1節(4)
文字数 5,592文字
「クエストでなんか失敗でもしたのかい?へっへっへ、そんなモン気にしちゃあはじまらねぇぜ」
数の程は三人。
「なんなら、俺達が手助けしてやるぜ。どうだい、一緒に組まねぇか?」
エレンが応えないのをいいことに、代表格なのであろうハンターシリーズの男が、得意になって話し続ける。
「こう見えても俺達ぁ、この辺りじゃ“顔”なんだ。悪いようにはしないぜぇ」
言い終えたハンターシリーズの男は、エレンの返答を強要するかのように「んん?」と付け加えて、ずいっと顔を近付けてきたので、思わずエレンは嫌悪感を感じて後ずさってしまった。
まぁ、俗に言うまでもなくナンパ行為であるのだが、先に述べたとおり、世間知らずのエレンには、何がなんだかサッパリであったが、目の前の男達の提案に乗らない方が賢明である事は、エレンにも理解できた。
第一、どうせクエストに行く仲間を求めて声をかけるのであれば、ほんの先程前まで一緒であった、ディーンに声をかけた方が良いに決まっている。
華奢な自分よりも、見た目だけでも遥かに強そうだし、何よりディーンの身につけている装備は、空の王者と名高い雄火竜リオレウス素材からなるレウスシリーズなのだ。
『この辺りの“顔”』を自称する彼らの身につけているどの装備より、どんなに安く見積もっても、軽く2ランク以上は上の防具である。
それをせず、あえてディーンが居ないときにエレンに声をかけてくるなど、裏がないはずがなかった。
…ガンナーさんだって、居るじゃないですか。
胸中でそう呟く。
ガンナー用のゲリョスシリーズを
今まで経験がなかったので、まさか自分に下心をもって近づいてくる
「いえ、結構です」
基本的に引っ込み思案で、あまり自分から意見することの少ないエレンであったが、今回は嫌悪感がそれを勝ったのか、彼女にしては珍しく、きっぱりとした口調で断ることができた。
だが、そんなエレンの拒絶くらいで、すごすごと引き下がるほど、かわいらしい相手では残念ながらないようである。
「まぁまぁ、そう言うなって」
「そうだぜぇ? 俺達と組んどいた方が、お嬢ちゃんにとって、良いに決まってるって」
後ろのゲリョスシリーズとクックシリーズも便乗してくる。
…どう決まっていると言うのでしょう。まるで、この方達の方がディーンさん達よりも腕が立つとでも言わんかのようです。
だんだんと腹が立ってくる思いのエレンを
やれ、このゲリョスシリーズを作るにおいての、自分達の活躍がどーのこーの。
やれ、砂漠で遭遇した
正直なところ、全く大したことのない話だ。
ディーン達と走り抜けたこの三、四ヵ月。この男達の語る程度の“些事”など、エレンにとっては最早日常茶飯事である。
その程度の事を、さも得意げに語る男達に、エレンは嫌悪感を通り越して呆れすら感じてしまう。
「申し訳ありませんが、人と待ち合わせております。私などにお構いなく、どうぞ、他の方をお探しください」
意を決して……と、言うよりは、我慢の限界を迎えたエレンが、先程以上に強い語気で拒絶の言葉を男達に放つ。
こうまでキツめの言葉が、まさか自分の口から飛び出すとは、当のエレンも思いもしなかった。
そしてそれは、傍目には華奢でか弱い外見の可憐な少女であるエレン──つまりは、
「な、なんだとぅっ!?」
このまま大人しそうなエレンを、強引に言いくるめてしまおうとでもしていたのであろうか。
まさかのエレンのきっぱりとした拒絶に、一瞬呆気にとられていた男達であったが、ようやく自分達が
「てめぇ! こっちが下手に出てやりゃあ調子に乗りやがって!」
さっきの彼らの様子のどこが下手なのか、
凄んで見せる男達に、エレンは一瞬だけ怯みそうになる。
だが、先の彼らの無礼な態度や、結果的にディーン達を侮辱するかのような発言に、普段は引っ込み思案で大人しい彼女の怒りの感情が、目の前の男達への恐れを吹き飛ばしていた。
「俺達が親切に声をかけてやったのによう、ああンっ!!」
エレンを取り囲み、口々に脅しをかける男達。
もしかしたら、なびかない女にはこうして脅してモノにしようという、
…馬鹿にしてくれます。私の外見だけで、脅せば
しかし、それも完全に腹を立てたエレンには逆効果でしかない。
彼女自身も驚いているのだが、怒った自分に、こうまで肝が据わるとは思わなかった。
思い出してみれば、エレンがディーン達と共に活動してきた中で、この程度の事は窮地でも何でもないのだ。
第一、三ヶ月前の“あの事件”で目の当たりにした、“真に激昂したディーン”に比べれば、この男達なぞ
比べることこそ
…でも実際のところ、今の私の力では、この人達にも
エレンの脳内は、殊の外冷静に戦力分析を行っていた。
怒り心頭に発していようと、自分の分はわきまえているエレンだ、華奢な体格の自分の腕力では、どう逆立ちしたところで、大の男三人を相手にできるわけがないのは重々承知。
…問題は、最初の
エレンは頭の中でそう結論づけて、自身を取り囲む三人の男に気づかれないように、少しだけ腰を落として身構えた。
肩の力は極力抜いて、ストンと重心を脳天の真下に落とし、無駄な力を一切入れぬ自然体。
彼女は気づいていないのだが、このエレンの判断や行為は、はっきり言ってハンターを始めて三、四ヶ月そこらの新人には、到底できぬ物である。
戦力分析や戦術的思考はフィオールから、相手に知らせず身構えるような芸当はミハエルから、そして、今現在の不敵な心根はディーン・シュバルツから、彼女自身が“盗んだ”ものだ。
以前の彼女を知る者だけでなく、
…幸い、この方達は未だに私を侮ってくれているようです。恐らくは、私が恐怖に耐えかねて、許しを請うのを待っている。と言ったところでしょう。
男達を見回せば、「ああン!」とか、「やんのかコラ!」など、
…タイミングは、彼等がシビレを切らして手を出してくる一瞬……ですね。
その瞬間に、一気に彼等の包囲網を駆け抜けてしまえばこっちの物である。
「手前ェ、黙ってねぇで、何とかいったらどうだ!」
──動いた!
