1節(10)
文字数 5,442文字
フィオールに返すディーンも、それ以上は本当に解らない様子であった。
「まぁ、これ以上此処でこうしていても無駄のようだし、折角だから移動しないか?流石に立ちっぱなしはそろそろ疲れてきてね」
「そうだな、俺も賛成。さっきの話の続きもあるし、一杯飲 りながらと行こうじゃないの」
話の流れを変えるためであろう、ムラマサが口を開き、レオニードがそれに続く。
気を回してくれた彼等に感謝しつつ、ディーン達が同意しようとしたその時であった。
「……ディーン……君?」
不意に、ディーンへとかかる声。
その声に反応して、ディーンが振り返ると、そこには見知った顔が二人と、見知らぬ少女が一人立っていた。
見知った顔は、ミハエルとネコチュウである。どうやら目当ての買い物が済んだのであろう。
一瞬、ディーンの名を呼んだのは彼等かと思ったが、先の声音は彼等の物とは違っていたし、何より女の声だった。
ではもう一人の、ミハエル達の側にいるもう一人の少女の方が呼んだのだろうか。
その予想はどうやら正しかったようで、その少女、ザザミシリーズに身を包んだ同業 の少女は、信じられないと言った表情でディーンを凝視していた。
「ディーン君……ディーン・シュバルツ君だよね?」
ザザミシリーズの少女が、再びディーンへと問いかける。
あまりにも真剣な表情であったため、若干面食らってしまったディーンだったが、無視するわけにもいかない。
「ああ。そうだけど、アンタは……」
誰だ。と、ディーンは続けることは出来なかった。何故なら……
「やっぱり!!」
がばっ!
何故なら、ディーンの答えを聞き終わるのを待たずに、その少女は突然駆け出して来て、いきなりディーンに抱きついたからだ。
「なっ!?」
「ええっ!?」
さすがにディーンも驚きの声を上げ、その側でエレンが、彼女にしては珍しく大きな驚愕の声を上げる。
いや、ディーンやエレンほどではないが、他の面々も彼女と同じように驚きの表情を浮かべていた。
「ちょっ、ちょっと!? 何だってんだ!?」
急に抱きつかれてしまったディーンが、慌てふためいて言うが、抱きついた少女リコリスは、そんな彼の様などお構いなしである。
「懐かしいな~! 私のこと覚えてる? リコリスだよ~! また会えるなんて思ってもみなかったよ~」
そう言って全身で喜びの感情を表現しながら名乗るリコリスだが、その感情をぶつけられるディーンの方はよけいに混乱するばかりだ。
…リコリス? 誰だ?
聞き覚えがない。
聞き覚えがない筈なのだが、どうしてか先の歌の時のように、心の奥底が再度ざわつく感じを覚えるのであった。
「うわー。まさかこんなところでキミに再会できるなんてね~。キミが生きているってことは、ライザおばさんも無事なの?」
──どくん!
