4節(3)

文字数 5,780文字

突貫(Go)!!

 裂帛(れっぱく)

 ディーンの鋭い声と共に、二人の仕手(アタッカー)がリオレウス目掛けて大地を蹴る。

 フィオールはズンと腰を落とし、突撃槍(ランス)を突き出し駆ける。目指すはリオレウスの顔面。

 対面のディーンは、大太刀片手に火竜の大きな尻尾に斬りかかる。狙うは、あの忌々(いまいま)しい尻尾の切断。

 二人の同時攻撃によりできた隙に、再びエレンが徹甲(てっこう)榴弾(りゅうだん)を打ち込む作戦だ。

 この調子でダメージを重ねていけば、いかな火竜リオレウスといえど、退けることが出来るはず。

「はああぁぁぁっ!!

「でやあぁぁぁっ!!

 まさしく、呼吸を合わせたディーンとフィオールの挟撃(きょうげき)

 リオレウスに、無視できぬダメージを与えるべく繰り出された二人の攻撃に対して、火竜は想像を絶する方法で対応した。


 ギャオオオオオオオォォォォォッッ!!!!!!


 吠えたのだ。

 信じられないくらいの大音量の咆哮(ほうこう)

 飛竜種の生態の一つ、バインドボイスである。

 周りの人間の鼓膜(こまく)を破らんばかりの轟音(ごうおん)に、今まさに攻撃を仕掛けんとしていたディーンとフィオールは勿論、若干距離を取っていたエレンすら、その意志とは裏腹に、その身を硬直(こうちょく)させてしまった。

 このタイミングでは、致命的な隙である。

 リオレウスの方が一枚上手であった。

 奴は先の攻撃での失態(しったい)逆手(さかて)にとり、ディーン達に誘いをかけたのだ。

 まさに不覚。
 その一言である。

 ディーン達の硬直が解けるまで悠長に待ってくれるほど、火竜が生易(なまやさ)しい存在でないのは言うまでもない。

 バサッと大きく翼を広げると、一扇(ひとあお)ぎで後方へと跳躍(ジャンプ)するや、自身の元居た位置へと炎のブレスを吐きつけたのだ。

 燃え盛る火弾(かだん)と化したブレスは、火竜がさっきまで立っていた場所、つまりは駆け込んできたディーンとフィオール目掛けて飛来した。


 ドォンッッ!!


 地面に着弾したブレスが爆発する。

「ぐあぁっ!?
「くっ!?

 直撃を免れたのは、彼等の運が良いことと、いち早く立ち直ったその精神力の賜(たまもの)であろう。

 しかし、直撃を避けたとはいえ、火竜のブレスの威力や凄まじく、ディーンとフィオールを軽々と吹き飛ばした。

「ディーンさんっ!? フィオールさんっ!?

 硬直から立ち直ったエレンが悲鳴を上げる。
 しかしそれは、リオレウスにとっては、絶好の隙でしかない。

 空中で首を巡らせ、エレンに照準を合わせたリオレウスが、彼女めがけてブレスを飛ばす。
 火弾となった炎のブレスは、気を()らしたエレンの足元に着弾、爆発した。

「きゃあぁぁっ!?

 流石》のリオレウスといえども、空中で無理矢理狙いを定めたために、若干狙いがブレたのだろうが、それがエレンに幸いした。

 爆風で吹き飛ばされるだけですんだのだから、幸運としか言いようがない。

 元々の体力、タフネスだけではなく、剣士用と呼ばれる、近接戦に特化した加工を施された装備に身を包むディーン達とは違い、動きやすさや細かな作業の多さに応じたガンナーの為の装備は、得てして防御力が低い。

 そのような装備で、万が一にでも火竜のブレスの直撃など食らおうものなら、今頃エレンの姿は、見るも無惨な消し炭と化していたかもしれなかった。

 リオレウスは、空中で若干ホバリングしていたが、自らのブレスがディーン達に大きなダメージを与えたことに満足したのか、ゆっくりと地面へと降り立った。

「く……くそぅ……」

 フィオールは、痛みに悲鳴を上げる全身に鞭|打ち、何とか立ち上がる。

 ディーンも同じような(ざま)であろう。

 否、ディーンは既に立ち上がっていて、エレンの様子を見るや、無事なことを確かめると、怒りに燃える瞳でリオレウスを睨みつけていた。

 あれだけの攻撃を受けて尚、彼の戦う気力は失われてはいない。

 むしろその瞳には、仲間を傷つけられた怒りによってか、先程よりも強い光を宿しているかのようだ。

 しかし、ゆっくりと大地に降り立つリオレウスは、あまりに強大である。

 先に戦った轟竜(ごうりゅう)ティガレックスよりも、個体としては強力な者であるのは間違いない。

 ──絶体絶命(ぜったいぜつめい)

 そんな言葉が、フィオールの脳裏をよぎったその時であった。


 パフォ~~っ!パフォ~~っ!


