2節(10)

文字数 6,903文字

「……じゃかましいわァッ!!


 (ザン)ッッッッ!!!!


 その光景を、一体何人が正確に見てとれたであろうか。
 気が付くと、宙を舞っているのは“尻尾によって弾き飛ばされたディーン”ではなく、“ディーンによって半ばから切断された尻尾”の方であった。


 ガアアアァァァッッッッッ!!??


 響き渡るディアソルテの絶叫。

 身体ごと回転させて尻尾を振るっていたディアソルテは、回転途中で尻尾を切断された為に、激痛と遠心力で大いにバランスを崩し、どうとハデに転んでしまった。

「……ったく」

 苛立たしげに吐き捨てるのは、右手の大太刀を振り下ろした姿勢のままのディーン・シュバルツである。

 信じられない事だが、ディーンは高速で迫り来るディアソルテの尻尾が自分に直撃する寸前で、逆にその尻尾をぶった斬って見せたのだ。

「……出鱈目(デタラメ)だ……」

 レオニードが呆然と呟く。

 当たり前だ。
 あのタイミング、あの位置から、しかも片腕一本で反撃し、尚且つ見事成し遂げるなど、常人離れにも程というものがある。

…しかも、この俺の眼をもってして、ほとんど動きが見えなかったぞ。

 視界から消失する程の高速なんて、御伽噺(おとぎばなし)か神話でしかお目にかかれたためしはないし、第一今の動きは、先程までの彼の動きからは比べ物にならない。

「レオ。二つ程、伝えておきたい事があるんだが……」

 驚愕から未だ抜けられぬレオニードへ、不意にかかるフィオールの声。
何かと振り返るレオニードに、バイザーを上げて素顔を晒したフィオールが、この状況に至って至極真面目な表情で言った。

「今から見る事を、おいそれと広言(こうげん)しないでほしい。それと……」

 そこまで言うと、フィオールはバイザーを再び下げて身体ごとディアソルテへと向き直り、今にも駆け出さんとする姿勢をとった。

「……それと?」

 聞き返すレオニード。

 正直、ディーンの見せたあの驚くべき技を見ても、狼狽える素振りを見せる様子のないフィオールにも、若干の驚きを隠せなかった。

 対してフィオールは、驚くレオニードを尻目に、至って冷静にこう告げるのだった。

「この闘いは我々の勝利です。魔王の伝説は今日、終わりを告げるでしょう」

 言い終わるや、走る。
 気付けばフィオールだけではない、エレンもミハエルも、先程までディアソルテに攻撃を仕掛ける事を躊躇していたのが嘘のように、フィオールに続いて駆け出していた。

 唐突にどうした訳だ。と、彼らの走る先に目を向ければ、そこには人間離れした技を見せながらも、相変わらず突っ立ったままのディーンの姿。

 いや、厳密には立ったままではない。

 転倒から何とかして起き上がったディアソルテに対峙するディーンは、何を思ったのか、空いている左手で自分の兜を無造作に掴むと、暑苦しいとばかりに脱ぎ捨ててしまったのだ。

 ガランッと、乾いた音を立ててレウスヘルムが砂漠の上に転がる。

 何のつもりだと、ディーンをよく知る新人組以外の面々が思う中、彼らは見るのだった。

 汗で顔に張り付いた髪の毛を振り払う様に首を振ったディーンの顔に、(らん)と輝く(あお)き双眸を……。

「こうなったらもう止まらねぇからな。今この場にいる事を後悔させてやるぜ!襟巻(えりま)き野郎!!


 ダンッ!


 言わんや、ディーンの姿が消失する。(あお)き二つの光の残像を残して。

 先の音がディーンの踏み込みの音であると皆が知ったのは、刹那の後にディアソルテの顔面に向こう(ずね)を叩きつけているディーンの姿を、遅ればせながらに見てとれたからだ。

 ガゴと重い音を響かせたかと思うと、次の瞬間ディアソルテの頭が地面に打ち付けられる。

 どうやらディーンは、高い位置にあるディアソルテの頭部へと飛び掛かるや、上から振り下ろす様な蹴りを叩き込んだようだ。

 遠目からそう気付けたのは、おそらくレオニードとイルゼくらいなものであろう。
 いや、そんな中で驚くべき事に、フィオールとミハエルはどうやら、ある程度ディーンの動きを目で追えているのだろう。

 それが証拠に、ディーンが着地と同時に繰り出した、後ろ回し蹴りによって大きく右へ弾かれたディアソルテの頭部に、正確に照準を合わせていたからだ。


 ──竜撃砲(りゅうげきほう)の照準を。


「……発射(ファイア)!!