嬉しそうに語るリコリスが、その言葉を言った途端、ディーンの心臓が跳ね上がる。
「……何?」
彼の口から、無意識に漏れたその声は、およそ普段の彼の声とは思えない程、暗く重々しかった。
「えっ?」
その声の響きが予想外に重圧であったのであろう。抱きついていたリコリスの手がふっとゆるむ。
そこからは一瞬の出来事だった。
ディーンはあっと言う間にリコリスの拘束をバッと振り払うと、逆に彼女の両の二の腕をガッシリと掴んで身動きを封じるや、咄嗟 のことに呆然とするリコリスの顔に自分の顔を近づけて問うた。
「……今、なんて言った?」
その声は、普段の彼の声音からは想像できぬほど低い。
「え? ちょっとディーン君、何する……」
「答えろっ! 今、なんて言った!!」
問われたリコリスは、何がなんだか解らず、うわずった声で返すが、ディーンはそんな彼女の抗議の声を遮った。
リコリスは……否。リコリスだけでなく、その場の皆が、ディーンの急変に驚いた。
「ディーン!? 一体どうしたんだ!?」
「そうだよディーン君、急にどうしたって言うんだい」
「黙ってろっ!」
咄嗟にディーンを止めようとしたフィオールとミハエルに怒鳴り返すディーンに、二人は思わず制止を躊躇 ってしまった。
怒鳴り返すために振り返った彼の表情は、端から見ても解るほど余裕がなかったからだ。
リオレウスとリオレイアを前にしても、不敵な表情を浮かべていたあのディーンが、まさかこんな表情を浮かべるなどとは、フィオールもミハエルも思いもよらなかった。
「ディーン君……離して……痛いよ」
リコリスが掴まれた二の腕の痛みに、苦悶の声を出すが、それでもディーンの拘束は緩まない。
「ディーンさんっ!!」
たまりかねたエレンが、ディーンの後ろから腰にしがみつくように抱きついて、悲鳴にも似た声を出す。
「……っ!?」
そこでようやく正気に戻ったのか、ディーンは掴んでいたリコリス両腕を離すのだった。
「す、すまない」
謝罪するディーンの様子は、もしかしたらこの事態に一番驚いているのは、彼本人ではないかと思うほど震えていた。
「ううん。いいよ。ウチの方こそ、急に抱きついちゃったりしてゴメンね」
痛む腕をさすりながら応えるリコリスは、健気にも笑顔を作って見せてくれた。
「本当にすまない。どうかしてたよ。この通りだ」
そう言ってディーンは、リコリスに頭を下げようとして、腰にしがみついたエレンの存在に(無体にも)今更ながらに気がついた。
「……エレン?」
名前を呼ばれたエレンも、冷静さを失ったディーンを止めるのに無我夢中だったのであろう、やっぱり今更ながらに、自分がディーンに抱きついている現状を理解すると、「ふえぇぇぇえぇぇっっ!?」と間の抜けた悲鳴を上げて彼から離れるのであった。
亜音速 で。
「す、すすすすす、すみませんスミマセンすみませ~んっ!!」
先の事態よりも、今現在の羞恥の方が上回ったのであろう。
耳まで真っ赤になって、ひたすら前屈運動を繰り返すエレンの姿は、期せずして皆の毒気を抜く役割を果たしてくれるのであった。
「ぷ。あっははは!」
エレンのそんな様子に、ついに堪えきれず、リコリスが吹き出すと、他の面々もつられて笑い出し、エレンは更に顔を赤くするのであった。
「あうぅ……」
エレンが恥ずかしさのあまり呻いたその瞬間、彼等に再びかかる声があった。
「手前ェっ!! リコリスに何しやがる!」
不意にかかった声は、この場にいる面々の、誰の物でもなかった。
声の方向へと皆の視線が向けられると、その先に立つ人物が、背中に背負っていた太刀を引き抜き、その切っ先をディーンへと突きつけて立っている。
身に着けているのは、ハンターズギルドに所属するハンター達の中から、選りすぐられた人員のみで構成されたギルドナイトと呼ばれる特別なハンターの制服。
赤を基調とした、特殊な繊維で縫われた頑丈なベストと、鍔 の広い羽根突き帽子が特徴の、中世公子を思わせるデザインだが、その見た目とは裏腹にとても頑丈であり、この制服一つで大型モンスターと渡り合うことも可能な、優秀な防具である。
目深にかぶった帽子からのぞく碧眼 は怒りに燃え、長い艶やかな金髪は、その帽子がなければ怒りによって逆立っていたかもしれない。
「えっ、ちょっとルーク!?」
リコリスが驚いてその人物の名を叫ぶ。
「女のハンターが絡まれてると聞いて飛んできたが、まさか俺のツレに手ぇ出してやがるとは、許せねぇ!」
「ヤダ、違うよ! この人は……」
どうやら、先のエレンが絡まれた件の事であろう。慌ててリコリスが弁明しようと口を開く。
「そこに直りやがれ! たたっ斬ってやる!」
だが、リコリスが何かを言おうとする暇 さえおかずに、ルークと呼ばれたギルドナイトは、ディーン目掛けて太刀を振り上げ、猛然と躍り掛かったのだった。
当のディーンは、突然の事で混乱しながらも、反射的に背中の飛竜刀 【紅葉 】に手をかけ、迎撃しようとして踏みとどまった。
襲い来るルークとディーンの獲物は、対大型モンスター用の大太刀である。
ルーク一人だけならまだしも、ディーンまでそれに打ち合うために太刀を抜いてしまっては、直ぐ近くにいるエレンとリコリスを巻き込みかねないからだ。
し
かし、相手のルークはそんな事お構いなしのようだ。
ギルドナイトの制服は伊達ではないらしく、ディーンが躊躇 したその隙に、ルークは一気に間合いを詰めていた。
「……っ!?」
…想像以上に速いっ!?
