3説(16)
文字数 5,824文字
濃霧を切り裂いて、ディーン・シュバルツが二本の巨大な刃を振るう。
アクラ・ヴァシムが自身ごとぐるりと円を回転し、尻尾の一撃をイビルジョーへと見舞うや、体勢を崩したイビルジョー目掛け、斬る。斬る。そして斬る。
右手に握った大太刀が苛烈な斬撃を、左手の大剣は遠心力などを利用した鈍く重たい衝撃を、交互に恐暴竜の胴体へと見舞われる。
イビルジョーがたまらずディーンを振り払おうとするや、その行動に移る前にディーンは濃霧の中へと姿を隠す。
代わりに反対側から強襲するのはフィオール・マックールである。
砲術機構を持つため、対大型モンスター用のランスよりも更に重いガンランスを両手で扱う事による、冴え渡る連撃がイビルジョーの右脚へと集中打を浴びせるので、流石の怒り食らうイビルジョーも、砂原に膝をついてしまった。
隙、と言えば隙であるが、それは一瞬のことであろう。
しかし、その一瞬に仕掛けるモノがいた。
「フィオールさんっ!離れてください!」
ズゥンッ!!
自身にかかった可憐な声音に迷わず反応し、追撃をせずに恐暴竜から飛び退ったフィオール。
その彼の元いた場所に、黒褐色の巨体が突進してきたのだ。
アクラ・ヴァシムである。
砕かれた右の鋏の仕返しとばかりに、自身の全体重をイビルジョーへと叩きつけたのだ。
これには流石のイビルジョーも吹っ飛んだ。
どうと砂埃を巻き上げて倒れこむ恐暴竜に、ミハエル、イルゼ、リコリスの三人が一斉に躍り掛かった。
まるで雨のように降り注ぐ斬撃に、辛くも立ち上がったイビルジョー目掛けて、アクラ・ヴァシムが起爆性の液体を噴射せんと、砂の大地に両の鋏を突き立てる。
──だが。
「流石にそれは、許可できねぇぜっ!」
発射されては、今イビルジョーに攻撃を仕掛けている三人にまで被害が及ぶ。
それを妨げたのは“最後の生存者達 ”の斬り込み隊長、レオニード・フィリップスである。
「オラァッ!」
気合い一閃。
渾身の力を込めて振り下ろしたドン・フルートが、頑強な結晶で覆われた左の鋏を打ち砕いた。
バリィィィィンッッッッッ!!!
無事だった方の左鋏が付着した結晶体ごと、その破片を撒き散らす。
ミハエルやリコリスがいくら攻撃を加えても、ロクなダメージが入らなかったのには、彼らの武装が未だ貧弱だった理由の他に、打撃と斬撃による効果の違いというものがある。
斬撃を通しにくい部位や、肉質を持つモンスターには、ハンマーや狩猟笛といった打撃武器が有効な場合も多いのだ。
今回のように。
追撃を狙うレオニードだが、同じく彼にも注意を促す声が飛んでくる。
「レオさん! ブレスです! 十時の方向へ走って下さい!」
それを聞いたレオニードも、疑う事なく十時の方向。自慢の鋏を砕かれ後ずさったアクラ・ヴァシムの左側面を駆け抜けた。
その瞬間。
ボボボオォォォォォォォォォッッッッ!!!