 ドドドドオオオォォンッッッ!!


 轟音巻き上げて竜撃砲がディアソルテの頭部を今度は反対柄にはじき返す。

 普通ならば、この連携だけでもあり得ない程のタイミングである。だが、(あお)き双眸のディーンはこれだけでは止まったりしない。

 痛みすら感じる間を与えぬ勢いで、ディーン達の追撃が始まる。

 再び自分の目の前に戻ってきた頭部を、ディーンは縦に蹴り上げた。

 顎の甲殻が砕ける嫌な音を上げながらも、なす(すべ)なく持ち上がる魔王の頭。

 ガラ空きになった(ふところ)に突っ込む影、ミハエルだ。

「シィッ!!

 唇から鋭い呼吸が漏れたかと思うと、そのひと呼吸の間に都合四本の刃の軌跡が走り抜ける。

 左右から交差する様に斬りつけた後、今度はオーバーハンドから双剣を振り下ろしたのだ。

「頭を上げんなよ、ミハエル!」

 全身のバネを最大限に使って双剣を振り下ろしたので、、身体と“く”の字どころか“つ”の字くらいに折り曲げたミハエルの頭上を、鬼斬破が高速で通り過ぎ、ミハエルが斬りつけた右の脚部の傷に一層の花を咲かせる。

 血の花をだ。

「行くよ、ディーンくん」

 そう言ったミハエルは、ディーンを振り返る事なく、本来は順手(じゅんて)で持つ双剣を、両方とも逆手(さかて)に持ち替え、いざ駆け出さんと腰を落として構えをとった。

(おう)よ!」

 返すディーンは、 トンとステップして後ろに下がり、丁度自分が蹴り上げた頭部が落ちてくる位置へと舞い戻った。

 そうして、片角の魔王の目にまだ生が残っているのを見てとると、「残念だな」と、言葉とは裏腹に不敵な笑みを浮かべて言うのであった。

「手前ぇには、後悔する間もやれねぇみてぇだ」

 その言葉の意味はわからずとも、それが死の宣告である事は、もしかしたらディアソルテにも理解できたかもしれなかった。


 言語ではなく、痛みとして。


「オラァッ!」

 落ちてきた頭部目掛けて飛び上がったディーンの鬼斬破を握ったままの右拳が、最早傷だらけの顔面を強打した。
 それによって再び数歩後退させられたディアソルテだが、本当の地獄はこれからである。

第三式(フォーミュラスリー)……」

 その足元にいたミハエルが、静かに、まるで精神を研ぎ澄ますかの様につぶやく。
そして間もなく、研ぎ澄まされた精神は刃の軌道となって昇華(しょうか)されるのだ。

「“深淵へ至る者(シンカー)”……」

 声は風に乗ってかき消え、それと同じくミハエルの身体もかき消える様に消える。


 ──否、超低姿勢での急加速により、消失したかの様な錯覚を覚える程の動きをみせたのだ。


 ザギンッッ!! ジャギィッッ!!


 その名の表すが如く、超低空から昇る様な斬撃がディアソルテの右脚部を襲ったかと思うと、今度は左脚部へと刃が急降下する。

 痛みに悶える間すら与えずディアソルテの裏手へとまわったミハエルは、まるで四つ足のケモノがズザザっと急制動をかける様に砂煙を巻き上げて自身の勢いを殺すと、とって返して再びディアソルテの脚を狙う。


 ザギンッッ!! ジャギィッッ!!