刮目 するディーン目掛けて、大上段に振りかぶられたルークの大太刀が、今まさに振り下ろされんとする。
今から自分も太刀を抜くには遅すぎる。
かと言って、ルークと呼ばれたこの男の踏み込みは鋭い。
腕を交差して籠手 で防ごうにも、頑丈なレウスシリーズのその籠手すら、両断しかねぬ勢いがある。
こうなれば、いっそ白刃 を取ってみせるか。
…や、無理!
一瞬無謀な考えが浮かんだのを、慌てて押さえこんで、ディーンは迫り来る白刃を睨み返す。
真剣白刃取りなど現実的ではなさ過ぎるし、第一そんな芸当を許すほどの一撃ではない。
幸い、頭に血が上っているとは言え、狙いをディーン一人に絞っているためか、その攻撃は脳天からの唐竹 割 りである。
最初の一撃さえかわせれば、返す刃を押さえ込むチャンスもあろう。
そう思い身構えるディーン目掛けて、振り下ろされるルークの太刀。
スピードと体重が充分に乗った鋭い一撃である。
が、しかし。
ガキィィィィンッッッッ!!!!
ディーンが身をかわす、その瞬間だった。
突如として、彼等の横から割って入ったもう一本の刀身が真下から跳ね上がり、ルークと呼ばれたギルドナイトの太刀を、高々と宙に舞わせていた。
一瞬、何が起きたのか、ディーンもルークも理解できなかった。
二人とも、太刀の“すっぽ抜けた”ルークの手元を無意識に眺めてしまう。
「落ち着きなって。ギルドナイトの兄ちゃんや」
そんな彼等にかかる声は、いつの間にかその場に移動していたレオニードの物であった。
声音は先程から何ら変化はなく、口元にはシニカルな笑みもそのまま。
しかし、やってのけた芸当は信じられぬ神業 である。
驚愕するレオニード以外の面々を後目に、跳ね上げられたルークの太刀が今更ながらに、少し離れた位置に突き立った。
「ミ゛ャ!?」
「ニ゛ャ!?」
たまたま運悪く、その近くに立っていたシラタキとシュンギクが悲鳴を上げるが、残念ながら、一歩間違えたら串刺しだった彼等の心配をする者は、誰もいなかった。
「頭ン中の切れた糸は繋がったかな? 兄ちゃんや」
振り抜いた太刀──これもいつの間に取り出したのか──を、左手に持った鞘に納めながら、レオニードがギルドナイトに向かって問いかける。
聞かれた方の、ルークとリコリスに呼ばれたギルドナイトは、 「あ、ああ」と少し惚けたように返した。
ディーンも同じ気持ちである。
読者諸君には、“後の先 ”と言う言葉で想像がつくであろうか。
単純に言えば、先に動き出そうとする相手よりも、後から動き出す自分の攻撃を相手に当てるといった事なのだが、レオニードがやってのけたのはまさにソレでった。
しかし、言葉にすれば簡単なことではあるが、実行することがどれだけ困難かは、言わずもがなである。
…いや、それだけじゃねぇ。
ディーンがの瞳が、ギルドナイトに向かって話しかけるレオニードを見る目を険しくさせる。
…コイツ、“上から振り下ろされた”一撃を、“下から迎え撃って弾き返しやがった”。
しかも、両手で太刀を握る相手に対し、片手で返して……である。
物理的に考えても、相手より上の位置を得ることは、その分有利になることが多い。
理由は至極簡単。
上を位置取った方は重力を味方にし、下に位置する方は重力に逆らわなければならないからである。
