3節(6)

文字数 2,655文字

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「馬鹿な!?」

 上空の気球内にあるムラマサが、もう何度目になるかわからぬ驚愕を叫びに乗せた。

「アクラ・ヴァシムだと!?」

 眼下、ディーン達と離れたエレン達の前に突如現れた巨躯を見て、その存在の名を口にする。

 イビルジョーにばかり気を取られていたところ、不意にディーン達の戦っているすぐ隣のエリアから大きな音がした為、そちらに目を向ければ、そこには信じがたい、いや信じたくない光景があった。

 イビルジョーに対して、戦力不足の為に戦線を離れたエレン達の前に現れたのは、イビルジョー程の悪名は轟いていないが、それでも並みのハンターならば、仕事(クエスト)として相対する事すら許されぬ超危険生物である。

 黒褐色の甲殻と長くしなやかな尻尾。その尻尾の先端には、先の水晶体を持ち。赤く光る4つの目が、爛々(らんらん)と不気味に輝いている。

 姿形は砂漠に生息する(さそり)によく似ているが、その大きさは比べる事すら馬鹿らしい。

 飛竜種に比べれば、若干小さいかもしれないといった程度。
 巨大な二本の前脚は(はさみ)の形状をしており、頭部と両鋏をはじめ身体に輝く水晶体を有する甲殻種。


 その名も尾晶蠍(びしょうかつ)アクラ・ヴァシム。


 レオニードの様に、最前線(フロンティア)で活躍する者でない限り、(まみ)えることは叶わない。

 そんな危険なモンスターが何故。
 ふと、ムラマサの脳裏を一つの考えがよぎる。

…もしや、あの尾晶蠍もこの異形の二人が?

 そう思い振り返る。
 だが……。

「……クスクス……」

 当の異形、真白い童女シアは、さも可笑しそうに笑い声をこぼすだけである。
 しかしその笑い声はだんだんと大きくなり、最後には高笑へと変わっていった。

 まるで“思いがけずに面白いものを見かけ、吹き出してしまった”様に。


「くっくっく……あは、あはははは……あっははははははははははははははははははははははははは」


 甲高い声で笑う童女に、傍らの赤衣の男は、『やれやれ』とでも言わんばかりに肩をすくめてみせる。

 まるで“あまりの不運に同情を禁じえません”とでもいう様に。

「……まさか」

 これも君達が?と口をつく前に、シアが必死に笑いを堪えながらムラマサに向き直った。

「……ふふふ。ええ、違うわムラマサのおじ様。アレは私達じゃないわよ」

 単なる偶然。
 と、そう続けると、シアは再びくすくすと笑い続ける。

「偶然……だと?」

「はい。残念ながら」

 代わりに応える赤衣のルカ。

「我々が少々動いたからでしょうか。本来ならアクラ・ヴァシムは、セクメーアのかなり奥地に生息し、こんな人里付近まで入り込んできたりはしないのですが」

 そう。
 ルカの言う通りである。

 基本的に、一般的ハンターの仕事(クエスト)は広大な辺境地域に住む人々を脅かす、大型モンスターの駆除、または撃退である。

 故に、アクラ・ヴァシムをはじめとする、辺境の奥地に生息するモンスターとは、それこそ最前線(フロンティア)にて開拓などを行う者達でしか出会うことはまずないのだ。

 そのアクラ・ヴァシムがこんな街に近い狩場に姿を現し、しかもそれに遭遇してしまうなど、不運を通り越して、何かの呪いとしか思えない。

「なんということだ……」

 (うめ)く。

 ムラマサの口から出たのは、まさに呻くが如くだ。
 アクラ・ヴァシムの大きな特徴としてあげられるのは、その装甲の硬さである。

 ハンターを始めて1年も経っていないエレンとミハエルの装備では、ロクなダメージを与えられないであろう。リコリスに至ってはデスパライズを失った状態である。

 加えてアクラ・ヴァシムは、視界に入った獲物に関してはすぐに敵と認識する傾向があり、例え追い払えたとしても再び戻ってくるといった習性がある。

 これをかわしてベースキャンプに向かうのは難しい。

 絶望的であった。

 ギリと、ムラマサが奥歯を噛みしめる。

…この脚さえ十全であれば。

 そう思わずにはいられない。

 今すぐ気球から飛び降りて、彼らの救援に向かいたい衝動を抑え込むムラマサの肩に、ポンと手が添えられた。

 ルカであった。

「そう悲観する事も無いかもしれませんよ」

 そう言葉を添えて。

 何故、と。
 疑問の表情を浮かべるムラマサに対し、ルカはフードに隠されうかがい知れぬ闇の中から、ふっと笑みの様な吐息を漏らして言うのだった。

「もしかすると、姫君の期待通りには行かないかも知れませんな」

「どういう意味だ?」と問い返すムラマサへは返答を返さず、「まぁ、御覧になっていればわかると思いますよ」とだけ応えると、視線を眼下へ戻した様だ。

 ムラマサは見ていないから知らないだろうが、赤衣のルカは観ていたから知っているのだ。
 以前も、分を超えたモンスターを相手にした時は、彼の機転から反撃が始まった事を。

 出鱈目なディーンに若き達人フィオールの陰に隠れがちに見えるが、アクラ・ヴァシムに相対するハンター達の中には“彼”が居るのだ。

…きっと、彼なら気づくでしょう。この窮地を突破する方法を。

「期待していますよ?」

 誰に聞き取れるでも無く独り言ちたルカの言葉は、砂漠の風に吹かれて消えていった。


・・・
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 キシャアアアアアアッッッッ!


 現れた黒褐色の大蠍が奇怪な雄叫びをあげ、突進してくるのを、三人は慌てて回避する。

 少し離れた位置に立っていた為に余裕を持って避けることができたエレンが、すかさず腰のハンターボウⅢを展開。

慣れた手つきで三本の矢を矢筒から取り出すや、弓に番えて引き絞り、放つ。
 放たれた矢は風を切ってアクラ・ヴァシムの胴体へと襲いかかるが、頑丈な甲殻に弾かれてしまう。

「エレン! ソイツは尾晶蠍アクラ・ヴァシム! 並みの甲殻種なんか比べ物にならない程硬いんだ! 甲殻の隙間を狙って!」

 体制を整えたリコリスが叫び、「ミハエルも解ったね!」と続ける。

「……簡単に言ってくれるね」

 バイザーの奥で苦笑しながら、ミハエルが走り出す。

 次の矢を番えるエレンの傍を駆け抜けて、一気にアクラ・ヴァシムへと肉薄する。
 狙うは関節部分の多い部位、脚だ。

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