3節(7)
文字数 4,420文字
当然のように、皆の視線がムラマサへと集中する。
「ど、どうしたって言うのニャ?」
「何か、問題でもあったのですか?」
ミハエルとネコチュウが、尋常 ならざる様子のムラマサへと問う。
ココット村へは、隊商 であれば陸路で約一週間程の距離。
途中、ドンドルマやメルタペットといった大きな都市を通過し、最後に、『温厚な心』という意味を持つシルクォーレの森とシルトン丘陵 からなるアルコリス地方をを抜けたところに位置する。
このアルコリス地方は、感冷期でも暖かく、様々な動植物が生息している。
それ故 、こと繁殖期や温暖期など、気温の上昇にあわせて小動物が増える時期には、それを狙う大型飛竜もやってくることが多い。
その為、抱える物資の多い隊商 等からすれば、危険を極力減らすため、比較的大型飛竜と遭遇率 の低い寒冷期、つまりはこの時期に渡ってしまおうとする事が多かった。
今回の依頼 も、そう言った話の一つである。大型飛竜の観測例が頻発 する繁殖期にはまだ暫 く時間があるため、誰もそこまで慌てる必用など無いように思ったのだが……
しかし、その後ムラマサの口から告げられたら言葉は、その場の皆を震撼 させるには充分すぎた。
・・・
・・
・
「それ、本当なの?」
何時になく真剣に、押し殺したように言うギルドマスター。
「私も今し方、先程この村に到着したばかりの行商 婆 さんに聞いたのが……」
それに頷き、ムラマサはそこまで言うと、一呼吸おき、苦いものを吐き出す思いで続く言葉を口にした。
「……確かだ」と。
「なんて事だ!」
それを聞いた教官が吐き捨てる。
確かに、ディーン達は新人としては規格外の才能の持ち主ではある。
しかし、ムラマサの口にした言葉の通りであるならば、アルコリス地方、通称“森と丘”にて彼等と必然的に遭遇するであろうその驚異は、明らかに今の彼等の分を越えて余りある。
おまけに、今回はもうすぐ繁殖期の到来とあって、隊商 も途中で街に立ち寄らず、強行軍 で進む可能性もある。
そうなった場合、彼等は無警戒 に危険地帯へと突入することになる。
ガタン!
ミハエルが椅子を倒しかねない勢いで立ち上がる。
風雲急 を告げるとは、まさしく今をおいて他はなかった。
「ネコチュウ! 急いで家に戻って、父さんの装備を取ってきてくれ! それと、持てる限りの閃光玉とトラップを!!」
「にゃんぷし!!」
鋭い声で指示を飛ばすミハエルに、ネコチュウは敬礼のポーズで応え、出口へと駆け出した。
この時、この二人の判断は迅速(じんそく)だった。
兎に角急いでディーン達に追いついて、今の危機的状況を伝えなければならない。
そして、もしその驚異と遭遇してしまった時のための最大限の準備を、この場の誰よりも素早く開始したのだ。
「姐さん、竜車の用意を! 出来るだけ足の速い奴をお願いします!」
ネコチュウの姿が出口に消えるのを待たず、ミハエルはギルドマスターに道中の“足 。”の手配を要求する。
しかし、ギルドマスターからは二つ返事の回答は返ってこなかった。
彼女はまさに困ったといった表情で、ミハエルに応える。
「う~ん。そうしてあげたいのはやまやまなんだけど、ギルドから一般の人に竜車を貸し出すのには、色々と手続きがいるのよ……」
こんな時に何を悠長な……とは言うまい。
彼女とて支部を一つ任されるものだ。おいそれと特例を認めてやるわけにも行かないのであろう。
ならば、“テ”は一つ。今更迷ってはいられなかった。
「シャーリー! ペンと登録用紙を!」
「ええっ!? わ、解ったわ!」
急に声をかけられたシャーリーは、一瞬戸惑 ったようだが、ミハエルの意図に感ずくと、すぐさまインク壷 に刺さった羽ペンと、ハンターの登録用紙をもって、まさに飛ぶが如 くの勢いで持ってきてくれた。
シャーリーがテーブルに置いてくれた登録用紙に、ミハエルは必要事項を一気に殴り書くと、インクの乾かぬうちにギルドマスターへ突きつける。
「一般人への貸し出しが面倒なら、ハンターへのクエストって事で問題は無くなりますよね!」
突きつけられたら登録用紙に一瞬だけ目を通すと、ギルドマスターは「よろしい」と頷き、ミハエルから用紙を受け取り立ち上がって応えた。
「そう言う事なら問題ないわ。ちょっと待ってなさい。今とびきりの奴を用意してあげるわ」
言うや、くるりと踵 を返す彼女は、もしかしたら、こうなることをある程度読んでいたのかもしれなかった。
「教官、暫 く留守を頼みます」
声をかけられた教官は、重い表情で頷く。
経験値で言えば、彼が向かう方が適任なのかもしれなかったが、先に出発したディーン達に追いつくためには、彼等以上の強行軍が必須となる。