 浮かび上がってはまた沈む。
 ミハエルの双刃が、新たにディアソルテの脚部に裂傷を刻み込み、またケモノ様な姿勢で今度は前方へと回り込んだ。

 その背を一足で跳び越える影。ディーンである。

「シャラァッ!」

 ミハエルを跳び越えたまま空中で右斜め四十五度の角度で回転、その勢いに乗った右の踵を、痛みに悲鳴を上げようとしたディアソルテの鼻っ面に叩きつける。

 ガッと重い音を響かせて、地面に落下した顎先(あごさき)目掛けて、一瞬遅れて着地したディーンが、今度は左のサイドキックを見舞った。

 巨体が再三にわたって、強引に後退させられる。
 そして、後退した先を追う双刃の狩人。

第二式(フォーミュラツー)滑り堕ちる者(ヴァーティカルスライダー)”……」

 今度はディーンの方を跳び越し返して、ミハエルが襲いかかる。

 両手に握ったレックスライサーが、ミハエルの回転に乗って、横から見ればまるで回転(かいてん)(のこぎり)の様に、ディアソルテの頭部の甲殻を削り取った。

 流石のディアソルテの分厚い装甲にも、いい加減限界がきたのであろう。

 今の今までは、いくら攻撃をしかけても、外殻を少し削る程度だったのが、ここにきてディーン達の猛攻を受け、出血し、見るも無残な常態である。

「離れてな、ミハエル!」

 難解な着地を危な気なく決めたミハエルの耳朶に響く、凛と通る力強い声。

 それが誰のものかなど、考えるまでも無い。

 ミハエルが急いで右へ横っ跳びで飛び退く寸前には、すでにその声の主が彼の元いた場所の、すぐ左隣に立っていたからだ。

 真半身(まはんみ)に一本足、両手に持った大太刀を、自分の右肩付近にかかげ上げる様に持つ、剣術にしては摩訶不思議(まかふしぎ)な構えをとって、ディーン・シュバルツが言い放つ。

我流一刀(がりゅういっとう)、“十噸弾頭打(グランドスラム)”ッッ!!

 ズンっと浮いていた左足が砂原の上に落とされるや、そこから膝、腰、両肩から腕へと、回転のエネルギーが上乗せされて行く。

 その力は、理想的なアッパースイングとなって一直線にディアソルテへと迫る。
その狙いは、()の竜の象徴たる、一本だけの片角。


 ──そして。


バキィィィィンッッッッッ!!!‼


 硬質な音を轟かせ、巨大な湾曲(わんきょく)した角が宙を舞う。
 若きハンター達の猛攻は、ついに魔王の誇りを文字通りへし折ったのだった。


・・・
・・



「折っちゃった……片角の魔王の片角、折っちゃったよ、ディーンくん……」

 呆気にとられるといった言葉を、顔全体でこれでもかと表現しながら、リコリスが呟いた。

「なんなんだ……アイツらのあの出鱈目(デタラメ)っぷりは……」

 ディーン達の戦っている場所から、少し離れた位置にて、彼らの戦いを眺めているイルゼが、ゴクリと生唾を飲む。

 事実、突如豹変したディーンといい、他のメンバーといい、非現実じみた動きである。

「す……すごい……」

 イルゼの隣に立つリコリスが感嘆の声をもらす。

 どうやら楽天的な彼女には、あの非常識な連中をに対する驚異などはほとんど意識されていないらしい。

「スゴイよみんな! スゴイスゴイ!」

 それが証拠に、驚きは次第に興奮に変わったらしく、無邪気にはしゃいで見せる。

「ね! イルゼさん、コレなら絶対に負けないね! 私たち、片角の魔王討伐出来るんだよ!」

 顔を少し上気させて、隣に立つイルゼへと問いかけるリコリス。
 確かに彼女の言う通り、ディーン達はもう間もなく、ディアソルテを討伐してしまうだろう。

 だが、イルゼもハンター業界では“粗野なる紫(ヴァイオレット・ラフ)”の名で通る凄腕だ。

 ディアソルテと戦う彼らの……特に、遠目にも(あお)い双眸へと変わったのが解るディーンの動きは、決して『スゴイ』だけで済まされるものでは無い。

 そもそも、あの出鱈目(デタラメ)な動きについ忘れそうになってしまうが、瞳の色を変化させる人間なぞ、見た事も聞いた事も無いのだ。

「討伐してしまうのは、アイツ等だがな」

 そう言って、イルゼはいつもの様にぶっきらぼうにリコリスへと応える。

 言われたリコリスは「あ、そうか」などと言って笑顔を作るが、イルゼは彼女の様に、無邪気にディーン達の活躍を喜ぶ事ができずにいた。

 そして、もう一人。

「…………」

 彼女達から少しだけ離れた場所でディーン達の戦いを見るルークは、そんな彼女達の会話など目にかけずに、ギリっと歯を噛み締め、ディーン達の戦いを見やるのだった。


・・・
・・



 場所を戻して、激闘の只中(ただなか)

 ディーンの一刀によって叩き折られたディアソルテの象徴たる片角が、くるくると回転しながら、放物線を描いて砂漠の上に突き立った。

 大太刀を振り抜いた姿勢のディーンは、残心(ざんしん)もそこそこにすぐさまその場を飛び退いた。


 グギャアアアアアッッッッ!!!!!????


