2節(7)

文字数 5,594文字

 ディーンがあまりに真っ直ぐな笑顔で応えたからだろうか、ネコートはちょっぴり慌てたようにプイッと(きびす)を返すと、「では、(わたくし)達はこれにて」と素っ気なく言って、そそくさとオババを待たずに行ってしまった。

 オババは相変わらずふぉっふぉと柔らかく笑いながら、「では皆の衆。また明日の」
とネコートを追ってギルドをあとにした。


・・・
・・



「……なんとま~。驚いたわ~」

 彼女達が見えなくなって、マスターが呟いた。

「オイラもネコートしゃんが『期待します』ニャんて言ったの、初めて聞いたニャ」

 ネコチュウも追従し、ミハエルも「そうだね」と同意した。

 彼らの様子から察するに、どうやらネコートと言うアイルーは、相当気難しい人(猫?)物らしい。

「なんだか、すごい人に期待をされてしまったみたいですね」

 皆が周りで驚いているのに気づき、エレンが小さく呟いた。

 本当は、その期待の人物に自分は含まれない。しかし、自分はその期待の新人たるディーン達の仲間(パーティ)なのだ。

 そう自覚すると、途端(とたん)に不安になるエレン。当然表情はみるみる暗くなり、視線もどんどん下降して、思考もずんどこネガティブになっていく。

「ま、変に気負わず行こうじゃねぇか! 今からそんなんじゃ、鬼が笑わぁな」

 ディーンがそんなエレンの肩を、あえて強めに叩く。「きゃあ」とその口から可愛らしい悲鳴がこぼれた。

 だが、びっくりしたせいだろうか、エレンの表情も少しだけ和らぐ。

「そうですね。ディーンの言うとおりでしょう。気負いすぎても肩の力が入りすぎても良いことはありません」

 そんな様子を見てフィオールもエレンに声をかける。

「私達は私達のできることを少しずつこなしていけばいいのですよ」

 そう言って、ポンともう片方の肩を叩いた。

「何だよフィオール。エレンには優しい事言うじゃねぇか」

「お前も今後は、女性に優しく接する事を強く勧めるぞ。短い青春時代を独り身で寂しく送らないためにはな」

 ディーンがニヤリと口元をゆがめて茶化すが、フィオールはさらりとかわして皮肉を返す。

「へーへー。いごちゅーいいたしますよーだ」

 まさかこんな鮮やかに返されるとは思わなかったのか、それ以上の返答が思いつかずにディーンは負け惜しみを言うのが精一杯の様子。
 そんな肩越しに繰り広げられる間の抜けたやりとりが、エレンの気持ちを更に軽くしてくれた。

「ぷっ!」

 何よりも、案外本気で言い負かされて悔しがるディーンの姿が可笑しくて、エレンはつい吹き出してしまった。

 どうやらツボだったらしく、エレンはこみ上げてくる笑いを(こら)えられずに、くっくと肩を震わせる。

 次第にそれは抑えが効かなくなって、ついには控え目なれど笑い声となって彼女の口から(あふ)れ出した。

「な、なんだよ~。そんなに笑うことか~!?

 ディーンが抗議の声を上げるが、それさえ今のエレンには滑稽(こっけい)だった。

「ご、ごめんなさい……で、でも……ぷっ、くくく……」

 涙目になって笑いをこらえるエレンに、「ちぇ」とふてくされてみせる。

 しかし、何にせよエレンの緊張を和らげることには成功したのだ。まぁ、良しとするかと、ディーンとフィオールは苦笑するのだった。

「あらあら。仲が良いわね~」

 そんな様子を眺めながら、ギルドマスターがニコニコしながら声をかけてきた。

「さぁさ、じゃれ合うのはそのくらいにして、早く登録を済ませちゃいましょう。いい加減話が進まないわ~」

「そうですね」

 のんびりしているように見えて、そこは流石ギルドマスターと言ったところか。仕切るところはしっかりと仕切る人物のようである。

 マスターにフィオールが応えると、ようやく笑いの波が引いたのか、エレンも目尻の涙を拭いながら、「はい!」と、しっかりとした声で返事をするのだった。

「さて、と。それじゃ早速、何枚か書類に必要事項を記入してもらおうかしら~」

 マスターはそう言ってチラリとカウンターを覗き見る。入り口から左手すぐにあるカウンターには、同じデザインだが色の違った給仕服(きゅうじふく)の女の子が三人。如何にも暇ですといった風情で立っている。

 手前からピンク、緑、黄色の順で並んでいて、彼女達の背後には各種の資料や書類、伝票などを保管するための棚が並んでおり、小さなギルドながらも、それなりの歴史を物語っていた。

