1節(9)
文字数 4,936文字
「お、おいっ!?」
流石にこの展開は予想外だったらしく、ディーンが慌てたような声を出すが、シアは止まらない。
抵抗する間もあたえず、あっと言う間に人集りに囲まれたステージの中心へと、彼の手を引いて連れてきてしまった。
「ルカ」
ディーンを伴ってステージの真ん中にたったシアは、短く深紅の道化師 の名を呼ぶ。
「御意 のままに。姫君」
それに応える道化師 は、それだけで彼女の意志を汲んで、先の曲目を再び奏でだした。
ルカの指が鍵盤を軽やかになぞるのに呼応して、彼の持つ不思議な楽器からは、本物さながらのピアノの音色が流れ出す。
その調べは、満天の星空にきらめく星々が、まるでリズミカルに窓を叩く雨音のように降り注いでいるかのよう。
静かで、それでいてどこか聞くものをワクワクさせるような、そんな旋律であった。
「……この歌」
思わず口を開くディーンにくすりと笑いかけたシアは、「さぁ」と促す様に一声かけると、両手で握ったディーンの手から片方を離して、彼の空いている方の手を握りなおして歌い出した。
手と手を握りあい、体ごと真正面から向かい合うシアは、目の前のディーンから視線を外すことなく唄う。
その声音は可憐で美しく、聴く者の心を奪わずにはいられないかのようだ。
真 っ赤 な瞳に見つめられるディーンは、その真紅 に吸い込まれそうな錯覚を覚えつつも、彼女の美しい歌声と聞き覚えのある旋律やその歌詞に、なくしていた記憶の奥から沸き上がってくる物を感じずにはいられなかった。
そして、そんな彼を見つめるシアは、彼の心の中を見透かすかのように微笑みながら、歌の続きを唄うのだ。
ディーンは、その歌に何故か便上できてしまう。
何故だかは、わからないのだが──。
・・・
・・
・
歌の一番で唄ったところで、一瞬間があき、ルカの奏でるピアノも一瞬の静寂を作る。
シアの瞳がその瞬間に、ディーンに向けて物語る。
次は貴方の番よ、と。
本来ならば、突然この様な場所で唄 えと振られて、しかも、聞き覚えがあるだけの歌を歌えるわけがなかった。
だが、この時のディーンの胸の中には、不思議と次に続く歌詞とメロディが浮かんできていた。
自分でも不思議でしょうがないのだが、ディーンの唇は自然と、歌の続きを口ずさむのだ。
彼の歌声は、本来彼の声音の持つ力強さを抑え、それが逆に優しい音色に転換されたかのよう。
・・・
・・
・
シアの可憐な歌声の後でもあるせいか、男性的でいて且つ繊細に響きわたった。
1パート歌い終えたディーンの手を離し、くるりとドレスの裾を翻してターンするシア。
彼女の動きに合わせ、ルカのピアノの音色が、まるで音符が階段を上駆け上がるかのように曲を盛り上げる。
彼等の周りを取り囲む群集達は、この異色の取り合わせの三人の織り成すステージの様子に心奪われて、声を出すことすら忘れているようだ。
しかし、当のステージの上に立つディーンは、周りのことなど気にはならなかった。
今だけは、この歌を彼等と共に唄 いきろう。
彼等が何者なのか、何の目的があって自分をこんなステージに上げたのか、何より自身の奥底に眠る“原初の記憶”よりも、さらに奥から思い出されたこの歌の事。
そして、ディーン自身の事。
脳内を駆け巡る難しいことは今だけ忘れて、この歌を唄うことを楽しもう。
…まぁ、何考えてるか知らねぇけど、コイツ等の思惑通りなんだろうって事だけは、気にくわねぇけどな。
自嘲気味に苦笑するディーンの黒い瞳と、ターンを終えて振り返ったシアの真紅 い瞳が再び交差する。
それだけで、言葉を使わずに意志が通じ合う。
…さぁ、いくわよ?
