1節(12)

文字数 5,425文字

 相変わらず、ディーン達新人組は視野に入れぬ用にしゃべるルークであるが、彼の言い分には、ディーン達にも心当たりがあった。

 何を隠そうディーン達がこのレクサーラにやってきた理由、水竜(すいりゅう)ガノトトスの狩猟依頼も、ルークの言っていた話の内容が原因であった為である。

 普段そこまで人里近くまで接近してこない水竜ガノトトスが、まるで落ち着きを失ったかのように行動範囲を急に広げだしたので、街に近づきすぎる前に狩猟してほしい。
 これがディーン達が今朝方達成したクエストの依頼内容だった。

「いろんなモンスターがこのレクサーラ近辺にて目撃されているのだが、その中で昨日、ディアブロスの(つがい)が急接近しているという観測情報が今朝方入ったんだ」

 そこまでルークが言い終えると同時に、今まで険悪だった場の空気が一転した。

「ディアブロスが、急接近だって?」

 思わず聞き返すレオニードの声にも、それまでにあった余裕めいたものが消えていた。

 ディアブロス。

 またの名を角竜(つのりゅう)とも呼ばれる、セクメーア砂漠やデデ砂漠に生息する、襟状(えりじょう)の棘の付いた甲殻で覆われた頭部から生やした、二本の大きな角が最大の特徴である大型飛竜である。

 リオレウスですら見上げてしまいそうになる程の巨体と、鋭く突き出た牙を持つが草食である。

 しかし、その性格たるや非常にプライドが高く、自身のテリトリーに入ってくる存在は、たとえ同族であろうと人間であろうと、容赦なくその牙をむけ襲いかかってくる、この砂漠地帯に君臨する暴君だ。

 砂の海原を泳ぐ魚竜種(ぎょりゅうしゅ)ガレオス達と同様、砂中に潜り地中からの奇襲攻撃と、その巨体と角を存分に活かした突進攻撃を得意としており、他の飛竜種にも引けを取らぬ大きな両翼代わりの前脚は、むしろ潜ることに特化している。

 そして、中でも驚異となるものが……。

「マズいな。繁殖期であるこの時期に、番のディアブロスだなんて……」

 レオニードが唸って腕組みする。
 彼同様、それを聞いたこの場の全員がレオニードの浮かべる表情と同じような顔持ちであった。

「ああ。繁殖期の終わりにはまだまだ時間がある。この街に接近している番のディアブロスの片割れは、当然のように黒く変色しているらしい」

 ルークが重々しく言う言葉に、半ば解っていたこととは言え、その場の皆の表情に緊張が走る。

 そう。繁殖期のディアブロス、特にその(めす)は非常に危険な存在と化すのだ。
全身を覆う甲殻や皮膚が、一片も残さず警告色である黒に染まり、凶暴性が跳ね上がるのだ。

 勿論凶暴性だけではなく、スピードやタフネスまで上昇傾向にあるらしく、ギルドではこの季節のディアブロスの雌を“亜種(あしゅ)”と呼んで警戒しており、繁殖期の砂漠において、ハンター達を苦しめるモンスターの筆頭と認識されている。

「なるほどな。それでオレや、そこのちゃん付けにも狩猟クエストに同行してほしいと……そう言うわけか」

 そっぽを向いたままの姿勢で、イルゼが言う。

「そう言うわけだ。不運なことに、ここ連日のモンスターの動きのせいで、我々ギルドナイトの方でも人員が出払っていてな。今レクサーラで動けるのはオレだけだ。それで協力者を捜していたんだ」

 返すルークの言いようは、やはりこの場に同席するディーン達の存在は念頭に入れていない様子である。
 それが証拠に彼の視線は、レオニードとイルゼにしか向けられてはいない。

「お~お~。そりゃあ大変なハナシだな」

 レオニードもイルゼも、ルークの言葉に何の返答をせずにいる中、不意にディーンがまるで茶々を入れる様な口調で割って入った。

「……フン、安心しろ。誰もお前達のような素人共(しろうとども)には頼んだりはせん」

「ルーク!? そんな言い方は……!?