それをこのレオニードという男は、いつの間にやら持ち出したエラく短いその太刀を、鞘から引き抜く動きをそのまま斬撃へと昇華 させて、ルークの一撃を弾き返したのだ。
抜刀斬りの一種であろうか、ディーンの見たことのない芸当ではあるが、彼の持つ刀身の短い太刀ならではの技である。
「見事な“抜き”だなレオ。しばらく見ない内に、また腕を上げたんじゃないか?」
そのレオニードに声をかけながら、ムラマサが近づいてくる。
「いやいや。マーサちゃんの動きを見よう見まねさね」
そう言ってムラマサに応え、空いた右手の平をひらひら振って返すレオニードには、先の神業じみた行為を感じさせぬ、飄々 としたものだった。
「まぁ、これ以上此処でこうしていても無駄のようだし、折角だから移動しないか?流石に立ちっぱなしはそろそろ疲れてきてね」
「そうだな、俺も賛成。さっきの話の続きもあるし、一杯
話の流れを変えるためであろう、ムラマサが口を開き、レオニードがそれに続く。
気を回してくれた彼等に感謝しつつ、ディーン達が同意しようとしたその時であった。
「……ディーン……君?」
不意に、ディーンへとかかる声。
その声に反応して、ディーンが振り返ると、そこには見知った顔が二人と、見知らぬ少女が一人立っていた。
見知った顔は、ミハエルとネコチュウである。どうやら目当ての買い物が済んだのであろう。
一瞬、ディーンの名を呼んだのは彼等かと思ったが、先の声音は彼等の物とは違っていたし、何より女の声だった。
ではもう一人の、ミハエル達の側にいるもう一人の少女の方が呼んだのだろうか。
その予想はどうやら正しかったようで、その少女、ザザミシリーズに身を包んだ
「ディーン君……ディーン・シュバルツ君だよね?」
ザザミシリーズの少女が、再びディーンへと問いかける。
あまりにも真剣な表情であったため、若干面食らってしまったディーンだったが、無視するわけにもいかない。
「ああ。そうだけど、アンタは……」
誰だ。と、ディーンは続けることは出来なかった。何故なら……
「やっぱり!!」
がばっ!
何故なら、ディーンの答えを聞き終わるのを待たずに、その少女は突然駆け出して来て、いきなりディーンに抱きついたからだ。
「なっ!?」
「ええっ!?」
さすがにディーンも驚きの声を上げ、その側でエレンが、彼女にしては珍しく大きな驚愕の声を上げる。
いや、ディーンやエレンほどではないが、他の面々も彼女と同じように驚きの表情を浮かべていた。
「ちょっ、ちょっと!? 何だってんだ!?」
急に抱きつかれてしまったディーンが、慌てふためいて言うが、抱きついた少女リコリスは、そんな彼の様などお構いなしである。
「懐かしいな~! 私のこと覚えてる? リコリスだよ~! また会えるなんて思ってもみなかったよ~」
そう言って全身で喜びの感情を表現しながら名乗るリコリスだが、その感情をぶつけられるディーンの方はよけいに混乱するばかりだ。
…リコリス? 誰だ?
聞き覚えがない。
聞き覚えがない筈なのだが、どうしてか先の歌の時のように、心の奥底が再度ざわつく感じを覚えるのであった。
「うわー。まさかこんなところでキミに再会できるなんてね~。キミが生きているってことは、ライザおばさんも無事なの?」
──どくん!
