1節(7)

文字数 4,887文字

 それから彼等が打ち解けるのは早かった。

 ディーンがファルローラに「第三チビ」などと不敬極まり無いアダ名を付けたり、ファルローラがネコチュウをかなり強引に勧誘しようとしたりと、ちょっとしたじゃれ合いのような揉め事があったが、エレンの仲介もあり、すぐにファルローラは彼等に懐いたのであった。

 その日はその後、ディーン達が近くを探索して調達した獣の肉を、エレンとネコチュウが手早く調理して皆に振る舞った。

 先の砂漠の死闘で砕け散った鬼斬破はもう無いが、ファルローラの爺やがレクサーラのギルドに預けていたディーンのもう一本の太刀である、飛竜刀【紅葉】をちゃっかり押収してあったので、それを背負う事にした。

 ファルローラはその肉に舌鼓をうち、ディーン達が夜中トレーニングをしだすとそれを眺めて歓声をあげるのだった。


・・・
・・



「お疲れ様でした。ディーンさん」

 それから数時間後、騎士達を休ませるため、代わりに火の番を買って出たディーンにかかる声があった。

 エレンである。

「第三チビは?」

 ローラの事をそう呼ぶのはやめる気が無いようである。
 エレンはくすりと笑うと、「疲れたんでしょう。ぐっすり眠ってます」と言ってディーンの隣に腰掛けた。

「お前も、いろいろあって疲れたんじゃないのか?」

 そう言うディーンに、大丈夫ですと応え、エレンはしばらく揺れる焚き火の炎を眺めていた。

 ディーンも、それにならって黙って焚き火に枯れ木を焼べる。
 しばらく、焼べられた木々がパキッとたてる音と、街道脇に広がる林の中から聞こえてくる獣の鳴き声や、少し離れたところで見張りをしているフィオール達の声が、時折聞こえてくるのみであった。

「ディーンさん……」

「……ん?」

 ようやく、エレンが口を開いた。

「これから、どうするんですか?」

 どうする。とは、勿論エレンに対して、であろう。
 確かに、自分はディーン達の仲間である。

 しかし、契約を交わしているわけでもない。

 今回は、言わば身内の話である。
 ディーン達にまで付き合わせる必要は無かったはずだ。
 エレンも立場上、城には戻らねばならないだろう。ディーン達も一応は拘束された身だ。

 エレンの出生の秘密もコルナリーナから聞いたとのことなので、王国としてはディーン達をそのままにして置くわけにもいかないのも事実ではある。

「そうだなぁ」と、ディーンは考えるような素振りを見せる。

 普段は何も考えていないようで、稀に鋭い事を言うディーンだ。もしかしたら、本当にもしかしたら、何か考えがあっての事なのかもしれない。

「……ごめんなさい」

 ディーンが応える前に、エレンの口から謝罪の言葉が零れ落ちた。

 それでも、ディーン達はエレンのそばに居てくれているのだ。

 今まで一生懸命、彼等の足手まといにならないようにと頑張ってきたのに、未だに自分は彼等に迷惑をかけてしまっている。

「謝る事か?」

 ディーンはそう言う。
 おそらく、他の皆もだ。

「ですが……」

 それでも、ただ仲間であると言うだけで、巻き込んでいいレベルの問題ではない。

 ディーン達があまりにも普段通りすぎて忘れそうになるが、国家レベルの話になってしまっているのだ。
 そう、言い返そうとしたエレンだが、ポンと頭に乗ったディーンの手のひらに黙らされてしまう。

「いいんだ。“仲間”だから」

 そう言うと、ディーンは普段より少しだけ優しく、エレンの頭を撫でてやるのだった。

「それにな。これからなんだが」

 頭を撫でられる心地よさに、しばらくなされるがままだったエレンに、ディーンが先ほどの質問の応えを返す。

「フィオール達とも話し合ったんだがな。このまま俺たちも王都へ向かう事にする。お前のことも勿論だが、俺は正直、お前の親父さんと叔父貴に一言いってやらんと気がすまねぇんだ」

 そう言って、少し表情を険しくする。

…どうして、ディーンさんはこうまでしてくれるのだろうか?