 響き渡る角笛(つのぶえ)の音。

 音につられ、リオレウスもディーン達も視線を向けた先には、緑色の甲冑で申し訳程度に武装した灰色のアイルーが一匹、一生懸命に角笛を吹いていた。

 そしてその傍らには、鋭利(えいり)な刃を思わせる、青色の全身鎧に身を包んだ人物が、今まさにそちらを向いたリオレウス目掛けて、(にぎ)拳大(こぶしだい)の物体を振りかぶっていた。

「みんな! 目を閉じてっ!!

 聞き覚えのある声がした。

 だが、彼の手から離れた物体を見たディーンとフィオールは、声の主の顔を思い浮かべるまもなく瞳を閉じ、その物体から顔を背けた。


 刹那(せつな)


 ぼんっ!


 放たれた球状の物体が破裂し、強烈な光がリオレウスの網膜(もうまく)を焼く。

 閃光玉(せんこうだま)である。

 太陽を間近で見るかの閃光をモロに見てしまったリオレウスは、たまらず悲鳴を上げ、大きくのけぞった。

「みんな、今のうちに!」

 青い全身鎧、ギザミシリーズに身を包む男、ミハエル・シューミィが叫ぶ。

 このチャンスに、一旦この場を逃れ、体制を立て直さねばならない。

 一にも二にも頷いて、ディーン達は視界を一時的に潰されて苦しむリオレウスを後目(しりめ)に、傷付いたエレンを助けおこしてその場を離れるのだった。


・・・
・・



 坂道を下ってベースキャンプに向かう事は避けた。

 リオレウスの視界はすぐにでも回復するであろう。そうなった時、視界の広い場所では、優れた空中旋回能力を持つ火竜リオレウスの独壇場となってしまうからである。

 そこでディーン達は、一旦崖沿いの道を先へと進み、その先にあるシルクォーレの森への入り口へとから森へと入り、遠回りでベースキャンプへと戻ることにしたのだった。

「ふう……助かったぜ、ミハエル。それにネコチュウも」

「ああ、礼を言い切れぬほどだ」

 漸く一息つくことができ、ディーンとフィオールが自らの窮地を救ってくれた恩人二名に礼を言う。

「いや、本当はもっと早く追いついて、この区域に、火竜が季節はずれにやってきている事を伝えたかったんだけどね」

「ミャ、一足遅かったニャ」

「でも、ミハエルさんやネコチュウさんに来ていただかなかったら、危ないところでした」

 回復薬にハチミツをを混ぜて効果を高めた回復薬グレートを飲み、いくらか回復したエレンが、礼を言う二人にならってミハエル達に頭を下げる。

「少なくとも、エレンは本気で死にかけてたからな~」

「あう……」

 ディーン達が吹き飛ばされたのに気を取られ、あわやブレスの直撃を受けそうになったことをディーンに指摘され、エレンが涙目になる。

 意地の悪い事をニヤニヤと言うディーンであったが、彼のこの陽気さは、今の状況では心強かった。

 エレンとしても、先程の炎のブレスの恐怖が、彼のお陰で多少は和らぐのだった。

 今、彼らの居る位置は、シルクォーレの森の入り口部分、周りを高い木々や、岩壁に囲まれた、樹木のトンネルのような道の手前、森の中にぽっかり出来上がったドーム状のスペースである。

 一本隣にある道からは、澄み渡る小川から流れ込む水を湛えた池のある、広いスペースに行くことができるが、火竜が休憩場所として使うことも考えられるため、こちら側の道を選択したのだ。

「さて、ミハエル達が来てくれて、大分状況を好転させられる。まずは、一旦ベースキャンプへ戻って、作戦を練り直そう」

 皆の緊張が一段落したのを確認し、フィオールが切り出す。
 誰からも反対意見はでなかった。

「そうだね。この道ならば、空からは見つかりにくいだろうし、生息しているモンスターも、危険なモノは居ないはずだよ」

 ミハエルが用意してきた地図を広げながら、「特に、今はね」と言葉をつなげた。

 木漏(こも)れ日の差し込む、昼尚暗(ひつなおくら)きこの道には、アイルーの亜種にあたる黒猫型の亜人種(デミヒューマン)、メラルーの出没が多いらしい。

 ヒトと共存している者も多いアイルー達とは違い、メラルー達はハンター達を始め、ヒトの持ち物を狙い、猫の手に似たピックのようなもので、標的の(ふところ)から持ち物をかすめ取る曲者(くせもの)である。

 だが、流石の彼等も、火竜の飛び交う中にわざわざ出向いたりはしないようだった。
 彼等を警戒して、商人達は貴重品だけはベースキャンプへと持ち込んでいたが、その心配は杞憂(きゆう)だったようだ。

