1節(1)
文字数 6,096文字
……ココット村。
穏やかな気候と、豊かな緑に包まれた此処 は、かの一角竜 退治の英雄が起こした村として有名な村である。
そこへたった今、村のギルド兼酒場に、一人のハンターが入ってきたところである。
何かの狩りを終えたばかりなのであろう。身に着けた赤い甲殻を加工して作られた防具は泥だらけで、顔に生傷が見て取れるが、物腰に疲労感は見えない。
彼がギルドに入ってきたと同時に、ギルド内の視線が集まる。
色草で若干ブルーに染まった長髪。本土ではポポロングスタイルのと呼ばれる髪型、精悍 な顔付き。日々の鍛錬で鍛え上げられた身体には無駄な肉は一切無い。
名はフィオール・マックール。
かつて本土の中心都市、王都ヴェルドに迫った老山龍を退けた生ける伝説、フィン・マックールのひとり息子で、父に負けぬ騎士となるための修行として、1年前からこのココット村でハンターとして活動しており、その飛躍的な活躍は古参のハンター達にも一目置かれていた。
「おぉフィオール。すまないの、狩りの直後に呼びつけてしもうて」
奥の方から小柄な竜人族の老人が現れて、フィオールに声をかけた。
何を隠そうこの人物こそ、件 の英雄その人であるのだが、老いた姿はそんな威厳は欠片もない。
「いえ、構いません村長。お話というのは?」
「うむ。では席について話そうかの」
小柄な老雄はそう言って、奥のテーブルを指す。
…これは長くなるかな。と、フィオールは少しだけ後悔した。
狩りから戻るなり、村長から「話がある」という内容の伝言を受けて、着の身着のまま駆けつけたからだ。どうせなら装備を外して湯浴 みぐらいすませたかった。
「フィオール。お主、腹減っとるな?」
「はぁ」
テーブルにつくと同時にいつものやり取り。この竜人族の老体の口癖だ。彼にかかれば、本土の富豪ですら腹減り扱いである。
勝手知ったる受付嬢に注文をすませると、ココット村の村長、ココット老は早速本題を投げかけてきた。
つまりは……
「……ポッケ村?」
「左様 。儂の古い友がフラヒヤ山脈の麓 に起こした村での。先日、轟竜 ティガレックスに熟練のハンターが何人かやられてしもうたらしくての。ハンターをひとり寄越 してほしいと連絡があったのじゃよ」
そこまで話したところで、注文していた料理が運ばれてきた。2人は麦酒(エール)で遅ればせながら乾杯をした。
「なるほど。つまりは、そのポッケ村への補充要員に、私が選ばれたと?」
「うむ。そういう訳じゃ。お前さんにとっちゃ、実家から離れにゃならん分、申し訳ないんじゃが……引き受けてはくれんかの?」
ココットの言うフラヒヤ山脈とは、このポッケ村から数日の距離がある。
村長の言う通り、確かに実家のある王都からは離れる事になるが、フィオールにとってはむしろ願ったりな理由があった。
「お引き受けしましょう」
ほとんど悩まずに、フィオールは返答を返す。
「そうかそうか、ありがとうよフィオール。では早速で悪いが、明日にでも出発してもらいたいのじゃ」
…明日か。
胸中で呟く。
確かに急な話となったが、それでも1年前に王都を飛び出した時も、殆ど身一つだった。たった1年だが、ハンターとして大自然にもまれてきた自分だ、きっと何処へ行っても大丈夫だろう。
「ええ。構いません。早速戻って準備をしましょう」
言うや、出された料理を数秒で平らげると「馳走 になりました」と村長に頭を下げた。
早食いも、ハンター生活で得た大事な技術の一つである。
「うむ。よろしく頼むよ。ところでフィオール。お主、腹……」
「減ってません」
…認知症 でも始まっているのではなかろうか?
