3節(2)

文字数 5,634文字

 今は運良く周りにモンスターの気配はない。

 だが、いつまた何らかのモンスターの妨害があるかわからない為、フィオールの提案はもっともだった。

「諒解!」

 ディーンも特に異論はなく、二つ返事で諒承(りょうしょう)すると、それに習ってエレンも頷いた。

 ディーンもエレンも、以前のマフモフ装備から、先日加工屋が手配してくれた防具に着替えている。

 ディーンは大型鳥竜種、怪鳥イャンクックの皮と鉄板を加工したバトルシリーズ。

 左肩越しに見える三本の多目的ナイフが最大の特徴の、比較的軽量で動きやすく、充分な防御力を誇る優秀な防具である。

 本来はハンターになりたてのディーンには生産することはできないのだが、轟竜の件での活躍を買われた特別な計らいであった。

 対してエレンの身につけているチェーンシリーズは、鎖を編み込んだ鎖帷子(くさりかたびら)の上から、鉄製の鎧で急所を覆う防具で、こちらは完全に初級ハンター用である。

 同じ初級ハンター用でも、革製のレザーライトシリーズよりも頑丈ではあるが、その分重たい装備ではある。

 動きやすさよりも頑丈さを優先させた装備なのだが、エレンにはこれが相当な試練となっている様だ。

 それが証拠に、早速採集作業に入るディーンに対し、エレンは早くも息が上がってきていた。

「大丈夫かよエレン?」

 ディーンが声をかけるが、エレンは気丈に「はい、大丈夫です」と応えはしたものの、呼吸は荒いままであった。

「そうか、無理はすんなよ」

 と、声をかけてはみたが、立ち直るのにはもうしばらく時間がかかりそうだった。

 ミハエルが手伝おうかと言ってくれたが、ディーン達が受注したクエストをハンターではないミハエルに手伝わせるのも悪い気がしたので、丁重(ていちょう)に断った。


 しばらくして、付近を見回っていたフィオールが、ディーン達の側まで戻ってきた。

「この近辺には驚異となるものは無さそうだ。だが、奥にはギアノスの巣があったし、ベースキャンプへの近道には、何匹かブルファンゴがいた。まあ、近づかなければ問題ないだろう」

 得物(えもの)のパラディンランスを大盾と共に背中にしょっているフィオールは、そう言うと「採集作業はどうだ?」とディーン達に問う。

「ん。もうちょい待って……っと! よし、最後の一個だ!」

 応えながらディーンが依頼された数に到達したことを告げる。

「さて、依頼の品も揃ったし、ベースキャンプへ戻ろうぜ」

「あぁ、そうだな。最短距離にはブルファンゴがいるのだが、どうする?」

 蹴散(けち)らして進むかと、言外の意味を込めてフィオールは言う。

 フィオールやディーンにとっては、ブルファンゴ程度は物の数ではない。

 ミハエルだって、(しの)ぐ分には何の問題もないだろう。

 しかし、しばらく前まで貴族の令嬢であったエレンはそうはいかない。

 足を引っ張るどころの話ではなく、まず“狩り”という行為、つまりは獲物の命を奪うという行為事態に、そもそも免疫がないのだ。

 ハンターとなって最初の一週間は、基本的な知識や立ち回り方、武器の使用方法等を習い。
 2週間目に入ってから初めて狩り場に出たエレンであったが、節の当初で述べたとおり、散々であった。

「まぁ、時間もあることだし、ちょっと遠回りだけど、行きと同じく(がけ)の道を使うか」

 ディーンが来た道を思い出しながらフィオールに応える。思えば、行きも同じ理由で遠回りをしたのであった。

 ベースキャンプからすぐの湖畔(こはん)を抜けた先にある、崖の途中にある洞窟から入る道で、丁度ギアノス達の巣を上から見下ろしながら通る道がある。そこを通れば、モンスターとの戦闘を極力避けられる筈だ。

「そうだね。あの道なら、途中にはポポとガウシカしかいなかったから、一番安全だろうね」

 本来ハンターではないミハエルも、戦闘を避けるに越したことはなかった。


 そして、4人は移動を開始した。


 山頂へと向かう洞窟の出口を背に、二手に分かれた坂道の右のルートを下ると、さらにその先にも分かれ道。

 右に進めば、ギアノスの巣がある。ちょっとした空洞となっており、天井には大きな穴があいている。

 その為、大型飛竜種や牙獣種もその身を休めるために使うこともあり、危険度はかなり高いと言えるが、今回は当の大型モンスターがこのフラヒヤ山脈にきていないため、特に用はない。