黒いガス状のブレスが、たった今レオニードとアクラ・ヴァシムが攻防劇を繰り広げた場所を薙ぎ払った。
しかし、レオニードは一歩離れた場所でこの狩場を具 に観ていたエレンの指示によって、ブレスの射程範囲の外へと既に脱出した後である。
結果、イビルジョーのブレスの直撃を受けたのは、尾晶蠍のみであった。
高濃度の龍のエネルギーを帯びたブレスに晒されたアクラ・ヴァシムがその威力に再び吹き飛ばされてひっくり返ってしまう。
今度こそとでも言わんばかりに、無防備に晒されたアクラ・ヴァシムの腹へ喰らい付かんと、イビルジョーが迫る。
しかし……。
「やらせんよ……!」
「お預けだぜ、ゴーヤ野郎っ!」
左側面からフィオールが、右側面からディーンが、それぞれ両手に握った武器をイビルジョーの頰っ面に叩き込んだ。
その攻撃にイビルジョーが怯んだ隙に、アクラ・ヴァシムがすかさず起き上がると、再び怒りに満ちたかのような咆哮を上げた。
先ほどまで黄色くなっていた部分が、今度は夜目にも鮮やかな青色へと変色している。
更にアクラ・ヴァシムが自身が置かれる状況の危険度の認識を上げたのであろう。
ギロリと、四つの赤く輝く眼 がイビルジョーを睨みつける。
「ッ!? 二人とも離れろ! プレスだ!」
レオニードが、アクラ・ヴァシムの仕草から次の攻撃を予測して警戒の声を飛ばす。
聞こえた声に反応し、その方向へと目を向ければ、驚く事にその巨体を空高くまで跳躍させたアクラ・ヴァシムであった。
落下による体落とし である。
自身の体液の色によって、様々な攻撃方法を見せるが故に、メゼポルタのハンター達からは“変幻 ”の二つ名で通る尾晶蠍である。
その業 に驚愕する間も惜しんで、ディーンとフィオールはその場から離れる。
そして、イビルジョーも同様に思ったのか、素早く後方へとさがって回避を試みていた。
三者が散開した直後である。
ズゥンッッッッ!!!!
砂埃を巻き上げて、黒褐色の巨体が文字通り“降ってきた”。
陥没する地面を見れば、どれほどの威力かが想像できようもの。
しかし、そこは流石老齢期に至るまで跳梁跋扈 のこの辺境で生き抜いてきた個体である。
アクラ・ヴァシムの攻撃を無事やり過ごした怒り食らうイビルジョーは、すかさず反撃に転じた。
長い鎌首をグンと持ち上げると、それを振り回すようにアクラ・ヴァシム目掛けて喰らいつく。
辛くも破損した鋏で防いで見せるアクラ・ヴァシムだが、イビルジョーの猛攻は単発で止まりはしなかった。
二発、三発と、首を左右に振り回し、その反動で執拗にアクラ・ヴァシムへと攻撃を仕掛ける。
これには尾晶蠍もガード仕切れない。
都合四回の噛みつき攻撃を防ぎきったが、アクラ・ヴァシムの両腕はそこで限界だったのだろう。悲鳴のような甲高い声を上げたかと思うと、今しがたまで致命打を貰わぬよう掲げていた両鋏がだらりと下がってしまった。
イビルジョーの追撃は止まらなかった。
トドメとばかりに振り抜かれた鎌首の勢いそのまま一回転し、今度はその太くて長い剛尾が振るわれ、尾晶蠍の顔面に強かに打ち付けられた。
バリィィィィンッッッッッ!!!
遂に、アクラ・ヴァシムの頭部に付着していた結晶体までもが砕け散り、アクラ・ヴァシムはその破壊力になすすべなく弾き飛ばされ、三度 ひっくり返ってしまった。
「チィッ!」
「クソっ!」
ディーンとフィオールが急いで追い討ちを防ぐ為に怒り食らうイビルジョーへと肉薄する。
翻る刃にドス黒い血の花が咲くが、それでもイビルジョーは止まらない。
最早、自身を苛む痛みと飢餓で、ダメージでは止まらなくなってしまっているのであろうか。
かなりの広範囲で翻るディーンとフィオールの武器の軌道の隙間に入り込み、ミハエルまでもが斬撃に加わるが、それでも恐暴竜は停止しない。
ひっくり返ったアクラ・ヴァシムは、まるで口惜しさを全身で表すかのように、ビタンビタンと数度跳ねると、赤い四つの複眼をぎらりと光らせすぐに起き上がった。
オォォォォォォォォォンンッッッッッッ!!!
三度、吠える尾晶蠍。
表面化する体液は、まるで自身の怒りを表現するかの様に真っ赤だ。
しかし、一瞬遅い。
ディーン達の猛攻を押し通った怒り食らうイビルジョーの大顎 が、今度こそアクラ・ヴァシムの顔面を噛み砕かんとする、その一瞬であった。
ヒュンッ!
