1節(13)

文字数 5,389文字

「どうするよ?」

 チラリと視線を送ってディーンがフィオールに問う。

「まぁ、マーサさんもああ言っていることだし、受けてもいいだろう。他に異論のある人はいるか?」

 聞き返すフィオールに、異議を唱える者はなかった。

「じゃ、決まりだな!モチロン、イルゼちゃんもいいだろう?」

 それを聞いて、パンッと柏手(かしわで)打ったレオニードがイルゼに向けて声をかける。

 声をかけられたイルゼは「ああ」と、一見素っ気なく返すが、彼女の口元にも薄い笑みのようなものが浮かんでいた。

 そんな様子を見た彼女の二匹のオトモは、『ヤレヤレしょうがない』と肩をすくめてみせるのであった。
 またイルゼの気分で勝手にクエストを受注されてしまったが、シラタキもシュンギクも特に異論はなかったからである。

「よっしゃ! そうと決まれば、今日はパァーッと行こうじゃないの!」

 話がまとまったと見て、レオニードが再び嬉々として皆に呼びかけると、ディーンも「そうだな」と便乗して応えた。

「もともとガノトトスの討伐祝いも兼ねて、祝杯を挙げようと思ってたんだ。すいませーん!」

 言うや、早速店員を呼ぶために手を挙げるディーン。

「リコリスさんも、良かったらご一緒していって下さい。私、先程聞きそびれたディーンさんの昔話、聞かせていただきたいです」

「そうだね。ウチもその後のディーン君の話とか気になるし、お言葉に甘えちゃおうかな」

 エレンの提案に、リコリスも快く同意してくれた。

「アチシ達もご一緒させてもらいましょうヨ。ホラ、コレもニャにかの縁ですし。や、決してエレン嬢をお助けしたお礼なんて考えていニャいので、お気にニャさらず」

 ちゃっかりそんな事を言って、ディーンが呼び止めた店員に自分のオーダーを付け加えながら言うのはシュンギクである。

 口では『気にするな』とは言っているが、言葉の内側に『オゴれ』の文字が明確に見えるのは、エレンの気のせいではないだろう。

「ほほ~ぅ。ニャら、オイラのマタタビをちょろまかそうとしたことも、気にする必要はニャいね。ネ、リコリス?」

「そうね~。お互い様ってヤツよね~」

「ミ゛ャ!?

 だが、そんなシュンギクの企みは、ジト目でそちらを睨んで言うネコチュウと、拳をぱきぽきとならすリコリスの前に、モロくも崩れ去るのであった。

「馬鹿ニャ……」
「馬鹿はお前ニャ……」

 うめくシュンギクにかかった同僚の言葉は辛辣だった。

「あっはっは! オイオイ、支払いなんて気にするんじゃねぇよ。ここはお店を紹介した俺が持つから、遠慮せずじゃんじゃんやってくんな」

 彼らのやり取りを見ていたレオニードが、気前よくそんな事を言った瞬間であった。
シュンギクが顔を輝かせて「ホントかニャ!?」などと言う間も与えず、ディーン達の見事にハモった怒声が響き渡った。


「「「早まるな(ニャ)っっ!!!!」」」


 だんっ!と、エレンとイルゼ達以外の全員がテーブルを叩いて立ち上がり、レオニードに向かって叫び声を上げたものだから、レオニード本人はもちろん、側でたまたま給仕をしていた女性店員が、驚いてトレイをひっくり返してしまった。

「ニャぷっ!?

 哀れ、トレイに乗っかっていたジョッキの中身は、悲鳴の主たるシラタキの顔面へと降りかかったのだった。

「申し出はありがたいが、それだけは止めておいた方がいい!」
「そうだぜ! よりにもよって、『遠慮せずにじゃんじゃん』なんて、自殺行為だ!」
「その若さで自己破産する気ですか!?
「もっと自分を(財布を)大事にするニャ!」
「悪いことは言わない。レオ、さっきの言葉を訂正するんだ」

「ちょ!? ちょっとちょっと!? 何だってんだよ、一体!?

