2節(5)

文字数 6,312文字

 彼の剣技の大きな特徴である。

 一つ一つの動きの終わりが、次の攻撃への準備も兼ねており、尚且つ彼の場合はハンターには珍しく、蹴りを主体とした体術を織り交ぜるのだ。

 フィオールあたりは『足癖の悪い剣術』などと皮肉を言うのだが、なかなかどうして、ディーンの身体能力も相まって、ハンマーの一撃もかくやという威力を誇る。

 先のミハエルが与えたダメージも相まって、流石の黒角竜ですら、堪らずガクンと膝を折るほどであった。

「フィオールッ!」

「心得ているさ!」

 黒角竜の膝が折れたと同時、いや、それよりも一瞬早く顎下に陣取っていたフィオールが、左腕に携えたスティールガンランスを振り上げる。


 ガウンッ!! ガウンッ!! ガウンッ!!


 顎の下から立て続けに三発の砲撃音が鳴り響く。

 立ち上る火柱の中で、黒いディアブロスが怒りに満ちた唸り声を上げるのがハッキリと聞き取れた。

 一気に畳み掛けたいところ。

 しかし、その直後に飛んだ鋭い警戒の声を聞くと、先の猛攻をすっぱりと切り上げた三人が、一斉にディアブロスからの跳びすさった。

「皆さん気を付けてください! 尻尾が来ます!」

 エレンの声である。

 皆よりも離れた位置に陣取った彼女は、今まで極力ディアブロスの動きを(つぶさ)に見ていた。

 その甲斐(かい)あってか、少しずつだが()の竜のクセの様なものがわかってきたのだ。

 ぶおん、と。
 恐ろしい音を上げて尻尾が振り回されたが、その前に聞こえたエレンの声のおかげで、三人とも危なげなく回避する事に成功した。

「続いてバインドボイス、来ますッ!」


「「諒解(りょうかい)ッ!」」

 続けてエレンの声が皆に向けて発せられると、三人は疑う事なく各々が更に黒角竜から距離を取る。


 ———刹那だ。


 ギエエエエエエエエェェェェェェェッッ!!!


 轟く絶叫。

 全員が耳を押さえるが、ある程度距離をとっていたおかげで、先ほどの様に致命的な隙を作る事も無い。

「今度は突っ込んで来るぞ! 油断するなッ!」

 大盾の裏に隠れるようにして、ある程度バインドボイスによる衝撃波を軽減させていたフィオールが声を張り上げる。

 彼の声が示したとおり、ディアブロス亜種は走り出す為の体勢をとっていた。

 その双角の狙う先はディーンである。

 エレンの声が無かったら、もしかしたら体勢を整えるのが遅れていたかも知れなかったが、バインドボイスの被害を最小限に抑える事ができていたディーンにとって、単なる直線攻撃など見切る事は容易い。

 むしろ、かわし際に一撃見舞ってやるつもりで腰を落とすディーンであったが、そのディーンにかかる声がある。

「ディーン君! 僕に考えがある。奴を僕の方に引き付けるよ、手伝って!」

 ミハエルである。

 走り出したディアブロス亜種の後方に何時の間にか回り込んでいた彼は、片手を上げてディーンへ合図を送っていた。

…何をする気かわからねぇが、あの天才(ミハエル)の事だ、乗ってみてハズレは無い!

 思考は一瞬、迷いは無い。
 迫り来る黒角竜の巨体。対するディーンも真っ直ぐディアブロス目掛けて走り出す。
一瞬の交差。黒角竜はきっと、(まり)の様に弾き飛ばされる生意気なニンゲンの姿を夢想(むそう)したに違いない。

 だが、本来ならば宙に舞うはずのディーンの身体は、スルリとディアブロス亜種の足元スレスレをすり抜けていた。


 ザシュゥッ!