 ディーン達はグネグネと続く道を、雪山に慣れたミハエルのおかげで、迷いなく進む事ができた。

 先に述べた空洞を崖の上から見下ろしながら進む道を抜けると、洞窟の出口が見えた。こちらは(ふもと)側の出口である。

「ふぅ。ここまで来ると、大分寒さが和らぐな」

 洞窟を抜け、一息ついてディーンが口を開く。

「ああ、そうだな。ホットドリンクを飲んでいるとは言え、あの洞窟内から山頂にかけての寒さは流石にこたえる」

「そうだね。フラヒヤ山脈で生まれ育った僕も、未だにあの寒さには慣れないよ」

 フィオールが応え、ミハエルも同意する。

 この雪山の寒さは勿論、灼熱(しゃくねつ)の砂漠や火山地帯など、寒さ暑さはハンターにとっては大敵である。
 そこで皆、ホットドリンクやクーラードリンクといった薬品で体温を調節しながら狩り場へと(いど)むのだ。

 読んで字のごとく、ホットドリンクは香辛料のトウガラシを材料に使って代謝(たいしゃ)を高め、体温の低下を防ぐ飲み物で、今回のように極寒の地でスタミナの低下を防ぐことができる。

 対してクーラードリンクは氷結晶と言う鉱石から溶け出したエキスが、身体を冷やす効果を利用した物であり、砂漠を代表とする猛暑の中での体力低下を防止する。

 そう話している内に、男性陣から一拍遅れでエレンも洞窟から顔を出す。他の三人と比べ、大分息が上がっていた。

「エレン、大丈夫か?」

 そんなエレンに声をかけるディーン。ここで一旦歩みを止めたのも、殆どエレンのためである。

「は……はい。大丈夫、です……」

 肩で息をしてそれに応えるエレンの言葉は、荒い呼吸で途切れ途切れだ。

 まぁ、この後は少々の段差を下れば、後はなだらかなものだし、ギルドの定めた制限時間にはまだまだ余裕がある。

 もう少しくらい時間を潰しても問題はないだろう。

「まだ時間は充分にあります。もう少し休憩しましょう」

「いえ、私なら、大丈夫……ですから」

 そう思ってエレンに声をかけるフィオールに、相変わらず途切れ途切れに返すエレンであったが、言葉だけでも気丈に振る舞おうとする気力は残っているようだった。

「まぁまぁエレンちゃん。ホットドリンクを飲んでいたとは言え、寒冷地では思いのほか体力を消耗するんだよ。ここはフィオール君の言う通りに、少し休憩しよう」

「まぁ、頑張りは認めるけどな。今は休んどけや、無理してぶっ倒れたって良い事ぁねぇぞ」

 ミハエルやディーンにまで言われてしまった。

 エレンは自分が情けなくなり、(うつむ)いて消え入りそうな声で「……すみません」と謝罪するのが精一杯であった。

「いいってことよ」

 そんなエレンの頭に、ポンと乗っかる手があった。

 ディーンである。

「気にしなくても、今後もビシバシとシゴいてやるから、俺達が優しい内に休んでおきなって」

 そう言って、少し乱暴にわしゃわしゃと()で、ディーンはビックリして顔を上げたエレンにニッと笑って見せた。

「何をえらそうに言うか。お前も新人には変わりなかろうが」

 そんな様子をみて、フィオールが呆れ顔でツッコミを入れる。

 ディーンが「なにをー!」と、抗議の声をあげるが、フィオールに何食わぬ顔で「事実だろう」と言われると、ぐぬぬと唸って何も言い返せなかった。

 まぁ、事実には間違いない。

 二の句があげられずに言い負かされたディーンの姿が滑稽であった。

「フフ……」

 そんなディーンが可笑しくて、エレンも思わず顔がほころぶ。

「な、なんだよー。エレンまで笑うなよー」

 ディーンが口を(とが)らせるが、結局自分でも可笑しくなり、そのまま皆に伝染してひとしきり笑いあうのだった。


・・・
・・



「さて、そろそろ出発しようか。エレンさん、大丈夫かな?」

「はい! ご迷惑おかけしました」

 10分少々の休憩であったが、エレンも大分回復したようだ。フィオールに応える声にも元気が戻っている。

「よっしゃ! んじゃ、さっさと帰ろうぜ」

 ディーンはそう言うと、率先して段差から飛び降りた。

 少々の、とは行った物の、各段差が人の胸元くらいまでの高さがある。

 一端(いっぱし)のハンターからすればどうと言うものではない高さだが、エレンにはちょっとしたものであった。

 その為、ディーンやフィオールは彼女が降りるのをサポートしてやった。

 だが、エレンのフォローに集中力を傾けてしまったせいであろう。

 本来なら周囲の警戒を怠ってはならないし、そんな間抜けはしないディーンやフィオールだったが、この時ばかりは狩り場の、この雪山の状況の変化に気づけなけったのだ。

「!?」

 気づいたときにはすでに遅すぎた。


 ぶふぉおおぉぉぉっっっ!!


