても家事全般は駄目だがな」

「そうだニャ~。ぶっちゃけ、ハント以外じゃタダの穀潰(ごくつぶ)しニャ」

「そこ、(うっさ)い!」

 調子のいい事を言うディーンに、半眼でツッコミを入れるフィオールとネコチュウであった。

 ここ、ミハエルの家は、中央広場から若干坂をあがった場所にある、ディーンやフィオールが当初この村にかつぎ込まれたときに使用した空き家のすぐお隣に位置する。

 なので、こうして基本的には、ディーン達村外からやって来た者達が(くだん)の空き家を使わせてもらい、食事などの時には、広い居間のあるミハエルの家に集まるのが、いつもの流れとなっていた。

「あれ、そう言えばミハエルは?」

 いざ、食事にありつこうと身構えたディーンであったが、この場にいない人物の行方を気にして、突き立てようとしたフォークを引っ込める。

「ああ、ミハエルニャらもうすぐ戻ると思うのニャ」

 そうネコチュウが口を開いたと、ほぼ時を同じくして、玄関先からミハエルの「ただいまー」と言う声が聞こえてくる。

 皆に「おかえり」と声をかけられながら、ミハエルは着ていた防寒着を脱ぎ、ハンガーにかけると、一足遅れて宅につく。

「なんだ、また見回りか?もう雪山の案内人じゃないのに、よくやるなぁ」

 半ば感心、半ば呆れるように言うディーンに、「習慣だからね」と応えるミハエルであった。

「それでは、皆も揃った所だし」

 ミハエルが席に着いたことを確認し、フィオールが口を開く。

 そのあとは、みんなが揃って合掌。


「「いただきまーす!」」


 一斉のかけ声と共に、楽しい食事の時間が始まった。


・・・
・・



「そう言えばフィオール、次の依頼(クエスト)の受注はどうするんだ?」

 食事を終えたディーンが、両手に食器の山を抱えてシンクに運びがてら、同様のフィオールに語りかける。

「そうだな、昨日ギルドに顔を出した時点では、(ほとん)どの依頼(クエスト)が採集モノだったからな。急ぎのモノでもなかったし、今の所は受注していない」

「でも、そろそろ大きめのクエストも受注しておきたいですよね。生活費だけじゃなく、武装の強化などにかかる費用も、結構なものですし」

 二人がシンクに運んだ食器を、次々に手早く洗ってゆくエレンが、会話を引き継ぐ。

 そんな三人の会話に、食器が片づいた食卓を拭いていたミハエルが、「あ、そうだ」と思い出したように顔を上げた。

「どうしたんだミハエル?」

 代表して聞き返すフィオールに、ミハエルは今まで言い忘れていたことに対して、バツの悪そうな表情を見せながら、その問いに応える。

「今朝の見回りの帰りに、ギルドマスターに会ってね。昨夜の内に、急な支援要請があったんだって。どうやら、レクサーラの方での支援依頼らしいんだけど、詳しくはギルドで話すから、後で来て欲しいって」

「それを早く言えっ」

 それを聞いたディーン達は、素早く片づけを終えると、急ぎ装備を整えて、ギルドへ向けて飛び出していくのだった。


・・・
・・



「あら~。みんな待ってたわよ~」

 我先(われさき)にとギルドに駆け込む彼等を迎えるのは、いつもながらに間延びした声で、ひらひらと手を振るギルドマスターその人である。

(あね)さん! 大きい依頼(クエスト)の話なのか!?