飛来した一本の矢が、イビルジョーの虚ろに輝く右眼球に突き立った。
ゴアアアアアアアァァァァァッッッッッッ!!!???
堪らず苦悶の絶叫を上げるイビルジョー。
自我を失ったとはいえ、流石に眼球を射抜かれれば無事ではすまないらしい。
「流石っ!」
「重畳!」
「最高だっ!」
ミハエルが、フィオールが、ディーンが賞賛の声を投げる相手は、銀髪の射手エレン・シルバラントである。
激戦区の一歩外で、モンスター達の動きを見極め、ディーン達仲間に警告や指示を飛ばすだけが彼女の役割ではない。
エレン以外の誰もが認めているのだ。
“俺達のチームの要はエレンである”と。
誰よりも冷静に、誰よりも皆を信じ、そして誰よりも皆のために尽くす。
その彼女が、ここ一番で常にディーン達にチャンスを作るのである。
──いざ反撃。
三人の傑物達が自身の得物を強く握るや、なんと一番最初に反撃に討って出たモノは尾晶蠍であった。
「一旦離れろ三人とも! “千鳥足”だ!」
レオニードの声が飛ぶ。
すかさず三人が自身の射程距離、一足飛びで斬りかかれる限界の間合いまで下がった刹那であった。
怒りに真っ赤に染まったアクラ・ヴァシムの反撃が始まった。
ボロボロの両鋏を掲げ上げたかと思うと、一見フラフラと左右に揺れながら前進しだすアクラ・ヴァシム。
だが、一見頼り無さげに映るその前進は、尾晶蠍最大の攻撃なのであった
バゴォンッ!
左へよろけたアクラ・ヴァシムが、その流れのまま右の鋏を振り抜き、見事イビルジョーの左頬を撃ち抜いた。
バゴォンッ!
左から右へと戻る反動を利用し、今度は左の鋏がイビルジョーの右頬を強打。
左右によろける動きに載せたフックパンチの連打である。
読者諸君に、ボクシングに詳しいものなら聞いたことがあるのではないだろうか。
かつて古の時代、拳聖の異名を轟かせ、∞の字を描く様に体を振った左右の連打を。
レオニードが“千鳥足”と呼んだこの業 こそ、この辺境に蘇った拳聖の技である。
皮肉にも、先程自分自身がイビルジョーに食らわされた分をお返しする形で都合四発。
左右の連打をイビルジョーへ叩きつけ、最後の一発である倒れ込みながらの全体重を乗せた右の鋏で、遂にダウンを奪い取ったのだった。
どうと横倒しになるイビルジョー。
全体重をかけた四発目の一撃の反動により、同じく倒れたままのアクラ・ヴァシム。
この辺境に生きるモンスター達の、壮絶なる激闘に、今まさに終止符を打たんとディーン達が追撃に走るのだ。
驚嘆すべき事に、それでも恐暴竜と尾晶蠍はその脚を痙攣させながら立ち上がった。
まるで生涯の仇敵であるかの様に、襲い来るディーン達を無視して互いに攻撃をしかけんとするモンスター達。
生きるか。死ぬか。
喰うか。喰われるか。
先へと進むか。その場で朽ちるか。
まさに、生きるということは死闘である。
ハンターはその死闘の間隙を縫って、勝利を掠めとるのだ。
苦し紛れに立ち上がったイビルジョーが、力と意地を振り絞ってアクラ・ヴァシムへと喰らいつく。
対するアクラ・ヴァシムは今までのダメージのせいか、先ほどまでの様に鋏でガードしようにもうまく腕が動かず、遂にイビルジョーの大顎が尾晶蠍の右の鋏を咥えてしまった。
このまま噛み砕かれるのか。それとも右腕を食いちぎられるのか。
誰もがそう思ったその時である。
最後まで生きる事を諦めぬ尾晶蠍の意地が、この死闘の決着を呼び込んだ。
ビシュウウゥゥゥゥッッッ!!!!
なんと、アクラ・ヴァシムは自らの右腕を犠牲にし、あえてイビルジョーに喰らい付かせる事で、自分の噴射する起爆性の液体を、至近距離で恐暴竜の顔面へと見舞ったのである。
バリィィィィンッッッッッ!!!
