1節(1)

文字数 5,441文字

 砂漠の玄関口、オアシスの街レクサーラ。

 いまだ発展を続けるこの都市は、開けたメインストリートを中心に、周りに円を描くように家々が建ち並ぶ交易の盛んな都市だ。

 主に、砂漠へと(のぞ)むハンター達がもたらす貴重な素材などを求め、各所から人が集まってきている。

 上空から見れば、円形をしているこの都市の中心を走る、一本の中央通(メインストリート)には、集まってくる人々を標的とした商人たちが、所狭(ところせま)しと店を構えている。

 自らの立派な店を構える者もいれば、地べたに茣蓙(ござ)等を敷いて、露店を開くものと、多種多様の品々が取り引きされている。

 王都ヴェルドやリーヴェル、大都市と呼ばれるミナガルデやドンドルマからも離れた場所であるにも関わらず、ここまで商業によって発展をとげられたのは、元々ハンター達が拠点として人が集まったため、ハンターズギルドがこの街を取り仕切る形となり、結果的に、税等が他の都市よりも各段に安くあがるからであろう。

 メインストリートの真ん中、つまりはこの街の中心にある中央広場に面して位置する、ハンターズギルド・レクサーラ支部において、ディーン達が今回の狩りの報告をすませ、報酬を受け取った時には、ちょうど午後の三時を過ぎていた。

「はい。これが今回の報酬です。皆様お疲れ様でした。次のご活躍も期待しております」

 レクサーラ支部の受付嬢から、カウンター越しに今回の依頼(クエスト)の報酬を受け取り、フィオールは「ありがとう」と返すと、ずしりと重い報酬袋を片手に、ポッケ村のそれとは、比べものにならぬほどの広さがあるギルド内の、数あるテーブルの中から、仲間達の待つテーブルへと向かって行った。

「ほら、今回の報酬だ。中で皆の分は小分けされている」

 ずしっと、重い音を立てて、報酬の金貨の詰まった袋をテーブルに置くと、フィオールは卓の一席に腰を下ろす。

「おう、お疲れさん。いくらだった? 今回も一回とてペナルティが無かったから、結構なモンだったと思うぜ」

 そう言うのはディーン。

 クエストから戻ったばかりで、装備は解かれていないが、今は兜を脱ぎ、顔を露出させている為、その精悍(せいかん)な顔つきが(あら)わになっている。

 黒髪黒瞳、レウスレイヤースタイルと呼ばれる髪型も相まって、その意志の強さを強調しているかのようだ。

「一人頭6,000zだな。背ビレを破壊した事も評価されたらしい。多少イロを付けてくれたようだ」

 応えるフィオールも他の皆も、ディーンと同じく兜のみを外した状態である。

 色草で青く染まったポポロングスタイルの髪型に切れ長の瞳。

 整った凛々(りり)しい風貌(ふうぼう)、常に落ち着きを失わぬよう自身を律するその様は、彼を実年齢よりも数段大人びて見せていた。

「結構な額だね。やっぱり、ガンナーのエレンちゃんがいてくれて良かったよ。僕達だけじゃ、背ビレまで攻撃が届かなかったかもしれないからね」

「そんなっ。 私こそ、皆さんにはいつも助けられてばかりです」

 フィオールの言葉に返しながらも、エレンの活躍を褒めるのはミハエルだ。

 ディーンと同じ黒い髪を、短めのクロオビショートに切り揃え、人の良さそうなその表情は、その人物の在り方をそのまま表しているかのようだった。

 そして、褒められて恐縮する、息を飲みそうなほどに美しい銀髪の少女がエレンである。

 エメラルドのような瞳とその可憐な容姿は、ハンターなどせずに、木陰ではにかんでいる方がずっと絵になるであろう。

「にしても、みんニャすごいニャ!チームを組んで3ヶ月そこらで、もう水竜ガノトトスも倒しちゃうニャんて。オイラもみんニャのサポート役として(はニャ)が高いのニャ」

 最後に、皆よりもずっと背の小さい亜人種(デミヒューマン)が、嬉しそうに声を出した。

 アイルーと呼ばれる猫型亜人種の少年、ネコチュウである。
 腹の部分のみ白く、それ以外の毛並みはネズミ色。

 アイルー()なのにチュウ()。だからネコチュウ。

 彼の育ったポッケ村のオババが付けてくれた名前である。

「さて、この後はどうしようか? 一杯やるにしても、少々日が高いと思うけど」

 しばしの談笑の後、ミハエルが切り出した。

 繁殖期の日は長い。日没まではまだまだ時間がかかるであろう。
 予定よりも遙かに早く事がすんでしまった為、四人と一匹は、余った時間を持て余す羽目になってしまっていた。