老いた古き英雄に、若干の苦笑 で応えるフィオール。
だが彼は、王都から辺境に出てきたばかりの自分に、色々と世話を焼いてくれた。
その恩義に少しでも報いる事ができそうであった。
翌朝。
使い慣れた、ダイミョウザザミと言う巨大なヤドカリに似た甲殻種 の殻を加工した、ザザミシリーズを着込み。獲物のパラディンランスと銘打たれた突撃槍 を背負うフィオールは、村長や馴染みの受付嬢、何度か狩りを共にした仲間達に見送られて、ポッケ村へと旅立ったのだった。
・・・
・・
・
一方。
…見つかった!?
思った時には既 に周りを囲まれていた。
歩みを止めずに進む少女を、それらは一定の距離をとって包囲している。
いろんな人に助けられ、あの城塞 都市 を抜け出して2日、遂に追いつかれてしまった。
フラヒヤ山脈の入り口付近に広がる森林の中、もうすぐ狩り場と呼ばれる一帯にさしかかろうと言うところだ。
…もう少しでポッケ村のギルド圏内に入れるところなのに……
緊張で喉 がカラカラになる。生唾 を飲み込む音がやたらと大きく感じられた。
追われる側は少女がただ一人。
流れるようにきめ細やかな銀髪は、分類するなら腰まで届きそうなナナストレートヘア。青く澄んだ瞳の美しい少女は華奢 な体格もあってか儚 げな印象を持たせるが、奥に秘めた輝きは、まだ諦めてはいなかった。
否 。諦めるわけにはいかなかった。
何とかして振り切らなくてはならない。少女の歩みは次第に駆け足となったが、包囲網は徐々に縮まっているみたいだ。
「ハァ……ハァ……」
数分とせずに息が上がってきた。しばらく前まで宮廷内で生活していた身だ。今まで考えもしなかったが、慢性的に運動不足な自身の身体が、今はとても憎たらしかった。
時刻はもう夕暮れ時になろうと言うところ。
少女の歩みはいつしか駆け足に変わっていた。
・・・
・・
・
しかし、逃走劇の終わりはことのほか呆気なく訪れる。
スタミナ切れでもつれた脚が、ただでさえ慣れない未舗装 の林道を、まともに走れるはずもない。
案の定少女はつまずいて転んでしまったのだ。
すぐさま起きあがろうとするが、心臓が早鐘 をうち、肺は空気を求めて喘 いで、すぐに動く事は出来なかった。
「お諦めなさいませ」
顔を上げると、そこには黒ずくめの男達が数人立っていた。どうやら周りにもまだ何人かいるらしい。
「王都では出し抜かれましたが、これまででございますよ。我々も手荒な真似はしたくはございません。どうか、ご同行を」
黒ずくめのリーダー格が慇懃 に語るが、言葉並みの丁寧な扱いは期待できない。
少女は息を何とか落ち着かせ、慎重に立ち上がり、リーダー格の男を精一杯睨み返す。
「お断り致します」
今まで荒事とは無縁で育ってきた少女は、今こそなけなしの勇気を振り絞りったのだろう。
可憐な花のようなその顔は恐怖で青ざめ、膝はガクガクと震えていたが、気丈にも睨み返した瞳はそらさなかった。
少女の気丈な姿は、黒ずくめの男達の視線を釘付けにしていた。
その健気な姿に、ある種の神々しさを感じたのかもしれない。
それこそ、荒事の中で生きてきた彼らにとって、その様は汚し難いものに映ったのかも知れない。
だがそれは、少女に対する余裕の現れであると同時に、周囲への油断であった。
「おい」
声に反応する間もなかった。
……ぼんっ!!
乾いた音と共に、少女の頭上すれすれで太陽が生まれたかのような閃光がはじけた。
…何だ!?