 “仲間”だからだろうか。
 勿論そうなのだろう。

 だが、それだけなのだろうか。

 確かに嬉しい筈なのに、どこか寂しい想いが胸に刺さり、エレンは自分の襟元をキュッと握りしめるのであった。

「エレンは、どうしたい?」

 不意に、ディーンがこちらを向いて尋ねていた。
 彼女の頭に乗っかっていた左手をおろし、エレンの返事を待っている。

「私は、エレン・シルバラントですよ? エレンシア・シルフィ・シュレイドと言う名のお姫様は、本来虚位(いないはず)なんです。ローラにも言いましたが、私は今は、エレン・シルバラント。そう望んで、そう生きたいと。そう生きてきたこの四ヶ月間を、誇りに思っています」

 そうだ。
 胸に刺さる痛みの正体はわからない。

 だがしかし、今の言葉だけは紛れも無い本心なのだ。

 この先、何があろうとも自分はエレン・シルバラントである。
 こればかりは譲れない。

 それを聞いたディーンは、「よし」と、エレンが惹かれたその笑顔を浮かべてくれた。

「じゃあ、気合い入れていこうぜ! 今回の相手は王様だ! 今までのモンスターとは一味違うからな!」

「はいっ!」

 そう言って、二人は笑い合う。

 しかしディーンは、それでも一抹の不安を感じずには居られなかった。

…悪い予感がする。

 理屈では無い。
 根拠も無いが、何故かそう感じずには居られなかった。

 俺は仲間を、隣で笑うこの少女を、守ることができるのだろうか。

 だが、今はそんな事を言っていても始まらない。
 やると決めたのだ。
 やるしか無いでは無いか。

 そう自分に言い聞かすと、ディーンはもう一度だけ、今度はいつも通り乱暴にエレンの頭を撫で回すと、「んじゃ、エレンはもう寝ろ。見張りは今夜は俺たちが立っといてやっからさ」と言って立ち上がった。

 その言葉に素直に頷くと、エレンは「おやすみなさい。ディーンさん」と頭を下げ、ローラの眠るテントへと向かって行くのだった。


・・・
・・



 その後の旅は、順調であった。
 長距離遠征に慣れ親しんだディーン達ハンターが全面的に第三王女の部隊のフォローに回ったのだから当然といえば当然である。

 翌朝早くに出発した一行は、ジォ・ワンドレオにて最低限の補給を済ませて出発。二日後に第二の中継地点のメルタペットで一泊し、その翌々日の深夜には、ミナガルデへとたどり着いていた。

 ミナガルデで宿をとり、その翌朝には比較的進みやすいヒンメルン山脈の山道へと入り、その日のうちに山道を踏破して、いよいよその日の夜には、西シュレイド王国が首都、城塞都市ヴェルドの下層階級街(ダウンタウン)へと到着したのであった。


「うわぁ……想像してたのと、ちょっと違うね……」

 そう言って、眉根を寄せるのはリコリスである。

 彼女も勿論そうだが、ディーンとミハエル、そしてネコチュウは初めての本土であった。

 城塞都市。
 と言うと、周囲を絶壁に囲まれ、並み居るモンスター寄せ付けぬ難攻不落の巨大な要塞を思い描く方も少なくないだろう。

 実際、第三王女ご一行に同行したハンター達の中で、“おのぼりさん”組である三人と一匹は、だいたいがそんな想像をしていたのだが、想像と現実の違いは、予想以上に大きかった。