「そうだな。昼間から酒を飲むのも、背徳的な響きがあるから俺は好きだが、折角だから、日が落ちてから酒場に繰り出した方が、選べる店も多いだろうしな」

「それニャら、レクサーラの街を観光するニョはどうニャ? オイラも昼間ちょっと見て回ったのニャけれど、人がいっぱいいて面白かったのニャ」

 思案するディーンに提案したのはネコチュウだ。

 右手を上げて、まるで教卓の前で挙手するかのような仕草の彼の案に、ディーンも「ふむ」と頷き、興味を示したようである。

「良いかもしれんな。最近は、休む間もなく狩り場に出ていたから、たまの息抜きにはちょうど良かろう」

 フィオールもそれに賛同したようだ。

「ニャしょ! ニャしょ!我ながら“ないすあいであ”なのニャ」

 自分の提案が受け入れられて、ネコチュウは嬉しそうに顔を輝かせる。
 そんな彼に、皆も表情を緩めるのであった。

 ただ一人ミハエルだけは、彼にしては少々珍しく、若干意地悪な笑顔であったが。

「それで、どんな珍しいマタタビを見つけたんだい?」

「ンニャ。それがニャんと、セクメーア砂漠でしか採れニャい、秘伝の香草で漬け込んだ、幻ニョ………ハッ!?

 慌てて口を両手で押さえるが、もう遅い。

「なんだ。結局目当てはそれかよ」

 ディーンが呆れ顔で言うと、皆それを引き金に声を上げて笑うのであった。

・・・
・・


「まぁ、ネコチュウもしっかり留守番してくれていたんだしね。そのマタタビは何処(どこ)に売っていたんだい?」

「ミャ!? いいニョかニャ、ミハエル?」

 ひとしきり笑いあった後、ミハエルがネコチュウに切り出してやると、再びネコチュウの瞳が輝いた。

「うん。今回も色々と狩り以外のサポートをしてくれたしね。お礼に一つ買ってあげるよ」

「ニャー! ありがとうニャー!」

 それを聞いたネコチュウは大喜びだ。
 人目も気にせず諸手(もろて)を上げて大はしゃぎである。

「よかったですね。ネコチュウさん」

 エレンが喜ぶネコチュウの頭を撫でてやると、彼は嬉しそうにのどを鳴らすのであった。

「ならば、この後はそれぞれ自由行動としようか。私は何度かこの街に来たことがあるから、帰りの竜車の手配と、今夜の店を物色するとしよう」

「じゃあ。僕はネコチュウの買い物につきあう事にするよ。ディーン君とエレンちゃんはどうする?」

 フィオールがそう提案し、ミハエルもそれに賛同して、残った二人に話をふる。

 ディーンは「そうだな~」などと腕を組んで思案する様な素振りを見せるが、特に良い案は浮かばないようであった。

「俺らはどうすっかな? エレン、何か見たい物とかあるか?」

 意見を求められたエレンも、ちょっと困ったように曖昧な笑顔を返す。

 いっそネコチュウの買い物にでも付き合おうか──。

 そう言い掛けたときに、フィオールから一つ提案が上がった。

「ならば二人とも、このギルドを出てすぐの中央広場でも散策してみたらどうだ? 昼間は大道芸人が出ているだろうし、夕方からは吟遊詩人(ぎんゆうしじん)も来るだろうから、退屈はしないですむだろうさ」

「ああ。そう言えば、ギルドに入る前に見かけたな。確かにそれは面白そうだ」

 どうやら、ディーンはこの案を気に入ったようだ。

 拠点としているポッケ村も、彼の育ったピノの村も、このレクサーラとは比べ物にならぬほどの田舎である。当然、大道芸などといった娯楽には縁がない。

「エレンさんも、ディーンと一緒に楽しんでくると良い。お屋敷暮らしでは、あまり目にする機会も無かったでしょう?」
 すっかりその気になったディーンを横目に、今度はエレンへと話しかけるフィオール。

