3節(4)

文字数 5,878文字

 なんとも無粋(ぶすい)な奴等だが、獣相手にそれを言っても仕方ない。

 ミハエルにあんな芸当を見せつけられては、こちらも黙って入られない。

 高揚する心は戦士の(さが)か、口元に浮かぶ笑みを(こら)えきれずに、フィオールは猪達と向かい合う。

「我が名はフィオール! フィオール・マックール! 我が槍の(さび)と消えたいものから前へ出ろ!!

 高らかに宣言するフィオール。その迫力に、前に出るしか脳の無いはずのファンゴ達が、怯んで後退するような素振りを見せる。

「来ぬか。来ぬならば、当方から出向くまで!」

 言うや、大盾を前に構え、腰を落とすフィオール。槍の切っ先は当然ブルファンゴを(とら)えて逃さない。

 目には目を、歯には歯を、突進には突進を。

 この無粋な猪共にわからせてやらねばなるまい。

 自分達が不用意に牙をむけた相手が、どれほどのものなのかを。

「フィオール・マックール。()して参る!」

 これぞ騎士の持つ突撃槍(ランス)本来の戦い方。偶然にもファンゴ達と通ずる物があるのもまた一興(いっきょう)

 地面を蹴り、一つの弾丸と化したフィオールが、眼前のブルファンゴ達へと()ける。

 彼等は自身の迂闊(うかつ)さを、身を持って知ることとなるだろう。
 この世には、避けて通るべき相手がいる事を。


 その命を授業料として。


 フィオールやミハエルがブルファンゴ達を蹴散らしている一方、ディーン対ドスファンゴの戦いにも動きがあった。

「はぁっ!!

 ディーンの斬撃がドスファンゴの肉を斬り裂く。

 再びドスファンゴの突進から身をかわしながらのすれ違いざまの一撃だ。

 ディーンの右手に握られた鉄刀【神楽】の刀身が、正確無比に先程斬りつけた傷をなぞる。


 ぶふぃっ!?


 けたたましい鳴き声と共に仰け反る大猪。しかし、この大猪も伊達(だて)に群れのボスにおさまっている訳ではない。

 怯んだのは一瞬。すぐさまディーンへと向き直り、猛スピードで突撃する。

「ヘッ。猪突猛進(ちょとつもうしん)避けるに安し、だ!」

 しかし、ディーンとて簡単にその餌食(えじき)になってやるわけにもいかない。軽口を飛ばし、急接近するドスファンゴの(かたわ)らをすり抜けるように回避するや、三度(みたび)すれ違いざまの斬撃をドスファンゴの体に刻みつける。

 三度にわたる交差で、ディーンはドスファンゴの動きを完全に見切っていた。

 その証拠に、ドスファンゴの巨躯を相手に、ディーンは最初の一撃以外は(かす)り傷一つ無い。

 更には、()(たけ)ほども有る大太刀をコンパクトに使い、肩が触れ合うほどの超接近戦で着実にダメージを与えていた。

 殆ど一方的(ワンサイドゲーム)である。

 ドスファンゴは、三度目の交差で受けた刀傷から血を流しながら、ディーンから四間(よんけん)ほど離れた距離でようやく停止し、ディーンへと向き直ると怒りに満ちた目で彼を(にら)みつけた。

 ディーンのつけた傷は、通常の獣ならば重傷、或いは致命傷となりうるのだが、辺境に生きる大型のモンスター達の生命力は、これくらいのことで尽きたりはしない。

 ガシッガシッと(ひづめ)を地面に打ち鳴らし、息を荒げるドスファンゴ。

 その姿は、まさか自分よりも体の小さいものに、こうまで虚仮(こけ)にされ怒り狂うかのようだ。

 対するディーンは太刀使いの定石(じょうせき)である構えとは違う、左足を前に出し、右片手一本に握った太刀を後ろ手に持つ独特の構えで、まるで燃えたぎるかのような大猪の視線を受け止める。

 先程軽口を叩いてみせた口は真一文字(まいちもんじ)に結ばれ、相手の動きを完全に見切ったその瞳に油断はない。


…凄い。


 睨み合うディーンとドスファンゴから、そして、ブルファンゴ達と戦うフィオールやミハエルからも離れた場所に立ち、その様子を眺めるばかりのエレンは、彼等の立ち回りにただただ感嘆するしかない。

 やや距離の離れたフィオール達は、(すで)に半数以上のブルファンゴを(しかばね)に変えていた。

 そしてディーンも、ドスファンゴを圧倒している。

 彼の戦い方は、基本の構えからして普通ではない。

 エレンもつい最近、教官からハンターの使う武器の一通りの使い方、構え、動きなどを見せてもらったばかりだが、そんな彼女の素人目(しろうとめ)から見ても、ディーンの太刀の扱いは特殊であった。