「ん~。一人分の登録なら問題ないのだけれど、三人となるとカウンターじゃ少々手狭ね~」

 言うや、今度は室内の中心にある大きなテーブルに目を向ける。テーブルにはすでに先客がおり、狩りの帰りであろうか、数名のハンターが各々ジョッキを片手にたむろしていた。

 先程までは談笑していたのだろうが、ディーン達が入ってくるのに気づくや、(くだん)の新人とやらがどんなものかと、こちらを伺っていたようだ。

 皆ギルドマスターがそちらを向くと、それぞれバツが悪そうに視線を逸らした。

 マスターはそんな彼らの態度を気にしたふうもなく、「そうね~、あのテーブルなら広いし、ちょうど良いかしら」と言いながら、いたってマイペースにテーブルの方へ歩み寄ると、たむろしているハンター達に声をかけた。

「ねぇ、あなた達。少しそのテーブルを使わせてもらいたいの~。ちょっと申し訳ないのだけれど、席を譲ってもらえないかしら~?」

「おいおい姐さん。俺達ゃ今狩りから帰ってきたばっかなんだぜ?」

 当然の話しながら、早速ハンター達の中の一人から抗議の声が挙がる。彼の言葉に勢いづいたのか、残りのメンバーもブーブーと文句を言い出した。

「そうだそうだ! そりゃないぜ姐さん」

「第一、なんで俺達が新人なんぞの為に席を譲らにゃならんのだ!」

 まぁ、彼らの言い分ももっともではある。

 あることにはあるのだが、彼らの行ってきた狩りとは、ギアノスと言う小型の鳥竜種(ちょうりゅうしゅ)の駆除である。

 鳥竜種とは、イグルエイビスという鳥脚亜目(ちょうきゃくあもく)始祖(しそ)とする、この辺境の生態系の中間層を占める種族である。

 数あるモンスターの種類の中でも、比較的細長い体躯(たいく)を持つ種族であり、小型恐竜や巨大な鳥といった外見を持つ物を、総体的に鳥竜種と呼ぶ。

 ギアノスは、その鳥竜種の中でも代表的なランポス種と呼ばれるものの一種で、白く美しい鱗を持った小型の恐竜然としたモンスターである。

 小型と言っても、あくまで“モンスターの中では”と言う意味であり、その背丈は成人男性と大差はない。

 中にはドスギアノスと呼ばれる大型の個体もおり、基本的には数頭単位で(むれ)をなして行動する。

 話を戻すが、このギアノスと言う鳥竜種は、正直な話、それ単体ではハンターにとってあまり驚異とはならない。はっきり言って低難度の相手である。

 確かに、戦う(すべ)を持たない一般人には充分な驚異となりうるが、わざわざ先輩風を吹かせるにしては少々役不足だ。

 さらに言えば、ギアノスの主な生息地は、ここポッケ村から目と鼻の距離にあるフラヒヤ山脈である。

 当然狩り場は近場の雪山となり、その程度の移動で『疲れた』などとは、実に情けない限りであった。

 もちろん。この仕事を斡旋した彼女達には、そんな事は周知の事実であり、彼らの(うった)えはギルドマスターをはじめとするギルドのスタッフ達を呆れさせるだけである。

「ちょっと、アンタ達! 高々ギアノス数匹を雁首(がんくび)そろえて狩ったくらいで、何情けない事言ってるのよ!」

 話を聞いていたのか、カウンターの受付嬢の一人、黄色い服の娘が語気を強くして言うと、ハンター達はそれぞれ決まりの悪そうな顔をする。

「だ、だってよぉシャーリー」

「だってじゃない! 新人でもできるような依頼しかしないハンターに飲ませるタダ酒なんてウチには無いの!」

 最初に文句を言った男が何とか言い返そうとするが、シャーリーと呼ばれた娘に呆気なく言い負かされてしまった。

「もう、シャーリーったら怒り過ぎよ~」

 カウンターから身を乗り出さんばかりのシャーリーを、相変わらずゆったりとたしなめるマスターだが、このハンター達が情けないと言われたことは否定しないのだった。

「でも、確かにシャーリーの言う通り、このままじゃ大赤字なのは確かなのよねぇ~。このままじゃ、みんなから今後はお酒代を取らなくちゃならなくなっちゃうかも知れないわ~」

