2節(13)

文字数 2,824文字

「クソ……クソ!! 巫山戯(ふざけ)るんじゃない!!なんだってんだ畜生……畜生ッッ!!

 他人の目がなければ、今にもベースキャンプのある場所まで一目散に走り出していたかもしれない。
 いや、それすらも最早秒読み段階だろう。

「……落ち着け、ルークちゃん。冷静になるんだ」

「ちゃん付けの言う通りだ。今は皆の側から離れるべきじゃない」

 いつになく緊張した面持ちで、レオニードとイルゼがルークに声をかけるが、完全に恐慌状態になってしてしまったのか、ルークは耳を傾けようとしない。

五月蝿(うるさ)い! 五月蝿い五月蝿い五月蝿い!! …もうたくさんだ! 冗談じゃない!!

 (わめ)き散らす様に声を荒げるルーク。

「何だってんだ、クソ!魔王の後にはバケモノ野郎、そして“コレ”だ!やってられるか!!」

「ルーク!」

 リコリスが悲痛な表情でルークに呼び掛けるが、その思いは彼に届かない。彼は止まらない。

「勝手にしやがれクソッタレ共! 俺は降りる! やってられるかっ!」

 そう口きたなく罵って、ルークが(きびす)を返そうとしたその時であった……。


 ──ぞわり。


 嫌な……とても嫌な悪寒がディーンの背筋を走り抜けた。
 一瞬遅れて、勘の鋭い他のメンツも、その気配に気が付いてハッとなる。

…何か“居る”!?

 そう思った刹那には、皆の身体は反応していた。


 (すなわ)ち。


「みんな警戒しろ!! ……来るぞ!!

 フィオールが声を上げ、ほぼ全員が自らの得物を抜き放つ。
 誰もがその“正体不明の何か”が何処から来ようとも対処出来るように身構えた。
各々の身にのしかかる威圧感(プレッシャー)は、その禍々(まがまが)しさにおいては片角の魔王を凌駕している。

 場慣れしているはずのレオニードやイルゼでさえも飲まれそうになっているこの状況下は、まだ少女の域を抜け切らぬエレンとリコリスには酷過ぎるかもしれない。

 だが、それでも気丈に歯を食い縛って耐えている少女達とは違い、我慢の限界を迎えてしまった者がいた。

 ルークである。

「冗談じゃないぞ、クソ! 俺は降りるんだ……降りるからな! 戦線離脱(リタイヤ)だ! 俺にはもう関係ないッ!!

 まるで病的興奮状態(ヒステリー)の様に喚き散らして、遂にルークは走り出した。

「……ッ!? ルーク!! 待て、危険だ!!

「ルークッッ!?

 フィオールが慌ててルークへ向かって叫び、リコリスも悲痛な面持ちで彼に呼び掛けるが、最早完全に我を失ったルークの足は止まることはなく……


 それが彼の命運を決定ずけた。


「……来やがった!」

 ディーンが口を開くと同時に、砂原が震動する。

 もしもの話だが、もしもルークがその立場に傲らず、リコリスの様に他のメンバーとの信頼関係を密にできていたのならば、彼に襲い掛かる悲劇を回避できたのかもしれなかった。

「うわっ!?
「地面が!?

 一気に激しくなった揺れに驚く面々が、何とか転ばないように踏ん張る中、突如としてルークが立っているあたりの地面が盛り上がった。
 まさにこの時、天空を浮遊する気球ではシアが柏手(かしわで)を打たんと両腕を伸ばしていた。


『油断大敵』


 そして、上空でシアの両手が打ち鳴らされる。
 その刹那であった。


 ドオォオォォオオォォッッッッッッ!!!!!


 まるで噴火でもしたかのように、ルークの足元が弾け飛び、地中から巨大な存在(モノ)が突き上げて来た。
 悲鳴をあげる間も無く、砂と一緒に上空へと巻き上げられるルーク。

「ルークッ!?
「ア、アイツは!?

 なす術なく宙へと舞い上がったルークを見て、リコリスが代わりに悲鳴を上げる横で、レオニードはむしろ地中から飛び出してきたその巨体の姿を見て捉えて驚愕する。

「そんな馬鹿な!? この大陸には生息していないはずだぞ!!

 信じられぬとばかりに叫ぶレオニードは、普段の彼からは考えられぬほど狼狽(ろうばい)していた。

 だが、事態はなおも最悪の方向に向かって進行してしまっていたのである。

「……まずい!?

 ディーンが宙を舞う形となったルークの、調度真下に居るその巨体が、鎌首をもたげてルークを見定めたことに気付いて声をあげた。

「オイ! 逃げろッ! 逃げるんだッ!!

 懸命に叫ぶが、未だ空中で身動きの取れぬルークは、無慈悲な重力に引っ張られ、その巨体へ向けて落下を開始する。

 待ち構える巨体は、ゆっくりとその異常に大きな(あぎと)を開く。
そこに覗くのは獰猛(どうもう)に並んだ牙、キバ、鬼歯(きば)

「……よせ」

 (あぎと)は、落ちてくるルークを迎え入れる様に、ゆっくりと開いて行く。

「よせぇぇェェェッッッ!!!!


 そして……。


 バグンッッッ!!!


 ディーンの叫びも虚しく、そのあまりに邪悪な(あぎと)は閉じられた。


「ウギャアアアアアア亞ああ亜アアアぁぁあ阿錏アアアア亜アァッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!」


 まるでこの世のモノとは思えない絶叫。

 その主が下半身から丸まる喰いつかれたルークのモノであることを、ここで伝えることすら惨たらしい。
 それは咆哮の様に、はたまた慟哭(どうこく)の様に響き渡る。


グチャァッ
バキィッ


 全員が身動きひとつできぬのを尻目に、その(あぎと)が少しでも上下するたび、身の毛もよだつ怪音が響き渡った。

 その音が喰らいつかれたルークの命そのものを咀嚼(そしゃく)しているのだということを、その場の皆は力づくで理解させられる。

 何時の間にか、ルークの絶叫は止んでいた。

 もしかしたら、ものの数秒しかたっていなかったのかも知れないが、それでも未だに耳から離れない様な錯覚を覚えずにはいられない。

 だが最早、ルークが声をあげることは二度と無いだろう。

そのことだけは、その場の誰もが嫌でも思い知らされていた。

「……いや……」


メキャァッ
ゴギュァッ


ブッ!!


 何を思ったのか、巨体は首をぶんと(めぐ)らせると、その反動でようやくルークがその禍々(まがまが)しい(あぎと)から解放される。


……下半身をその(あぎと)の中へと残して。


「いやああああああああああああっっっっ!!!!!?????

 まるで思い出したかの様に、リコリスの喉から悲鳴がほとばしったのは、ルークだったモノの上半身(・・・)が、まるでゴムボールの様に跳ねながら遠くへ転がって行くのを目の当たりにしたその時であった。



…To be Continued.
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