「わ、私も……ですか?」

 言われたエレンが、若干戸惑うような素振りを見せる。

「なんだよエレン。お前は別に行きたいトコでもあるのか?」

「い、いいえっ。そう言うわけではないんです……」

 では何か、といった表情で問うディーンに、慌てて両手を顔の前でパタパタと振って否定するエレン。

「あの……ご一緒させていただいてもよろしいのでしょうか?」

 エレンは怖ず怖ずと、いや、もじもじとしながら聞く。

 そんなエレンに対し、ディーンはなにを今更といった顔をし、その二人のやりとりに、彼ら以外のメンバーが、顔を合わせて苦笑するのであった。

「なに変な遠慮してんだよ。いいに決まってるじゃねーか。行こうぜ、一緒に」

 そう言って、ディーンがエレンに片目を瞑って見せる。
 その言葉を聞いたエレンの顔が、今日一番の輝きを放ったのは言うまでもない。

「はいっ!」

 口に出た返事の声は、普段控えめな分を取り戻さんがごとく、元気の良いものであったのは、最早言うまでも無かろう。

「なら、早速行くとしようぜ。そんじゃあな、みんな。夜にまた此処(ココ)で!」

 ディーンが右手を上げて言うと、エレンもぺこりと頭を下げ、先行して歩き出したディーンを追っていった。

「ああ、気を付けてな。ディーン、お前も初めての場所なんだ、エレンさんを巻き込んで迷子になるんじゃないぞ」

 送り出す形となったフィオールが、苦笑混じりの顔のまま、彼には珍しく茶化したように出口へ向かうディーン達に言う。

 ディーンは、そんな言葉に「誰に言ってやがる」と、ニィっと笑って返し、エレンを伴って日の傾き始めたレクサーラの街へと繰り出していった。

「ンニャ~。どうにもディーンにょヤツは、鈍感でいけニャいのニャ」

 彼らを見送った後、ネコチュウが呆れ顔でボヤくのを、フィオールもミハエルも、やはり苦笑いで同意する。

「まったく、やれやれだ。こういう気遣いは、本来得意ではないのだがな」

 はぁ、とタメ息一つ。フィオールもネコチュウにならうかのように、ボヤいてみせるのだった。

 そんな二人に「まぁまぁ」となだめるように言うミハエルだが、彼も概ね二人と同意見である。

 だが、自分達がどうこう考えたところで、野暮(やぼ)な話であることに違いはない。

 もちろんそれは、わざわざ言うまでもなく、フィオールもネコチュウもそこのところは理解しているのだ。

「それはそうと、僕達もそろそろ行こうか。君のお目当てが売り切れないとも限らないしね」

「そうだったのニャ! こうしてはいられニャいのニャ!」

 話を変えるミハエルに、ネコチュウも先の興奮を思い出したのだろう。

「ハイハイ。じゃ、フィオール君。悪いけどよろしくね」

 早く行こうオーラを放ちまくるネコチュウをなだめながら言うミハエルに、フィオールも「ああ、任せておいてくれ」と応える。

 それを聞いたネコチュウは、ニャーニャー言いながら、ミハエルの手を引いて出口をくぐっていった。

「……さて、と」

 軽く手を振って見送ってから、フィオールも腰を上げて、帰りの竜車の手配のために、再びカウンターへと足を向けようとしたときであった。

「おお、フィオール君。まだ街に居てくれたか。よかった、行き違いにならずにすんだよ」

 ミハエル達が消えていった出口から、よく通るバリトンが響いたのであった。


・・・
・・



「にゃっふにゃっふ~♪ にゃっふっふ~♪」

 フィオールと別れ、しばらく。

 目当てのマタタビを手に入れたネコチュウは、この上なく上機嫌であった。
 両手に抱えられた紙袋の中に何度も顔を入れては、(くだん)のマタタビの香りを楽しんでいる。

「はにゃ~。こニョ香り、やっぱ秘伝は違うのニャ」

「それは良かった。喜んでもらえて何よりだよ」

 ネコチュウから一歩遅れて歩くミハエルの言葉であったが、その笑顔は若干ひきつっていた。

「……うん。800zも出した甲斐(かい)があったよ……」

 言って、人(猫)知れずため息をつく。

 それもそのはずである。

 今回の報酬の10分の1以上が、その日の内にぶっ飛んだのだ。

 実質、ハンターの受け取る報酬は、他の職業の者の賃金のソレとは、笑い飛ばしたくなるほど開きがある。

 勿論、それこそピンキリではあるが、上位ランクに位置するハンター等に支払われる報酬に至っては、一介の町人の半年分に相当する金額が、一回のクエストの報酬として支払われる事もしばしばだ。

 参考になるか解らないが、ハンターの使用する、かなり質の良いマタタビでも、このマタタビのおよそ何十分の一の額で購入できる。
 比べるだけでも馬鹿らしい。
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