先ほどミハエルとリコリスに打ち出した様に、半分結晶化した状態で打ち出す水晶の爆弾が、怒り食らうイビルジョーの顔面で炸裂する。
まさしく決死の一撃である。
イビルジョーは悲鳴すら上げる間も無く弾き飛ばされ、ズシンと大きな音を立てて砂原へ倒れ込んだ。
しかし、まさしく悪魔の様な生命力をもつイビルジョー。
まだ息があるのか、顔面をズタボロに破壊されようとも、未だに立ち上がろうとする。
だが、決死の一撃で全てをかけたのは、あくまでアクラ・ヴァシムである。
そしてこの場には、その死闘の漁夫の利を得んとする狡猾で残忍なハンター達がいるのだ。
「オオオオオオオオッッッッッ!!!」
まるで本物の獣の咆哮の様に、全霊の気合いを叫び声に乗せたイルゼ・ヴェルナーが、このチャンスを逃す事はない。
右手に握ったデスパライズを、起き上がらんとするイビルジョーの首筋、先程ディーンが二刀を持って刻みつけた裂傷をなぞって、その刃を突き立てたのだ。
「今だ! リコリン!!」
突き立てたデスパライズをイビルジョーの首筋に残し、その場を離れたイルゼが叫ぶ。
代わって駆け込むのは名指しされたリコリス・トゥルースカイ。
「これだけは! この役目だけは、絶対に譲るもんかっ!!」
ミハエルから借り受けた剥ぎ取りナイフを腰の鞘に納め、無手のまま駆け込んだリコリスが、まるで体当たりするかの様にデスパライズへと取り付き、左肩を負傷して体重をうまく乗せきれないイルゼに代わって、その全体重全精力をデスパライズへと込める。
だが、老齢期に至ったイビルジョーの皮膚は鋼の様に硬く、彼女の全力をもってしてもその命を奪いきれない。
しかし。
「リコリス堪えろ!」
彼女にかかる声がある。
ミハエルだ。
彼自身のレックスライサーをデスパライズの突き立った付近に差し込むや、その手を離してリコリスの両手に添える。
「「うおおおおおおおおおぉぉぉぉっっっっっ!!!!」」
今度こそ、と。
リコリスとミハエルの咆哮が響き渡る。
そして……。
──ぞぶり。
ドス黒い血の塊が夜の砂原へと落ち、漸く、長く生きすぎて狂うしかなかった哀しき恐暴竜は、その命を大地に還すことができたのであった。
アクラ・ヴァシムが自身ごとぐるりと円を回転し、尻尾の一撃をイビルジョーへと見舞うや、体勢を崩したイビルジョー目掛け、斬る。斬る。そして斬る。
右手に握った大太刀が苛烈な斬撃を、左手の大剣は遠心力などを利用した鈍く重たい衝撃を、交互に恐暴竜の胴体へと見舞われる。
イビルジョーがたまらずディーンを振り払おうとするや、その行動に移る前にディーンは濃霧の中へと姿を隠す。
代わりに反対側から強襲するのはフィオール・マックールである。
砲術機構を持つため、対大型モンスター用のランスよりも更に重いガンランスを両手で扱う事による、冴え渡る連撃がイビルジョーの右脚へと集中打を浴びせるので、流石の怒り食らうイビルジョーも、砂原に膝をついてしまった。
隙、と言えば隙であるが、それは一瞬のことであろう。
しかし、その一瞬に仕掛けるモノがいた。
「フィオールさんっ!離れてください!」
ズゥンッ!!
自身にかかった可憐な声音に迷わず反応し、追撃をせずに恐暴竜から飛び退ったフィオール。
その彼の元いた場所に、黒褐色の巨体が突進してきたのだ。
アクラ・ヴァシムである。
砕かれた右の鋏の仕返しとばかりに、自身の全体重をイビルジョーへと叩きつけたのだ。
これには流石のイビルジョーも吹っ飛んだ。
どうと砂埃を巻き上げて倒れこむ恐暴竜に、ミハエル、イルゼ、リコリスの三人が一斉に躍り掛かった。
まるで雨のように降り注ぐ斬撃に、辛くも立ち上がったイビルジョー目掛けて、アクラ・ヴァシムが起爆性の液体を噴射せんと、砂の大地に両の鋏を突き立てる。
──だが。
「流石にそれは、許可できねぇぜっ!」
発射されては、今イビルジョーに攻撃を仕掛けている三人にまで被害が及ぶ。
それを妨げたのは“
「オラァッ!」
気合い一閃。
渾身の力を込めて振り下ろしたドン・フルートが、頑強な結晶で覆われた左の鋏を打ち砕いた。
バリィィィィンッッッッッ!!!
