2節(7)

文字数 5,279文字

 連撃の痛みをどうにか堪えたベルキュロスは、その怒りに(たてがみ)を赤く染め上げ、体内の電流を(くちばし)へと集中させる。

 ブレスである。

 危険を悟ったコルベットとレオニードが、ブレスの射線上から素早く退避するが、逃げ遅れた人物がいた。

「なっ!?」

 ディーンが思わず声を上げる。

 DDD(トライディー)が、未だにベルキュロスのブレスの射線上でバール・ダオラを構えていたからである。

 常識外れの攻撃力を誇る超速射機能を持つバール・ダオラだが、先に述べた弱点である、機動性の欠如の所為であろうか。

 近接戦闘主体の剣士に分類されるものとは違い射手(ガンナー)の防具の装甲は薄い。

 例え歴戦のハンターであるDDDといえども、ガンナー防具でベルキュロスのブレスの直撃を受けて無事で済むとは思えない。
 早く逃げろと、そう叫ぼうとするディーンの声よりも速く、ベルキュロスがブレスに必要な電圧を蓄えた様だ。

 そして今まさに、舞雷竜の口から超高電圧のブレスが小柄なガンナーへ向けて放たれた。
 だがそれでも、射手たるDDDは動かなかった。

 動けなかった(・・・・・・)のではない。
 何故ならば、

「ヌオオオァァァッッッッ!!」

 モンスターにも負け咆哮を上げた巨漢が、彼女の前に立ち塞がったからであった。

 巨漢。
 彼女の夫たるオズワルド・ツァイベルは愛する妻と、その妻を狙う電磁砲(レールガン)の砲台たる舞雷竜のあいだに走り込むや、先程同様、おもむろに炎王大剣を甲板上に突き立てた。

 刹那。
 雷のブレスが彼らを襲う。

 しかし、先の放電すら耐えきった彼の愛剣、炎王大剣【暴君】は超電圧のブレスを前に、彼とその愛妻を見事に守り切ってみせたのである。

 それもそのはず。

 彼の大剣はその名の示す通り、炎王と名高い古龍種の(ゆう)テオ・テスカトルの素材を元に鍛え上げられた剛剣である。

 例えそれが本物の超電磁砲(レールガン)であろうとも、この暴君は決して折れたりはしないだろう。

 だからこそ、である。
 ガチャリ、と。バール・ダオラの銃身に弾丸が装填された音が響き渡る。

 DDDは疑いもしなかった。

 コルベットとレオニードがディーンに続いて攻撃を仕掛けた時、自分の夫はそれに追随しなかったのだ。

 それはまさに、この舞雷竜の反撃を見越しての事。
 そして妻は、夫が自分の盾となって、守ってくれる事をわかっていた上で動かなかったのである。


さぁ踊りなさい、ボウヤ(Rock 'n' roll Baby)


 小柄な上にやや童顔な彼女の口からこぼれ落ちる妖艶な吐息は、舞雷竜にまで届いただろうか。


 ドバババババババババババババッッッッッッ!!!!


 明滅する発火炎(マズルフラッシュ)に、鳴り響く銃声の雨。
 DDDのバール・ダオラから吐き出された弾丸たちが、一直線にベルキュロスの頭部へと向かう。

 着弾する弾丸たちが、着実に舞雷竜の命を削り取る。

 都合56発の弾丸が狙い違わずベルキュロスの頭部へと着弾。弾け飛んだ弾丸の破片と血液、そして甲殻と鱗を撒き散らして、ベルキュロスは大きく後退を余儀なくされるのだった。

 一度見た超機能であるが、驚いてばかりもいられない。

 そう思いディーンが追撃にと走り出そうとするも、それは肩を掴んだコルベットよって阻まれた。

「大丈夫ですディーンさん。もう勝負は着きましたから」

「ディーンちゃんのおかげだぜぇ」

 いつの間にか近寄ってきたのか、レオニードもディーンの傍へとやってきていた。

 何を、とディーンが問い返そうとした、その時である。
 突然ベルキュロスが苦しみだしたのだ。

「な、なんだ?」

 遠目に戦況を伺っていたイルゼたちも、突然の舞雷竜の苦しみように怪訝な表情を浮かべる。

 それに応えるのは、落ち着き払った様子のムラマサであった。

短絡(ショート)。という言葉を、イルゼ君は知っているかね?」

 そう問うムラマサの言葉に、イルゼは素直に首を振った。

 数多の電気製品に囲まれた現代社会に生きる読者諸君には、もしかしたら馴染みのある言葉なのかも知れないが、未だこの辺境の地には電気を生活に利用するという習慣は根付いていない。