前線を退いて久しい彼には、年齢的に見ても少々酷 であると言えよう。
教官もその事は重々承知している。先達として、若者を向かわさざるを得ない事に対しては、悔しい気持ちで一杯だろう。
そうこうしている内に、ネコチュウが大きな風呂敷 包 みを担いでギルドへ駆け戻ってきた。
「ミハエル~! 取ってきたニャ~!」
「ありがとうネコチュウ!」
礼を言って、彼の持ってきてくれた包みを受け取ると、中に包まれていた防具を急いで身につける。
青く、鋭い刃をその身に纏 うかの様な、シャープなシルエット。
ギザミシリーズ。
ミハエルの父が生前使用していた、岩をも斬り裂く巨大な鎌 を持つ大型 甲殻種 、鎌蟹 ショウグンギザミの素材からなる、頑強な鎧である。
彼の父親が帰らぬ人となってからは、ずっと物置の中で眠っていた代物である。
定期的に手入れはしていたとは言え、まさかこんな形で自身が身に纏うこととなるなんて、想像もしなかった。
だが、今は感慨 にふける間も惜しい。
「待ちたまえミハエル君」
そう思い、得物を手に取ろうとした時にかかる声があり、ミハエルは得物、モンスターの骨を削って作った双剣、ボーンシックルへと延ばしかけていた手を止めて、声の主、ムラマサへと振り返った。
「その武器では、少々心許 ないのではないかね?」
言われるまでもない。少々改良しているとは言え、それでも攻撃力不足は否めなかった。
父の愛用の双剣は、彼と共に帰らなかったのだ。ギザミシリーズも、所詮は予備でしかない。
それでも、無いよりは幾分 以上もマシなはずだ。
そう思い、そしてそう言葉にしようと、ミハエルが口を開きかけた時だった。
はらり、と。
衣擦 れの音と共に、ムラマサが包みが開かれると、ミハエルは勿論、その場の皆が姿を現したモノに目を奪われた。
「こ、これは……」
思わず驚きの声が、ミハエルの口から漏れる。
そこに現れたのは、一対 の剣 であった。
幅広で肉厚な刃を、黄土色 の皮脂や爪、牙などの……恐らくは飛竜の素材で固定、構成された……
「双剣ニャ……」
「うむ。銘 をレックスライサーと言う。ディーン君とフィオール君が倒した、轟竜ティガレックスの素材から、私が打ちおこしたものだ」
ネコチュウの呟きに応える形で、ムラマサが現れたる双剣の由来を語る。
「凄い……」
「持って行きたまえ。コレは君の物だ」
「っ!?」
ムラマサの言葉に、ミハエルは再び驚かされる。
当然だ。本来、倒されたモンスターの素材は、倒したハンターの物。ハンター達も、自身が命懸けで倒したモンスターの素材を、おいそれとは他者に渡したりはしない。
しかし……
「うむ。勿論これは彼等の意志だ。二人とも何故か、轟竜の素材を受け取ろうとはしなくてな。それでしばし、私が預かっていたのだが……」
そこで一旦言葉を区切るムラマサ。
彼が言うには、二週間ほど前にクエストから戻ったディーンとフィオールが、『出来上がったらミハエルに』と言って依頼をしてきたらしい。
「彼等は、君を口説く材料にするつもりだったのだろうがな」
こんな時でも、ムラマサとは冗句 を言える程の余裕を失わない人物らしい。
それとも、ミハエルや彼等が、きっと無事に帰ってくると信じてくれているからなのだろうか。
「………」
ミハエルは勧められるがままに、レックスライサーを見る。
まるで、轟竜の凶暴性 を具現化 したかのような、攻撃的なフォルムをした二振り一対の刃。幅広で肉厚な刀身は、一目見ただけでも相当の重量を持つことを物語っている。
「……頂戴します」
意を決して頷き、目の前におかれた双剣を手に取るミハエル。
ずしり。と両手にかかる重みに一瞬感じ入り、背中のマウントに引っかける。
「準備は出来たようね~」
ちょうどそんな時、ギルドマスターがミハエルに声をかける。
どうやら彼方もお膳立 てが整ったようだ。
「よし! 出発するニャ! ミハエル」
「って、ネコチュウも来てくれるのかい?」
今更気付いたが、傍 らのネコチュウもしっかり武装していた。
緑色の、身体の部分部分に申し訳程度に着けられた、アイルー達専用の防具だ。
背中にはピッケルを改造したのだろう、しっかりと武器まで背負っている。
「あったり前ニャ! あいつ等はオイラにとっても大切ニャ友人ニャからニャ!」
なんとも心強い相棒である。
「助かるよネコチュウ! ……出発だ!」
「にゃんぷしっ!」
ミハエルの声に、再度敬礼の真似事 で応えるネコチュウ。
二人は厳しい表情で頷き合うと、ギルドマスターが用意してくれた竜車へと向かって飛び出していった。
…急がないと!
