2節(4)

文字数 5,010文字

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「どうした、ディーンちゃん。眠れないのか?」

 吹く風に長髪を煽られながら、レオニードがディーンに話しかけた。

「流石のディーンちゃんも、初めての空の旅じゃあ神経質にもなるのかねぇ」

 そう言って笑い、“飛行船”の縁に頬杖をついて景色を眺めているディーンの隣に立つと、レオニードは茶化すようにそう言うものだから、ディーンは苦笑気味に「そんなんじゃねぇよ」と返すのであった。

 ちょうど今はドンドルマを過ぎた東に広がるゴリドラ地方を越えた辺り。眼下には未だ未開の地多いとされる、峡谷(きょうこく)が広がっていた。

 北へと向かえばポッケ村。南へと舵を少し切るとテロス密林が見えてくるだろう。

 ディーン達を乗せて大空を進むのは、メゼポルタギルドに全面的に協力関係を結ぶ気球操船技術団(パローネ・キャラバン)所有の大型飛行船である。

 大小2機ずつの気嚢(きのう)を連結させ、上部に大舞台よろしく巨大な甲板を有し、推進用の巨大なプロペラを船尾に三基。
 浮力を得る為のプロペラを左右に三基ずつ持つ搭載した、かなりの巨大さを誇り、そもそも空中でモンスターとの戦闘も想定された、頑丈かつ速度の出るタイプなのだ。

 ディーンはその大舞台状の甲板の船尾で、ぼうっと過ぎ行く景色を眺めていたのであった。

「気になるのかい?」
「……まぁな」

 気遣わしげに問うレオニードに、ディーンは素直に頷いた。

「エレンが今大変だって時に、俺一人自分の武器を作るって個人的な理由で、側を離れちまうなんてな」

 しかも、こんな大規模な飛行船まで出してもらってである。
 出発時には驚いたものである。

 まさかムラマサがレオニードを通じて用意していたアシ(・・)が、こんなに大々的なものだとは思わなかったからだ。

 まぁ。
 本来はもう少し小型なもので来る予定だったのだが、フィオールからの文を受け取ったレオニードがコルベット団長へ『大至急助けるべき』と直談判し、団長どころか大長老にまでコルベットを自身の名代とさせるよう説得したのである。

 よって、大至急大長老が国王への書状を認め、同時にパローネキャラバンが手持ちの飛行船の中でも、もっとも大きく最も速いを用意してくれたのだった。

 恐ろしい行動力である。

 だが実際のところ、驚くべきはラストサバイバーズの影響力であろう。

 レオニードがここまで迅速に、かつギルドのトップを動かすほどの動きができたのも、総じてラストサバイバーズの活躍によるところが大きい。

 辺境各地で目覚ましい活躍を続けるこの猟団は、先の暗黒時代に活躍していたハンター達が集い、いつの間にか出来上がっていた団体が、あの暗黒時代を最後まで生き抜いたと言う、自負と誇りを込めて“最後の生存者達(ラストサバイバーズ)”と名乗り出したところから始まったという。

 発足当時のメンバー達は、かの時代に疲弊しきったギルドの再興に尽力し、今の前線基地(メゼポルタ)の基盤を作り上げた。

 故にその影響力は想像以上に高く、結果はご覧の通りである。

「驚いたろ?」

 ニヤリと笑うレオニードに、たまげたよと返すディーンは、確かに王都を発った三日前は、城塞都市外に停泊していたこの巨大飛行船を見てぶったまげたものであった。

 そしてそれが大空を翔けるのだから、人の技術とは恐ろしいものだと、柄にもなく思ったディーンである。

「でも、マーサも凄いよな。レオは勿論、よくラストサバイバーズが動いてくれたよ」

「ああ。マーサちゃんは、現役時代に何度か組んだことがあるんだよ。かなり腕の立つ人だった」

 応えるレオニードは、少しだけ昔を懐かしむように言葉を止める。

 構造上うまく甲板上に風が当たらないよう設計されてはいるが、それでもやはり上空である故に、強い風に煽られる髪をそのまま風に遊ばせながら。

「特殊な太刀の振り方をする人でな。まるでモンスターを翻弄するように戦うんだ。フラヒヤ山脈で新人を庇って負傷して、そのまま引退って聞いた時には、俺達も本当に残念だったよ」

