3節(11)

文字数 4,577文字

 それに合わせてイビルジョーも地を蹴ってディーン達に飛びかかる。

 速度は先程の比ではない。

 ──しかし。


「らぁっ!」
「シィッ!」


 ディーンとフィオールはそれぞれ左右へと走り抜ける様にイビルジョーの攻撃をやり過ごすと、すれ違いざまに一撃ずつ横っ面に見舞う。

 そのままイビルジョーを挟む様に距離をとって、改めて身構える二人。

 ディーンは普段通り、彼独特の大太刀を右片手一本で後ろに流す様に持ち、左肩が前方にくる我流の構えである。
 反対側に立つフィオールは、こちらも独特の構えであった。

 大盾を放り投げたためか、ハンターの流儀では左腕に持つはずのガンランスを右手に持ち、左手は銃槍の半ばに添える様にして持つ、やはりディーンと同じく左肩が前に来る様な間半身の構えであった。

 右手側はやや胸に近い位置に上げ、銃槍に添えた左手側を下向きにして、重心はやや前に傾ける様な、見るからに攻撃的な姿勢である。

「ディーン! 悪いが先手はいただくぞ!」

 言うや、ディーンの応えを聞かずにフィオールが疾走(はし)る。
 それに反応し、イビルジョーがフィオールへと的を絞った。

 先の二合で直線的な攻撃が軽々と躱されたからであろうか、二歩ほど後退したかと思うや、その巨体を横向きに、体当たりをしかけるイビルジョー。

 予備動作を含め、己のリミッターを外したからであろうか、その動作は恐ろしく素早い……が、しかし。

 迎え撃つフィオールは更にその上をいった。

「速い!」

 一旦遠巻きに距離をとり、様子を伺うイルゼが声を上げた。
 彼女には、一瞬フィオールが消失した様に見えたからだ。

「いや、違う!」

 傍のレオニードがすぐに否定する。
 野生の勘に頼る戦い方をするイルゼには、フィオールの動きがあまりの速度に消えた様に見えたのだろう。

 実際速い。
 それこそ目の前のイビルジョーも、そう感じているに違いない。

 しかし、ほんの少し違う部分がある。

「……後ろだ!」

 イビルジョーの視界から消失したフィオールが、なんと彼の竜の背後から声をかけてきたのだ。

 言葉は届かぬが、それでも声は届く。

 イビルジョーは一切の経緯も分からぬまま、自身の体当たりが躱された事と、自分が死に体を晒している事を強制的に思い知らされる。

 胴体左側に無慈悲にもたらされる痛みによって、だ。

疾風怒濤(シュトゥルムドランク)っ!!」

 刺突(つく)刺突(つく)刺突(つく)、そして刺突(つく)

 恐暴竜の体当たりを仕掛けたその反対側に回り込んだ槍士(ランサー)がその超重量のはずのスティールガンランスを、目にも留まらぬ速度で突きを何発、何十発と繰り出したのだ。

 その様、その激しさ、まさに疾風怒濤。

 だが、相手は辺境最凶との呼び声高き、老齢期の恐暴竜である。

 自身を苛む痛みには慣れたものなのか、それとも、もう何もかもが理解できなくなっているのか。

 フィオールの猛攻に怯むことなく、お返しにと、振り返りざまに一撃を見舞う。

 長い鎌首を振り回すように、フィオールを大顎を開けて襲う怒り喰らうイビルジョー。
 それでも、フィオールから返ってくる言葉には、焦りの色は感じられない。

「大振りが過ぎる」

 盾を捨てた所為であろうか、触れれば必滅の攻撃にさらされるが故に、さらに冴え渡るフィオールの見切り。

 千里眼(フューレン)の域に到達した彼を捉えることは、理性なき魔物には不可能な芸当なのだ。

 首を横に振り回すように噛み付いて来たイビルジョーだが、フィオールの姿が再び恐暴竜の視界から消失する。

「そら、頰っ面がお留守だ」

 そして聞こえたフィオールの声は、今まさに虚空を噛み砕いたイビルジョーのちょうど横顔、まさに耳元から聞こえて来た。


 バチィィィンッッッ!!


 声がイビルジョー耳朶(じだ)を叩いたその直後に、今度は物理的な衝撃が彼の竜の右頬を強かに打った。

 なんとフィオールは、イビルジョーが振り回すその鎌首の外側すれすれを、まるで円舞(ロンド)のターンでもする様にやり過ごすや、自身の回転に合わせて両手に握ったスティールガンランスを、すれ違い様の横面に叩きつけたのだ。
まるで、鈍器を振るうかの如く、である。

「ッ!?」

 今の動きを観ても、イルゼはフィオールの絶技全貌を理解できなかった。
 遠目から観ているのに、である。

縮地法(しゅくちほう)って言うらしいぜ」

 突然聞こえた声は、フィオールの芸術的とも言える戦いに魅入っていた二人の後方から発せられたものだった。
 少なからず驚いて振り返ると、そこに立つのはディーン・シュバルツだ。

「縮地法……?」と鸚鵡返(おうむがえ)しに聞き返すイルゼだが、当のディーンは「ああ」と自信満々に応えた。

 だが、その後にどんなものなのかと問われると、「あ、えっとなぁ……説明すんのは難しいんだけど……」と、どう説明したものかと、言葉を探すばかりであった。

「縮地法ってのは、もともとは仙術……まぁ、言っちまえば妖術魔術の(たぐい)から名前を取ったものなんだが」

 代わりに説明を引き継いだのはレオニードであった。

 さて、運動神経に自身がある読者の方には、おぼえがないだろうか。
 急に誰かが後ろから自分にぶつかったなどの衝撃で、あわや転んでしまいそうになった時。
 もしくは、歩行中ふいに何かにつまずいて、転びそうになった時。