急く心を無理矢理 押さえつけながら……
そんな彼等の背中に、送り出す側の皆は新たな魂の輝きを見たような気がするのだった。
To be Continued……
「ど、どうしたって言うのニャ?」
「何か、問題でもあったのですか?」
ミハエルとネコチュウが、
ココット村へは、
途中、ドンドルマやメルタペットといった大きな都市を通過し、最後に、『温厚な心』という意味を持つシルクォーレの森とシルトン
このアルコリス地方は、感冷期でも暖かく、様々な動植物が生息している。
それ
その為、抱える物資の多い
今回の
しかし、その後ムラマサの口から告げられたら言葉は、その場の皆を
・・・
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「それ、本当なの?」
何時になく真剣に、押し殺したように言うギルドマスター。
「私も今し方、先程この村に到着したばかりの
それに頷き、ムラマサはそこまで言うと、一呼吸おき、苦いものを吐き出す思いで続く言葉を口にした。
「……確かだ」と。
「なんて事だ!」
それを聞いた教官が吐き捨てる。
確かに、ディーン達は新人としては規格外の才能の持ち主ではある。
しかし、ムラマサの口にした言葉の通りであるならば、アルコリス地方、通称“森と丘”にて彼等と必然的に遭遇するであろうその驚異は、明らかに今の彼等の分を越えて余りある。
おまけに、今回はもうすぐ繁殖期の到来とあって、
そうなった場合、彼等は
ガタン!
ミハエルが椅子を倒しかねない勢いで立ち上がる。
「ネコチュウ! 急いで家に戻って、父さんの装備を取ってきてくれ! それと、持てる限りの閃光玉とトラップを!!」
「にゃんぷし!!」
鋭い声で指示を飛ばすミハエルに、ネコチュウは敬礼のポーズで応え、出口へと駆け出した。
この時、この二人の判断は迅速(じんそく)だった。
兎に角急いでディーン達に追いついて、今の危機的状況を伝えなければならない。
そして、もしその驚異と遭遇してしまった時のための最大限の準備を、この場の誰よりも素早く開始したのだ。
「姐さん、竜車の用意を! 出来るだけ足の速い奴をお願いします!」
ネコチュウの姿が出口に消えるのを待たず、ミハエルはギルドマスターに道中の“
しかし、ギルドマスターからは二つ返事の回答は返ってこなかった。
彼女はまさに困ったといった表情で、ミハエルに応える。
「う~ん。そうしてあげたいのはやまやまなんだけど、ギルドから一般の人に竜車を貸し出すのには、色々と手続きがいるのよ……」
こんな時に何を悠長な……とは言うまい。
彼女とて支部を一つ任されるものだ。おいそれと特例を認めてやるわけにも行かないのであろう。
ならば、“テ”は一つ。今更迷ってはいられなかった。
「シャーリー! ペンと登録用紙を!」
「ええっ!? わ、解ったわ!」
急に声をかけられたシャーリーは、一瞬
シャーリーがテーブルに置いてくれた登録用紙に、ミハエルは必要事項を一気に殴り書くと、インクの乾かぬうちにギルドマスターへ突きつける。
「一般人への貸し出しが面倒なら、ハンターへのクエストって事で問題は無くなりますよね!」
突きつけられたら登録用紙に一瞬だけ目を通すと、ギルドマスターは「よろしい」と頷き、ミハエルから用紙を受け取り立ち上がって応えた。
「そう言う事なら問題ないわ。ちょっと待ってなさい。今とびきりの奴を用意してあげるわ」
言うや、くるりと
「教官、
声をかけられた教官は、重い表情で頷く。
経験値で言えば、彼が向かう方が適任なのかもしれなかったが、先に出発したディーン達に追いつくためには、彼等以上の強行軍が必須となる。