 そんなディーンの声にムッとして、ルークが先ほど以上に辛辣な言いようで言うのに、流石にリコリスが声を荒げるが、そんなリコリスを手のひらで制したディーンの返答は、ルークのそれ以上に辛辣で挑発的であった。

「だよなぁ。見るからにギルドナイトの中では下っ端っぽいしなアンタ。少しでも腕の立つ味方がいないと、怖くて狩りに行けそうに無さそうだもんな」

 言って大仰(おおぎょう)に肩をすくめてみせるディーン。

 この様な言い方、普段であったらフィオールやミハエルが注意しそうなところであったが、今だけはディーンと同じ心境であったのであろう。

 二人ともディーンと共に挑発的な視線でルークを見る。
 もっと言ってやれとでも言わんばかりだ。

「……なんだと?」

 案の定、ルークの声のトーンがガクンと落ちる。

 誰の目にも解るほどに怒りに満ちた瞳が彼らに向くが、それを受け止めるディーン達の目は、彼の視線なぞに恐れるどころか、より好戦的な視線を送って返すのであった。
驚くことに、本来は温和(おんわ)なエレンに至っても、鋭い視線でルークを睨み返している。

 彼女からすれば、ルークの言い方や態度は、先程彼女に絡んできたごろつき共と何ら変わるものではない。

「口の聞き方に気をつけろよ小僧共。貴様等全員、まともにクエストの受注も出来なくするようにだって可能なんだぞ」

 低い声で脅すように言うルーク。

「ほう。それは困ったな」

 と、今度はフィオールが口を開く。
 『困ったな』などと言ってはいるものの、その声音は少しもルークの言葉に動じた様子がない。

「どうやらこの御仁(ごじん)は、ギルドナイトの権限を振りかざさなければ、我々のような若造をいい伏せることもできぬらしい。ディーンが言ったように、ギルドナイト内で下っ端だというのは本当のようだな。何とも張り合いのない」

 言い返す暇さえ与えず、一気に言い切ってのけたフィオールは、最後に再び「本当に困ったものだ」と、肩をすくめて“ヤレヤレ”とでも言うかのように首を振る。

 この一触即発の状況において、フィオールのこの言葉はルークを激昂させるのには充分すぎた。

「貴様っ!?

 怒声を上げてガタッと席を立ったルークが、自身の獲物に手をかける。

 対するディーン達(エレンも含め)も、座っていた椅子から腰を浮かし、臨戦態勢に移ろうとする。

 その時であった。


「ぷっ……くくく。あっはははははは」


 場の空気をガン無視して、突如として響きわたる笑い声。

 レオニードである。
 いや、レオニードだけではない。

「くっくっく……」

 それまでそっぽを向いていたイルゼや、黙って話を聞いているだけの姿勢を貫いていたムラマサにいたるまで、彼につられるように笑い声をこぼしている。

 彼ら以外の面々は、突然のことで一瞬呆然としたが、早々に気を取り直したルークが「何がおかしいっ!」と、怒気を含んで言うと、レオニードは何とか笑いをこらえて応えた。

「い、いやいやスマンスマン。ディーンちゃん達が、話しに聞いた以上に面白い奴等だったもんでね」

 そう言ってディーン達へと視線を向けるレオニード。
 見られる側のディーン達は、ぶっちゃけ喧嘩をおっぱじめても構わないといった体勢を透かされたのに、少しだけ釈然としないものを感じてはいたが、まぁ少なからず誉められてはいるのだという事はわかるらしく、浮かしていた腰を椅子に戻していた。

 その様子を見たレオニードは、浮かべていた笑みをより深くして言った。

「よし、決めたぜ。そのクエスト受けようじゃないの」

「えっ?」

 急に投げかけられたら承諾の声に、一瞬とはいえポカンとした表情を見せる。

「だから、受けてやるって言ってるんだよ。そのディアブロス2頭の狩猟クエスト」

 もう一度、繰り返して言うレオニードの言葉に、ルークの理解もようやく追いついたらしく、「そ、そうか」と返して彼も椅子に腰掛けなおした。

「それならば、早速明日の朝には出発しよう。準備のことだが……」

「ただし!」

 そのままクエストの段取りを話し始めようとするルークであったが、それを制するレオニードの言葉に(きょ)を突かれた。

「な、何だ?」

 一体何を要求されるのであろうかと、少し警戒するように言うルーク。

 何せこのレオニードは、ハンター業界では知らぬ者無しと(うた)われしラストサバイバーズの一員である。
 『報酬倍額』くらいは言われるものかと密かに覚悟を決めているルークにかかった言葉は、彼だけでなく、他のメンバーにとっても意外なものであった。

