2節(8)

文字数 6,902文字

「「ッ!!」」

長くコンビを組んで動いているだけあって、申し合わせたかのように、ピッタリと同じタイミングで両の脚に斬撃が降り注ぐ。

トンッと地を蹴って、飛び掛かる様にデスパライズを振り下ろすリコリスは、返す刃からの連続切りを繰り出し、軽量武器ならではの手数で、ディアソルテの脚部に裂傷を刻み込んでいく。
対するルークは、背負った大太刀を器用に鞘から抜き放つ勢いのまま、大上段から振り下ろすや、それでは足りぬとばかりに再び上段から二撃目の斬撃を叩き込む。

多くの飛竜種に共通する事柄であるが、足場に取り付かれるとその巨体が逆に(あだ)となって、ハンター達への対処が思う様に行えないことが多々ある。

特に、突然変異種とは言え、角竜であるこのディアソルテは、懐が深い分足回りに若干の隙がある為、片手剣や太刀といった、連続攻撃に特化した武器を持つ二人にとって、最も狙い目と言える。

だが、相手はタフネスでは他の追随を許さぬ角竜の中でも、“魔王”の名を欲しいままにするディアソルテだ。

小賢(こざか)しく立ち回る三人の猛攻など物ともせずに、今度は強靭なその剛尾をもってハンター達を払いのける。

 これには、レオニードをはじめ流石のハンター達も対応できなかった。
 その巨躯ごと回転させる尻尾の一撃が、果敢に顔面にドン・フルートを叩きつけていたレオニードを弾き飛ばし、足場ではリコリスとルークの二人が蹴り飛ばされて砂原を転がった。

 三者の苦痛の声が響く中、反撃に転ずる者がいる。
 レオニードの指示通り、ディアソルテの射程の一歩外から好機を伺っていたイルゼ・ヴェルナーだ。

 ちょうど一周、尻尾による薙ぎ払いで身体ごと回転したディアソルテの頭部が戻ってくる位置へと、フルミナントブレイドを担いだ彼女は迷いなく駆けて行く。

「……フンッ!!

 背中のマウントから切り離された雷属性の大剣が、回転を終えたディアソルテの顔面に炸裂する。


 ガイィィンッッッ!!!


 響き渡る乾いた音。
 並の飛竜種であれば、この一撃で永眠してもおかしくはない。

 それ程の一撃であった。


 ──それ程の一撃であったのだ。


「何ッ!?

 大剣を振り下ろした体制のまま、イルゼが驚愕の声をあげる。

 手応えは充分。これで沈まぬ敵などいない。

 少なくとも、多大なるダメージを与えたはずだった。
 だがそれは、あくまでただの飛竜種であるならばの話。彼らの相手にしているのは、ただでは済まぬ突然変異種なのだ。

 掛け値なしの全力斬りを受け、ともすれば致命傷を負いかねないはずの片角の魔王は、まるで気にも止めぬかの様に、イルゼを睨み返していた。

…まずいっ!?

 本能的に察知して、防御の体制を取ろうとするが、剛力無双の彼女をもってしても大剣を振り下ろしてすぐの対応には無理があった。

「ッ!? ガハッ!?

 苦悶の声だけその場に残して、イルゼの身体が宙を舞う。
 驚くべき事に、ディアソルテは隙をついて攻撃を仕掛けたイルゼの動きを、ある程度読んでいた様だ。

 尻尾の攻撃でレオニード達三人を薙ぎ払った後、もう一人のニンゲンの攻撃に備えて、若干(たい)(しゃ)に構えて衝撃を吸収させ、尚且つそれを反撃に流用するという荒技までやってのけたのである。

 イルゼの一撃を受けたディアソルテは、その勢いを逆に利用して首を後方に振り上げ、そこからすくい上げる様にイルゼを弾き飛ばしたのだ。

 まるでゴルフボールの如く打ち上げられたイルゼは、それでも懸命に暗転しかけた意識を繋ぎとめた。

 しかし、とは言えその身は高々と宙を舞っているのだ。

 衝撃の凄まじさに上下の感覚を完全に失いながらも、持ち前の野性のカンを頼りに、何とか身体を丸めて受け身の体制を作る。

 程なく、忌々しい重力はイルゼを地面へと叩きつけた。

 意識を手放さなくてすんだ事は、まさしく彼女にとって僥倖であった。

 もう少し受け身の体制を取るのが遅れていたら、無視できぬダメージを受けていたかも知れない。
 悪ければ後遺症を残す怪我や、最悪、頭から地面に落ちて、そのまま起き上がる事ができなかった可能性もあった。

 落下の痛みに耐えながら、ゴロゴロと転がって衝撃を分散させるイルゼが、ようやく停止して身を起こそうとしたその時である。

「ッ!?