 正直、ラストサバイバーズにも何度かお誘いしたんだぜ。と、冗談めいて言うレオニードである。

「確かに、義足なのにあの軸のブレなさだもんな。余程のもんだとは思ってたよ」

 応じるディーンも、何度かムラマサの剣技を見せてもらった事がある。

 勿論、演舞の様なものであるし、十全な動きが出来ない上でのものだが、それでも同じ太刀を振るう者としては、十二分に参考になった。

「そういえばディーンちゃん。砂漠でのあのワザ(・・・・)、マーサちゃんのだろ?特にあの三連撃」

 レオニードが少し獰猛な笑みを浮かべる。

「なんだ、レオも知ってたのか?」

「あったりまえだぁ。“乱れ雪月花”はマーサちゃんのキメワザだぜ? 俺達が知らないもんかよ! それを、あんなアレンジを加えてやってのけるなんてな。こりゃあ、マーサちゃんが惚れ込む訳だぜ!」

 そしてそれは、彼自身もであった。

 乱れ雪月花。

 ハンター時代のムラマサ・ミドウがラストサバイバーズにも一目置かれる大きな要因の一つである大技である。

 青眼の構えから放つ返しの三連撃。

 青眼。
 つまりは太刀の切っ先を真っ直ぐ相手の眼へと向けるその構えは、絶妙な位置に太刀を置けば、刀身が仕手(して)の体と一体になって見えてしまい、相手の認識していた自分の射程距離を誤認識させる。

 それにより、相手の攻撃の不発を誘い、死に体(しにたい)となった相手への渾身の連撃を叩き込むのである。

 それをディーンは、両手に超重量の大太刀と大剣を携えたままやってのけたのである。

…俺自身、太刀一本でも再現出来なかったってのにな。

 末恐ろしいどころの騒ぎではない。レオニードもディーン達に惚れ込んだひとりなのであった。

「一回だけ見せてもらった事があってな。勿論、本来の動きじゃあ無かったんだろうけどな」

 そう言うディーンに、「まったく、出鱈目な奴だな」と、レオニードは声をあげて笑うのであった。

「おや。賑やかですねぇ」

 そんな彼らにかかる声があった。
 低く、風の吹く甲板上でもよく通る声の主はコルベットである。

 彼の隣には、噂をすればなんとやら、当のムラマサの姿もあった。

「何の話をしているんです?」

 問うコルベットに、「マーサちゃんの現役時代の活躍を、新人君に教えてあげてたんだよ」などと返すレオニードの言葉に、ムラマサは苦笑した。

「おいおい。私の話かい?あんまり変な事は言っていないだろうね?」

「さぁて、な?」

 レオニードがおどけた様子で、ディーンに片目をつぶってみせるので、ムラマサは「おいおい」などと、少し困った様に笑うのだった。

「マーサ達も、眠れないのか?」

 そう問いかけるディーンに、ムラマサの代わりに頷いたコルベットが、「シキの国に到着してからの動きを、マーサさんと確認していたんですよ」と応えてくれた。

「そっか。んじゃ、俺達もそっちの話に混ぜて貰おうかね、ディーンちゃんや?」

 そう言ってこちらへ同意を求めるレオニードに、ディーンが応えようとした、その時であった。


 ──ぞわり。


 首筋に得も言われぬ悪寒が走ったディーンは、咄嗟に叫ぶのであった。

「みんなっ! 何かに掴まれっ!」
 言うや、義足のムラマサの手を引き、彼に有無を言わせず縁にしがみつかせる。

 何事か。
 と残りの二人が瞠目する中、大型飛行船に取り付けられた金属製の伝声管(ボイスチューブ)より、緊急を告げる内容がほとばしった。


「緊急警報! 緊急警報! モンスター襲来! 総員、衝撃に備えろっ!!」

 飛行船を操縦しているパローネキャラバン三兄弟が末弟、オリオール・アルバーロの叫び声の直後であった。


 ずぅぅぅんっっっ!!!