 右の太ももにひと太刀の斬撃を置き土産にして。

 もしもディアブロスの顔の甲殻がもう少し柔らかかったのであれば、痛みに歪む表情が見えたかも知れない。

 さらに次の瞬間である。

「みんなッ、閃光玉を投げるよ!」

 ミハエルが叫んだ瞬間に、彼の立つ方向に強烈な光が弾けた。

 本来、閃光玉というものは、モンスターの視界を強烈な光で焼き、一時的にその動きを制限させるものであるのだが、それとは別の使い道が、実は存在する。

 目の前で刹那の時だけ発生した小さな太陽から、顔を伏せて視界を守ったディーンは、先に立つミハエルが地面に何か設置しているのを見て取ると、ニヤリと笑ってディアブロスへと振り返った。

「さぁ、一方的(フルボッコ)にしてやんぜ。来やがれ!土竜(モグラ)野郎!!

 黒角竜へと向き直り、ディーンが啖呵(たんか)をきる。

 すると、まるでディーンの言葉を理解したかのように、ディアブロス亜種が急停止をかけ、くるりとディーンの方に振り返った。

「ついて来な、真っ黒クロスケ!」

 言うや、ディーンは(きびす)を返して走り出す。
 ディアブロスもその後ろを追い掛けて砂漠を蹴る。

 先の口上の時と同じ様に、人語を理解するかの様だが、なんの事は無い、黒角竜は先程ミハエルが投じた閃光玉に反応したのだ。

 ディーンはそれに便乗し、尚且つあえてミハエルとディアブロスの直線上に立つ事で、()の竜の視線をブレさせぬ様にしただけである。

「エレンさん、私達も!」
「はいっ!」

 フィオールとエレンも、ディーンを追って走り出す。二人もミハエルの考えを察している。試みが成功すれば、ディーンの言う通り一方的な攻撃ができるハズだ。

 彼等がディアブロスと共にこちらへ走り出したと同時に、ミハエルが地面に設置を終了させる。
 それは、時折パシッと火花を散らしながら、来たる黒角竜を待ち構えるかの様に地面から顔を出す様に鎮座(ちんざ)していた。

 そう。
 ミハエルが地面に設置したのは、シビレ罠と呼ばれる対大型モンスター用の(トラップ)である。

 閃光玉とは、本来目潰しとしての役割を果たす物だが、今回の様にあえて視界を封じず、モンスターの意識をこちらに向けさせるのに利用する事もできるのだ。

 強烈すぎる光のせいか、意識を向けた先にいる人間、つまりは閃光玉を投げた人間に襲いかかる傾向がある。

 ミハエルはそれを利用して、自らを標的にして黒角竜を誘い込むつもりなのだ。

 ズジンズシンとディアブロス亜種がミハエルと、彼に向かって走るディーンに向けて迫り来る。

 あわや追いつかれるかというタイミングで、ディーンがミハエルの仕掛けたシビレ罠を通過、一拍遅れてディアブロスが地面から覗くシビレ罠を踏んづけた。

 (たちま)ちシビレ罠の本体から飛び出す、神経性の毒を含んだ針が、黒角竜の足裏に突き刺さる。


 ギャオォォォォッッ!!!???


 悲鳴を上げてつんのめったディアブロスが、倒れるのをなんとかこらえた姿勢のまま動きを止めた。

 瞬く間に全身へと回った神経毒が、黒角竜の全身を麻痺させたのだ。

 その黒角竜目掛け、今度はハンター達が踊りかかった。

 180度反転したディーンと、ディアブロスを待ち構えていたミハエルがすかさず黒角竜の脚元に潜り込み、それぞれの得物を抜き放つ。

 左の大外から回り込んでいたフィオールが、顎下に走りこんでスティールガンランスを突きたてれば、エレンはディアブロス亜種の背後に陣取ってハンターボウを引き絞った。

 一度に3本の矢を器用に指にはさみながら、狙うは黒角竜の臀部(でんぶ)である。
そのすぐ下、右の脚部にはディーンが、左の脚部にはミハエルが、目にも止まらぬ程の斬撃を見舞っている。

 顎の下のフィオールが、刺突と砲撃を織り交ぜた連続攻撃を仕掛けている。

 その様子を視界の隅に見ながら、エレンの指からすべての矢が放たれる。

 この数ヶ月間、何度も何度も鍛錬(たんれん)を重ねた矢の起動は、吸い込まれる様に三本ともディアブロスの臀部に突き立った。

「ハアァァァッ!!