無事だった方の左鋏が付着した結晶体ごと、その破片を撒き散らす。
ミハエルやリコリスがいくら攻撃を加えても、ロクなダメージが入らなかったのには、彼らの武装が未だ貧弱だった理由の他に、打撃と斬撃による効果の違いというものがある。
斬撃を通しにくい部位や、肉質を持つモンスターには、ハンマーや狩猟笛といった打撃武器が有効な場合も多いのだ。
今回のように。
追撃を狙うレオニードだが、同じく彼にも注意を促す声が飛んでくる。
「レオさん! ブレスです! 十時の方向へ走って下さい!」
それを聞いたレオニードも、疑う事なく十時の方向。自慢の鋏を砕かれ後ずさったアクラ・ヴァシムの左側面を駆け抜けた。
その瞬間。
ボボボオォォォォォォォォォッッッッ!!!
黒いガス状のブレスが、たった今レオニードとアクラ・ヴァシムが攻防劇を繰り広げた場所を薙ぎ払った。
しかし、レオニードは一歩離れた場所でこの狩場を
結果、イビルジョーのブレスの直撃を受けたのは、尾晶蠍のみであった。
高濃度の龍のエネルギーを帯びたブレスに晒されたアクラ・ヴァシムがその威力に再び吹き飛ばされてひっくり返ってしまう。
今度こそとでも言わんばかりに、無防備に晒されたアクラ・ヴァシムの腹へ喰らい付かんと、イビルジョーが迫る。
しかし……。
「やらせんよ……!」
「お預けだぜ、ゴーヤ野郎っ!」
左側面からフィオールが、右側面からディーンが、それぞれ両手に握った武器をイビルジョーの頰っ面に叩き込んだ。
その攻撃にイビルジョーが怯んだ隙に、アクラ・ヴァシムがすかさず起き上がると、再び怒りに満ちたかのような咆哮を上げた。
先ほどまで黄色くなっていた部分が、今度は夜目にも鮮やかな青色へと変色している。
更にアクラ・ヴァシムが自身が置かれる状況の危険度の認識を上げたのであろう。
ギロリと、四つの赤く輝く
「ッ!? 二人とも離れろ! プレスだ!」
レオニードが、アクラ・ヴァシムの仕草から次の攻撃を予測して警戒の声を飛ばす。
聞こえた声に反応し、その方向へと目を向ければ、驚く事にその巨体を空高くまで跳躍させたアクラ・ヴァシムであった。
落下による
自身の体液の色によって、様々な攻撃方法を見せるが故に、メゼポルタのハンター達からは“
その
そして、イビルジョーも同様に思ったのか、素早く後方へとさがって回避を試みていた。
三者が散開した直後である。
ズゥンッッッッ!!!!
砂埃を巻き上げて、黒褐色の巨体が文字通り“降ってきた”。
陥没する地面を見れば、どれほどの威力かが想像できようもの。
しかし、そこは流石老齢期に至るまで
アクラ・ヴァシムの攻撃を無事やり過ごした怒り食らうイビルジョーは、すかさず反撃に転じた。
長い鎌首をグンと持ち上げると、それを振り回すようにアクラ・ヴァシム目掛けて喰らいつく。
辛くも破損した鋏で防いで見せるアクラ・ヴァシムだが、イビルジョーの猛攻は単発で止まりはしなかった。
二発、三発と、首を左右に振り回し、その反動で執拗にアクラ・ヴァシムへと攻撃を仕掛ける。
これには尾晶蠍もガード仕切れない。
都合四回の噛みつき攻撃を防ぎきったが、アクラ・ヴァシムの両腕はそこで限界だったのだろう。悲鳴のような甲高い声を上げたかと思うと、今しがたまで致命打を貰わぬよう掲げていた両鋏がだらりと下がってしまった。
イビルジョーの追撃は止まらなかった。
トドメとばかりに振り抜かれた鎌首の勢いそのまま一回転し、今度はその太くて長い剛尾が振るわれ、尾晶蠍の顔面に強かに打ち付けられた。
バリィィィィンッッッッッ!!!