 麦酒(エール)まみれのシラタキには目もくれず、フィオールがディーンがミハエルがネコチュウが、そしてムラマサまでもが一斉に詰め寄るものだから、流石のレオニードもビックリして後ずさった。

「……ヒドいですよぅ……」

 そんな彼らの背後では、エレン一人がくすんと涙目でつぶやいていたのは、ディーン達の中で気づかなかったことになった。


・・・
・・



「ほう。エレンって言ったか。お前そんな細っこいナリして大層な大食らいなんだな」

 ゴトン、と。やや乱暴に置かれたジョッキが音を立てる。

 早くも酔いが回りだしたのか、イルゼは先程のぶっきらぼうさはどこへやったのか、何時(いつ)になく饒舌にエレンに対して聞いてよこした。

「大食らいって……そんな事無いですよ。私はちょっと、人より食べる量が5人前分くらい多いだけ……です」

 珍しく拗ねるように返すエレンではあるが、周りの皆からの視線が冷たいのを感じてか、最後の方の言葉は尻すぼみであった。

「いえ……じゅ、10人前くらいでしょうか……?」

「15人前じゃ! このブラックホール胃袋!!

「ひゃうっ!?

 遠慮がちに聞き直したエレンにツッコむディーンの迫力に、可愛らしい悲鳴が上がる。

「がっはっは! いや、良いじゃないか! 大食らい、大いに結構だ」

 何でかこのイルゼ・ヴェルナー、ヤケに上機嫌である。
 いや、もしかしたら、酒が入ると無駄にテンションが跳ね上げるタイプなのかもしれない。

 さっきまでの無表情はどこへやら。ディーンにツッコまれてしゅんとなるエレンの姿が殊の外ツボだったらしく、テーブルをバンバン叩いて爆笑している。

「イヤイヤ、そんなに細っこいんだ。今の内にしっかり食べて体作っとかないと、これからの狩りでバテちまうかも知れんぞ」

 言い終わるや、残った麦酒を一気にあおると、またもやゴンっと乱暴にジョッキをテーブルにたたきつけたイルゼは、すかさず次の酒を店員にオーダーする。

 叩きつけられたジョッキは、もう二度とジョッキとしては使うことはできまい。
 度重なる衝撃によってヒビだらけである。

 ちなみに、通算三つ目の破損数だ。

「そうだ! オイ、エレン嬢ちゃん。オレと飲み比べをしようじゃないか。オレも大食らいには結構自信があるしな。もしオレに勝てたら、ちゃん付けの代わりにオレがお前の酒代を持ってやろう」

 酒が回って気が大きくなったのであろう。イルゼが思いついた提案は、ディーン達を大いに驚かせるには充分であった。

「おい、ちょっと……」

「ちょっと待つニャー!!

 ディーンがイルゼに何か言う前に、シラタキが奇声を上げて彼女を遮った。

「何だシラタキ。何か問題でもあるのか?」

「有りまくりだニャ!」

 怒気ムンムンで、先程浴びた麦酒(エール)が蒸発しかねない勢いのシラタキである。

「アンタ、さっき武器を新調したばっかで金欠なの忘れるの早すぎニャ! もちっと自重するのニャ!」

 荒い語気で一息に言うシラタキであったが、普段から残念なのに加えて、アルコールによってより残念な内容となった脳みそのイルゼには、のれんに腕押しもいいところであった。

「ふっ。甘いなシラタキ。ようはオレが負けなければ良いだけじゃないか」

「15人前も平らげる魔神相手に、勝てるわけ無いのニャ!」

「諦めたらそこで試合終了だぞ」

「ニャにウマいこと言ったって顔してんのニャ!!

 ギャーギャーと怒鳴り散らすシラタキであったが、対するイルゼは全くどこ吹く風である。

「大丈夫だ、オレを信じろ」

「信じて裏切られニャかった事の方が(まれ)ニャ!」

 ビシッと言い切るイルゼだが、シラタキはそんな台詞すら斬って捨てるのであった。

「まぁまぁ兄弟。ここはアチシに任せておいて下さいな。あの清純派(せいじゅんは)の酒だけ強いのにすり替えておけば問題ニャいニャ」

「ナニ堂々と八百長(やおちょう)宣言してやがんだ」

 流石に横からディーンがツッコむと、シュンギクはさも口惜しそうに「チィッ」と舌打ちして自分の席に戻っていった。

 あのメラルー、性根の悪さは半端無い。

「何はともあれ、どうだエレン嬢ちゃん?」

 それ以上何かシラタキに言われる前に、半ば強引に彼を拳で黙らせると、イルゼは挑戦的な視線をエレンに送って問う。

「ちなみに、酒を飲むと胸の成長が促進されるぞ」

 とんでもない大嘘のおまけまで付けて……

「やります!」

 それに対するエレンの返答は、彼女の放つどの矢よりも速かった。

…いや、明らかに嘘っぱちだろう。

 と言うツッコミは、たぶん効果がない。
 エレンの瞳はいつになく燃えていて、端から何か言える雰囲気ではなかったからだ。

「見ていて下さいね、ディーンさん! 私、頑張ります!」

「お……おう……」

…何を頑張るんだ? 何を……?