 故に、ムラマサの言葉に首をかしげるイルゼを、誰が笑えようか。

 電流を流す回路に誤作動、もしくは異物の混入、許容以上の大電流などにより、回路自体が焼き切れてしまう現象が起こる。

 先に述べたように、辺境に生息する数あるモンスターの中において、ベルキュロスは自身の体内を流れる、発電性のミネラルを多分に含んだ体液を調整し、先の超高電圧を発生させるのだが、この体液の調整は我々の予想をはるかに超えて繊細なものであり、何かの異常があれば暴走してしまうのである。

「身体を絶縁体で覆っているフルフルや、電気の生成を雷光虫との共生によって行なっている雷狼竜(ジンオウガ)と違って、ベルキュロスには実は、自身で生成した電撃を逃す窓口は、放出すること(・・・・・・)しかない。だから、放出する窓口までの回路に何かしらの異常が起こると……」

 どうなるのか。
 それは、まさに甲板上のベルキュロスが実践するところであった。

 苦しむベルキュロスは、まるでその痛みから逃げ出そうとするかのように残った力を振り絞って翼を羽ばたかせ、甲板から少しだけ浮上したが、そこまでであった。


 ギュオォォォォォォォンンッッッッッ!!!!


 それは、暴走した体内の電流があげた音だったのか、それとも舞雷竜の断末魔の咆哮であったのか。

 どちらにしても、それは舞雷竜の魂があげた最後の叫びであった。
 飛び上がったベルキュロスは、先ほどオズワルドを巻き込んだ時のような電流の放出を起こすかのように、自信を中心に眩い光を放つと、そのまま力なく落下し、二度と動き出すことはなかった。

「何が、起きたってんだよ……」

 ディーンが、舞雷竜の亡骸(なきがら)を前に、釈然としないと言った風に呟く。

「ボウヤが、奴の角をへし折ってくれたからさ」

 そのつぶやきに答えたのは、DDDであった。

「ベルキュロスってのはね。体内で電気を生成している、その生成方法ってのが複雑でね。体のどっかでも欠損があれば、それだけで誤作動を起こしやすくなるのさ」

 言いながら腰の剥ぎ取りナイフを抜き放ち、ベルキュロスへと突き立てるDDD。

 見れば他のメンバーたちも素早く剥ぎ取り作業を行なっている。

「だから、ボウヤが角を破壊した途端に、ココさんもレオも、あたしも頭部に攻撃を集中させて、誤作動……まぁ、要は短絡(ショート)を誘発させたってわけさ」

 ベルキュロスの超高電圧は、一歩間違えれば自身をも焼き尽くす諸刃の刃なのである。

 ただ単に力を持っての打倒ではない。これが歴戦のハンターの戦いなのだ。

 今までの自分は、その腕っぷしに物を言わせての力押ししかしていなかったが、彼らはそれだけではない。

 この飛竜は、間違いなく強敵であった。

 それこそ、砂漠で(まみ)えたイビルジョーにほんの少しも劣らない。

 世界は広い。
 そう思わずにはいられなかった。

…すげえな、ホント。

 まだまだ学ぶことが多い。

 ディーンは、彼らにならって自身も剥ぎ取りナイフを引き抜くと、ベルキュロスの死骸へと突き立てるのであった。

「それにしても、珍しいよな。ベルキュロスが峡谷を離れて飛行船に襲いかかってくるなんて」

 剥ぎ取りを終えたレオニードが、自分の取り分をまとめて、専用のボックスへとしまい終えて口を開いた。

「確かに、妙ですねぇ」

 長らくハンターとして大陸中を、文字どおり飛び回るラストサバイバーズの面々ですら、今回の舞雷竜の強襲には、不可解な点があるというのである。

「優秀なパローネキャラバンの遠見も、あんな大きな目標を見落とすなんてことも、考えにくいしな」

「ああ、飛行船技術に関しちゃ、設計から造船、操舵に至る全てにおいて、パローネの右に出るものはいないからな」

 ツァイベル夫妻も、首をかしげる。

 DDDの言うように、こと飛行船のことに関しては、パローネキャラバンは専門家(スペシャリスト)である。それは、周囲に航空の障害となる存在がいないかを見張る遠見の者たちにおいても同様である。