 起き上がる為に地面につけたイルゼの左肩に激痛が走った。

 どうやら、先の件で痛めてしまったらしい。
 怪我の内容は解らないが、痛みに引き換え、左腕に全く力が入らない。

…なんて事だ。クソ!

 胸中で毒つくイルゼだが、彼女の本当の窮地(きゅうち)はここからだった。

「イルゼちゃん! 避けろ!!

 珍しく冷静さを欠いたレオニードの声に反応して向き直れば、視線の先に見えるのは、今まさにイルゼ目掛けて突撃せんとする魔王の姿が写る。

 起き上がろうとして、痛みの為に再度体勢を崩していたイルゼには、このタイミングでは身をかわす事などままならないのは、火を見るより明らかだ。

「イルゼさんっ!?

 リコリスが悲痛な声を上げ、走り出そうとするのだが、彼女も先程尻尾による攻撃を受けたばかり、駆け出そうにも、すぐにその身体は動いてはくれなかった。

「くそっ」

 焦りの色を濃くしたレオニードが、ポーチの中から閃光玉を取り出してディアソルテ目掛けて投げようとするが、如何せん彼の弾き飛ばされた先は、ディアソルテの後方なのだ。

 どれ程全力で投げようとも、ディアソルテの巨体を飛び越して()の竜の顔面まで届かせるのには距離がありすぎる。

 ルークもなす(すべ)なしと、唇を噛み締めた。


 その時であった。


「調子コイてんじゃねえ! 残りの角もへし折って、いっそ丸坊主にしてやんぞ! エリマキ野郎!」

 イルゼの背後から聞こえて来た声は、その意思の強さに裏付けられた、よく通る響きをもってその場の空気をガラリと変えてしまった。

 その刹那。イルゼの頭上を飛び越して、ディアソルテの眼前へと放り込まれたのは、先程レオニードが投げようとしていた、閃光玉であった。


 ──ボンッ!


 ボールの中で絶命した光蟲(ひかりむし)が、最後の灯火(ともしび)をもって小さな太陽を作り出す。

 流石の魔王も、これは予想出来なかったのか、まばゆい閃光に視界を焼かれ、驚愕の声を上げて仰け反った。

「間一髪だったようですね。間に合って良かった」

 次に聞こえた声の主は、イルゼのすぐ後ろまでやってくると、「大丈夫ですか?」と彼女に肩を貸して助け起こす。

「どうやら、勝負どころではなかったようだな。朱色の巨躯に片角(かたつの)……まさか自分が相見(あいまみ)えるとは思わなかったが……」

 そう言って、助け起こされるイルゼを守るように前に立つのは別の声。
 そしてもう一人。

「魔王様ってか? そんならいっちょ、勇者様参上といこうじゃねぇか」

 不敵に言いながら、スラリと背中に背負った大太刀を抜き放ち、軽々と肩に担ぎながら、同じくディアソルテの前に立ちはだかるのは、おそらく先程閃光玉を投げ込んだ人物であろう。