遂に、アクラ・ヴァシムの頭部に付着していた結晶体までもが砕け散り、アクラ・ヴァシムはその破壊力になすすべなく弾き飛ばされ、
「チィッ!」
「クソっ!」
ディーンとフィオールが急いで追い討ちを防ぐ為に怒り食らうイビルジョーへと肉薄する。
翻る刃にドス黒い血の花が咲くが、それでもイビルジョーは止まらない。
最早、自身を苛む痛みと飢餓で、ダメージでは止まらなくなってしまっているのであろうか。
かなりの広範囲で翻るディーンとフィオールの武器の軌道の隙間に入り込み、ミハエルまでもが斬撃に加わるが、それでも恐暴竜は停止しない。
ひっくり返ったアクラ・ヴァシムは、まるで口惜しさを全身で表すかのように、ビタンビタンと数度跳ねると、赤い四つの複眼をぎらりと光らせすぐに起き上がった。
オォォォォォォォォォンンッッッッッッ!!!
三度、吠える尾晶蠍。
表面化する体液は、まるで自身の怒りを表現するかの様に真っ赤だ。
しかし、一瞬遅い。
ディーン達の猛攻を押し通った怒り食らうイビルジョーの
ヒュンッ!
飛来した一本の矢が、イビルジョーの虚ろに輝く右眼球に突き立った。
ゴアアアアアアアァァァァァッッッッッッ!!!???
堪らず苦悶の絶叫を上げるイビルジョー。
自我を失ったとはいえ、流石に眼球を射抜かれれば無事ではすまないらしい。
「流石っ!」
「重畳!」
「最高だっ!」
ミハエルが、フィオールが、ディーンが賞賛の声を投げる相手は、銀髪の射手エレン・シルバラントである。
激戦区の一歩外で、モンスター達の動きを見極め、ディーン達仲間に警告や指示を飛ばすだけが彼女の役割ではない。
エレン以外の誰もが認めているのだ。
“俺達のチームの要はエレンである”と。
誰よりも冷静に、誰よりも皆を信じ、そして誰よりも皆のために尽くす。
その彼女が、ここ一番で常にディーン達にチャンスを作るのである。
──いざ反撃。
三人の傑物達が自身の得物を強く握るや、なんと一番最初に反撃に討って出たモノは尾晶蠍であった。
「一旦離れろ三人とも! “千鳥足”だ!」
レオニードの声が飛ぶ。
すかさず三人が自身の射程距離、一足飛びで斬りかかれる限界の間合いまで下がった刹那であった。
怒りに真っ赤に染まったアクラ・ヴァシムの反撃が始まった。
ボロボロの両鋏を掲げ上げたかと思うと、一見フラフラと左右に揺れながら前進しだすアクラ・ヴァシム。
だが、一見頼り無さげに映るその前進は、尾晶蠍最大の攻撃なのであった
バゴォンッ!
左へよろけたアクラ・ヴァシムが、その流れのまま右の鋏を振り抜き、見事イビルジョーの左頬を撃ち抜いた。
バゴォンッ!