と、男達が思った時にはもう遅い。
包囲網のさらに外側から飛び出した人影が、少女を取り囲んでいた黒ずくめ達の内、瞬く間に2人を持っていた太刀状の骨で殴り倒していた。
時を同じくしてこの林道を通っていた黒髪の青年、ディーンである。
有無を言わさず殴り倒した男に加えて残るはどうやら6人、伏兵 の気配は無い。
残存人数を確認するや、一番近くにいた黒ずくめの頬 っ面 を刃を削っていない部分、太刀で言う峰 の部分でぶっ叩いて昏倒させると、返す刀で、自分から見て反対側、閃光で目を焼かれて混乱している黒ずくめの脳天に、骨を振り下ろした。
「ぐぇっ!?」
踏みつぶされた蟾蜍 のように呻 いて男が崩れ落ちる。
鈍い音がしたが、2・3日記憶に障害がでる程度で死にはしないだろう。
……多分。
気にしていても仕方が無い。大の大人が女の子ひとりを拉致 しようとしていたのだ。自業自得である。
などと勝手に決めつけるディーンであるが、何はともあれこれであと4人。
ディーンは骨を振り下ろした体勢からの体重移動をそのまま踏み込みに生かして、比較的距離の離れた場所にいた黒ずくめまで一気に跳躍した。
「シッッ!!」
4間程の距離を一気に跳び越し、鋭く息を吐くと同時に5人目に袈裟懸 け。
勿論 峰打 ちだが、相手の左肩は確実に砕いた感触があった。
これであと3人。
肩を砕いた男を蹴り飛ばし、振り向きざま背後に位置していた男に骨で足払いを仕掛ける。
ばきんっ!
低空で振り抜かれた一撃は、狙い違 わず6人目の膝をへし折り、膝の骨を砕かれた哀れな男は、文字通りひっくり返った。
あと2人。
「次っ!」
まだまだディーンは止まらない。鋭い声と共に残りの2人に狙いを定める。
残る2人はようやく視界を回復させようとしていたが、内1人は視力が戻った直後に飛んできた突きに反応出来ず、顔面にモロに食らってに悶絶 した。
酷 な言い方ではあるが、武器として安物であったことだけは、悶絶した男にとって幸運だったかもしれない。
「ラスト!!」
裂帛 の気合いは勝利宣言となった。
ディーンは突き伸ばした骨を瞬時に引き寄せ、最後の1人に下から振り上げる一撃を脇腹に叩き込んだ。
「がはっ!?」
最後に残ったリーダー格の男は、自分の肋 が折れる音を確かに聞きながらも、辛うじて耐えたようだ。
「ぐッ……き、貴様……」
見たところ、何か特別な訓練を受けた精鋭のようだが、不意打ちとは言え、まさかたった独りに不覚をとったのが信じられないのだろう。
リーダー格の男は精鋭部隊の意地で、なんとか意識を手放さなかった。
「貴様……いったい……」
しかし、苦悶 の声を無視して、ディーンは未だに何が起きたのか解らないでいる少女に振り返った。
どうやら、すぐ頭上で閃光玉 とハンターが呼ぶ閃光弾が破裂した為に、視力にはあまり影響が無いにせよ、かなり驚かせてしまったようだ。
「あんた、怪我はないか?」
「は、はい……だい、じょうぶ……です」
本人が言うほど大丈夫ではなさそうな感じだが、とりあえず怪我はないみたいだった。
「すまなかったな。いきなり閃光玉なんか投げちまって。他にいい手が考えつかなくてな。……余計なお世話だったか?」
「い、いいえ!そんな事はありません!危ないところでした、ありがとうございました」
ようやく、助けられたのだと理解して、少女は深々と頭を下げた。
ちょっと意地悪な聞き方だったかもしれないなと、少し反省しつつ「いいって、いいって」と返しながら、最後の1人に視線を戻す。
脇腹への一撃が余程のダメージだったのだろう。わずかに伺える顔色は真っ青であった。
「いきなりぶん殴って悪かったけど。あんたら、大の男が殺気ギラギラで女の子を拉致しようたぁ関心しねぇな」
「………」
男は応えない。どうやら無言でディーンの隙を伺っている様だ。
周りを見回すと、意識を保っている黒ずくめは、このリーダー格の男だけらしい。
「貴様、自分が何をしたかわかっているのか」
「ん?」
聞き返すディーンに対して、リーダー格の男は、半ば無理矢理唇を釣り上げて応えた。
「俺達のバックには、ある止 ん事 無き御方がついている。貴様はその御方を敵に回すことになるのだぞ」
ディーンの背後で少女が息を呑む気配がする。
彼女にはその止ん事無き御方について、心当たりが有るようだった。
「む……」
ディーンの目つきが険しくなる。
「今ここで我々から逃げたところで、どうせ最後には追い詰められるぞ。悪いことは言わぬ。その娘をこちらに……」
それを動揺と捉えたのだろう、男の口上はだんだんと調子を上げ……
「うっさい。教育的指導!」
めぎゃっ!