 余程楽しみにしていたのか。ディーンが開口早々本題を切り出す。

「もう、セッカチねぇ~。ちょっと落ち着きなさいな~」

 言われた彼女は、珍しく少々面食らった様子であった。

 火竜達との死闘から生還した彼等は、難易度の高い依頼(クエスト)がくる度に、率先してそれに挑戦するようにしていた。

 今後、もしまたあのような緊急事態にあったとしても、今回のように生還できるとは限らない。

 その為、自分達の経験値を上げておく必要がある事と、何より様々な大型モンスターの、頑丈な牙や甲殻を手に入れて、武器や防具を強化しておきたかったからである。

 そんな彼等だ。最近はこの様に、新しい依頼が来る度に飛びつくようにして受注し、クエストへと出かけている。

「それでマスター、今回はどういった内容の依頼なのでしょうか?」

 ギルドマスターと共にカウンターまで移動してから、今度はフィオールが切り出した。

「それじゃあ、説明するわね~。今回の依頼は、砂漠の玄関口であるレクサーラの支部からの物よ~。どうやらセクメーア砂漠の交易路(こうえきろ)にあるオアシス付近で、ガノトトスが巣くっちゃったらしいのよ~。どうやらあっちの支部も人手が足りてないみたいだから、このポッケ村にまで支援依頼が来たってわけね~」

 レクサーラとは、セクメーア砂漠やデデ砂漠といったハンター達が通じて“砂漠”と呼ぶ狩り場に面した、オアシスの町である。

 ギルドマスターが言ったように、砂漠の玄関口として栄え、今後も大きな発展が期待されている。

「お願いできるかしら~?」

 小首を傾げるようにして訊ねるギルドマスターに、若いハンター達は二つ返事で了承した。

「さて、それではすぐに準備をして出発しよう。ミハエルはネコチュウに声をかけてきてくれ。残りの皆は、持って行く道具の調達だ」

 フィオールが皆に指示を出し、各自がそれぞれ必要な準備に取りかかる。

 今回のクエストは砂漠である。用意しなければならない物も多い。

 数刻としない内に、皆それぞれの準備を終えた。

 さぁ、新しい狩りへと出発である。皆それぞれ緊張と期待を胸に、引き締まった表情だ。

「準備は完了だな」

 ディーンが、ギルドの奥にある竜車(りゅうしゃ)を繋いだ専用の出発口へと通じる出口に集まった仲間達を見て口を開く。

 フィオールは、以前の戦いで手に入れた雌火竜(めすかりゅう)の素材で作り上げたレイアシリーズに身を包み、背中にはスティールガンランスという、槍の先に銃砲(じゅうほう)を取り付けた銃槍(ガンランス)と呼ばれる種類の武器をセットさせている。

 このメンバーで戦うには、ランスよりもガンランスで立ち回った方が効率的だと判断したからである。

 ミハエルは、以前から着ているギザミシリーズを、鎧玉(よろいだま)と呼ばれる特殊な鉱石(こうせき)で強化して防御力の底上げを行い、背中には充分に手入れされたレックスライサー。

 エレンはこの二ヶ月の間に倒した、フルフルと呼ばれる、ブヨブヨした皮膚を持ち、ヒルのような顔をした、身体から放電する飛竜種の素材で作ったフルフルシリーズ。

 背中には以前使っていたライトボウガンからハンターボウと言う(めい)の弓が、二つに折り畳まれてセットされていた。
 若干強化されている様子を見ると、俗にハンターボウⅡという強化版であろう。

 そして、ディーンは自身がトドメを刺した、雄火竜(おすかりゅう)リオレウスの素材をふんだんに使った()()な全身鎧、レウスシリーズを身につけている。

 折ってしまった鉄刀の代わりには、同じくリオレウスの素材と、ラティオ活火山(かっかざん)に行ったことのあるマーサにわけてもらった紅蓮石(ぐれんせき)という鉱石で(きた)え上げた、火の属性を刀身に宿した大太刀、飛竜刀(ひりゅうとう)紅葉(もみじ)】を背中に背負っていた。

 装備も経験も、村に来たばかりの頃とは雲泥(うんでい)の差である。

「いざ、セクメーア砂漠へ! ニャ」

 ネコチュウが元気よく声を上げる。

 今回の彼は、主に道中の皆のサポートが役割である。

 誰の瞳にも、力強さがある。

 そんな彼等をぐるっと見渡し、ディーンは高鳴る思いに胸を膨らませ、言う。



「さぁ、ひと狩り行こうぜ!」



 彼の呼び掛けに、仲間達は次々に武器を取り、声を上げ、立ち上がった……






 この物語は、彼等ハンター達の冒険の物語である。



 この先のお話はいずれまた、近い内に……





To be Next Stage!!

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