エレンの予測通り、彼等の代表格のハンターシリーズを着た男が、胸ぐらを捕まえようと、手を伸ばしかける。
…今だ。
その腕をかいくぐり、その男の
そう思ってエレンが一歩を踏み出さんとした瞬間であった。
「止めんか、ドサンピンが」
……ゴッ!
突如として聞こえた声とともに、今まさにエレンにつかみかかろうとしていた男がつんのめった。
「……なっ!?」
「なんだ、手前ェは!?」
あまりの急な出来事に、残りの二人のハンターが、ハンターシリーズの男を襲った相手を探そうと、彼等の背後を振り返った。
振り返り、そして……
「「な……何だ、お前……」」
二人して、同じ言葉をはいて固まった。
言葉は出さなかった(出せなかった)が、気持ちの上では、エレンも同じである。
そんな彼女の足元に、カラコロと音を立てて、半分ほど中身が無くなったハチミツのビンが転がってきた。
どうやら、男を背後から強襲した物の正体はコイツであろう。
ビンの
視線を上げ、そのビンの飛んできた方向をみる。
一言で言うのであれば、半裸の女であった。
いや、性格には自信の肌の色と、全く同じ色のTシャツを着ているために、その場の誰もが一瞬、本気で上半身に何も身につけていないのかと思ってしまったのだ。
しかもご丁寧に、ワンサイズ下のシャツなのであろう。
豊満なボディラインを、『これでもか』と主張するかのように、ぴっちりと身体にフィットしている。
かなり筋肉質で大柄な女性だが、それ故かプロポーションが半端ではない。ボン、キュッ、ボンなどと、安い表現ではすまないであろう。
例えるならば……
ドゴォンッ!!
ギュンッ!!
バボォンッ!!
……と、言ったところだ。
むしろ、かなり筋肉質でなければ、あの体型は保てはしない。
…む、胸の
エレンが思わず自分の胸元をなで下ろすが、彼女に比べれば、なんとも虚しさを覚えずにはいられなかった。
「……で、でけぇ……」
やはり、男性の方がその辺は目ざといのか、エレンを取り囲んでいた男達の一人が、ゴクリと生唾を飲み込んで呟くのを、背後から無意識に睨みつけるエレンの表情は、破廉恥な発言に対する軽蔑だけではなかったかもしれない。
…何ですか。大きければ良いと言うものでも無いでしょうに。
──訂正、殆どヒガミであった。
「おい、お前ら。大の男が雁首そろえて、恥ずかしいとは思わないのか?」
半裸っぽい女は、元から鋭いのであろうその眼光をさらに険しくして、エレンを取り囲む男達をギラリと睨んで言う。
「……いや、アンタの方こそ、恥ずかしくないのか……?」
思わず、と言う感じでツッコむ男に、申し訳ないが、エレンも概ね同意であった。
しかし、常識人ならばイタいところを突かれているはずのツッコミも、この大女には全く効果が無かった。
「何がだ? オレの何処に恥ずべきところがある?」
「「格好だ(です)っ! 格好っ!!」」
きょとんと返す大女に、口を揃えてツッコんだ面子に、しっかりエレンも混ざっていたのは、出来れば内緒の話にしておきたい。
ま、そもそもツッコまれて引っ込むような人物が、あんな冒険心が溢れすぎて、むしろひっくり返ったような格好などして街中を歩いたりはしないであろう。
昼間ならばともかく、暗くなりだした今時分では、本気で裸かと勘違いしそうだ。
ちなみに、下はちゃんとデニム生地のズボンをはいていた。
案の定、自分以外全員にツッコまれた大女は、『コイツ等は何をわけわからんコトを言っているのだ?』といった表情である。
否、実際言っていた。
「ダンナさん……この人達の言うとおりニャ……普通の人は、肌色Tシャツニャんか着ニャいのニャ」
平行線になりそうなこの状況に見かねたのであろうか、大女の後ろに控えていた小柄な陰が、一歩進み出て大女へと声をかけた。
白い毛並みのアイルーである。
「お前まで何を言っているんだシラタキ。セクシーでカッコイイだろうが」
シラタキと呼ばれたアイルーの、如何にも呆れ果てた声に対しても、この大女は微動だにしない。
どうやらこの大女。マイペースと言うかマイウェイと言うか、そんな感じの人物らしい。
むしろ、“
とんでもない神経の図太さである。
「残念ニャがら、上半身
呟くシラタキの言葉は、やはり大女には届かずに、ただただ風に溶けて消えるのみだった。
「イテテ……何だってんだ、一体」
大女とアイルーの
「うをっ!? 何だ!?」
そして、やはり後ろを振り返って目の当たりにした大女の格好に驚愕するのであった。