3節(2)

文字数 1,484文字

 ドガッ!


 振り上げられたドン・フルートがイビルジョーの下顎を強打。
 立て続けてもう一撃。そして離脱。

 余裕を持ってイビルジョーの射程範囲から逃れるレオニード。

 直後、彼への追撃を防ぐためディーンとイルゼが両サイドから脚を狙って走り込んだ。

「「ハアアァァァァァッッッッ!!」」

 両者とも真半身(まはんみ)からの連撃である。
 まるで扱う得物が細剣(レイピア)であるかのように、お互い右腕一本で刃を縦横無尽に翻す。

 ディーンもイルゼも、イビルジョーとまみえるのは初めてのことであるのだが、先の一合(いちごう)で足元がその牙に対しての死角である事を早くも見切っていた。

 だが、そこは東の大陸最凶を欲しいままにする恐暴竜である。

 自慢の顎で噛みつけぬととるや、直様(すぐさま)図太い尻尾によって足元の二人を薙ぎ払う。

「……ぐっ!?」
「うおっ!?」

 その巨体にしては軽やかに二、三歩移動してからすかさず振るわれた尻尾による一撃が、ディーンとイルゼを弾き飛ばす。

 二人とも何とか強引に身を捻り、ズザザと地をすりながら転倒すまいと踏ん張るが、やはりその強烈は攻撃力の前に、すぐには動けず苦悶の声を出す。

「クソッタレ! 馬鹿力にも程があんぞ!」

 毒つくディーンが奥歯を噛みしめる。

 言動とは裏腹に、彼らの四肢はすぐには反撃のために動こうとはしてくれない。先の“変貌”における四肢の痛みがまだ尾を引いているのだろうか。
 そして、そこに追い打ちをかけんとする恐暴竜だが、それを阻止せんとかの竜へ肉薄するフィオールとレオニードの二人が迎え撃つ。

 前後から挟み込むようにフィオールは突きを、レオニードは打撃を加える。
 双方から裂帛の気合いと共に繰り出す一撃をモノともせずに、イビルジョーの大顎(おおあぎと)がディーンに迫る。

「ぐぅっ!」

 苦悶の声をその場に残し、ディーンが後方へ弾き飛ばされた。
 そのままバウンドし、岩山にぶち当たってようやく停止する。まさに恐るべき膂力だ。

「ディーンっ!?」
「心配ねぇっ!」

 思わず声をかけるフィオールへ、すぐさまディーンからの声が返ってくる。
 安心したのも束の間、フィオール、そしてレオニードはすかさずイビルジョーから飛び退って離れる。

 間髪入れずその空間を凶暴竜の牙が通過したからだ。

…くそ!

 ギシリと悲鳴をあげる身体に鞭打って、ディーンが立ち上がる。

 なんとかあえて派手に後方に吹っ飛ばされることで、ダメージを最小限に抑えたのだ。
 賭けではあったが、ルークの二の舞だけは免れた。

しかし。

「……っ!?」

 戦線に戻ろうかとしたディーンが、思わず足を止める。自身に異常を感じたからだ。
 否、むしろ。

「ディーンちゃん気をつけろ! ヤツの唾液は強烈な酸だ!」

 レオニードの声にハッとして、自身が纏う防具を見れば、先程ふきとばされた時にヤツの大顎に接触していたであろう、胴鎧の左肩の部分が目に見えて腐蝕していた。

「っ!?」

 慌てて足元の砂をかけ、未だ付着している唾液を洗い落とすが、これでは本来の防御力は期待できそうにない。

「チィッ、ますますもって面倒な野郎だ」

 ギリと奥歯を噛み締めて凶暴竜を睨み返す。

…こりゃ、なんとかあの牙に一切触れずに戦うしかねぇか。

 思案するも、粗暴に見えてかなりの戦巧者(いくさこうしゃ)であるイビルジョー相手に、それがいかに無体な課題かを痛感するディーンであった。
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