唐突に繰り出された後ろ回し蹴りで、無体にも黙らせられた。
哀れリーダー格の男の最後の威厳は、顔面に飛来した靴底によって踏み砕かれのだった。
「グダグダ言わずに反省してろ」
問答無用のディーンの言葉は、おそらくは既に聞こえていないだろう。
男はくっきりと靴裏の跡を顔面に刻み込んだ、何とも情けない姿で気を失っていた。
「え……え~と……」
出鱈目 だった。
少女は続く言葉が出てこないようだ。
無理もない。噂に聞くギルドナイトまでとはいかないまでも、彼等とて特殊な訓練を積んだ精鋭のはずだった。
それを不意打ちとは言え、ものの数十秒で全員打ち倒したなんて、まさしく出鱈目である。
…それでも、とにかく助けてもらったのだ、お礼を言わなければ。
そう思って、少女は精一杯頭を下げた。
「あの!危ないところを助けていただいて……ありがとうございました!」
元来、宮殿にいた頃から人見知り気味だったこの少女にしては、礼を言うのもかなり勇気のいる行為だったが、不思議と言葉はスムーズに口から出てくれた。
……のだが。
自分を助けた恩人は、何故か黙って俯いたままだった。
というか、何かフラフラ揺れている。
バターン!
そしてそのまま後ろ向きに倒れてしまった。
「え、ええ~!?」
さっきまであんなに元気だったのに!?
少女は混乱するばかりである。
慌てて駆け寄り「大丈夫ですか」と声をかけるが反応しない。
揺すってみたら、微かに唇が動いた。
「え?何でしょうか?」
呼びかけて耳を寄せた少女に、恩人は答えた。
「……ハラヘッタ……」
「……」
……やっぱり出鱈目だった。
穏やかな気候と、豊かな緑に包まれた
そこへたった今、村のギルド兼酒場に、一人のハンターが入ってきたところである。
何かの狩りを終えたばかりなのであろう。身に着けた赤い甲殻を加工して作られた防具は泥だらけで、顔に生傷が見て取れるが、物腰に疲労感は見えない。
彼がギルドに入ってきたと同時に、ギルド内の視線が集まる。
色草で若干ブルーに染まった長髪。本土ではポポロングスタイルのと呼ばれる髪型、
名はフィオール・マックール。
かつて本土の中心都市、王都ヴェルドに迫った老山龍を退けた生ける伝説、フィン・マックールのひとり息子で、父に負けぬ騎士となるための修行として、1年前からこのココット村でハンターとして活動しており、その飛躍的な活躍は古参のハンター達にも一目置かれていた。
「おぉフィオール。すまないの、狩りの直後に呼びつけてしもうて」
奥の方から小柄な竜人族の老人が現れて、フィオールに声をかけた。
何を隠そうこの人物こそ、
「いえ、構いません村長。お話というのは?」
「うむ。では席について話そうかの」
小柄な老雄はそう言って、奥のテーブルを指す。
…これは長くなるかな。と、フィオールは少しだけ後悔した。
狩りから戻るなり、村長から「話がある」という内容の伝言を受けて、着の身着のまま駆けつけたからだ。どうせなら装備を外して
「フィオール。お主、腹減っとるな?」
「はぁ」
テーブルにつくと同時にいつものやり取り。この竜人族の老体の口癖だ。彼にかかれば、本土の富豪ですら腹減り扱いである。
勝手知ったる受付嬢に注文をすませると、ココット村の村長、ココット老は早速本題を投げかけてきた。
つまりは……
「……ポッケ村?」
「
そこまで話したところで、注文していた料理が運ばれてきた。2人は麦酒(エール)で遅ればせながら乾杯をした。
「なるほど。つまりは、そのポッケ村への補充要員に、私が選ばれたと?」