…しゃあねぇな。
即興で生まれる旋律の調和 。
力あるディーンの声と、軽やかなシアの声が、高く低く重なり合う。
その姿は、かつて古代の時代よりももっともっと昔の世界において、人々の心に感動をもたらした、とある兄妹の姿を彷彿させた。
「……ディーンさん」
そんな彼等の様子を、人集りの外側で眺めるエレンの口から、思わず彼の名が零れた。
急に飛び出していったと思えば、その場の誰もが知らぬ歌を、見知らぬ童女と唄うディーン。
いったい、彼が唄うこの歌にはどんな意味があるというのだろうか。
…それにあの子。一体何者なのでしょうか……
そう思うエレンの胸中に、なんだか少し黒くて重い物がのし掛かるような錯覚が生まれるが、今の彼女にはその言いようのない不安感の理由が解らなかった。
「聞いたことのない歌だな」
そんなエレンの心境など知りようもなく、彼女と同じ様に人集りの外側からディーン達の歌を聴いているフィオールが、聞き慣れぬ曲調に疑問の声を出す。
エレンと同じく、ディーンを追って来た面々の誰もが同意見であるらしく、ムラマサやレオニードは勿論の事、少し遅れてやってきたイルゼ達も、この歌には心当たりがないようであった。
民族音楽や童謡のたぐいではなさそうだし、かといって流行歌や管弦楽団 の演目にも、この様に歌は誰の記憶にも無かった。
「でも良い歌だな。俺ぁ好きだぜ、こういうの」
皆が聞き慣れぬ歌に小首を傾げる中、レオニードがそんな言葉を口にする。
「確かに。それには私も同意します。聞き慣れない曲調ですが、何故か懐かしいような」
フィオールもレオニードに賛同し、彼等は再びディーン達の歌へと耳を傾ける。
先のフレーズで即興とは思えぬハーモニーを見せたディーンとシアの二人は、今度は同じ音階で、どうやら一番の締めくくりの部分を歌い上げていた。
すると今度は、深紅の道化師 が間奏部分を見事な演奏で引き継ぐ。
不可思議なことに、彼の持つ長方形の鍵盤楽器が、突如として管楽器であるトランペットの音色を奏でだしたので、周りの皆に少しだけ驚いた表情が浮かぶ。
だが、野次馬達の心は既にこの空間に酔いしれており、それ以上の波紋は広がらず、逆にイキな演出と受け取ったのか、拍手までわき起こる始末であった。
少しはずれた場所にいるエレン達ですら、その場の雰囲気に飲まれて行くのを自覚しつつも、ただ聴き入るしかできなかった。
ディーンとシアが再びハーモニーを響かせる。どうやらこの歌のクライマックスに差し掛かったようだ。
・・・
・・
・
二人の歌声が、最後の詩 を紡ぐと、その余韻を残すかのように、静かにルカがピアノの音色を響かせ、この静かで美しい歌の終焉》を迎えるのであった。
……し……ん……
演奏が終了してしばらくの間、その場の誰しもが音を立てることすら忘れていた。
ものの数秒であろう。
しかし、数刻のように感じたその静寂を破ったのは、やはりシアとルカの二人であった。
二人はディーンを挟むように群集の前に並び立つと、優雅に、それでいてやはり芝居がかった動作で御辞儀をする。
両側に立つ二人につられて、慌ててディーンも不器用に頭を下げたところで、彼等を囲む人集りにかかった金縛りが溶けた。
「……ブラヴォー」
誰かが、思い出したかのように賞賛の言葉を呟くのを皮切りに、割れんばかりの拍手と喝采が、ディーン達へと降り注いだ。
「「ブラヴォー!!」」
なかなか鳴り止まぬ拍手に対して、シアとルカは彼等の賞賛がやむまで、お辞儀の体制のままじっとしていた。
しばらくして、拍手が収まってきた頃合いを見計らったルカが、再び軽やかに鍵盤を打ち鳴らすと、まるで操られたかのように群集達が静まり返る。
「ありがとうございます。今宵、この様にすばらしい出会いの元、皆様の様なすばらしい観客の前で、私共の歌をご披露できたこと、歓喜の極みで御座います」
頭を上げた仮面の道化師が、群集へ向けて口を開く。
「さて、まことに残念では御座いますが、本日今宵のお楽しみは、ここまでとさせて頂きますれば、皆様方の更なる繁栄を祈りながら、私共の別れの言葉と代えさせていただきまする」
ルカのその言葉に、群集達が少なからず落胆の声を漏らす。
彼等はまだ、本格的には一曲しか演奏を聴けていないのだ。その一曲の感動が大きい分だけ、お預けを食らった感も大きいのであろう。
そして誰よりもその感情を抱いたディーンが、皆を代表するかのように抗議の声を上げる。
「おいっ。ちょっと待ってくれ!」
当然だ。ディーンにしてみれば彼等は、無くしていた“原初の記憶”以前の、数少ない手掛かりである。
もっと彼等と話がしたい。もしかしたら、彼等ならば知っているかもしれない。
あの黒い龍の事、白き龍の騎士の事、その騎士に付き従っていた赤衣の男の事、そして……ディーン自身の事。
明確な答えを持っていなくてもいい。それでも、何かしらの取っ掛かりになるかもしれないのだ。
しかし、そんなディーンの慌てた様子をあざ笑うかのように、シアとルカは彼の言葉に首を振るのだった。
「残念ですが、今回は此処まで御座いますディーン様。今宵の続きは、またいずれ」
ルカが笑顔の仮面で覆われて、少しくぐもった声で言う。
「おいっ!?」
それでも食い下がろうとするディーンであったが、そんな彼の口元に、唐突にシアの人差し指が当てられて、その言葉を遮らせた。
反射的に睨み返すディーンに対し、シアはさして動じる素振りなど見せずに、悪戯 っぽく微笑み返しながら言うのだった。
「大丈夫よ。心配しなくても、また直ぐに会えるわ」
「それでは皆様。ご機嫌よう再会の日を心待ちにしております」
シアの言葉を引き継いだルカが、ディーンと群集達へ、そして人集りの外側にいるエレン達に対して別れの言葉を投げかけると同時に、いつの間にか右手に持っていた球体を空へと放り上げた。
「またね。ディーンお兄様」
「待っ……!?」
最後にシアがディーンに向けてひらひらと手をふり、それをディーンが慌てて引き留めようと手を伸ばしかけた途端であった……
ぼんっ!!
