序章

文字数 6,206文字

「今すぐ全身の鱗を剥いで、三枚に下ろしてやるぜ!(さかな)野郎っ!!

 鋭いかけ声と共に、青年の握る(あか)大太刀(おおだち)が、見上げるほどもある巨体の胴体を、深々と抉り抜くようにして走る。


 ゴアアアアァァァァァッッッッ!?


 飛びかかりながら斬りつけられた刀身は、鱗に覆われた腹の部分に、酷たらしい裂傷を刻みつけた。

 青年に斬りつけられ苦痛の悲鳴を上げたのは、水竜(すいりゅう)ガノトトス。

 二本の足で立つ、魚のような姿と瑠璃色(るりいろ)の鱗に覆われ、水中で自在に泳ぐために発達したヒレやエラを持つ、全長30メートルにも及ぶ巨大な身体は、体重の制約が少ない水中で育つため飛竜の中でも特に大きく成長している。

 広い攻撃範囲と高い攻撃力を持つ。
 ホオジロザメに似た頭部をもち、口から強烈な水流ブレスを吐く他、トビウオのよう滑空しながら、睡眠作用のある毒を持つヒレで斬りつけることもある。

 数ある大型モンスターの中で、飛行する能力に長けたものや、それに付随するものを飛竜種と呼ぶのに対して、このガノトトスに代表される“泳ぐ事”に特化した個体を総称して、魚竜種(ぎょりゅうしゅ)、あるいは海竜種(かいりゅうしゅ)と呼ぶのだが、この水竜ガノトトスは魚竜種に分類される。

 そのガノトトスは、青年の一撃の威力に仰け反って、ズシンと大きな足音を立てて後ずさった。

 その大きな隙に、青年は更なる追撃を加える。

 脚一本が成人男性の胴回りよりよほど太く、長さはそれ以上だ。

 ──青年。
 ディーン・シュバルツは、まるで轟竜(ごうりゅう)ティガレックスが、獲物に向かって飛びかかるかのように、顔面下から飛びかかりって、ガノトトスの腹を切り裂くや、着地後すぐさま向き直って、今度はその野太い脚を横薙ぎに斬り払った。

 黒髪黒瞳(くろかみこくとう)
 引き締まった肢体を赤い全身鎧、空の王者と名高い雄火竜(おすかりゅう)リオレウスの甲殻を加工した、レウスシリーズと呼ばれる防具に身を包み、右手一本で振るう大太刀は、同じくリオレウスの素材で鍛え上げられた、炎の属性を宿す飛竜刀(ひりゅうとう)紅葉(もみじ)】。

 意志の強そうな顔立ちを兜の中に隠しているが、振るう太刀にはその強さが見て取れた。


 (ざん)ッッ!!


 その斬撃は苛烈にして剛胆。

 全く動きを止めぬ二連撃が、ガノトトスに決して深くない傷跡を残す。

 だが、黙ってやられるままの水竜ではない。

 激しい痛みに襲われながらも、素早くディーンに狙いを定めると、横向きにしたその巨大な胴体を大いに活かして、ディーン目掛けて叩きつけんとする。

 フットボールで言う、タックルの要領である。

 その巨体を全面に押し出しての攻撃だ、その範囲たるや、とても左右や後方に逃れることなど出来はしない。

 それでも、バイザーの下のディーンの表情に焦りはない。

「その動きは、既に見切ってんだよッ!」

 言葉の通り、ガノトトスのタックルは、捉えるべき獲物であるディーンを吹き飛ばすことなく、ただ虚空(こくう)を押し返しただけに終わった。

 左右にも、後方にも逃げ場がないならば、前に進むのみ。

 なんとディーンは、大胆にもタックルを仕掛けてきたガノトトスの足元、そのわずかな隙間をゴロンと前転で潜り抜けて見せたのだ。

 更に、型にとらわれぬその太刀は起き上がりざまに翻り、ガノトトスの脚にもう一撃を見舞っていた。

 忌々しげにディーンへと向き直ろうとしたガノトトスへ、今度は思わぬ方向から邪魔が入る。


 ヒュンッ!