 ディーン・シュバルツとフィオール・マックール。

 火竜の(つがい)を模した全身鎧を身に(まと)う二人の青年は、伝説とも言われる片角の魔王を前に、臆する事など欠片も無いとばかりに堂々とディアソルテを睨みつける。

「お前達……」

 すんでのところで助かったイルゼが、肩を貸してくれた人物、ミハエル・シューミィに助け起こされながらも、にわかには信じられぬと言ったふうに呟く。

「ディーンくん、フィオールくん。僕はイルゼさんを離れた場所へ。後は、よろしく頼むよ」

 そう言ってミハエルは、自身の鋭いギザミシリーズがイルゼを傷つけぬ様に気をつけて立たせてやりながら、彼女の大剣を背中のマウントに戻してやった。

「お前達、もう一匹の……亜種の方はどうしたんだ?」

 痛む左腕に手をかけながら問うイルゼ。
 それに対して応えたのは、少し離れた場所にいるリコリス達のもとへと促すミハエルだった。

「隣のエリアで、グッスリ眠ってもらってますよ。さ、イルゼさん」

 促されて歩き出すイルゼだが、その表情には俄かには信じられぬといった思いを隠せなかったようだ。

 ミハエルの言う『グッスリ眠って』とは、ハンター家業をご存知の方ならば、容易に想像できるであろう隠語(いんご)である。

 そう。
 黒き死神とも比喩される、黒角竜(くろつのりゅう)ことディアブロス亜種は、今まさにディーン達がディアソルテと退治している、このオアシスのエリアの隣、大きな岩山に挟まれた日陰のエリアで、ディーン達の手によって“捕獲”されたのだ。

 ハンターに依頼されるクエストの殆どが、大型モンスターの狩猟であり、より強く、より多くのモンスターを狩るハンターが優秀であるとされるのだが、ただ一言に“狩る”と言っても、大きく分けて二つの方法がある。

 一つは、純粋に対象モンスターを殺害する“|討伐”と呼ばれる方法だ。
 主に腕自慢のハンター達は、こちらの方法を取ることが多く、 強靭なモンスターとの命のやりとりを楽しむかのように、常日頃から死闘を繰り広げている。

 そしてもう一つは、先程述べた“捕獲”。
 一定以上のダメージを受けて、抵抗力の弱まったモンスターを、シビレ罠あるいは落とし穴にはめてから、捕獲用の特殊な麻酔薬で昏倒させるという手法である。

 殺すまで戦い続ける必要が無い為、討伐するよりも早くクエストを終えられるという利点があるが、モンスターの体力の見極めや、罠と捕獲用麻酔の用意。
 更には罠設置から、罠にモンスターを誘導と、中々に準備や手間、経験が必要になってくる。

 しかしやはり、素早く、かつ比較的安全に狩りを終えられる為、熟練のハンター達には、捕獲を主に行なう者も少なくない。

 だが、確かに素早く目標を無力化できる方法とはいえ、相手は片角の魔王には劣るが、無尽蔵のタフネスを誇る黒角竜である。

 仮に捕獲するにしても早過ぎる。
 まるで、サンドバッグの様に一方的に攻撃でもしかけたかのよう……。

「……っ! そうか、エレン嬢……!」

 そこまで考えて、イルゼがハッと声を上げる。
 その様子に、三人の若いハンター達が兜の下に隠れた口元を吊り上げたる気配がしたその時である。


 ゴアアァァ……ッ。


 聞こえてきた唸り声は、ディアソルテのモノ。
 漸く閃光玉の効力が切れて、十全(じゅうぜん)な視界を取り戻したディアソルテが、怒りをあらわにディーン達を睨みつけていた。

「どうやら魔王閣下は、これ以上我々に余計なおしゃべりの時間を許してはくれぬらしいな」

「お~お~器のちいせぇこって。若造相手に何ムキになってらっしゃるんだか」

 それを見たフィオールとディーンが、見え透いた挑発を言いながら、片角の魔王を睨み返す。

 いわゆる、“ガンくれる”というヤツだ。

 当然、飛竜種であるディアソルテにはヒトの言葉は通じるはずが無い。
 だが、それでも相手は片角の魔王と称されるディアソルテだ。
 賢い()の竜が、“ソレ”が挑発であると理解できぬわけがなく、また誇り高い()の竜は、自身のプライドを刺激するその二人のニンゲンを凝視するあまり、先程狙いを定めていたイルゼを、迷いなく意識の外へと追いやった。

「……今です。イルゼさん」

 その隙に、ミハエルがイルゼを促して移動を開始する。
 ディーンはその動きがディアソルテを刺激しないように、更に声を張り上げるのだった。

「さぁっ、第二ラウンドだ! 援護頼むぜ、レオ!」

 言うや、肩に担いだ大太刀鬼斬破(おにざんは)を右腕一本で右後方へ流すように下げ、左脚を一歩前、左腕は軽く曲げて肩の高さで水平に構える、彼独特の臨戦体制へ移行する。