 巨大な鼻息と共に、轟音と土煙を巻き上げて急接近する巨大な物体。

 それは脇目もふらず真っ直ぐに、今まさに段差を降りきろうとする彼等めがけて突進してきたのだ。

「くぅっ!」

「うわぁっ!?

 先行して段差を降りきっていたフィオールとミハエルが、反射的にその巨体の車線から飛び退く。

 この辺境に生きる者の直感である。

 理屈ではない、叫ぶのだ。
 狩りを生業とし、それに準じる者の第六感が……

 即ち、“その場に留まっていると危険である”と。

 しかし、未だその第六感の眠っている者にはそれがわからない。

「っっ!?

 白く可憐な喉から声にならない悲鳴が漏れる。

 段差を降りきったばかりのエレンだった。

 迫り来る巨体の進行方向に取り残され、とっさの事態に身体が硬直してしまったのだ。

…しまった!!

 フィオールとミハエルが己の迂闊(うかつ)さを呪うが、時すでに遅過ぎる。

 これは別に、フィオールとミハエルが薄情なのではない。

 生きとし生けるもの習性。(いな)(さが)である。

 しかし、現実はそんな言い訳など意に介しはしない。

 二人は体重の軽い少女が、突進するその巨体に跳ねられて、軽々と宙を舞う姿を否応(いやおう)なく幻視(げんし)した。

…間に合わない!!

 その場の誰もがそう思った。

 ただ一人、ディーンを除いて。

「ボサッとしてんじゃねぇ!」

 エレンのフォローの為、一人段差の上にいたディーンは、叫ぶや迷わずその身を宙に躍らせる。

「きゃあっ!?

 その勢いに任せて、エレンに体当たりをかけるようにして彼女を突き飛ばした。

 少々乱暴だが、甲斐(かい)あってエレンは迫り来るその巨体の車線上の外へとはじき出されたのだった。

 この絶望的なタイミングからすれば、まさに僥倖(ぎょうこう)であったが、その幸運はここまでだった。

「ちぃ!」

 忌々(いまいま)しげに舌打ちするディーンは、次の瞬間走りくる巨体に跳ねられ、大きく弾き飛ばされる。

「ディーンさんっ!?

 我に返ったエレンが悲鳴の様に叫んだ。

 だが、杞憂(きゆう)であった。

 新調した防具の装甲は思いの(ほか)丈夫であり、且つ、インパクトの瞬間に身を(ひね)って強引に直撃を避けたディーンは、吹き飛び方こそ派手だが、ワンバウンドした衝撃(しょうげき)を上手く体制を変えることに利用し、ずざざっと少々後方に(すべ)りながらも、器用に足から着地して見せた。

「野郎……」

 とは言え、直撃を避けたものの、結構なダメージを(こうむ)ったのは確かである。ディーンはジンジンと痛む脇腹を押さえながら相手を睨みつける。

 ディーンを弾き飛ばしたその毛むくじゃらの巨体は、その勢いを殺しきれずに、そのままその先にあった段差に激突してようやく停止した。

 焦げ茶色の毛で全身を覆い、頭部から背中にかけてのみ毛が白い。
 それは一見して(いのしし)の様な姿だが、口から生やした左右非対称の牙の大きさが、異彩を放っている。

 ブルファンゴと呼ばれる牙獣種(がじゅうしゅ)の中でも、群のリーダーとして君臨(くんりん)する大型モンスター。

「ドスファンゴ……」

 ズンと腹にのしかかる圧迫感(プレッシャー)を感じながら、フィオールがその名を呟いた。

…まずい。この状況は非常にまずい。

 ドスファンゴ自体、単体としては正直そこまで驚異ではない。

 ディーンの負傷の状態次第ではあるものの、彼と“二人だけで”ならば何ら問題のない相手と言える。

 しかし現実とは無情であり、祈るべき神は、どうやら迷える子羊達に試練を与える事が大好きなようである。

「……くそったれ」

 ディーンが視界の中に見えたモノに対して毒つく。
 フィオールも視線はドスファンゴから外さずにいるが、背後に来たモノ達は気配でわかった。

 先ほども述べたように、ファンゴ達は“群れて行動する事が多い。

 その群の(ヌシ)がここにいるのだ。その手下もついてくるのは当然であったのだ。
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