 風を切って飛来する一本の矢。

 その矢は真っ直ぐと、それでいて吸い込まれるかのように、ディーンへと向き直らんとしていたガノトトスの右眼球に突き刺さった。


 ゴアアアアアアアァァァァァッッッッッッ!!??


 これには流石のガノトトスもたまらず悲鳴を上げる。

 潰された右目の痛みにのたうちながら、もう片方の目で、自身の視界を奪ったものの放たれた方向を睨みつける。

 そこに立つのは、左手にもつ弓に次の矢をつがえた美しき少女が一人。

 編み上げられた鎖帷子(くさりかたびら)の上から、白色の若干粘着質な皮を当てて作られた、まるでドレスのようなデザインの防具を身に纏うのは、エレン・シルバラントだ。

 フルフルシリーズと呼ばれるこの装備は、その名を冠するフルフルという飛竜種の皮をなめしたものを外郭(がいかく)として使用する。

 ブヨブヨとしたその触感のその皮は、伸縮性、耐久性共に優れている。

「……っ!!

 エレンの手から、引き絞った矢が放たれる。

 充分に力をためて撃たれた矢は、大気を引き裂いてガノトトスの眉間に突き立った。

 残念ながら、エレンの放った矢はガノトトスの頭蓋(ずがい)に阻まれ、脳髄(のうずい)までは到達できなかった。

 だが、その動きを一時的に止めるには充分である。

「ハアァァァッッ!!

 水竜の意識がエレンへと集中するその隙に、ガノトトスの足元に駆け込む影がある。

 シャープなデザインの青い鎧。鎌蟹(かまがに)ショウグンギザミから成すギザミシリーズに身を固めたミハエル・シューミィだ。

 両の腕に、それぞれ一振りずつ握られるのは、轟竜ティガレックスの素材から生成された双剣レックスライサー。

 一気にガノトトスの足下に取り付いたミハエルは、両の剣を前方に突き出して、突きの一撃を加えたその瞬間、両手を一気に天へ突き上げた。

 刹那、常人にも知覚できるほどの気が、ミハエルの中で爆発する。

 鬼人化である。
 双剣使いがその真価を発揮する奥義だ。

 激しいスタミナ消費を代価として、一時とは言え身体能力を跳ね上げる荒技である。

 そして鬼人化した双剣使いは、その向上した身体能力最大限に活かして、両手に持った二刀を用いた技を、より高みへと昇華(しょうか)する。


 ──(すなわ)ち、乱舞へと。


「デヤァァァァァッ!!

 斬撃に次ぐ斬撃。

 ミハエルの二刀によって、ガノトトスの右足にみるみるうちに傷が刻み込まれていく。
 その圧倒的な手数によるダメージは、ハンターの扱う武器の中でも屈指の威力を持つと言われている。

 耐えかねたガノトトスが、脚に蓄積されたダメージに立つこともままならず横転してしまう。

 その倒れたガノトトスの眼前に、一門(いちもん)砲塔(ほうとう)が突きつけられた。

 青白い──まるでバーナーの炎のように発光するその砲身は、正確に水竜の眉間を捉えていた。


 射手の名はフィオール。
 フィオール・マックール。

 銀色の地金(じがね)に、要所要所に深緑(しんりょく)の甲殻で補強を施された、中世騎士を思わせるフォルムの全身鎧は、レイアシリーズと呼ばれる、ディーンの身につけどレウスシリーズと(つい)になる雌火竜(めすかりゅう)の素材から成る。

 構えられたのは、小型の砲台とも呼ばれる、槍の先に銃身を取り付けた武装銃槍(ガンランス)だ。

 彼の持つ物は、その(めい)をスティールガンランスという。

 ランスとガンランスの大きな違いは、言うまでもなく先端に取り付けられた銃身の有無だ。

 これにより、圧縮された火薬の爆発で撃ち出された砲弾は、射程(リーチ)こそ短いものの、その灼熱と威力を持って、モンスターの堅い肉質を半ば無視したダメージを与えることができる。