 そもそも、対モンスター武器には、それぞれにある程度決まった構えや、動きというものがある。

 太刀の場合、構えは右足前で太刀を両手に握り、切っ先は右斜め下方へと向けて持つ。
 基本の動きとしては、上段からの“振り下ろし”、“突き”、その突きを一旦引いた後に“斬り上げ”がある。
 また、バックステップと同時に左から右へ切り払う“斬り下がり”、相手を斬ることにより気を高め“練気(れんき)”と呼ばれる技法により威力を上げ、それを一気に解き放つ“気刃斬(きじんぎ)り”と言う大技。

 それが太刀の基本的な使い方、理論(セオリー)とも言える。

 勿論、別にその基本を守らなければいけないなんて言う規則はない。
 しかし、ハンターの誰もがそれに習うのは、誰もがそう動いた方が効率的だと認めているからである。

 だが、ディーンはそれをしない。それでいて、フィオールと共に轟竜ティガレックスを退(しりぞ)け、今まさにドスファンゴを圧倒しているのだ。

 出鱈目(デタラメ)と言えば出鱈目(デタラメ)である。

 だが、新人ハンターにしては規格外に強いのは確かだ。

…それに引き替え、私と来たら……

 エレンは、視線の先でドスファンゴと四度目の交差で今度はすれ違いざまに二連撃をドスファンゴに叩き込むディーンと自分を比べて、その余りの差に悲しくなった。

 育ち方の差こそ有れ、自分と同時にハンターとなった彼と比べ、自分のなんと不甲斐(ふがい)ないことか。自分のなんと情け無いことか。

 そんな思考に(さいな)まれた為か、エレンはつい今が戦闘中であることを忘れて(うつむ)いてしまった。

「っ!? エレンッ!!

 客観的に見れば、なんと愚かな行為であろうか。それを見たディーンが鋭い声を張り上げる。

 ハッとなって顔を上げれば案の定、眼前(がんぜん)には再び棒立ちの(すき)だらけになった自分に狙いを変更して走り出すドスファンゴの姿。

「考えるな! 兎に角()べぇっ!!

 ディーンのその声が無ければ、今度こそ自分は大猪にはね飛ばされていたに違いない。

 エレンは無我夢中(むがむちゅう)で右方向へ跳ぶ。

 跳ぶ、と言うよりは倒れ込むに近かったが、それでも大猪の突進から辛くも逃れることができた。

 だが、エレンの元いた位置を駆け抜けたドスファンゴは、まだまだ諦めてはいない。

 ドスファンゴは、エレンの側を通り過ぎるや、自身に急制動をかけて停止すると、すぐさま方向転換。

 すかさずエレンを血祭りに上げるべく、大地を蹴った。

 その車線上のエレンは(いま)だに体制を整えられてはいない。

「ちぃっ!」

 ディーンが舌打ちして駆け出す。

 その時エレンは、迫り来る回避不能の衝撃に恐怖しながらも、一瞬だけ(あお)双眸(そうぼう)の残像を見た気がした。


 ──刹那(せつな)


 ずんっっ!!


 重量と重量がぶつかり合う重い音が、その場に響き渡った。


・・・
・・



 襲いかかってくるであろう激痛に両の目をきつく閉じ、身を硬くしたエレンは、それがいつまでたっても訪れないことに気がつくと、恐る恐る目を開いてその驚異の方向、ドスファンゴが走りくる方を見て驚愕(きょうがく)した。

 そしてその驚愕は、迫り来たドスファンゴ本人も同じ思いであった。

……ぶ……ぶふぉぉ……!?

 エレンも、そしてドスファンゴも、今目の前にある現実を受け入れられずにいた。

 止まっているのだ。トップスピードに乗って走っていたドスファンゴが、である。


「調子に乗るなよ、豚野郎」


 押し殺したかのような、彼本人にしては低い声。

 ディーン・シュバルツの声であった。

 まさに、驚くべき事である。

 ドスファンゴは、未だに自身の置かれた状況が理解できなかった。

 自らの(はな)(ぱしら)には、先程まで自分を翻弄していた、忌々(いまいま)しいニンゲンの左足。

 まさか……

 まさかまさか、まさかではあるが、群の(おさ)たる自分の突撃を、左足たった一本で止めて見せただなどと……

 しかも、自分よりもずっとずっと小さなニンゲンがなどと……

 どんなにまかり間違っても、認めるわけにはいかない。

 ドスファンゴはその現実を認められず、二度三度と地面を蹴るそぶりを見せるが、鼻っ柱に置かれたディーンの左足は動かず、勿論の事、その自慢の巨躯はそれ以上前進することはなかった。


…馬鹿な。馬鹿なバカなバカナ……


 信じられず、何度も地面を蹴るドスファンゴ。

 しかし動かない、動けない。

 前へ、前へと。他の誰よりも前へ突き進むべく進化してきたこの足が、どんなに死力を尽くそうと前へ進めない。

 焦りは、いとも簡単に絶望へと変わる。

 恐れおののき視線を上げれば、自分を見下ろす(あお)双眸(そうぼう)

「調子に乗るなよ、豚野郎」

 再び、耳朶(じだ)を打つ眼前のニンゲンの声。この世に死の使いが存在するとすれば、それはまさしくこんな声であろうと、大猪は疑わなかった。

 ディーンとドスファンゴの拮抗(きっこう)……否、拮抗と呼ぶには(いささ)(かたよ)りが有りすぎるのだが、その拮抗は、当然ながら長くは続かなかった。

「……っらあっっ!!

 ディーンがドスファンゴを押さえつけていた左足を、無造作に突き出した。

 ただそれだけで、大猪の巨大がいとも簡単に後方へ弾かれ、ドスファンゴはまるで尻餅(しりもち)をついたような形となった。

 なんとも無様(ぶざま)な格好に成り下がってしまったが、(すで)にドスファンゴには憤慨(ふんがい)できる気力は残っていなかった。

 完全に心が折れてしまったのだ。

 おののく瞳で見上げる(あお)い双眸は、冷たい輝きを放つかのような冷徹さで自分を見下ろしている。


 ──死ぬ。


 直感した。自分は間違い無くこの死の使いの(やいば)にかかって死ぬ。

 しかし、(あお)き瞳の死の使いは、それ以上ドスファンゴには興味を失ったかのように、くるりと背を向けた。

 普段のドスファンゴならば、隙だらけの背中に向かって襲いかかっていただろう。

 だが、心の折れた大猪には、そんな考えなど微塵(みじん)たりともわかなかった。

 痛む四肢(しし)(むち)()つと、なんとか立ち上がったドスファンゴは、隙を見せるディーンには目もくれず、一目散に逃げ出したのだった。

…早く、早くここから離れなければ!

 (はや)る気持ちとは裏腹に、自慢であった四肢は満足に動いてくれず、あまつさえ鈍痛(どんつう)が酷い。先程の一件で筋を痛めてしまったのだろう。

 だが、そんな事に構ってはいられない。

 視界の(はし)に、子分達の(むくろ)が映る。

 視線を向ければ、残り一匹になった子分であるブルファンゴが、槍の一撃を額に受けて絶命していた。

 しかし、そんなことは知った事ではない。

 なりふり構わず脇目(わきめ)もふらず、今すぐ“あれ”から逃げねばならない。
 最早(もはや)、群の主たる誇りや意地も消え失せていた。

 一方。倒れ込んだままのエレンは、またも身を挺してドスファンゴから自分を守ってくれた青年を、我を忘れて見上げていた。

「……ディ、ディーン……さん?」

 語りかける先の青年は、本当にディーンなのだろうか。

 身につけた装備も、顔立ちもディーンなのは間違いない。

 だが、目の前に立つディーンは、エレンの知るディーンとは明らかに違うところがある。

「ひ、瞳の色が…」

(あお)い……です……

 そう続けようと思った言葉は、その可憐な唇からはこぼれ落ちることはなかった。

「きゃっ!?

 急に(あお)い瞳のディーンが、彼女の胸ぐらをむんずと掴むと、強引に上体を引き上げさせたからだ。

 エレンの身につけているチェーンシリーズの鎖帷子(くさりかたびら)襟元(えりもと)を左手一本で掴むディーンは、上体を起こさせたエレンと視線の高さを合わせるかのように片膝を突くと、その(あお)い双眸で彼女を睨みつけた。

「何故、躊躇(ためら)った……」

 ディーンの口から出た、厳しい声音の言葉がエレンの胸に突き刺さる。

 無論、引き金を引くことを躊躇った事に違いない。

 彼が責めているのは、狩り場での失態のことではない。ただ一つ、標的を撃つこと……いや、他者の命を奪うことを躊躇った事を、責めているのだ。

「……わ、私は……」

 エレンは、なんと答えていいのかわからず、ついディーンから視線を逸らす。

 しかし、自分の胸ぐらを掴むディーンはそれを許さない。

 逃げ場を求めて一瞬泳いだエレンの視線は、再び強引に(あお)い瞳へと引き戻される。

「傷つけるのが、恐かったか?」

 ビクッと、エレンの肩が震える。

 瞳は見開かれ、ディーンの視線から逃れられなずに、また、呼吸もままならなかった。

「なるほど、なんとも博愛的(はくあいてき)なこった」

 沈黙を肯定と取り、低く、静かに語るディーンの瞳は(けわ)しい。

「生きている者は、例えそれが何であれ、危害を加えるのは罪悪(ざいあく)だ。そういった意味合いでは、私達ハンターは大罪人(たいざいにん)でしかないな」
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