ルカの投げた球体が空中で弾け、眩い光が辺りを強烈に照らし、人々から一瞬の間だけ、その視界を奪う。
…閃光玉か!?
ディーン達がそう思ったときにはもう遅い。
レクサーラ中央広場に生み出された小さな太陽が消えたとき、シアとルカの姿も諸共 に消え失せていた。
「………」
あの二人が去った後、その場に集まっていた群集達は、魔法が溶けたかのように一斉に散っていってしまった。
その場にひとり佇む形となったディーンは、少しの間だけ呆然としていたが、やがて「くそっ」と苛立ちを露わに地を蹴った。
「ディーンさん……」
そんな彼の側へと集まったエレン達であったが、それ以上何も言えずに、どう声をかけたらいいかと迷うのであった。
「あぁ、みんなすまないな。急にあんな事しちまって」
そんな周りの様子に気がついたのか、ディーンは少しだけ表情を緩めて言う。
「いや、気にしなくて良いさ。それより……」
フィオールが少し遠慮がちにディーンに問いかけるが、ディーンはその問いに首を振って応えるのだった。
「悪ぃけど、自分で唄っておきながら何だが、俺自身なんで唄えたか解らないんだ。さっきの二人組も知らない。今日初対面だぜ」
わりとあっけらかんと応えて見せるディーンではあるが、ふと空を見上げるその視線は、消え去ったあの二人組を追うかの如く険しかった。
「そうか。一体何者だったんだろうな、彼等は……」
「さぁな。シアとか言う白チビは、また直ぐにでも会えるとかぬかしてやがったけどな」
流石にこの展開は予想外だったらしく、ディーンが慌てたような声を出すが、シアは止まらない。
抵抗する間もあたえず、あっと言う間に人集りに囲まれたステージの中心へと、彼の手を引いて連れてきてしまった。
「ルカ」
ディーンを伴ってステージの真ん中にたったシアは、短く深紅の
「
それに応える
ルカの指が鍵盤を軽やかになぞるのに呼応して、彼の持つ不思議な楽器からは、本物さながらのピアノの音色が流れ出す。
その調べは、満天の星空にきらめく星々が、まるでリズミカルに窓を叩く雨音のように降り注いでいるかのよう。
静かで、それでいてどこか聞くものをワクワクさせるような、そんな旋律であった。
「……この歌」
思わず口を開くディーンにくすりと笑いかけたシアは、「さぁ」と促す様に一声かけると、両手で握ったディーンの手から片方を離して、彼の空いている方の手を握りなおして歌い出した。
手と手を握りあい、体ごと真正面から向かい合うシアは、目の前のディーンから視線を外すことなく唄う。
その声音は可憐で美しく、聴く者の心を奪わずにはいられないかのようだ。
そして、そんな彼を見つめるシアは、彼の心の中を見透かすかのように微笑みながら、歌の続きを唄うのだ。
ディーンは、その歌に何故か便上できてしまう。
何故だかは、わからないのだが──。
・・・
・・
・
歌の一番で唄ったところで、一瞬間があき、ルカの奏でるピアノも一瞬の静寂を作る。
シアの瞳がその瞬間に、ディーンに向けて物語る。
次は貴方の番よ、と。
本来ならば、突然この様な場所で
だが、この時のディーンの胸の中には、不思議と次に続く歌詞とメロディが浮かんできていた。
自分でも不思議でしょうがないのだが、ディーンの唇は自然と、歌の続きを口ずさむのだ。
彼の歌声は、本来彼の声音の持つ力強さを抑え、それが逆に優しい音色に転換されたかのよう。
・・・
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・
シアの可憐な歌声の後でもあるせいか、男性的でいて且つ繊細に響きわたった。
1パート歌い終えたディーンの手を離し、くるりとドレスの裾を翻してターンするシア。
彼女の動きに合わせ、ルカのピアノの音色が、まるで音符が階段を上駆け上がるかのように曲を盛り上げる。
彼等の周りを取り囲む群集達は、この異色の取り合わせの三人の織り成すステージの様子に心奪われて、声を出すことすら忘れているようだ。