 見逃しくらい、と読者の中には思う方もいるだろう。

 しかし、ここは跳梁跋扈の辺境の地なのである。

 諸君らの想像を絶するモンスターたちの徘徊するこの世界で、周囲を警戒する遠見の役目こそ、最重要といえよう。

 その遠見の目を、しかも専門家(スペシャリスト)の目をかいくぐれるモンスターなど、存在するのであろうか。

 少なくとも、ベルキュロスはそんな賢しい行動をとるような相手とは、到底思えなかったのである。

「ん? どうしたんだ、少年」

 そう言って、考え込んでいる風のディーンに話しかけるのはイルゼだった。

 戦闘に参加していない彼女も、ちゃっかり剥ぎ取りに参加していたのはご愛嬌である。

 さておき、話しかけられたディーンは、「ああ」と生返事を返す。

 彼の脳裏には、ベルキュロスとの戦闘前に見えた白い大きな影と、その背にまたがる人影のようなものがこびりついて離れなかったのだ。

 しかし、人がモンスターに乗って行動する。あまつさえディーンの目には、その人影がベルキュロスをこちらにけしかけた(・・・・・・・・・・・・・・・)様に見えたからである。

…まさかな。

 考えて自ら否定する。

 自分(ディーン)が言うのもなんだが、荒唐無稽もいいところであった。

 実際、彼は知らないのだが、操竜術(そうりゅうじゅつ)と言う技術は、確かにあるにはある。

 あるにはあるが、モンスターに乗って移動するだけならまだしも、強力な飛竜種を任意の相手へと襲いかからせる等、現在の操竜術では夢のまた夢だ。

「いや、なんでもない」

 そう言って、喉元まで出てきた言葉を飲み込んだディーンであったが、そんな彼と彼の周りの者達へ、飛行船を操縦するオリオールの野太い声が伝声管(ヴォイスチューブ)からかかるのであった。


「おうみんな、ご苦労だったな! そいで立て続けで悪いんだがよ、別の飛行船からの緊急着艦の信号弾を確認した。甲板上に降ろすから、誘導してやってくれ」


 その声に導かれ、一同が大空を見渡すと、オリオールの言う通り、ディーン達の乗る巨大飛行船にいつの間に並走したのだろうか、中型の飛行船がこちらに少しずつ接近しているところであった。


 一体どんなセンスでデザインされたのであろうか、その中型飛行船は、例えるなら“口からドリルを生やした空飛ぶクジラ”であった。


「な、なんだぁ!? あのふざけた飛行船は!?」

「む、むう……なんか、ちっちゃニャ女の子が考えた、“アタシがかんがえたさいこーにかわいいひこうせん”って感じ?」

「さいこーって言うより、精神病質(サイコ)ニャ」

 ディーン達が先の戦いの後からはかけ離れた世界で作られたとしか思えぬそのデザインに、思わず素っ頓狂な叫び声をあげるが、ラストサバイバーズの面々とムラマサだけは、その飛行船に見覚えがある様であった。

「ありゃあ、懐かしいな」

 そんな声をあげたレオニードに向けて、ディーンが「知ってんの?」と問いかける。
肯定するレオニードから引き継いで、代わりに応えるムラマサが、今まさに着地点へと誘導するコルベットとオズワルドの方を見ながらその飛行船の名を言うのであった。

「私たちの古い友人の飛行船で、名を“イサナ号”と言うんだ」

 本当に懐かしそうに言うムラマサに、ディーンは勇魚(イサナ)って言うよりも動物愛好(ファンシー)号じゃねえかなどと、心の中でツッコミを入れるのであった。

 いや、よくよく見れば、クジラの格好をした船首から生えているのは撃龍槍と言う、対大型モンスター用決戦兵器であり、船体に取り付けられたプロペラは、ジークムンドと言う銘の大剣であった。

 つくづくわからんセンスである。

…きっと乗ってる奴は半魚人かなんかだ。少なくとも、まともな奴じゃねぇ。

 そう心の中で思うディーンの様相に反し、そのイサナ号から降りてきた人物は、予想に反して真っ赤なベストに同色の帽子を被った、髭の似合う初老の男性であった。

 だが、出てきた人物はまともであったが、その男が伝えた話の内容は、ディーンの先の予想の様に、ロクな物ではないのであった。
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