「ただし、そこにいるディーンちゃん達との対受注(ヴァーサスクエスト)が条件だ」



「「何だ(です)ってぇっ!?」」



 沈黙は一瞬。
 後にあがった驚きの声は、ルークやリコリスだけでなく、ディーン達の声も混ざっていたのであった。


・・・
・・



「ゴメンナサイ!」

 小一時間後、渋々(しぶしぶ)納得した(させられた)ルークを先に帰したリコリスは、その場の皆に先のルークの無礼を詫びるつもりで盛大に低頭(ていとう)した。

「いや、気にしてないよ」

 そう言って顔を上げるように促すミハエルではあったが、その表情は苦笑混じりであった。

「ううん。ホントにゴメンナサイ。ウチの相棒がみんなに不快な思いさせちゃって……」

 心底申しわけなさそうに言うリコリス。

「まぁ、俺達も結構キツメに言い返しちまったしな。オアイコって事にしておこうぜ」

 自分が一番喧嘩腰であったことなど棚の上に放り投げて言うディーンに、リコリスは「ありがと」と苦笑いを浮かべて応えて顔を上げた。

「それはそうと、レオニードさん。先の話は本気なんですか?我々のような新人相手に対受注(ヴァーサスクエスト)なんて……」

 気を取り直してといったふうに、フィオールがレオニードに先の話を振る。

 問われたレオニードは「レオって呼び捨てで構わないぜフィオールちゃん」などと返しながらも、口元のシニカルな笑みを崩さずに質問に答える。

「本気も何も大真面目だぜ。俺はお前さん達にヒドく興味がわいてねぇ。ハンターとしての実力が見たくなったのさ」

「興味って……そう言えば、さっきは話し途中だったけど、もともとマーサに呼ばれて俺達に会いに来たんだっけ?」

 ニヤリと笑って答えるレオニードに、今度はディーンが代わって問いかける。

 こちらもやはり、ムラマサがレオニードの件を説明しようとした話の途中でディーンが走り出したために会話が途切れてしまったことなど、彼の記憶には既に無いようである。

 そんなディーンの言葉に応えたのは、例によってそのムラマサの方であった。

「そう言えばそうだったね。では先に、レオにこのレクサーラへと来てもらった件に関して私から説明させていただこう」

 以前ディーン君の為の太刀を私が打とうと言ったことは覚えているかね?と、語り出したムラマサに、ディーンをはじめポッケ村のハンター達が頷くのを見て、ムラマサは言葉を続けた。

「その為には、どうにも申し訳ないことにポッケ村の工房では少々手狭でね。ここは一つ、私の故郷にある大きな工房を使うことにしようと思ったのだよ」

「マーサさんの故郷……ですか」

 会話の区切りでミハエルが思わずといった感じでつぶやく。
 ムラマサの故郷と言えば、この辺境から東の海を渡った先にある島国、シキの国の筈だ。

 そのつぶやきが耳に入ったのであろう、ムラマサは「そう。シキの国だ」とミハエルに向かって応えた。

「シキの国の、ごく限られた部族の中には、(たたら)錬成方という技術があってね。その工房を使おうと思ったわけさ」

「そこで、シキの国までの“アシ”を調達するために、マーサちゃんから俺達ラストサバイバーズへと連絡が入ったのさ。あのマーサちゃんが『どうしても』と頼むもんだから、そん時たまたま一番レクサーラの近くにいた俺が、こうして訳を聞きに来ていたってワケよ」

「アシ……ですか?」

 途中からムラマサの説明を引き継いだレオニードが言い終わると、今度はエレンが聞き返した。
 (アシ)と言うからには、乗り物ではあろうと思うのだが、シキの国は島国である。

 船の手配をイチ猟団がするのであろうかと思いっての言葉であったが、そんな彼女の言葉にレオニードはニヤリと笑って返すのみであった。

「ま、“アシ”が来るまで少し時間もかかるし、それまでにクエストの一つくらいはできると思ってな」

 エレンの質問をはぐらかしたレオニードは、気を取り直して話を戻す。

「ポッケ村の方は問題無いよ。君達が頑張ってくれたおかげで、しばらくは村にいるハンター達だけでも何とかなりそうと、オババ様からお墨付(すみつ)きをいただいている」

 ムラマサにも薦められるように言われては、ディーン達としては断る理由はない。
 第一、ミハエルやネコチュウに関しては、既にリコリスの力にはなってあげるつもりでこの場にいるのだ。
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