嬉しそうに語るリコリスが、その言葉を言った途端、ディーンの心臓が跳ね上がる。
「……何?」
彼の口から、無意識に漏れたその声は、およそ普段の彼の声とは思えない程、暗く重々しかった。
「えっ?」
その声の響きが予想外に重圧であったのであろう。抱きついていたリコリスの手がふっとゆるむ。
そこからは一瞬の出来事だった。
ディーンはあっと言う間にリコリスの拘束をバッと振り払うと、逆に彼女の両の二の腕をガッシリと掴んで身動きを封じるや、
「……今、なんて言った?」
その声は、普段の彼の声音からは想像できぬほど低い。
「え? ちょっとディーン君、何する……」
「答えろっ! 今、なんて言った!!」
問われたリコリスは、何がなんだか解らず、うわずった声で返すが、ディーンはそんな彼女の抗議の声を遮った。
リコリスは……否。リコリスだけでなく、その場の皆が、ディーンの急変に驚いた。
「ディーン!? 一体どうしたんだ!?」
「そうだよディーン君、急にどうしたって言うんだい」
「黙ってろっ!」
咄嗟にディーンを止めようとしたフィオールとミハエルに怒鳴り返すディーンに、二人は思わず制止を
怒鳴り返すために振り返った彼の表情は、端から見ても解るほど余裕がなかったからだ。
リオレウスとリオレイアを前にしても、不敵な表情を浮かべていたあのディーンが、まさかこんな表情を浮かべるなどとは、フィオールもミハエルも思いもよらなかった。
「ディーン君……離して……痛いよ」
リコリスが掴まれた二の腕の痛みに、苦悶の声を出すが、それでもディーンの拘束は緩まない。
「ディーンさんっ!!」
たまりかねたエレンが、ディーンの後ろから腰にしがみつくように抱きついて、悲鳴にも似た声を出す。
「……っ!?」
そこでようやく正気に戻ったのか、ディーンは掴んでいたリコリス両腕を離すのだった。
「す、すまない」
謝罪するディーンの様子は、もしかしたらこの事態に一番驚いているのは、彼本人ではないかと思うほど震えていた。
「ううん。いいよ。ウチの方こそ、急に抱きついちゃったりしてゴメンね」
痛む腕をさすりながら応えるリコリスは、健気にも笑顔を作って見せてくれた。
「本当にすまない。どうかしてたよ。この通りだ」
そう言ってディーンは、リコリスに頭を下げようとして、腰にしがみついたエレンの存在に(無体にも)今更ながらに気がついた。
「……エレン?」
名前を呼ばれたエレンも、冷静さを失ったディーンを止めるのに無我夢中だったのであろう、やっぱり今更ながらに、自分がディーンに抱きついている現状を理解すると、「ふえぇぇぇえぇぇっっ!?」と間の抜けた悲鳴を上げて彼から離れるのであった。
「す、すすすすす、すみませんスミマセンすみませ~んっ!!」
先の事態よりも、今現在の羞恥の方が上回ったのであろう。
耳まで真っ赤になって、ひたすら前屈運動を繰り返すエレンの姿は、期せずして皆の毒気を抜く役割を果たしてくれるのであった。
「ぷ。あっははは!」
エレンのそんな様子に、ついに堪えきれず、リコリスが吹き出すと、他の面々もつられて笑い出し、エレンは更に顔を赤くするのであった。
「あうぅ……」
エレンが恥ずかしさのあまり呻いたその瞬間、彼等に再びかかる声があった。
「手前ェっ!! リコリスに何しやがる!」
不意にかかった声は、この場にいる面々の、誰の物でもなかった。
声の方向へと皆の視線が向けられると、その先に立つ人物が、背中に背負っていた太刀を引き抜き、その切っ先をディーンへと突きつけて立っている。
身に着けているのは、ハンターズギルドに所属するハンター達の中から、選りすぐられた人員のみで構成されたギルドナイトと呼ばれる特別なハンターの制服。
赤を基調とした、特殊な繊維で縫われた頑丈なベストと、
目深にかぶった帽子からのぞく
「えっ、ちょっとルーク!?」
リコリスが驚いてその人物の名を叫ぶ。
「女のハンターが絡まれてると聞いて飛んできたが、まさか俺のツレに手ぇ出してやがるとは、許せねぇ!」
「ヤダ、違うよ! この人は……」
どうやら、先のエレンが絡まれた件の事であろう。慌ててリコリスが弁明しようと口を開く。
「そこに直りやがれ! たたっ斬ってやる!」
だが、リコリスが何かを言おうとする
当のディーンは、突然の事で混乱しながらも、反射的に背中の
襲い来るルークとディーンの獲物は、対大型モンスター用の大太刀である。
ルーク一人だけならまだしも、ディーンまでそれに打ち合うために太刀を抜いてしまっては、直ぐ近くにいるエレンとリコリスを巻き込みかねないからだ。
し
かし、相手のルークはそんな事お構いなしのようだ。
ギルドナイトの制服は伊達ではないらしく、ディーンが
「……っ!?」
…想像以上に速いっ!?