「……ったく、何とも出鱈目(デタラメ)な野郎どもだ」

 声をかけられたレオニードは、普段のニヒルな笑みを口元に湛え、ドン・フルートに息を吹き込んだ。

 ——鳴り響く旋律。

 それによってみなぎる力を感じながら、ディーンは再び声を上げた。

「ポッケ村がハンター、ディーン・シュバルツ!」

 名乗り口上は、ディーンと、そして彼の親友たる一人のハンターが、自身の気を引き締める為の儀式のようなモノである。

「同じく、ポッケ村がハンター。フィオール・マックール!……僭越(せんえつ)ながら、一手馳走(いってちそう)……」

 そう。彼が唯一自身のライバルと認める若き達人、フィオール・マックールが、ディーンと並び立って名乗りをあげる。

 仰々(ぎょうぎょう)しくも声を高らかに名乗りをあげる二人のニンゲンに、ディアソルテの我慢も限界に達したらしい。


 この生意気なニンゲンを蹴散らしてくれる。


 そう言わんばかりに、息を荒げる片角の魔王は、右脚を一歩引いて、突進の構えをとる。

 対するディーン達は、なんとディアソルテを迎え討つかの様に、真正面から打って出るのだった。

「馬鹿なッ!? 正気かッ!?

「ディーンくんっ!? フィオールさんっ!?

 驚くべき二人の行動に、ルークが驚愕の声を、リコリスが悲鳴のような声をあげる。

 だが次の瞬間、ルークとリコリスはそれ以上の驚きに、まさしく声を呑むハメになる。


「……一手馳走(いってちそう)(つかまつ)りますっ!!


 突如聞こえたのは、この場にあまりに相応しくない可憐な声色。
 この場の誰もが、その声の主が何時の間にかディアソルテの背後に忍び寄っていた事に気づいた時、その時には声の主──エレン・シルバラントが放った三本の矢が、尻尾の裏側やや付け根付近、即ち角竜の弱点部分に突き立っていた。


 グアアアァァァァァッッッ!!??


 忽ち上がる、ディアソルテ絶叫。

 当然である。

 如何に突然変異とは言え、基本的肉質は原種と大差ないディアソルテだ。

 過敏な神経が集中する箇所は、普通の角竜となんら変わりは無い。

 しかも、全く意識していないところから襲いくる激痛である。耐えられる訳が無い。

「ッ!? エレンちゃんなの!? ……もしかして、さっきの挑発も、名乗り口上も……」

 リコリスが漸く状況を呑み込んだのだろう、驚きの表情で口を開いた。

 まさしく彼女の想像通りである。

 全ては、エレンをディアソルテに気付かせずに、背後のポジションに着かせる為、そして弓使いの彼女が、完璧に不意を打つ為の騙し討ち(フェイク)だったのだ。

 おそらく、彼らの中で気付いていたには、レオニードくらいのものだろう。

 それ故のあの素早い対応だろう。

 エレンの放った矢に、間違いなくレオニードの旋律効果が付加されていたのは、流石と言うより他無い。

「なるほどな。伊達(だて)酔狂(すいきょう)であんな安っぽい挑発や、古臭くて恥ずかしい名乗り口上を上げていた訳ではなかったのか」

「いやぁ……。名乗り口上に関してだけは、概ね伊達や酔狂なんだけどね……」

 感心したように呟くイルゼに、あはは~と乾いた笑いで応えるミハエル。

 まさかエレンまで便乗するとは思わなかったが、この先、なんだかなし崩し的に自分まで言わされそうで、そうならないよう祈らざるを得ないミハエルであった。


 ──閑話休題。


「今ですッ! ディーンさんっ! フィオールさんっ!」

 あまりの痛みに、大きく仰け反ったディアソルテの隙を見てとったエレンが、ディアソルテ目掛けて走る二人へと声を張り上げる。

 先程、無謀にも真正面から迎え討つかの様に地を蹴ったディーンとフィオールは、エレンがディアソルテの動きを封じてくれると信じて、迷わず行動していた為、このわずかな隙を無駄になどするはずがない。

「フィオールッ!」
「心得ているッ」

 ディーンの声に、フィオールが応えて先行するや、彼は右手に固定された盾を頭上に掲げると、ずざっと砂を巻き上げながら、半身の体勢で強引に停止する。

 次の瞬間、なんとディーンはそのフィオールの頭上に掲げられた盾に飛び乗った。

「行ってこい、ディーンッ!」

 フィオールの掛け声とともに、自身をジャンプ台代わりにするかの様に、掲げ上げた盾を押し上げ、その勢いを利用したディーンが、天高く跳び上がる。

 激痛から立ち直ったディアソルテだが、これには流石の彼も驚いた。
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