 そして、今フィオールがガノトトスへと向けている砲門は、砲撃の中でも最大級の威力を誇る竜撃砲(りゅうげきほう)を放つため、その銃身に青白い炎を(まと)って、チャージに入っていたのである。

 右足の激痛に思うように起き上がれぬガノトトスに、この砲撃から逃れられる(すべ)は無かった。

 そして、数秒と待たずにチャージが終了する。

「……終わりだ」

 水竜の耳朶(じだ)に響く、落ち着き払ったフィオールの声。

 それが、ガノトトスへの(はなむけ)代わりとなった。


 ドドドオオォォォォンッッッッッ……!!!!!


 轟音が響きわたり、フィオールの構えたガンランスの放つ竜撃砲が、ガノトトスの巨体を一瞬中へと持ち上げる。

 そのまま地へと叩きつけられたガノトトスは、まるで魚が陸に上げられたときのように一瞬跳ねるが、それもほんの僅か。


 一回跳ねて見せたが、それ以上ガノトトスが動く事は、二度と無かった。

「おっし、討伐完了!」

 うれしそうに言うのは、右手に握った身の丈ほどもある大太刀を、器用に背中の鞘に納めたディーンである。

 ここ、セクメーア砂漠は、熱砂と岩山に囲まれた、広大な砂の海である。

 今回彼らがやってきているのは、そのセクメーア砂漠の中でも数少ない、オアシス地帯に面した区画であり、ハンター達の間では、通称“砂漠”と言う名の狩り場として利用されていた。