 困ったように眉根を寄せて言うギルドマスターだが、結果的に見ればこの一言が一番効果的だったようだ。

 ハンター達はそれ以上は何も言い返すことができず、結局すごすごとギルドを後にするのだった。

 何となく会話の外にいたディーン達だったが、今のやり取りで何故フィオールがこのポッケ村に呼ばれたのか、その理由がわかった気がした。


・・・
・・



「さて、ちょっと時間を食っちゃったわね~。シャーリー、悪いけどテーブルの上を片付けてくれるかしら?あなた達、彼らの登録書類を用意して頂戴~」

 ギルドマスターの支持を受け、「ハーイ」と元気の良い返事をして受付嬢達はテキパキと散らかったテーブルの上を片付けてくれた。

「さ、座って座って~」

 席を勧められ、ディーン達は対面に座ったマスターと向き合う形で席についた。

「さて、と。僕達はこれで帰ろうか、ネコチュウ?」

 彼らの寝泊まりする場所はすでに教えてある。これ以上はお役御免(やくごめん)かなと思い、ミハエルはネコチュウに声をかけた。

 ネコチュウも彼と同じ事を考えていたらしく、ミハエルに対して頷き返そうとしたが、マスターから残念そうな声が上がったので、「そうだニャ」と口から出ようとした言葉を飲み込んだ。

「ええ~。いいじゃないミハエル君。今日はここで夕飯食べて行きなさいな~。この三人の歓迎会も含めてね」

「え? ですが……」

「いいのいいの~。あなたのお父様にも大変お世話になったもの~。そんなに遠慮しないで頂戴~」

 マスターがにこやかにそう言うと、シャーリーが気を利かせてミハエルとネコチュウに席を勧める。

 ここで断るのも逆に悪い気がして、ミハエルもネコチュウも勧められた席に腰掛けるのだった。

「じゃあ、その書類に必要事項を記入して頂戴~。フィオール君はココット村で一回書いてもらっていると思うけど、一応規則なのでもう一回書いてもらえるかしら?」

「わかりました」

 1年前に書いたものと同じではあるが、規則であるならしょうがない。

 三人は受付嬢達が用意してくれたペンを手に取ると、それぞれ用紙にペンを走らせた。


・・・
・・



 待つこと十数分。

「……使用武器は、……太……刀っと……できた!」

 最後にディーンが書き終えて、ギルドマスターに提出する。

「はい、確かに受け取りました~」

 そう言って、マスターはディーンから登録用紙を受け取ると、ざっと目を通す。

「うんうん。特に記入漏れはないわね~。……ハイ。三人ともオッケーよ~。これで登録は完了したわ~」

 ディーンの用紙から視線を戻し、マスターは改めて新しくポッケ村にやってきたハンター達に歓迎の言葉を贈るのだった。

「ようこそみんな。ハンターズギルドポッケ村出張所へ~。歓迎するわよ~」

 にこやかに言うギルドマスター。エレンはもちろんの事、ディーンもしばらく実感できなかったが、自分が今、この時ハンターとして認められたのだと思うと、自然と(ほお)高揚(こうよう)してくるのを感じるのだった。

「頑張ってね~。期待してるわよ~」

「ああ! まかせてくれ!」

「はい! 一生懸命頑張ります!」

「誠心誠意、精進します」

 にこやかに言うギルドマスターに、新しくポッケ村にやってきた若きハンター達は、各々の言葉で決意を新たにする。

 明日から、正式にハンターとして動き出すのだ。そう思うと、我知らず握った拳に力が入るディーンであった。

「それでは、簡単に説明だけしておくわね」

 三人の瞳に意思の表れを感じ、満足そうに頷いたギルドマスターであったが、それはすぐになりを潜める。

「フィオール君は二度目だけど、我慢してね」と少しだけ付け加えると、間の抜けた雰囲気を消し去り、仕事の顔をしたマスターがそこには居た。

「先程オババ様も言っていたけれど、ギルドではハンターへ斡旋する仕事を、基本的にクエストと呼びます。各ハンターはその実績や実力に応じてランク分けされるので、そのランクに応じてのクエスト斡旋となります。ここまではよろしいかしら?」

 話を一旦区切るマスターに対して、三人は頷いて応える。

 ハンターランク制度。

 先日ディーンとフィオールが戦った、轟竜ティガレックス。彼らはなんとか生き延びたが、この飛竜のクエストは本来かなり高ランクのハンターでないと受注することができない。

 理由は簡単。まだ実力の伴わぬ低ランクのハンターが強力な飛竜種等に挑めば、まず間違いなく返り討ちにあって命を落とすからである。

 そういった事が起こらないように、各ハンターの実力に応じたハンターランクを与え、斡旋するクエストを制限する。それがこのハンターランク制度である。
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