 何かが船体を直撃し、巨大飛行船が大きく揺らぐ。

 何事かと驚く他の面々を尻目に、ディーンは巨大飛行船へ直撃したもの。金色の輝きを放つ直線状のブレスを見舞ってきた刺客を探して、甲板から視線を巡らせた。

「……っ!? アイツはっ!?」

 ディーンの声に、レオニードやコルベット、ムラマサも甲板の縁からその姿を視認した。

舞雷竜(ベルキュロス)だっ!」

 レオニードがその刺客の名を叫ぶ。

「マーサさん! 船室へ戻ってオズ達を起こしてきてください!」

 コルベットが普段の彼とは思えぬ鋭い声で指示を飛ばし、応えたムラマサは急ぎ足で船室へと消えて行った。

 黒緑色の外殻に赤や緑の鮮やかな鱗。頭部に一本角と(たてがみ)。大きな翼の中央には先端に鉤爪のついた触手を生やし、太く長い尻尾で巧みに舵をとって旋回するその美しくも禍々しい様は紛れも無い。

 名を舞雷竜(ぶらいりゅう)ベルキュロス。

 眼下に広がる峡谷に生息し、その名の如くまるで舞うかの様に翻る、(いかづち)の化身。

 ハンターズギルドが古龍種にも匹敵する程危険視する竜が、咆哮をあげてこちらを睨みつけていた。

「クソッタレ! 遠見(とおみ)の担当は誰だっ!? 何やってんだ!」

 伝声管からオリオールの怒鳴り散らす声が溢れてくる。

「こりゃあ、早速ココちゃん達にディーンちゃんの腕前をお披露目する事になりそうだな」

 呟くレオニードは、流石は歴戦のハンターと言ったところか。この突然の事態に、早くも臨戦態勢を取っている様である。

 ディーンへと、狩猟用の道具をまとめたボックスが何処にあるか伝えようとするレオニードだが、しかし声をかけられたディーンは、未だ眼下に目を奪われていた。

 初めて見るであろう舞雷竜に戦慄しているのかと、一瞬考えたレオニードだが、怒り食らうイビルジョー相手にも怯まなかったディーン・シュバルツである。

 一体何に目を奪われているのか。

「……なんだ? あの白いの……?」

 呟くディーンは、その視界の先にもう一つの影を捉えていたのだ。

 だが、ディーンが見て取ったのは一瞬だけであった。

 白っぽい影は、峡谷の突端に立ってこちらを伺っていたかと思うと、すぐに谷間の影へと消えて行ったのだった。

「ディーンちゃん!」

 再び、レオニードから声がかかり、ディーンは意識を甲板上に戻す。

「どうしたってんだ?」

 顔に疑問符を浮かべるレオニードに謝罪し、ディーンは治療の為の薬品などを納めた、甲板備え付けのボックスへと走る。

 先程の影の事は気になるが、今はこの飛行船を標的に定めた舞雷竜をなんとかしないと始まらない。

 しかし、急ぎ準備を行うディーンの脳裏には、先程の白い影の事がこびりついてて中々離れてはくれなかった。

…あの白っぽいの……大型モンスターだとは思うんだが……。

 飛行船を追う形の舞雷竜が、低空から一気に加速して、飛行船を追い抜いて一気に上昇し、甲板の上に躍り出る。

…人を……背中に乗せていやがった……?

「来ますよっ! レオ、ディーン君。気を引き締めて下さい!」

 コルベットが自身の背中にマウントしてあった、真っ白く異常に長い突撃槍(ランス)をその手に握って叫ぶ。

 ベルキュロスは、先程のブレスで堕ちなかったこの巨大な飛行船の甲板上に取り付き、直接打撃でこちらを仕留めるつもりの様である。

「ああ、もうっ!」

 頭から離れぬ疑問に苛立つディーンは、脳裏にこびりついた、遠目にそう見えた気がした先程の白い影を強引に思考の奥底へと追いやらんと声を上げる。

「メンドクセェな! そのヒラヒラした触手(モン)引っこ抜いて、リボンがわりに結んでやんぜ、ビリビリ野郎!」

 吠えるディーンを睨み返す舞雷竜が、ズシンと大舞台状の甲板に降り立った。
 迎え撃つハンター達が各々の得物を抜き放つ鞘走りの音が、ゴング替わりとなる。

「喧嘩売った事を、後悔させてやるぜ!」

 吠えるディーンに応じる様に、舞雷竜は彼らへと、襲いかかるのであった。
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