3節(5)

文字数 5,953文字

 いつの間にか、フィオール達もこちらに集まっていた。

 既にブルファンゴの死体から剥ぎ取りを終えたのだろう。ディーンの背後に立つ彼らの装備には、無数の返り血がこびり付いている。

 凄惨(せいさん)な光景だが、これが“狩り”なのだ。

「まるで、どっかの愛護(あいご)団体(だんたい)だな。反吐(へど)が出るぜ」

 肩越しにかけられたフィオールの言葉に、ディーンは忌々しげに吐き捨てる様に返す。

 事実、王都等に代表される“本土側(ほんどがわ)”と呼ばれる、大型モンスターの驚異の及びにくい平和な市街では、そう言った団体も存在している。

 彼等は“布教(ふきょう)”と称して辺境各地を渡り歩いては、ギルドの目の前などで、さも自分達は正しい人間であるという顔をしながら御高説(ごこうせつ)を垂れ流している。

 そんなディーンの言い分は、若干言葉が汚いが、フィオールやミハエルにとっても、全くの同感であった。

「ディーン、逃走したドスファンゴだが……」

「ああ、わかってる」

 フィオールがエレンを掴み上げているディーンの肩をたたいて言うと、ディーンも彼の言い分は理解していると言った返事をする。

 応えたディーンは、掴んでいるエレンの胸ぐらを放すと、すくっと立ち上がって背後の二人に振り返った。

「……ディーン君、その目……」

 ミハエルが振り返ったディーンの瞳の色を見て、驚愕(きょうがく)の声を上げる。
 フィオールとて、一度見ているとは言え、やはり驚いた表情は隠せなかった。

「悪いが、説明は後回しだ。今はまず、あの豚野郎を追おう」

 二人の反応はもっともだし、エレンは勿論、ミハエルにもちゃんとした説明もしてやりたかったが、今は後回しにさせてもらう。

 そんなディーンに対して、フィオールと、驚くことにミハエルも、彼の言葉に素直に頷いて返してくれたのだった。

「エレン!」

「は、ハイ!」

 未だ起きあがれずに、へたり込むような姿勢のエレンは、背中越しにかけられたディーンの声にハッとなった。

「……気持ちは、解る」

 ディーンは振り返らずに言葉を綴る。気付けば、フィオールもミハエルも、今は(そろ)ってエレンを見ていた。

 彼女を見る二人の視線はとても真摯(しんし)であり、エレンは不思議と、背中で語るディーンも、きっと同じ様な目をしているのだろうと思うのだった。

「だがな、此処(ここ)では力が全てなんだ。奴らは俺達に対して容赦なく牙を剥く。殺し、喰らうためにだ。そして俺達はそれに対して剣を持つ。殺し、喰らい、奪うためだ」

 彼にしては静かで、だが力強い声だった。

「より強いモノが勝ち、より(さと)いモノが生き、より足掻(あが)いたものが最後に残る。そこには平和な本土側(ほんどがわ)の安っぽい道徳観(どうとくかん)なんか存在しない。いや、しちゃいけない。互いに互いの存在をかけた生存競争。それが全て……全てだ」

 それが、大自然の驚異と言えるモンスター達の跋扈(ばっこ)する、この辺境の真理。

 ディーンは言う。

 それが全て……全てだと。

 (すなわ)ち、先の自分の様に、安易な同情などで引き金を引くことを躊躇(ちゅうちょ)すると言うことは、“生きる”と言うことを放棄するにも等しいのだ。
 辺境(ここ)は、そういうところなのだ。

…そして私は、辺境(ここ)で彼等に出会い、()せられ、彼等のように()ろうと誓ったのではないか……。

 ぐっと、知らず知らずに握り拳を作っていた。

 悔しかった。自分はまだまだ甘えていたのだ。そう自覚すると堪らなく悔しかった。

「……くっ」

 歯を食いしばり、エレンは立ち上がる。

 それを見たフィオールとミハエルは(きびす)を返し、その気配を感じたディーンも、ドスファンゴが向かった先に視線を向けた。

「アイツの逃げた先はベースキャンプがある。万が一そこを通過したら、ポッケ村は目と鼻の先だ」

 同じ方向を見ながら、フィオールが呟く。

 手負いの獣ほど、手のつけられぬモノはない。

 負傷しているとは言え、あんな状態のドスファンゴが人里に近づけば、どんな惨事になるか想像もしたくない。

「エレン……」

 ディーンが再び、エレンの名を呼ぶ。今度は振り返り、(あお)く変わった双眸を向けて。

「今からあの豚野郎を“狩る”。意味は、解るな?」

覚悟(かくご)はいいな?