今から自分も太刀を抜くには遅すぎる。
かと言って、ルークと呼ばれたこの男の踏み込みは鋭い。
腕を交差して
こうなれば、いっそ
…や、無理!
一瞬無謀な考えが浮かんだのを、慌てて押さえこんで、ディーンは迫り来る白刃を睨み返す。
真剣白刃取りなど現実的ではなさ過ぎるし、第一そんな芸当を許すほどの一撃ではない。
幸い、頭に血が上っているとは言え、狙いをディーン一人に絞っているためか、その攻撃は脳天からの
最初の一撃さえかわせれば、返す刃を押さえ込むチャンスもあろう。
そう思い身構えるディーン目掛けて、振り下ろされるルークの太刀。
スピードと体重が充分に乗った鋭い一撃である。
が、しかし。
ガキィィィィンッッッッ!!!!
ディーンが身をかわす、その瞬間だった。
突如として、彼等の横から割って入ったもう一本の刀身が真下から跳ね上がり、ルークと呼ばれたギルドナイトの太刀を、高々と宙に舞わせていた。
一瞬、何が起きたのか、ディーンもルークも理解できなかった。
二人とも、太刀の“すっぽ抜けた”ルークの手元を無意識に眺めてしまう。
「落ち着きなって。ギルドナイトの兄ちゃんや」
そんな彼等にかかる声は、いつの間にかその場に移動していたレオニードの物であった。
声音は先程から何ら変化はなく、口元にはシニカルな笑みもそのまま。
しかし、やってのけた芸当は信じられぬ
驚愕するレオニード以外の面々を後目に、跳ね上げられたルークの太刀が今更ながらに、少し離れた位置に突き立った。
「ミ゛ャ!?」
「ニ゛ャ!?」
たまたま運悪く、その近くに立っていたシラタキとシュンギクが悲鳴を上げるが、残念ながら、一歩間違えたら串刺しだった彼等の心配をする者は、誰もいなかった。
「頭ン中の切れた糸は繋がったかな? 兄ちゃんや」
振り抜いた太刀──これもいつの間に取り出したのか──を、左手に持った鞘に納めながら、レオニードがギルドナイトに向かって問いかける。
聞かれた方の、ルークとリコリスに呼ばれたギルドナイトは、 「あ、ああ」と少し惚けたように返した。
ディーンも同じ気持ちである。
読者諸君には、“
単純に言えば、先に動き出そうとする相手よりも、後から動き出す自分の攻撃を相手に当てるといった事なのだが、レオニードがやってのけたのはまさにソレでった。
しかし、言葉にすれば簡単なことではあるが、実行することがどれだけ困難かは、言わずもがなである。
…いや、それだけじゃねぇ。
ディーンがの瞳が、ギルドナイトに向かって話しかけるレオニードを見る目を険しくさせる。
…コイツ、“上から振り下ろされた”一撃を、“下から迎え撃って弾き返しやがった”。
しかも、両手で太刀を握る相手に対し、片手で返して……である。
物理的に考えても、相手より上の位置を得ることは、その分有利になることが多い。
理由は至極簡単。
上を位置取った方は重力を味方にし、下に位置する方は重力に逆らわなければならないからである。
それをこのレオニードという男は、いつの間にやら持ち出したエラく短いその太刀を、鞘から引き抜く動きをそのまま斬撃へと
抜刀斬りの一種であろうか、ディーンの見たことのない芸当ではあるが、彼の持つ刀身の短い太刀ならではの技である。
「見事な“抜き”だなレオ。しばらく見ない内に、また腕を上げたんじゃないか?」
そのレオニードに声をかけながら、ムラマサが近づいてくる。
「いやいや。マーサちゃんの動きを見よう見まねさね」
そう言ってムラマサに応え、空いた右手の平をひらひら振って返すレオニードには、先の神業じみた行為を感じさせぬ、