「よし、急いでこの道を抜けてしまおう」

 そう言うフィオールを先頭に、ミハエルが続き、エレンと、大風呂敷(おおぶろしき)に沢山のアイテムを抱えたネコチュウを挟んで、殿(しんがり)にディーンといった編成で、木々のトンネルをいざ抜けよう。

 ……と、(なか)ばまで進んだ時であった。

「止まれ、フィオール!」

 突然、ディーンの発した警戒の声に、一行は歩みを止める事となった。

「……何か(・・)いやがる」

 どうしたのかと問う視線に応えるや、ディーンは彼等を追い抜いて先頭に立つと、目の前を睨みつけた。

「確か、この先には若干広いスペースがあったとハズだが」

 再び走る緊張感にその目を険しくしたフィオールが、背中に納めた太刀に既に手をかけるディーンにならって、眼前の道の先、少し左に膨らむようにぽっかりと開いた、ちょっとした空間があるのを思い出しながら言う。

「どうやら、ミハエル達が持ってきてくれたアイテムは、この場で分配した方が良さそうだな」

 ディーンは相変わらず、木々のトンネルが陰になって見えぬそのスペースを凝視したままだ。

 理屈ではない。感じるのだ、先の火竜に劣らぬ存在感を……

 息を潜め、こちらが無警戒に間合いに踏み込んでくるのを、じっと待ち構えるもう一つの驚異。

 繁殖期には今暫(いましばら)くあるが、その時期に雄火竜リオレウスが此処(ここ)にいると言うことは、自ずと連想される(つがい)の存在を……

 ネコチュウが息を殺して、支給品を各自に分配し終えると、彼等は打って出た。

 先程は不意を打たれたが、いつまでも奴らの思い通りにさせはしない。

「目に物見やがれっ!」

 互いに死角となる位置から、互いの視線の集まる位置へ向かって、ディーンの手から閃光玉が放たれた。

 絶命(ぜつめい)と同時に強烈な閃光を放つ、光蟲(ひかりむし)を封じた玉が弾け、その衝撃によって命を絶たれた哀れな(むし)が、最後の灯火(ともしび)を激しく燃え上がらせる。

 その光量たるや凄まじく、まるで小さな太陽の誕生である。


 ギャアアアアッッッ!!??


 死角になったスペースの向こうで、意表を突かれて視界を奪われた巨大な存在が、苦しそうな悲鳴をあげる。

「──仕掛けるぞっ!!

「「応!!」」

 フィオールの号令に、一斉に応える若きハンター達。

 彼等はだっと駆け出すと、木々の中にぽっかりと開いたそのスペースへと(おど)り出た。

 そこに居るは、火竜の(めす)

 (おす)の火竜リオレウスが、空中旋回能力に長けた空の王者であるならば、雌の火竜は大地を駆ける陸の女王。

 深緑(ふかみどり)の甲殻に覆われ、その背中には雄とは違う、天へと逆立つ無数の棘。
 (つがい)となる雄火竜(おすかりゅう)と同じく、伝説の(ドラゴン)にもっとも近い、その美しいともいえる姿。
 雌火竜(めすかりゅう)リオレイア。
 その破壊力こそ雄のリオレウスに劣るものの、数ある火竜種の中でも危険度は上位に君臨する事には変わりない。

 その雌火竜が今、奇襲を仕掛けようとした相手に、逆にしてやられる形で視界を封じられ、苦しんでいた。

「ハァッ!!

「セイッ!!

 先行して走るディーンとミハエルが、網膜(もうまく)を焼かれて苦しむリオレイアの(ふところ)に潜り込むように、低く下げられた頭部の両サイドを走りぬける。

 走り抜けたと同時に抜刀。

 ディーンは左脚、ミハエルは右脚へと斬りかかった。

 鋭利な刃が、リオレイアの両脚を覆う堅い甲殻を削りつける。

 しかし、飛竜の皮膚は堅い。体重の充分に乗った二人の斬撃も、初太刀のみでは効果が薄い。

 ならば、斬り続けるだけの事。
 対大型モンスター戦の基本である。

 飛竜種をはじめとする、大型モンスターの皮膚は堅く、その生命力は計り知れない。
 モンスターハンターの狩りとは、必然《、奴らのその堅い外郭(がいかく)ごと、その命を削り尽くす行為に他ならない。

「デェェェェェイヤッ!!

 初撃の動きから、強引に両の腕を天に突き上げ、その闘気を解放するミハエル。

 ──鬼人化。

 仕手(して)スタミナを犠牲に、一気に身体能力を上げる双剣使いの奥義を惜しみなく披露するミハエルの、目にも留まらぬ斬撃──乱舞が、雌火竜の右脚部に鮮血の華を咲かせる。

 その圧倒的手数の攻撃によって、頑強な甲殻に守られた火竜の皮膚に、刃が通ったのだ。
 一方、対岸のディーンも負けてはいない。
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