 ミハエルの双剣が舞う。

「フゥッッ!!

 フィオールが砲撃の衝撃(ブロウバック)を巧みに押さえ込み、その反動を利用して更に踏み込めば……。

「デェィヤッッ!!

 ディーンの苛烈な斬撃が硬い甲殻を削り取る。

 エレンも次々と矢を引き絞って放つ。

 だが、瞬時にその巨体を麻痺させたシビレ罠の神経毒であるが、その効果は飛竜種の高い代謝能力の前に次第に薄れていき、ディーン達の猛攻も虚しく、ディアブロス亜種は身体の自由を取り戻した。

「……ハッ!? 皆さん、ディアブロスが回復します、離れてくださいッ!」

 離れた位置で矢を(つが)えていたエレンが、一番にディアブロスの様子に気づき、攻撃に集中していた男性陣に警戒の声を飛ばす。

「「ッ!?」」

 三人がその動きに急停止をかけ、急いでその場から跳びのくのと、ディアブロス亜種が砂中に潜るのはほとんど同時であった。

 あの巨体である、砂の中に潜る行動とはいえ、巻き込まれれば少なからずダメージを被るであろう。

「逃がしませんッ」

 頭から砂中に潜ろうとするディアブロスに向かって、素早く弓を折り畳んだエレンが、腰のアイテムポーチの中から取り出した、球体状の何かを投げつける。

 球体は放物線を絵がいて、地面の中に消えようとしていた黒角竜の尻尾にぶつかると同時に弾けて、独特の匂いを撒き散らす。

 ペイントボールである。

 地中に潜ったディアブロスが、そのままこのエリアから移動されては、再び発見するのは骨が折れる作業である。

 奇襲されてからここまで、戦闘に集中せざるを得なかったが、エレンのとっさの判断は素晴らしいものであった。

「ナイスだ! エレン」

「助かったよ、ありがとうエレンちゃん」

 ディーンとミハエルが賛辞の声を投げかけると、エレンははにかんだ笑顔を返すが……。

「油断するな、ヤツはエリアを移動する気は無いようだぞ」

 緊張をはらみ続けるフィオールの声に、一同は再び表情を引き締める。

「音爆弾は……」

「無駄だろうよ。大分(だいぶ)お怒りだったからな、多分効果ねぇ」

 エレンが再度アイテムポーチに手を入れるが、それをディーンの声が遮った。

 言われたエレンは、手をアイテムポーチから出すと、急ぎ足でディーンの側まで走り寄ると、彼に倣って油断なく黒角竜が潜った地面を睨む。

「ミハエル、どう見る? ヤツの体力だが……」

 フィオールが地中にいるハズの黒角竜を警戒しながら、ミハエルに向けて問いかける。
 ディーンとエレンの二人とは、ディアブロス亜種が潜った位置を挟む様に、フィオールとミハエルが立つ形だ。