「うむ。そういう訳じゃ。お前さんにとっちゃ、実家から離れにゃならん分、申し訳ないんじゃが……引き受けてはくれんかの?」
ココットの言うフラヒヤ山脈とは、このポッケ村から数日の距離がある。
村長の言う通り、確かに実家のある王都からは離れる事になるが、フィオールにとってはむしろ願ったりな理由があった。
「お引き受けしましょう」
ほとんど悩まずに、フィオールは返答を返す。
「そうかそうか、ありがとうよフィオール。では早速で悪いが、明日にでも出発してもらいたいのじゃ」
…明日か。
胸中で呟く。
確かに急な話となったが、それでも1年前に王都を飛び出した時も、殆ど身一つだった。たった1年だが、ハンターとして大自然にもまれてきた自分だ、きっと何処へ行っても大丈夫だろう。
「ええ。構いません。早速戻って準備をしましょう」
言うや、出された料理を数秒で平らげると「
早食いも、ハンター生活で得た大事な技術の一つである。
「うむ。よろしく頼むよ。ところでフィオール。お主、腹……」
「減ってません」
…
老いた古き英雄に、若干の
だが彼は、王都から辺境に出てきたばかりの自分に、色々と世話を焼いてくれた。
その恩義に少しでも報いる事ができそうであった。
翌朝。
使い慣れた、ダイミョウザザミと言う巨大なヤドカリに似た
・・・
・・
・
一方。
…見つかった!?
思った時には
歩みを止めずに進む少女を、それらは一定の距離をとって包囲している。
いろんな人に助けられ、あの
フラヒヤ山脈の入り口付近に広がる森林の中、もうすぐ狩り場と呼ばれる一帯にさしかかろうと言うところだ。
…もう少しでポッケ村のギルド圏内に入れるところなのに……
緊張で
追われる側は少女がただ一人。
流れるようにきめ細やかな銀髪は、分類するなら腰まで届きそうなナナストレートヘア。青く澄んだ瞳の美しい少女は
何とかして振り切らなくてはならない。少女の歩みは次第に駆け足となったが、包囲網は徐々に縮まっているみたいだ。
「ハァ……ハァ……」
数分とせずに息が上がってきた。しばらく前まで宮廷内で生活していた身だ。今まで考えもしなかったが、慢性的に運動不足な自身の身体が、今はとても憎たらしかった。
時刻はもう夕暮れ時になろうと言うところ。
少女の歩みはいつしか駆け足に変わっていた。
・・・
・・
・
しかし、逃走劇の終わりはことのほか呆気なく訪れる。
スタミナ切れでもつれた脚が、ただでさえ慣れない
案の定少女はつまずいて転んでしまったのだ。
すぐさま起きあがろうとするが、心臓が
「お諦めなさいませ」
顔を上げると、そこには黒ずくめの男達が数人立っていた。どうやら周りにもまだ何人かいるらしい。
「王都では出し抜かれましたが、これまででございますよ。我々も手荒な真似はしたくはございません。どうか、ご同行を」
黒ずくめのリーダー格が
少女は息を何とか落ち着かせ、慎重に立ち上がり、リーダー格の男を精一杯睨み返す。
「お断り致します」
今まで荒事とは無縁で育ってきた少女は、今こそなけなしの勇気を振り絞りったのだろう。
可憐な花のようなその顔は恐怖で青ざめ、膝はガクガクと震えていたが、気丈にも睨み返した瞳はそらさなかった。
少女の気丈な姿は、黒ずくめの男達の視線を釘付けにしていた。
その健気な姿に、ある種の神々しさを感じたのかもしれない。
それこそ、荒事の中で生きてきた彼らにとって、その様は汚し難いものに映ったのかも知れない。
だがそれは、少女に対する余裕の現れであると同時に、周囲への油断であった。
「おい」
声に反応する間もなかった。
……ぼんっ!!