左から右へと戻る反動を利用し、今度は左の鋏がイビルジョーの右頬を強打。
左右によろける動きに載せたフックパンチの連打である。
読者諸君に、ボクシングに詳しいものなら聞いたことがあるのではないだろうか。
かつて古の時代、拳聖の異名を轟かせ、∞の字を描く様に体を振った左右の連打を。
レオニードが“千鳥足”と呼んだこの
皮肉にも、先程自分自身がイビルジョーに食らわされた分をお返しする形で都合四発。
左右の連打をイビルジョーへ叩きつけ、最後の一発である倒れ込みながらの全体重を乗せた右の鋏で、遂にダウンを奪い取ったのだった。
どうと横倒しになるイビルジョー。
全体重をかけた四発目の一撃の反動により、同じく倒れたままのアクラ・ヴァシム。
この辺境に生きるモンスター達の、壮絶なる激闘に、今まさに終止符を打たんとディーン達が追撃に走るのだ。
驚嘆すべき事に、それでも恐暴竜と尾晶蠍はその脚を痙攣させながら立ち上がった。
まるで生涯の仇敵であるかの様に、襲い来るディーン達を無視して互いに攻撃をしかけんとするモンスター達。
生きるか。死ぬか。
喰うか。喰われるか。
先へと進むか。その場で朽ちるか。
まさに、生きるということは死闘である。
ハンターはその死闘の間隙を縫って、勝利を掠めとるのだ。
苦し紛れに立ち上がったイビルジョーが、力と意地を振り絞ってアクラ・ヴァシムへと喰らいつく。
対するアクラ・ヴァシムは今までのダメージのせいか、先ほどまでの様に鋏でガードしようにもうまく腕が動かず、遂にイビルジョーの大顎が尾晶蠍の右の鋏を咥えてしまった。
このまま噛み砕かれるのか。それとも右腕を食いちぎられるのか。
誰もがそう思ったその時である。
最後まで生きる事を諦めぬ尾晶蠍の意地が、この死闘の決着を呼び込んだ。
ビシュウウゥゥゥゥッッッ!!!!
なんと、アクラ・ヴァシムは自らの右腕を犠牲にし、あえてイビルジョーに喰らい付かせる事で、自分の噴射する起爆性の液体を、至近距離で恐暴竜の顔面へと見舞ったのである。
バリィィィィンッッッッッ!!!
先ほどミハエルとリコリスに打ち出した様に、半分結晶化した状態で打ち出す水晶の爆弾が、怒り食らうイビルジョーの顔面で炸裂する。
まさしく決死の一撃である。
イビルジョーは悲鳴すら上げる間も無く弾き飛ばされ、ズシンと大きな音を立てて砂原へ倒れ込んだ。
しかし、まさしく悪魔の様な生命力をもつイビルジョー。
まだ息があるのか、顔面をズタボロに破壊されようとも、未だに立ち上がろうとする。
だが、決死の一撃で全てをかけたのは、あくまでアクラ・ヴァシムである。
そしてこの場には、その死闘の漁夫の利を得んとする狡猾で残忍なハンター達がいるのだ。
「オオオオオオオオッッッッッ!!!」
まるで本物の獣の咆哮の様に、全霊の気合いを叫び声に乗せたイルゼ・ヴェルナーが、このチャンスを逃す事はない。
右手に握ったデスパライズを、起き上がらんとするイビルジョーの首筋、先程ディーンが二刀を持って刻みつけた裂傷をなぞって、その刃を突き立てたのだ。
「今だ! リコリン!!」
突き立てたデスパライズをイビルジョーの首筋に残し、その場を離れたイルゼが叫ぶ。
代わって駆け込むのは名指しされたリコリス・トゥルースカイ。
「これだけは! この役目だけは、絶対に譲るもんかっ!!」
ミハエルから借り受けた剥ぎ取りナイフを腰の鞘に納め、無手のまま駆け込んだリコリスが、まるで体当たりするかの様にデスパライズへと取り付き、左肩を負傷して体重をうまく乗せきれないイルゼに代わって、その全体重全精力をデスパライズへと込める。
だが、老齢期に至ったイビルジョーの皮膚は鋼の様に硬く、彼女の全力をもってしてもその命を奪いきれない。
しかし。
「リコリス堪えろ!」
彼女にかかる声がある。
ミハエルだ。
彼自身のレックスライサーをデスパライズの突き立った付近に差し込むや、その手を離してリコリスの両手に添える。
「「うおおおおおおおおおぉぉぉぉっっっっっ!!!!」」
今度こそ、と。
リコリスとミハエルの咆哮が響き渡る。
そして……。
──ぞぶり。
ドス黒い血の塊が夜の砂原へと落ち、漸く、長く生きすぎて狂うしかなかった哀しき恐暴竜は、その命を大地に還すことができたのであった。