しかし、当のステージの上に立つディーンは、周りのことなど気にはならなかった。
今だけは、この歌を彼等と共に
彼等が何者なのか、何の目的があって自分をこんなステージに上げたのか、何より自身の奥底に眠る“原初の記憶”よりも、さらに奥から思い出されたこの歌の事。
そして、ディーン自身の事。
脳内を駆け巡る難しいことは今だけ忘れて、この歌を唄うことを楽しもう。
…まぁ、何考えてるか知らねぇけど、コイツ等の思惑通りなんだろうって事だけは、気にくわねぇけどな。
自嘲気味に苦笑するディーンの黒い瞳と、ターンを終えて振り返ったシアの
それだけで、言葉を使わずに意志が通じ合う。
…さぁ、いくわよ?
…しゃあねぇな。
即興で生まれる旋律の
力あるディーンの声と、軽やかなシアの声が、高く低く重なり合う。
その姿は、かつて古代の時代よりももっともっと昔の世界において、人々の心に感動をもたらした、とある兄妹の姿を彷彿させた。
「……ディーンさん」
そんな彼等の様子を、人集りの外側で眺めるエレンの口から、思わず彼の名が零れた。
急に飛び出していったと思えば、その場の誰もが知らぬ歌を、見知らぬ童女と唄うディーン。
いったい、彼が唄うこの歌にはどんな意味があるというのだろうか。
…それにあの子。一体何者なのでしょうか……
そう思うエレンの胸中に、なんだか少し黒くて重い物がのし掛かるような錯覚が生まれるが、今の彼女にはその言いようのない不安感の理由が解らなかった。
「聞いたことのない歌だな」
そんなエレンの心境など知りようもなく、彼女と同じ様に人集りの外側からディーン達の歌を聴いているフィオールが、聞き慣れぬ曲調に疑問の声を出す。
エレンと同じく、ディーンを追って来た面々の誰もが同意見であるらしく、ムラマサやレオニードは勿論の事、少し遅れてやってきたイルゼ達も、この歌には心当たりがないようであった。
民族音楽や童謡のたぐいではなさそうだし、かといって流行歌や
「でも良い歌だな。俺ぁ好きだぜ、こういうの」
皆が聞き慣れぬ歌に小首を傾げる中、レオニードがそんな言葉を口にする。
「確かに。それには私も同意します。聞き慣れない曲調ですが、何故か懐かしいような」
フィオールもレオニードに賛同し、彼等は再びディーン達の歌へと耳を傾ける。
先のフレーズで即興とは思えぬハーモニーを見せたディーンとシアの二人は、今度は同じ音階で、どうやら一番の締めくくりの部分を歌い上げていた。
すると今度は、深紅の
不可思議なことに、彼の持つ長方形の鍵盤楽器が、突如として管楽器であるトランペットの音色を奏でだしたので、周りの皆に少しだけ驚いた表情が浮かぶ。
だが、野次馬達の心は既にこの空間に酔いしれており、それ以上の波紋は広がらず、逆にイキな演出と受け取ったのか、拍手までわき起こる始末であった。
少しはずれた場所にいるエレン達ですら、その場の雰囲気に飲まれて行くのを自覚しつつも、ただ聴き入るしかできなかった。
ディーンとシアが再びハーモニーを響かせる。どうやらこの歌のクライマックスに差し掛かったようだ。
・・・
・・
・
二人の歌声が、最後の
……し……ん……
演奏が終了してしばらくの間、その場の誰しもが音を立てることすら忘れていた。
ものの数秒であろう。
しかし、数刻のように感じたその静寂を破ったのは、やはりシアとルカの二人であった。
二人はディーンを挟むように群集の前に並び立つと、優雅に、それでいてやはり芝居がかった動作で御辞儀をする。
両側に立つ二人につられて、慌ててディーンも不器用に頭を下げたところで、彼等を囲む人集りにかかった金縛りが溶けた。
「……ブラヴォー」
誰かが、思い出したかのように賞賛の言葉を呟くのを皮切りに、割れんばかりの拍手と喝采が、ディーン達へと降り注いだ。
「「ブラヴォー!!」」
なかなか鳴り止まぬ拍手に対して、シアとルカは彼等の賞賛がやむまで、お辞儀の体制のままじっとしていた。