 自分でも驚くほどの反応速度で、動く方の足がその身を支えてくれた事はないだろうか。

 では、それを意図的に再現してみていただきたい。
 おそらく、そう簡単にはあの速度を再現できないのではないだろうか。

 その違いは、無意識(むいしき)有意識(ゆういしき)にある。

 単純にいって仕舞えば、無意識の場合は、自身の理性が何かを行おうとする前に、自分の身体自体が、『マズイ、なんとかせねば』と勝手に行動を起こすのだ。
 有意識でそれを再現しようとすると、まずはその行為・行動の結果をイメージし、その結果を出すための運動エネルギーや動作のイメージ、果てにはエネルギーコストや、実行に移るにおいてのメリットやデメリットまでも考えたのち、再現したい動きに必要な力加減、その後のリカバリーなどを、考えたりするものだ。

 しかし、無意識下の行動は、そういった“余計な思考や動作”を一切省いている。
 人は、人が感じている以上の事を無意識下に行っているのだ。

 そして、先に述べた様に無意識下の動作を“意識して”行う事は非常に難しい。
 逆に言えば、無意識下の行動は、有意識での動きよりも、はるかに素早く、力強い動きができるのだ。

「そうそう!」

 ディーンが我が意を得たりと声を上げた。

「すっごい雑な言い方すれば、擬似火事場の馬鹿力ってな感じかな」

 ある程度レオニードが代わりにした説明の尻馬に乗っかり、ディーンが付け足す。

「口で言うには簡単なんだがな」

 と、苦笑気味に言うレオニード。

 当然である。
 想像してみてほしい。死と隣り合わせの激闘の中、一瞬でも思考を放棄するなど正気の沙汰ではない。

 勿論、フィオールが完全に何も考えていない訳ではない。
 所作、動作の最初の一瞬のみ、その行動を無意識下の自分へと委ねているのだ。後は、何千、何万と繰り返した訓練を積んできた彼の身体が、勝手に最適な行動を取ってくれる。

「そして、もう一つ」

 ディーンが人差し指をピッと立てて見せる。

「フィオールの動きが、視界から消えて見えるってのには、ちょいとしたカラクリがあるんだよ」

 そう言うディーンに、イルゼが再び怪訝そうな顔になる。
 その様子に、何故か得意げな表情になるディーンだが、それに関しても、レオニードが答えを持っていた。

「身体の弛緩から来る、目の錯覚。だろう?」

「なんだ、これも知ってたのかよ」

 ズバリ的中したのだろう、今度こそは得意げに説明してやろうと息巻いていたディーンが口を尖らせるが、イルゼは気にせずレオニードに続きを催促する。

「原理は、俺がレクサーラで見せた“抜き”と、足さばきに関しては一緒だ」

「あの、不思議な抜刀術か?」

 問い返すイルゼにそうだと応えるレオニードは「もっとも、フィオールちゃんの“あれ”は、俺の“それ”よかはるかに高度だがな」などと、皮肉めいて説明を続ける。

「普通、何かアクションを起こす場合、俺たちヒトは勿論のこと、自然界に生きる動物達も、ほぼ全てにおいて準備動作が入る。つまりは、次の動きの為に、大なり小なり力を貯める訳だ」

 眼前では、再びイビルジョーがフィオールを見失っていた。

 何度も鎌首を振り回すが、その牙は一向にフィオールを捉えることはできず、逆に何度もカウンター気味の一撃を見舞われている。

「だが、フィオールちゃんの動きは、その逆。つまりは……」

 そこまでレオニードが言葉を続けたその時である。
 イビルジョーが数歩後退すると、一旦大きく息を吸い込むようにその首を持ち上げた。

 先程見せた、広範囲を薙ぎ払うブレス攻撃である。
 しかし、それすらもフィオールの千里眼(フューレン)は見切っていた。

 数歩後退するイビルジョーに追いすがるように移動するフィオールの身体が、一瞬だけフッと沈んだ様に見えた。

「ッ!? そうか!」

 イルゼの瞳に理解の光が灯る。

 それと同時に、イビルジョーのブレスがフィオールめがけて放たれようとするが、その場に既にフィオールは立ってはいなかった。

「脱力し、一瞬身体の力が抜け、ふとすれば倒れ込んでしまうその動き自体に、無意識下の動きを合わせていたのか!」

 ようやく合点がいった事で、彼女にしては珍しく饒舌だが、イルゼの言が正解を言い当てた。

 つまり、原理はこうである。
 本来、人間を含む動物は、なんらかのアクションを起こす場合は、ほぼ必ずと言えるほど、そのアクションの為の“力を貯める”。

 そしてその貯めた力を利用してアクションを起こす訳だが、フィオールの動きは真逆である。

 そのアクションの為に“力を抜く”のだ。

 動物の眼というものは、実は高速で動くものを、全て認識しているわけではなく、その前の動きから、ある程度の予測を立ててものの動きを追っている。
 そこに、今回の様に本来とは逆の動きをしながらも、結果的には同じ効果をおよぼすような動きをされた場合どうなるであろうか。

 脳が一瞬錯覚をしてしまうのである。

 その為、混乱した脳はほんの一瞬だけだが、視界からフィオールを“見失って”しまうのだ。

 しかもフィオールの場合、抜く力は自身の姿勢を保てぬレベルだ。

 これにより身体のコントロールを無意識下の制御にシフトする。
 自然とフィオールの動きは最適化され、先の様にイビルジョーを圧倒して見せたというわけだった。
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