「かなりダメージを与えたと思いたいけれど、おそらくはまだまだだろうね」

 普段はあまり厳しい事を位置を言わぬミハエルであるが、狩りの場面では別だ。
 甘い見込みを希望的観測で言う男では無い。

「……やはりな。やれやれ、まったくしんどい相手だ」

 聞かずともわかっていた事ではあったが、予想していた厳しい現状を聞いたフィオールが、自嘲気味に唇を釣り上げた。

「そうだね。想像以上にキツイ戦いだよ」

 それに便乗して笑うミハエル。
 4人がかりの総攻撃であったが、与えたダメージはおそらくディアブロスをそこまで追い詰めることはできてはいないだろう。

 流石は飛竜種屈指の体力を誇るとされる黒角竜と言ったところか。

「おいおい、ご両人。臆病風かぁ?」

 会話が聞こえたのであろう、ディーンから皮肉めいた声が投げかけられる。

「らしくねぇな。エレンの方がまだ堂々としてんぜ」

 唐突に褒められたエレンが赤くなって狼狽えているのを尻目に、ニヤリと不敵に笑みを作りながら言うディーン。

…奴め。

 あえて挑発的な事を言って、こちらの士気を上げようというハラだろう。

 どうしてどうして、以外と仲間思いなヤツである。

 そんな彼の意図を汲み取ったフィオールとミハエルは、ニッとディーンに負けぬな不敵な笑みを作ると、いうも彼が口にするセリフで返した。


「「誰に言っていやがる!」」


 綺麗に揃った声がディーンへと返されると、ディーンも満足気に「上等!」と応えると、キッと表情を引き締めた。

「来やがるぞッ! 気合を入れろよッ!」

「「(おう)ッ!」」

 皆がディーンの声に応えた瞬間、それまで地中で様子を探っていた黒角竜が動きだした。


・・・
・・



 恐らくは地面に潜ったディアブロス亜種が、砂中を潜行しているのであろう。

 ボボボボッと土煙を上げてディーンとエレンの方へ突き進んだかと思うと、次の瞬間には派手な音と砂塵を巻き上げ、地面から黒き巨体が飛び出した。

 ムラマサは厳しい表情を浮かべながら、気球の(へり)に捕まりながらも、食い入る様にそれを眺めるしかない。

「あら、危ない。危うく当たっちゃうトコロだったわ」

 近くで場違いに無邪気な声が鈴の様な音を奏でる。

 気球上のムラマサは、無駄であろうが彼ら……と言うよりも、そのうちの一人である真白(ましろ)い童女を睨むのだが、その視線に気付いたシアは、その笑みを一層深くして返すのみであった。

 まるで『何か問題でもあったかしら?』とでも言っているかの様である。
 不謹慎であると、ひとこと言ってやろうとも思ったが、得体の知れぬ人物である、片足を負傷し、義足暮らしを()いられているムラマサ一人であるこの状況では下手に刺激しないのが得策であろう。

 その様子を見たシアは、『賢明ね』と言わんばかりにクスリと微笑みながら、再び視線をディーン達の方に落とした。

 眼下で激闘を繰り広げるのは、ディーン達である。
 真下からの奇襲攻撃、ディアブロスの得意技であったが、ディーンとエレンは互いに左右へと跳びすさってこれをかわすと、すかさず反撃へと移ろうとするが、黒角竜が尻尾を使って彼らを薙ぎ払おうとする素振りを見るや、反撃をすぐに諦めて、逆に距離をとって尻尾の攻撃をやり過ごした。

「ほう。あの動きをもう見切りますか」

 感嘆の声を漏らすのは、ルカと名乗った赤衣(せきい)の男だ。

「ふむ。ディーン様は当然として、あのエレンという娘さんも、なかなかどうして、いい“眼”をお持ちのようだ」

 どこか嬉しそうに言葉を紡ぐルカであったが、傍に立つシアは彼の言葉にあからさまに不快感をあらわにしている。

「別にどうだっていいわ。貴方も物好きよね、ルカ。お兄様以外なんて見たって、何が面白いのよ」

 ぷうっと頬を膨らませてみせる真白い童女であったが、それに含み笑いで答える赤衣のルカは、「いえいえ姫君」と、どこか楽しそうに言うのだった。

「彼らは素晴らしいですよ。特に……フィオール君と言いましたか、かのマックール(きょう)の御子息との事ですが、いやはや、彼の才はお父上の“それ”を凌駕しています。今後が実に楽しみだ」

 言い終えてくつくつと笑い声を漏らすルカは、唐突に「そうは思いませんか? ムラマサ殿」とムラマサへと疑問を投げかける。

 自分に話を振られるとは思わず、一瞬惑うムラマサだが、努めて冷静さを失わぬように「そうだな」と応えるしかなかった。

「ですが、あの黒角竜の生命力は生半(なまなか)な攻撃など歯牙(しが)にも掛けますまい。さて、どうなさるか。お手並み拝見ですな」
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