 その区画の中の、岩山に囲まれて直射日光の当たらない、比較的涼しいエリアにある、貴重な水源地帯が、今しがたディーン達が水竜との戦いを繰り広げた場所であった。

「皆様、お疲れ様でした」 

 ハンターボウを折り畳んで背中のマウントに引っ掛けるエレンが、同じく嬉しそうに皆に声をかける。

「流石です。こんなにも危なげなく勝てるなんて」

 エレンは、尊敬の眼差しを他の三人の男達に向けながら言葉を紡ぐ。

「いやいや、エレンさんもかなり様になってきましたよ。今回の狩りも、貴女がガノトトスの注意をうまく散らしてくれなければ、こんなに簡単にはいかなかったでしょう」

「そうだね。特に最後の、右目を射抜いたあの一矢(いっし)は見事だったよ」

 労いの言葉でエレンに応えるフィオールとミハエル。
 ディーンも「そうだな」と賛同してくれたので、エレンは逆に恐縮する思いだった。

「い、いえっ。私なんてまだまだです。皆さんがいなければ、何にもできませんし……」

 顔を赤くしながら、両手をぶんぶんと顔の前で振りながら謙遜するエレン。

 だが、実際のところ、彼女の成長ぶりは刮目(かつもく)に値する物があり、フィオールが述べたとおり今回の狩りにおいて彼女の活躍は大きかった。

 ディーンがその苛烈すぎるほどの斬撃で水竜を圧倒し、ミハエルが足元を削りその動きを封じる。そして攻撃はフィオールが防ぎ、砲撃で反撃を見舞う。

 この三人の立ち回りの中において、エレンはその一歩外側から矢によって水竜を牽制し、注意を阻害されたガノトトスは、満足な反撃も行えなかったのだ。

「的確にヤツの死角から攻撃しておきながら、よく言いやがるぜ」

 そんな様子のエレンに、ディーンがニヤリと意地の悪い笑顔でからかう。

「ちょっと前までは、虫も殺せぬお嬢様だったのにな~。人間、変われば変わるもんだぜ」

「もう、意地悪ですねディーンさんは」

 困ったように応えるエレンだが、ディーンなりに彼女を褒めているのだと解っていたので、内心は小踊りしたい心境であった。

「さぁ、無駄話をいつまでも続けていないで、剥ぎ取りをすませてしまおう。比較的涼しい場所とはいえ、流石に鎧を着たまま居続けるのは少々こたえるからな」

 そんな二人のやり取りの区切りに、フィオールが言葉を挟む。

「確かに、早くレクサーラに戻って汗を流したいね」

「ああ、まったくだ」

「そうですね。ネコチュウさんにも、無事に狩りを終えたこと教えてあげましょう」

 三人は、一にも二にも頷くと、テキパキとガノトトスの死骸に、剥ぎ取り専用のナイフを突き立てるのであった。


 あの、(つがい)の火竜との死闘から早三ヶ月。

 その後も数々の狩りを経て、一同は更に一回り成長していた。

 その為もあってか、徐々にではあるが、彼等の拠点であるポッケ村以外のハンターズギルドからも、出動要請が来るようになってきていた。

 ここ、セクメーア砂漠や、北に隣接するデデ砂漠といった、砂漠の玄関口である、オアシスの町レクサーラのギルドからの依頼が、ディーン達がこの砂漠にいる理由であった。

「みんな剥ぎ取りは終えたな。それではベースキャンプに戻って、迎えを待つとしよう」

 皆がポーチに入る分だけの剥ぎ取りを終えたことを確認し、フィオールが声をかける。

 それに頷いて応え、ディーン達は帰路へとつくのだった。

「さぁ、さっさと帰って一杯やろうぜ!」

「そうだね。僕も喉が渇いてしょうがないよ」

妙案(みょうあん)だな。今夜はレクサーラの酒場で祝勝を兼ねて、盛大に()ろうか」

 男性陣が楽しげに話しながら、ベースキャンプへと戻って行く後を追いながら、エレンはもう一度狩り場を振り返る。

 ディーン達と出会い、彼等に魅せられてハンターとなってここまで、辛く苦しい事も多かった。

 だが、その分こうして彼らと協力してモンスターを狩った時の達成感は、何物にも代え難い物である。

…できることなら、このままずっとディーンさん達とハンターとして生きて行きたい。

 エレンの胸中に浮かんだその言葉は、偽らざる本音であった。

 昔の自分、宮殿の中で大事にされながらも、まるで腫れ物にさわるような扱いだった頃に比べれば、今の生活は比べるのが馬鹿らしくなるほど刺激的だ。

「お~い、エレ~ン! 何やってんだ、おいてくぞ~!」

 気がつけば、予想よりも遠くの方からディーンの声がする。

 どうやら、いつの間にかだいぶ遅れてしまっていたらしい。

「はーい! すぐ行きまーす!」

 大きな声で応えると、エレンは駆け足でディーン達の元へと向かうのであった。

 時刻は正午に差し掛かろうとしている頃。

 明け方前にレクサーラを発ち、足の速い竜車(りゅうしゃ)で狩り場についたのが、朝のだいたい8時頃であるから、今から帰れば夕方前にはレクサーラまで戻れそうである。
 折角だから、砂漠の玄関口として栄える都市、レクサーラを見て回る時間も作れるかもしれない。

 そんな事を考えながら、エレンはディーン達と共に改めて帰路につく。

 昼間の砂漠は、じりじりと黄金の海原に熱を帯びて、生きとし生ける者を苛んでいる。

 ディーン達は、この後レクサーラの宿で留守番をしているアイルーのネコチュウと共に、ささやかな祝勝会を開いた翌日、ポッケ村へと帰還する予定だ。

 だが、彼等の思惑とは裏腹に、この死の大地は再び彼等を自らの(かいな)の中へと(いざな)う事となる。


 その懐に、絶望という名の闇を含んで……



 ディーン達は、今はまだその事を知る(よし)もない。
 セクメーア砂漠は、ただただじりじりと、己が脅威を誇示し続けていた。




 奇談モンスターハンター第2章
 ~砂漠の彼岸花(リコリス)
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