 ディーンはそう言っているのだろう。

 エレンは力一杯、(あお)い瞳を見つめ返して頷く。

 それに頷き返し、ディーンはフィオール達が倒したブルファンゴ達の亡骸(なきがら)に目を向けて、一瞬だけ黙祷(もくとう)を捧げるような素振りを見せると、「行くぞ」と言って走り出した。

 他の者もそれに続く。エレンは彼等にならって走り出しながら、ディーンも他者の命を奪うことの痛みと戦っているのだということを知るのだった。


・・・
・・



 手負いのドスファンゴは、それ程遠くへは移動できてはいなかった。

 ディーン達が襲われた位置から、地図上で大きくエリア分けされた隣のエリア。

 ベースキャンプの手前、フラヒヤ山脈の(ふもと)に広がる(みずうみ)を望む開けた場所である。

 その美しい景観(けいかん)の中を、足を引きずるようにしながら進む大猪が一体。

「……いた!」

 ミハエルが大猪の姿を見つけて声を上げる。

「任せろ!」

 先行して走るディーンが開口早々(かいこうそうそう)、左肩の後ろから覗く二本残った多目的ナイフを、右手で器用に引き抜くや、そのまま逆打(さかう)ちにドスファンゴへ投擲(とうてき)する。

 余談ではあるが、逆打ちとは、忍術における手裏剣の投擲方法で、野球で言うサイドスローの逆バージョンと思って貰えればわかりやすいかもしれない。右手に持った投擲物を、本来とは逆の左から右へと腕を振るう投げ方である。

 ディーンの手から放たれた二振りのナイフは、一直線に逃げ行く大猪に向かって宙を駆け、一本は肉厚な臀部(でんぶ)に。
 もう一本は右後ろ足の(けん)に突き立った。


 ぶふぃっっ!?


 これにはたまらず、ドスファンゴが転倒する。

いい仕事だ(グッジョブ)! ディーン!」

 ナイフの投擲により、一瞬足の止まったディーンの(かたわ)らを、フィオールとミハエルが駆け抜ける。

 先に仕掛けるはフィオールだ。

「……シッ!!!」

 移動には邪魔になるため、背中に背負ったランスを一気に展開し、展開する動きと直結させての突き、突き、そして突き。

 鋭い呼気(こき)とともに繰り出される目にも()まらぬ三連撃だ。

 槍の切っ先は、横倒しになったドスファンゴの腹部に、決して浅くはない三点の穴を穿(うが)つ。

「続くよっ! フィオール君!」

 突きを放った残身(ざんしん)の背中に聞こえる声。ミハエルだ。

…心得ているさ!

 普段は温厚な彼の、ここぞの鋭さを頼もしく思いながら、フィオールは左へとステップ。

 人一人分(ひとひとりぶん)開いたそのスペースに、両手に握ったナイフを突き出すように、ミハエルが飛び込んでくる。

「ハァッ!!

 両刀突きが、先程フィオールが穿(うが)った穴に突き立つと、ミハエルはすかさず左右のナイフを両外へと振り抜き、傷口を更に(えぐ)り開く。

 傷口からバッと血の花が咲くが、ミハエルは止まらない。

 左右に振り抜いた両刀を、裂帛(れっぱく)の気合いと共に頭上に(かか)げるミハエル。


 鬼人化(きじんか)


 双剣使いの(しんずい)。一種の自己暗示により、身体能力を一時的に上昇させる大業(おおわざ)である。

 この状態の双剣使いは、尋常(じんじょう)ならざるスタミナの低下を対価として、一つの奥義を手にする事ができる。


 ──即ち。


「ハアアァァァァァッッ!!

 (たけ)るミハエルから繰り出される、斬撃に次ぐ斬撃。
 左手の一刀が振り抜けたと思えば、全く間をおかずに右の袈裟懸(けさが)け、高速で(ひるがえ)る二本のナイフが縦横無尽(じゅうおうむじん)に駆け回る。


 これぞ乱舞(らんぶ)


 双剣による圧倒的な手数による連続斬りである。

 ミハエルの二刀から繰り出される連撃で、鮮血(せんけつ)の花は一層派手になった。

「セイッ!!

 赤い闘気(オーラ)幻視(げんし)させるミハエルは、最後の一撃として、大上段に振りかぶった両手の二刀を、渾身の力で振り下ろした。

 これだけの裂傷(れっしょう)を帯びて(なお)、死に切れぬはむしろ不幸としか言えないのかもしれない。

 大猪の高い生命力は、今この時だけは、只々(ただただ)苦痛を長引かせるだけの代物(しろもの)以外何物でもなかった。

仕舞(しま)いだ!」

 それを少しでも早く終わらせようとでも言うのだろうか、ディーンが声と共に疾駆(しっく)する。

 続くディーンの存在を背中に感じていたのだろう、乱舞を終えたミハエルも、位置をズラして攻撃していたフィオールも、すぐさま飛び退いた。

 刹那(せつな)と間を置かず、(くろがね)の刃がドスファンゴに襲い掛かった。


 ブォンっ!!