 などと心の中でディーンがツッコミを入れるのを傍目に、エレンとイルゼは店員にありったけのラム酒を注文している。

 先程皆に詰め寄られていたレオニードも、未だにエレンの恐ろしさをイマイチ理解できていないらしく、「よっしゃあ、審判(レフェリー)は任せろ」と言って彼女達の間に入って審判役を買って出ていた。

「じゃ、この一杯からスタートだぜ~。よーい……どん!」

 レオニードの号令で、イルゼとエレンがそれぞれグラスに注がれたラム酒に口を付けた。

 飲み比べと言っても、一気飲み競争ではないので二人のペースはゆったりである。

「おいおい、明日に残すような飲み方はしないでくれよ」

 苦笑気味に一言入れるフィオールであったが、それ以上は注意する気はないらしいく、隣のミハエルと何やら語り出した。

 おそらくは、明日の作戦などを少しでも考えておこうとしているのであろう。
 対するミハエルの表情もわりかし真剣なものだ。

…ったく、生真面目だねぇ。

 視線を向ければ、レオニードはムラマサとの会話が盛り上がっているようだし、念のため自分も少しは作戦会議に参加しておこうと、ディーンがフィオール達の方に体を向けようとした時であった。

「楽しくやってるみたいだね。良かったよ」

 不意にディーンにかけられた声はリコリスのものであった。

 振り返れば、嬉しそうでいて、少しだけ寂しそうな表情のリコリスの顔がある。

「ああ。おかげさんでな。いい仲間に恵まれたと思ってるよ」

「……本当に、覚えてないの?」

 応えるディーンに少しだけ間をおいて、リコリスは再び先の質問を投げかける。

「ああ。すまないが、12年前からそれ以上昔の記憶が無くなっていてな。気がつけば、ピノの村って小さな村で、元ハンターを名乗ってたヘンテコな爺さんに育ててもらってた」

 冷静に、ともすれば冷淡に聞こえかねない声で応えるディーンの言葉は、先の通り変わりないものである。

 一縷(いちる)の希望をたたれたような気持ちのリコリスは「そう……」と、普段明るい彼女にしては、少しだけ落ち込んだような声で返した。

「ひとつだけ、教えてくれねぇか?」

「えっ?」

 我知らずと視線を下げてしまうリコリスにかかるディーンの声は、いつになく真剣な響きを持っていた。

「う、うん。何?」

「ライザおばさん……って、さっき言ったよな? もしかして、その人って……」

 おずおずと聞き返すリコリスに問いを投げかけるディーン。
 彼の瞳からは、うまく感情が読みとることができず、一瞬だけリコリスは応えるのを躊躇してしまう。

 結局、そんな様子を見て取ったディーンの方から、疑問の答えを口にするのだった。

「……俺の……母親の名前……なんだな?」

 吐き出された言葉に、リコリスが肯定の意味で首を縦に振るまで、やはり少しの間を有するのであった。

「……そうか」

 そう、一言だけつぶやいたディーンは、ほんの少しの間だけ物思いにふけるように顔を伏せたが、直ぐに顔を上げると、暗い表情を取り払ってリコリスに言った。

「どんな人だったんだ? 俺の母親」

 先程までの不透明さがナリを潜め、明るい表情に戻ったディーンに若干面食らったリコリスであったが、すぐに気を取り直してディーンの質問に笑顔で応えるのであった。

「素敵な人だったよ!明るくて、気さくで。あと、とっても歌が上手だったんだ。さっきディーン君達が(うた)っていた歌も、よくライザおばさんに聴かせてもらったんだよ」

「へぇ」

「だから、さっきディーン君があの歌を唄っていたのを見て驚いちゃった」

 まるで自分の自慢のように嬉々(きき)として語るリコリス。

「俺も、不思議とスラスラ歌詞とメロディーが浮かんできてな。やっぱり、どっかで覚えていたのかもな」

「そうなんだぁ。ライザおばさんに教わって、しょっちゅう一緒に唄っていたからね」

 そう言われると、なんだかくすぐったい思いである。

「自分で唄っておいて言うのもなんだけど、聞き慣れない歌だよな? フィオールやエレンだって、あんな歌は聞いたことが無いって言ってたし……」
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