 鳴り響く絶叫。
 己が誇りの──否。存在の象徴を、無惨にも叩き折られたのだ。

 まさしく魂の悲鳴に他ならぬソレを、歯牙にもかけずにディーンは向かって右側へと走り抜ける。
 そこに、ディーンの空けたその場所に、今まさに仕掛けんとする者がいる。

 ミハエル・シューミィである。

 悲鳴は長引かせない。次の一瞬で勝負は決まるのだ。

第一式(フォーミュラワン)……」

 右の刃を順手に持ち換え、左の刃を逆手で持つミハエルは、全身の筋肉を(たわ)ませるかの様に、いざ飛び出さんと構えをとっていた。

 そして“ソレ”は、ディーンが退くのを合図に、爆ぜる。

「“疾きこと風の如き(ツーシーム)”……」

 今度こそ、ディーンのみせた超加速に劣らぬ速度をもって、ミハエルが駆ける。また右の刃を大きく振りかぶって……。

「“曲者(ムーヴィングファスト)ッッ!!”」


 ドンッ!!


 突き出された右腕の先に握られたレックスライサーの片割れが、既にズタボロ状態のディアソルテの頭部の、その眉間に深々と突き刺さった。

 だが、ミハエルの攻撃は止まらない。
 刃はもう一本有るのだ。

 ダンっと、ミハエルが刺さった片方のレックスライサーを残し、ディアソルテの頭部を蹴って大きく跳んで後退する。

 くるりと後方宙返りの後、先程踏み込んだ場所へと戻るミハエルの着地点には、何時の間にやら大盾を前面に出して待ち構えるフィオールの姿。

「“その脚や疾風(フォーシーム)”……」

 タンっと、その大盾に着地するミハエル。
 四肢(しし)をギリギリまで折り畳み、全身の筋肉を次の一撃のためにたわませる。
彼の足場がわりとなったフィオールは、ミハエルの着地に合わせて斜めに構えていた大盾を、彼の“ため”のタイミングを外す事なく、その盾を垂直に構え直した。

 横からみれば、フィオールが持つ大盾の壁に、ミハエルが張り付く形。

 だが、この場にいた皆は、その様をただミハエルが大盾に張り付いているだけなどとは思わない。

 そう。
 アレは発射台だ。

 先のディーンにも劣らぬ加速を見せた一撃よりも、なお早い加速を生むための発射台。
 それが今まさに、魔王の息の根を止めるべく、狙いを定めたのだ。

「行け、ミハエル」

フィオールの声が引鉄(トリガー)となる。

「“まさに飛ぶが如く(ジャイロ)ッッ!!

 そして、青き魔弾が放たれる。
 左に持ったレックスライサーの片割れを両手に構え、螺旋状(らせんじょう)に回転し飛翔するミハエルはまさに弾丸。

 発射台から打ち出された青き魔弾は、先程もう一本のレックスライサーが突き立った場所へと着弾した。


 ドガァッッッ!!!!!!!


 硬質な物が砕け散る音が、砂漠に響き渡る。
 ミハエルが放った二発の魔弾は、超硬質を誇るディアソルテの顔面甲殻を打ち砕いたのだ。

 だが、まだだ。

 まだディアソルテの息の根は止まっていない。

 ディーンの、フィオールの、そしてミハエルの猛攻をもってしても、この片角の魔王を倒し切るに至っていない。

 しかし、三人のハンターの表情に焦りや落胆の色は無かった。

追い込んだよ(ツーナッシング)ッ!」

 今度は両手で突き刺したレックスライサーを引き抜く勢いで、再びディアソルテの頭部を蹴って離れたミハエルが、着地と同時に呟くその背後である。

 限界まで引き絞った弓を構える、可憐な射手(シューター)の姿があった。

 今の今までこの一矢(いっし)の為に機を伺っていた、エレン・シルバラントである。


「これで、“勝負あり(ストライクアウト)”です……!」


 ヒュンッ!!

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