乾いた音と共に、少女の頭上すれすれで太陽が生まれたかのような閃光がはじけた。
…何だ!?
と、男達が思った時にはもう遅い。
包囲網のさらに外側から飛び出した人影が、少女を取り囲んでいた黒ずくめ達の内、瞬く間に2人を持っていた太刀状の骨で殴り倒していた。
時を同じくしてこの林道を通っていた黒髪の青年、ディーンである。
有無を言わさず殴り倒した男に加えて残るはどうやら6人、
残存人数を確認するや、一番近くにいた黒ずくめの
「ぐぇっ!?」
踏みつぶされた
鈍い音がしたが、2・3日記憶に障害がでる程度で死にはしないだろう。
……多分。
気にしていても仕方が無い。大の大人が女の子ひとりを
などと勝手に決めつけるディーンであるが、何はともあれこれであと4人。
ディーンは骨を振り下ろした体勢からの体重移動をそのまま踏み込みに生かして、比較的距離の離れた場所にいた黒ずくめまで一気に跳躍した。
「シッッ!!」
4間程の距離を一気に跳び越し、鋭く息を吐くと同時に5人目に
これであと3人。
肩を砕いた男を蹴り飛ばし、振り向きざま背後に位置していた男に骨で足払いを仕掛ける。
ばきんっ!
低空で振り抜かれた一撃は、狙い
あと2人。
「次っ!」
まだまだディーンは止まらない。鋭い声と共に残りの2人に狙いを定める。
残る2人はようやく視界を回復させようとしていたが、内1人は視力が戻った直後に飛んできた突きに反応出来ず、顔面にモロに食らってに
「ラスト!!」
ディーンは突き伸ばした骨を瞬時に引き寄せ、最後の1人に下から振り上げる一撃を脇腹に叩き込んだ。
「がはっ!?」
最後に残ったリーダー格の男は、自分の
「ぐッ……き、貴様……」
見たところ、何か特別な訓練を受けた精鋭のようだが、不意打ちとは言え、まさかたった独りに不覚をとったのが信じられないのだろう。
リーダー格の男は精鋭部隊の意地で、なんとか意識を手放さなかった。
「貴様……いったい……」
しかし、
どうやら、すぐ頭上で
「あんた、怪我はないか?」
「は、はい……だい、じょうぶ……です」
本人が言うほど大丈夫ではなさそうな感じだが、とりあえず怪我はないみたいだった。
「すまなかったな。いきなり閃光玉なんか投げちまって。他にいい手が考えつかなくてな。……余計なお世話だったか?」
「い、いいえ!そんな事はありません!危ないところでした、ありがとうございました」
ようやく、助けられたのだと理解して、少女は深々と頭を下げた。
ちょっと意地悪な聞き方だったかもしれないなと、少し反省しつつ「いいって、いいって」と返しながら、最後の1人に視線を戻す。
脇腹への一撃が余程のダメージだったのだろう。わずかに伺える顔色は真っ青であった。
「いきなりