3節(17)

文字数 7,106文字

 力無く地に沈むイビルジョー。
 しかし、誰一人歓喜の声など上げはしない。

 狡猾で残忍なハンター達は、その凶手を尾晶蠍へと向けていた。

「ハアァァァァッッ!!」

 ディーンの握る雷の二刀が翻る。
 右腕一本での上下二連撃から、左腕のみで振るわれる水平斬りが、アクラ・ヴァシムの顔面を抉り抜けた。

 今まで主にイビルジョーへ向けられていた殺気が、急に自分へと向けられる。

 痛みと戸惑いに苦しむアクラ・ヴァシムが、それでも反撃とばかりにディーンの頭上から尻尾を叩きつけるが、傷つき弱り切った大蠍の鈍重な攻撃を、この出鱈目な青年が貰うわけはない。

 真正面から打ち下ろされる、ハンマーの様な尻尾を、先の水平斬りで大剣を振り抜いた勢いそのまま、左一回転のターンで回避。

 続け様に都合三回振り下ろされた尻尾による攻撃は、初撃と同じ結果しか尾晶蠍にもたらさなかった。

「うざい尻尾だ」

 危なげなく回避し呟くディーンだが、彼自身はアクラ・ヴァシムの真正面から移動する気は無い様である。
 アクラ・ヴァシムがまだ辛うじて鋏の形状をたもてている左の鋏で殴りかかるが、ディーンはスルリとバックステップのみで回避する。

「同感だな」


 ガウンッ!


 アクラ・ヴァシムの意識がディーンに向いた隙に、背後からフィオールがその尻尾目掛けて砲撃を見舞う。
 至近距離で放たれた銃槍の弾丸が、先のイビルジョーとの戦いで脆くなってきている尾章蠍の尻尾を深く抉る。

 もしも甲殻種であるアクラ・ヴァシムに表情筋が有るとしたら、きっとあまりの口惜しさに歪んでいたであろう。

 卑劣なことにこのハンター達は、自分に向けて非常に危険な恐暴竜をけしかけておきながら、恐暴竜が力尽きた途端、迅竜(ナルガクルガ)よりも素早い速度で掌を返し、アクラ・ヴァシムへと襲い掛かってきたのである。

 アクラ・ヴァシムは苛立たしげに、背後から攻撃を仕掛けてきたフィオール目掛けて、尻尾を叩きつける。

 背後を攻撃するからだろうか、ロクに狙いをつけず尻尾が届く範囲に何度も何度も尻尾の先端の結晶体を叩きつけるが、防御を捨てたフィオールの千里眼(フューレン)はその様な乱雑な攻撃など歯牙にも掛けない。

「悪く思うな、などと都合がいい事は言わん」

 一撃必滅の衝撃を全て紙一重で躱し続けながら、フィオールがアクラ・ヴァシムに向けて言葉を投げる。

「だが、私達もそうそう命をくれてやる訳にはいかないのでな。すまないが、先に涅槃(ねはん)で待っていてくれ」


 ガウンッ!


 躱し様に砲撃を尻尾へと放つ。
 先の砲撃と全く同じ位置への攻撃に、尾晶蠍の甲殻に更に深刻な亀裂が走るが、フィオールはそれ以上の追撃はしなかった。

 何故ならば、今無理に攻撃を仕掛けなくとも、自然と一方的に攻撃が出来る状況になるからである。

 そう、フィオールとはアクラ・ヴァシムを挟んで反対側に立つ出鱈目な男が、その好機を必ず作るからだ。

 そして、その意を組むかの様に、アクラ・ヴァシムの正面に立つ出鱈目、ディーン・シュバルツが、赤い四つの瞳を睨みながら尾晶蠍へと啖呵を切った。

「さぁ、テメェで終いだ。脳天から刺し貫いて、串焼きにしてやるぜ! サソリ野郎!」

 言うや、右手に握った鬼斬破をまっすぐアクラ・ヴァシムへ向けて水平に突き出す様に構え、反対側の手のフルミナントブレイドを、大きく上段に振りかぶったのである。

「あの構えは……?」

 その構えに、皆が息を飲む。
 倒れたイビルジョーから離れ、アクラ・ヴァシムと対峙するディーン達を見守るリコリスが呟く。

 奇妙な構えである。

 左手に握った大剣の位置だけ見れば、大剣使いの定石とも言える溜め斬りと呼ばれる構えに似ているが、たとえ剛力無双のディーン・シュバルツと言えど、溜め斬りを充分な破壊力で放つのであれば、“両手持ち”で行うはずであるからだ。

 超重量を誇る対大型モンスター用の大剣を、振りかぶった位置で全身の筋肉を限界まで引き絞り、全身のバネを駆使して振り下ろす溜め斬りは、実力者であれば飛竜種の突進すらとめてしまうほどの威力を誇るのだが、それにしても解せぬのが彼の右手の大太刀なのであった。

 果たして、対する尾晶蠍も周りの皆と同じ思いだったであろうか。

 どちらにしても、この狡猾にして巨大な尾晶蠍は、眼前に立つ小さな存在に対し、全力で相対する腹づもりである様だ。

 無事な左の鋏を大きく振りかぶり、全体重を乗せて振り抜くにであろう。偶然にもそれは、同じく大剣で言う溜め斬りに似た構えであった。

 ニヤリ、と。
 ディーンの口角が釣り上がる。

 やはりこの尾晶蠍は、かなりの戦巧者(いくさこうしゃ)である。

 今この瞬間、自分に残された起死回生の一手が何なのか、よく理解しているのだ。
目の前に立つディーン・シュバルツのスピードとパワーは常軌を逸している。

 突進やジャンプからのボディプレスはまず当たらないだろう。
 それに、“千鳥足”は使えない。
 右の鋏は先のイビルジョーに噛み砕かれている。

 結晶液を噴射させようとすれば、背後のフィオールがそれを許さないばかりか、おそらく噴射しようとした瞬間に、その隙をついて尻尾を叩き斬られかねない。

 ならば、自身が生き残る術はたった一つなのだ。
 何とか原型を留めている左鋏をもって、全力の一撃を眼前のニンゲンに叩き込み、退けたその隙に、この包囲網を脱出するしかないのだ。

 だからこそ、まるで挑発するかの様なディーンの構えに対し、対抗する様な動きを見せたのである。

 間合いの外で仲間達が見守る。
 皆、おいそれとは動けなかった。

 当然である。

 次の一合。それがこの悪夢の様な戦いの決着へと繋がる事を、誰一人として疑っていなかったからだ。

「……くそ。厭な予感が消えないじゃないか……」

 呟いたのはイルゼである。
 この状況にて、ディーンとフィオールがアクラ・ヴァシムに遅れを取るとは思えない。しかし、彼女の首筋を走るえも言えぬ不安が居座り続けていた。

 そしてそんな彼女の思いを嘲笑うかのように、対峙する両者が動いた。

 いや。正確には、尾晶蠍の方が痺れを切らしてディーンへと左の鋏を振り下ろしたのであった。
 だが、迎え撃つ形のディーンは、回避行動に移る様子がない。


 ──直撃する。


 そう、アクラ・ヴァシムは思ったかもしれない。
 しかし……。


 ブォンッ!!


 なんと、アクラ・ヴァシムの左鋏は、虚しく虚空を刈り取っただけであった。

 否。
 正確に言えば、直撃する直前に素早く引き戻された彼の大太刀が、先程まで水平に構えられていた場所であった。

 一瞬、周りの皆はアクラ・ヴァシムがこの最後の一撃を仕損じたのかと、そう思ったに違いない。

「フッ、ディーンちゃんめ……」

…マーサちゃんに、シキの国の剣術を習ってやがったな。

 レオニードが胸中で苦笑する。
 先のディーンの不可思議な構え。狙いは至極単純である。

 青眼(せいがん)の構えというものを、読者諸君は御存知のはずである。

 言葉は知らずとも、読者諸君が学生の自分に授業などで一度は触れたであろう剣道。その剣道の授業において、読者諸君が構えたものが青眼の構えである。

 そして、青眼の構えの本来の狙いとは何か?
 それは、相手の間合いを制する事である。

 特に、今回のディーンの構えのように、まっすぐほぼ水平に構えられた場合、どんな効果があるのか。

 答えは、間合いの誤認識である。

 特に、長大な太刀を水平に構えられた場合、線として見れずに点でしかその存在を認識できなくなってしまう。

 即ち、線で見えていればある程度計れる相手への距離感を、点でしか見えない場合は誤ってしまうのである。
 特に、単純な光の反射で視力を得ていないアクラ・ヴァシムだ。

 この極限状況下で、ディーンの張ったたった一つの小さな罠に、見事にかかってしまったのである。

我流双刀(がりゅうそうとう)……」

 渾身の左を空振りした尾晶蠍。

 まさしくディーンの構えに誘われてしまった形である。

 出来た隙は一秒にも満たない僅かなもの。


 ──だが。


「乱れ……ッ!」

 ドンッと低い音を立ててディーンの足元の砂が爆ぜる。

 それが彼の踏み込みによるものだと、その場の何人が気付いたであろうか。
 囮の大太刀が引き下げられ、虚空を走り抜けたアクラ・ヴァシムの左鋏がディーンの眼前を少し過ぎた位置で砂原へと叩きつけられた。

 アクラ・ヴァシムが十全の状態であれば、そのまま一回転し、自身の隙を最小限に出来たであろう。

 しかし、満身創痍の尾晶蠍には、地面に叩きつけるように体重をかけるしか力が残っていなかった。
 故に、振り抜かれた左鋏は、ディーンの眼前で一瞬だけ停止する。

 その一瞬、アクラ・ヴァシムの赤い四つの瞳が、(あお)い双眸の残像を見たのであった。

「“(セツ)”ッッ!!」

 そしてその停止したアクラ・ヴァシムへと、ディーンの大剣の、それこそ全身のバネを器用に乗せた渾身の一撃が振り下ろされたのである。


 ザギィンッッッッ!!!


 硬質なナニカが砕ける音と、ぶちいと繊維質が裂ける音を上げて、アクラ・ヴァシムの左の鋏が、関節部分から胴体と別れを告げた。

 驚くべき事に、ディーンは尾晶蠍の強靭な筋繊維を断ち切ってみせたのである。
 声にならぬ悲鳴を上げて、大きく仰け反るアクラ・ヴァシム。

 だが、碧き瞳の死の担い手は、この一撃で止まることはなかった。

 再び、ドンッという踏み込みの音が上がるや、振り下ろされたので大剣を素早く引き戻したディーンの、今度は右の大太刀が、地からすくい上げるような斬撃を仰け反ったアクラ・ヴァシムの顎へと(はし)らせたのだ。

「“(ゲッ)”ッッ!!」

 疾る斬撃が、まさに三日月の弧を描き、アクラ・ヴァシムの下顎から眉間の甲殻に深くない裂傷を刻み付ける。

 刹那にも満たぬ間に繰り出された二連撃。

 それでもディーンは止まらない。

 三度(みたび)刃は翻る。
 天へと向けて振り抜かれた大太刀の勢いそのまま、なんとディーンは大太刀を握ったその右手を離す。

 当然、鬼斬破はディーンの手から放たれて空高く舞い上がった。

 しかしディーンは放り投げた鬼斬破には目もくれず、勢いそのままくるりと回転(ターン)するや、大太刀から解放された右手を遂に左に持っていたフルミナントブレイドに添えた。

 (セツ)(ゲツ)に続く三撃目の斬撃が今、放たれるのだ。

()ァッッッ!!!」

 回転の威力とディーンの爆発的な踏み込みの威力を乗せた、まさに渾身の水平斬りが、アクラ・ヴァシムの顔面に叩きつけられた。


 バキィィィィィンッッッッッッッ!!!


 あまりの威力に吹き飛ぶアクラ・ヴァシム。
 結果として顔面に十字の裂傷を刻み込まれた尾晶蠍から、まるで血の花のように赤い体液が飛び散る。


 ──双刀“乱れ雪月花”。


 その威力や凄まじく、アクラ・ヴァシムはあまりの衝撃に宙を舞い、どうと砂煙を上げて背中から砂原へと倒れ込んだのだった。

「やっぱりかぁぁっっっ!!!」

 ディーンの繰り出した三連撃に皆が瞠目する中、一人だけ悲痛な声を上げた者がいた。

 イルゼである。

 頭を抱えて天を仰ぐ彼女が見たものは、ディーンが振り抜いたフルミナントブレイドであった。

 そう。
 感のいい読者の方であれば想像がついたかも知れないが、イルゼの嘆きの原因は、ディーンの手に握られた“根元からばっきりと砕け散った”フルミナントブレイド“だったもの”の、無残な姿を見たからであった。

 彼女の愛剣は、ディーンの今までの無茶な使い方の加えてのこの連撃に、尾晶蠍よりも先に命を全うしたのであった。

「そっちやったぞフィオール!」
「心得ている」

 当のディーンはイルゼの悲痛な叫びなど意に返さず、無体にも自らがへし折ったフルミナントブレイドを用無しとばかりに放り捨て、アクラ・ヴァシムが吹き飛ばされていた先に控えているであろう彼の仲間へと声を飛ばす。

 そしてすかさず背中のマウントに固定してある鞘を取り外すと、クルクルと二、三回転させるや、無造作に右手で明後日の方向へ鯉口(こいくち)を上に向けて突き出した。


 ちゃきんっ!