前線を退いて久しい彼には、年齢的に見ても少々
教官もその事は重々承知している。先達として、若者を向かわさざるを得ない事に対しては、悔しい気持ちで一杯だろう。
そうこうしている内に、ネコチュウが大きな
「ミハエル~! 取ってきたニャ~!」
「ありがとうネコチュウ!」
礼を言って、彼の持ってきてくれた包みを受け取ると、中に包まれていた防具を急いで身につける。
青く、鋭い刃をその身に
ギザミシリーズ。
ミハエルの父が生前使用していた、岩をも斬り裂く巨大な
彼の父親が帰らぬ人となってからは、ずっと物置の中で眠っていた代物である。
定期的に手入れはしていたとは言え、まさかこんな形で自身が身に纏うこととなるなんて、想像もしなかった。
だが、今は
「待ちたまえミハエル君」
そう思い、得物を手に取ろうとした時にかかる声があり、ミハエルは得物、モンスターの骨を削って作った双剣、ボーンシックルへと延ばしかけていた手を止めて、声の主、ムラマサへと振り返った。
「その武器では、少々
言われるまでもない。少々改良しているとは言え、それでも攻撃力不足は否めなかった。
父の愛用の双剣は、彼と共に帰らなかったのだ。ギザミシリーズも、所詮は予備でしかない。
それでも、無いよりは
そう思い、そしてそう言葉にしようと、ミハエルが口を開きかけた時だった。
はらり、と。
「こ、これは……」
思わず驚きの声が、ミハエルの口から漏れる。
そこに現れたのは、
幅広で肉厚な刃を、
「双剣ニャ……」
「うむ。
ネコチュウの呟きに応える形で、ムラマサが現れたる双剣の由来を語る。
「凄い……」
「持って行きたまえ。コレは君の物だ」
「っ!?」
ムラマサの言葉に、ミハエルは再び驚かされる。
当然だ。本来、倒されたモンスターの素材は、倒したハンターの物。ハンター達も、自身が命懸けで倒したモンスターの素材を、おいそれとは他者に渡したりはしない。
しかし……
「うむ。勿論これは彼等の意志だ。二人とも何故か、轟竜の素材を受け取ろうとはしなくてな。それでしばし、私が預かっていたのだが……」
そこで一旦言葉を区切るムラマサ。
彼が言うには、二週間ほど前にクエストから戻ったディーンとフィオールが、『出来上がったらミハエルに』と言って依頼をしてきたらしい。
「彼等は、君を口説く材料にするつもりだったのだろうがな」
こんな時でも、ムラマサとは
それとも、ミハエルや彼等が、きっと無事に帰ってくると信じてくれているからなのだろうか。
「………」
ミハエルは勧められるがままに、レックスライサーを見る。
まるで、轟竜の
「……頂戴します」
意を決して頷き、目の前におかれた双剣を手に取るミハエル。
ずしり。と両手にかかる重みに一瞬感じ入り、背中のマウントに引っかける。
「準備は出来たようね~」
ちょうどそんな時、ギルドマスターがミハエルに声をかける。
どうやら彼方もお
「よし! 出発するニャ! ミハエル」
「って、ネコチュウも来てくれるのかい?」
今更気付いたが、
緑色の、身体の部分部分に申し訳程度に着けられた、アイルー達専用の防具だ。
背中にはピッケルを改造したのだろう、しっかりと武器まで背負っている。
「あったり前ニャ! あいつ等はオイラにとっても大切ニャ友人ニャからニャ!」
なんとも心強い相棒である。
「助かるよネコチュウ! ……出発だ!」
「にゃんぷしっ!」
ミハエルの声に、再度敬礼の
二人は厳しい表情で頷き合うと、ギルドマスターが用意してくれた竜車へと向かって飛び出していった。
…急がないと!
急く心を
そんな彼等の背中に、送り出す側の皆は新たな魂の輝きを見たような気がするのだった。
To be Continued……