 盛大な風切り音を伴い、今までで最も苛烈(かれつ)な斬撃が大猪の胴体を通り過ぎる。

 ディーンが走りくる勢いをそのままに、右手の太刀を一閃(いっせん)したのだ。

 刃はそのまま空中で翻り、ディーンは急停止したまま強引に体をひねり、逆袈裟(さかげさ)に斬りつける。

 次の一太刀こそ、トドメの一撃。

 誰もがそう思ったが、ディーンのとった行動は、皆の予想と違っていた。

 返す刃の逆袈裟懸(さかげさが)けが、最早(もはや)ズタボロと言った表現が相応しい大猪の胴を通り過ぎるや、突如ディーンは後退したのだ。

「エレンっ!!

 後方へ跳躍(ちょうやく)するディーンがその名を叫ぶ。

 その方角、ディーン達がドスファンゴを追って来た方角、ディーン達から若干離れた位置に立つのは、その名を呼ばれしエレン・シルバラント。

 彼女はライトボウガンを脇に抱えるように持ち、腰を落としてスコープを覗きこんでいた。

…最後の引き金は、お前が引け!

 (あお)双眸(そうぼう)(うった)えかける。

 エレンは、スコープ越しに見る大猪がの命が、今にも尽きる様を見ていた。

 レンズが拡大するドスファンゴは、きっと何もせずとも命を失うであろう。

 だが、それまであの大猪は苦しみ続ける。

 そう永くはない時間であろうとも、その苦しみは想像を絶するものであろう。
 終わらせてやらなければいけない。

 動悸(どうき)が速まる。(のど)がカラカラしていて辛い。指が、膝が震えているのが自分でも解る。

…だが、私は撃たなきゃいけない。

 矛盾であるのも解っている。自分自身が理不尽な暴力であるのは百も承知だ。

…でも、ディーンさんが、みんなが撃てと言っているのは、私の心だ。(いま)だ甘ったれた私の弱い心なんだ!
 
…撃つんだ、私は撃たなきゃいけないのだ。何故なら私は……
 ……私は……


…ハンターなんだっ!!


「撃て!エレンっ!!

「うわああぁぁぁぁっ!!!」


 バァンッ!!


 ディーンの声が、まさしく引き金となった。

 自らの迷いを振り切るように、ほとばしる叫び声と共に猟筒(りょうづつ)から放たれた弾丸は、硝煙(しょうえん)(まと)い、螺旋状(らせんじょう)に回転しながらドスファンゴへと飛翔する。

 狙うは、裂傷(れっしょう)だらけとなったその胴体。

 先程から目を逸らさずにスコープの中心においていた。ハズしようがない。

 弾丸は狙い違わず、血みどろの胴体に着弾。肉を(えぐ)り、骨を砕き、内臓を食い破った。

「あぁぁぁぁっっ!!

 一度引き金を退いた後は、感情の歯止めを失ったかのように、エレンは引き金を引き続けた。
 銃声が立て続けて響くが、初弾の反動(ブロウバック)から照準(しょうじゅん)を戻すまもなく撃ち続けたため、2発目以降は(ほとん)どいい加減な方向へと飛んでいく。

 しかしエレンは、都合6発の弾丸を吐き出し、とっくに装填(そうてん)された分の弾を撃ち尽くして、撃鉄(げきてつ)が空の弾倉を叩く音しかしないことにも気づかずに、一心不乱(いっしんふらん)に引き金を引き続ける。

「エレンさん……」

 いつの間にか、皆が側に集まってきていることにエレン自身が気がついたのは、フィオールが未だに息の荒い彼女の銃口をそっと下ろさせてからであった。

「もう、死んでいます」

 フィオールの言葉に、(ようや)く少しだけ冷静になれたエレンは、視線の先のドスファンゴが、もう二度と動き出すことがない(しかばね)と化していることに気づくのだった。

 思わず、ふっと足の力が抜けかけるが、今度はいきなり肩を叩かれハッとなる。

「まだ、終わりじゃないぜ」

 ディーンであった。
 言い終わるや、大猪の亡骸(なきがら)に視線を送って見せる。

「剥ぎ取りまでが狩りの内だ」

 そう言って、先に大猪のもとへ向かうディーンは、いつの間にか元の黒い瞳に戻っていた。

「は、はい」

 慌てて頷き、手に持ったままだった猟筒を背中のマウントに固定すると、エレンは先行するディーン達を追う。

 初めて剥ぎ取りを行ったのは、彼等が倒したランポスであった。

 その時は、あまりの生臭さ、グロテスクさに耐えきれず、嘔吐(おうと)してしまった。

 だが、今回は気が張っているのか、それとも命を奪った責任からか、むせかえるほどの血の臭いにもあてられずに済んだ。

 他のメンバーの様にテキパキとはできなかったが、それでも何とか毛皮と牙を剥ぎ取ったエレンは、自らの腰につけたポーチに剥ぎ取った素材を詰め込むと、ようやっと、自身の高ぶったままの感情に、平常さが戻ってくるのを感じるのだった。
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