しばらくして、拍手が収まってきた頃合いを見計らったルカが、再び軽やかに鍵盤を打ち鳴らすと、まるで操られたかのように群集達が静まり返る。
「ありがとうございます。今宵、この様にすばらしい出会いの元、皆様の様なすばらしい観客の前で、私共の歌をご披露できたこと、歓喜の極みで御座います」
頭を上げた仮面の道化師が、群集へ向けて口を開く。
「さて、まことに残念では御座いますが、本日今宵のお楽しみは、ここまでとさせて頂きますれば、皆様方の更なる繁栄を祈りながら、私共の別れの言葉と代えさせていただきまする」
ルカのその言葉に、群集達が少なからず落胆の声を漏らす。
彼等はまだ、本格的には一曲しか演奏を聴けていないのだ。その一曲の感動が大きい分だけ、お預けを食らった感も大きいのであろう。
そして誰よりもその感情を抱いたディーンが、皆を代表するかのように抗議の声を上げる。
「おいっ。ちょっと待ってくれ!」
当然だ。ディーンにしてみれば彼等は、無くしていた“原初の記憶”以前の、数少ない手掛かりである。
もっと彼等と話がしたい。もしかしたら、彼等ならば知っているかもしれない。
あの黒い龍の事、白き龍の騎士の事、その騎士に付き従っていた赤衣の男の事、そして……ディーン自身の事。
明確な答えを持っていなくてもいい。それでも、何かしらの取っ掛かりになるかもしれないのだ。
しかし、そんなディーンの慌てた様子をあざ笑うかのように、シアとルカは彼の言葉に首を振るのだった。
「残念ですが、今回は此処まで御座いますディーン様。今宵の続きは、またいずれ」
ルカが笑顔の仮面で覆われて、少しくぐもった声で言う。
「おいっ!?」
それでも食い下がろうとするディーンであったが、そんな彼の口元に、唐突にシアの人差し指が当てられて、その言葉を遮らせた。
反射的に睨み返すディーンに対し、シアはさして動じる素振りなど見せずに、
「大丈夫よ。心配しなくても、また直ぐに会えるわ」
「それでは皆様。ご機嫌よう再会の日を心待ちにしております」
シアの言葉を引き継いだルカが、ディーンと群集達へ、そして人集りの外側にいるエレン達に対して別れの言葉を投げかけると同時に、いつの間にか右手に持っていた球体を空へと放り上げた。
「またね。ディーンお兄様」
「待っ……!?」
最後にシアがディーンに向けてひらひらと手をふり、それをディーンが慌てて引き留めようと手を伸ばしかけた途端であった……
ぼんっ!!
ルカの投げた球体が空中で弾け、眩い光が辺りを強烈に照らし、人々から一瞬の間だけ、その視界を奪う。
…閃光玉か!?
ディーン達がそう思ったときにはもう遅い。
レクサーラ中央広場に生み出された小さな太陽が消えたとき、シアとルカの姿も
「………」
あの二人が去った後、その場に集まっていた群集達は、魔法が溶けたかのように一斉に散っていってしまった。
その場にひとり佇む形となったディーンは、少しの間だけ呆然としていたが、やがて「くそっ」と苛立ちを露わに地を蹴った。
「ディーンさん……」
そんな彼の側へと集まったエレン達であったが、それ以上何も言えずに、どう声をかけたらいいかと迷うのであった。
「あぁ、みんなすまないな。急にあんな事しちまって」
そんな周りの様子に気がついたのか、ディーンは少しだけ表情を緩めて言う。
「いや、気にしなくて良いさ。それより……」
フィオールが少し遠慮がちにディーンに問いかけるが、ディーンはその問いに首を振って応えるのだった。
「悪ぃけど、自分で唄っておきながら何だが、俺自身なんで唄えたか解らないんだ。さっきの二人組も知らない。今日初対面だぜ」
わりとあっけらかんと応えて見せるディーンではあるが、ふと空を見上げるその視線は、消え去ったあの二人組を追うかの如く険しかった。
「そうか。一体何者だったんだろうな、彼等は……」
「さぁな。シアとか言う白チビは、また直ぐにでも会えるとかぬかしてやがったけどな」