「あはは〜……。初めて王都に来たハンターさんは、だいたい皆んなそう言う反応するわねぇ」

 そんなリコリスの言葉に、コルナリーナが苦笑気味に応える。

 そびえ立つ断崖絶壁を背にして建つ巨大な城。
 数々の尖塔が建ち並び、城を中心に、都市部を覆う、それこそ城塞が、観るものを圧倒せんばかりだ。

 だが、リコリスはじめ“おのぼりさん”組達が眉根を潜めたのはそこではない。
城塞よりも内側部分は、きっと立派なのであろう。

 しかし、問題なのは外側である。

 後程コルナリーナから受けた説明によれば、今ディーン達の目の前に広がる大都市。

 “城塞都市”の周りには別称“貧民街”と呼ばれるダウンタウンが広がっており、未舗装に近いでこぼことした道の両脇には、明らかに夜露を凌ぐ最低限の施工しか施されていないのであろう、煉瓦造りの家々が乱立しており、路上にはその最低限の家すら持たぬのであろう、浮浪者の姿もちらほら見て取れた。

 今彼らが進んでいるのは、城塞都市へ向かう“中央通り(メインストリート)”なのだろうが、砂漠の玄関口レクサーラで見たそれとは、段違いであった。

 陽も落ちた時間帯とはいえ、家々に灯る灯りもまばらであり、中央通りから脇に入って行く路地が何本も走っているようだが、入り込んで無事に出られるとは思えなかった。

 コルナリーナ曰く、王都ヴェルドが抱える問題の一つであり、都市部と呼ばれる絶壁の内側は非常に富んでいるのだが、豊かな内側と反比例するかのように、その外側の貧民街で暮らす民達との差が激しく、国民格差が広がる一方なのだと言う。

 良識ある貴族や、王家もこれは問題視しており、なんとかこの格差を減らし、少しでも国民全員に最低限の暮らしをと奮闘しているのだが、なかなか状況を好転させる事が出来ないのだそうだ。

「ちなみに、フィーちゃんのご実家、と言うより、フィン・マックール卿もこの格差を無くすために尽力されていて、スポンサーを募った自警団の設立や、優秀な人材の育成と王国兵士への抜擢。果てはハンターだった頃の知恵を活かして、国民達への自給自足方法なんかの実演講義なんかも、卿自らが実施されているのよ〜」

 と、竜車の窓から外を眺めている彼らへの説明ついでに、そんな余談を挟むので、フィオールが「うちの事は関係無いだろう」とたしなめていた。

「え〜?いいじゃない。素晴らしい事なんだし。おかげで、特に下級騎士を中心にマックール卿の人気ってすっごいんだから〜」

 と、ニコニコ顔で続ける。

 確かに、男も女も惚れ込む完璧超人である。
 息子のフィオールがそれに比較されるのを嫌がり、飛び出す気持ちもわからないでもない。

 だが、誇り高いフィオールだ。ただ周りの評価から逃げ出したのではない事くらい、仲間達は誰も疑ってはいない。

…今に父をも凌ぐ、立派な(おとこ)になってやる。

 それが、黙っていても将来安泰な深緑騎士(マックール)の嫡男が、修行と称してハンターを営む理由なのであろう。

「あ、見えてきたニャ!」

 ネコチュウが窓から身を乗り出して前方を指差すものだから、ミハエルが慌てて彼を支える。

 彼の指差す先、城塞都市部への入り口であろう、巨大な城門が彼らを待ち構えるようにそびえていた。
 その先、高さ四、五十メートルはあろうかと言う城壁の向こう側は、外側とは対照的に明るさと喧騒を壁の(へり)から覗かせていた。

…ここが本土。

 まさか辺境に生き、ハンターとしての人生を歩み始めた自分がこの地を踏むことになろうは、想像しなかったディーンは、レクサーラを発った晩から消える事のない不安を強引に胸中へ押し込めると、城門を睨みつけた。

「いよいよ。本土の中心地よ。みんな、前もって言ったと思うけど、ここから先はどうなるか、私もわからないの。私自身も直属を裏切ってるからね。心して」

 一瞬表情を引き締め、本人曰く『仕事モード』のコルナリーナがハンター達に注意を促す。

 皆、緊張した面持ちで頷き返す中、ディーンは思うのだった。

…ここに、エレンの苦悩の元凶が“いやがる”。

 果たして、自分はエレンの望む結果を与えてやれるのか。

 どんなモンスターを前にしても怖気付かぬディーン・シュバルツも、流石にその身を硬くするのであった。
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