 そこになんと、驚くべき事にディーンが先程放り投げた鬼斬破が降ってきて、見事に鞘へと納まったのである。

「エレンっ!」

 事もなく絶技を披露しながら、ディーンが声をかけたエレンの応えも聞かずに走り出した。

「はい!」

 その声に、一体どんな意図を汲み取ったのか、銀髪の可憐なハンターは自身の弓を折り畳んで背中のマウントに固定するや、彼を追って駆け出すのであった。

「さて、折角ディーンが面白いものを見せてくれたのだ。私も……」

 一方、アクラ・ヴァシムが吹き飛んだ先に陣取っていたフィオールである。
 砂煙を上げて倒れ込んで激痛にもがき苦しんでいるアクラ・ヴァシム目掛けてまさに手向けの言葉を送っていた。

「“とっておき”をくれてやる」

 処刑宣告のそれであろうや。
 銃槍を頭上でぐるぐると回転させるフィオール。

 回転は瞬く間にその速度を上げ、練りに練られた遠心力は、己が唸りを上げる風切り音でそのもたらされる破壊力を誇示していた。

 繰り出されるはマックール槍術の最秘奥。

 その名も誉れ、天下護剣(てんかごけん)(さん)の秘技。


破邪(はじゃ)童子切(どうじぎり)ッッ!!」


 最高速まで達した回転のエネルギーが、長柄に刃の付く本来の“槍”ではないガンランスに、あり得ぬ斬撃を生み出させる。


 (ザン)ッッッッ!!!!


 その一撃は、ディーンの苛烈すぎる斬撃に少しも劣らない。

 哀れ無残なアクラ・ヴァシムは、その剛尾すらも断ち切られ、再び弾き飛ばされてしまう。

 それでもまだ命があるのは、不幸な事なのであろうか。

 最早このまま放置しても数刻と生きられはしないであろう。その間地獄のような激痛に苛まれ、アクラ・ヴァシムは死に至るのだ。

 だからこそであろうか。

 まさに引導を渡さんと、ディーンがエレンとともに走りこむ。
 まるで死の担い手が天使を伴うかのように。

「行くぜ相棒!」
「はい! ディーンさん!」

 フィオールの一撃で更に反転させられ、それでも懸命に生きようと立ち上がらんとするアクラ・ヴァシムの正面へと走り込んだディーンが、右手に握る鞘に納めた鬼斬破を左手に持ち替え、腰より少し高い位置へと水平になる様に構える。

 ほぼ真半身(まはんみ)で、鯉口ギリギリを握るディーンに対し、彼より一瞬遅れて走り込んだエレンが、長大な大太刀の鞘の反対側を、まるで抱きしめる様にその両手できつく握りしめたのだ。

「あばよ、尾晶蠍」

 “許せ”なんて言わない。

 そんなものは単なるヒトの傲慢なのだ。

我流一刀(がりゅういっとう)……」

 先の連撃で破壊された眼球の生き残りが、彼の輝く碧い瞳を焼き付ける。

双身(そうしん)一閃牙(いっせんが)ッッ!!」

 吼えるディーンの気合いとともに、彼の右脚が踏み込まれるや、まさに絶妙のタイミングでエレンがその手に握り締めた鞘を後方へと引く(・・)

 僅かな金属の擦れる音とともに鯉口から放たれた切っ先が、ディーンの斬撃の威力と速度を、更に上の次元へと昇華させるのだ。
 長大な長さを誇る対大型モンスター用の大太刀では実質不可能な“抜き”と呼ばれる抜刀術を、エレンのフォローによって実現させた、まさしく“意”合い抜きである。


 ザギィィィィンッッッッッ!!!!


 今度こそ、アクラ・ヴァシムの顔面の装甲が砕け散る。

「オオオォォォォ!!!!」

 死の担い手は止まらない。
 上段へと走り抜けた鬼斬破の刃が翻り、鯉口を握っていた左手を大太刀へと移したディーンの構えは、彼の知らぬ間に超古代文明の“侍”たちが起こした革命に置いて、最も恐れられた剣術の構えをとっていた。


 蜻蛉(とんぼ)と呼ばれるその構え。


 ディーンの牙は、上下から一閃するのである。

「ラァァァァァッッッッッッ!!!!」

 そして、すべての意地が乗せられた鬼斬破が、砕けた甲殻の間から覗くアクラ・ヴァシムの脳髄へと振り下ろされたのであった。


 バキィィィィィンッッッッッッッ!!!


 その速さ、まさに雲耀(うんよう)

 あまりの威力に耐えきれなかった彼の鬼斬破とともに、哀れな尾晶蠍の命もまた、セクメーア砂漠の夜空の下で砕け散ったのであった。

 アクラ・ヴァシムは、最後の命の灯火にすがりつくかの様に、一瞬だけ伸び上がったかのように見えたが、そのまま力尽き、二度と動き出すことはなかった。



…To be Continued.
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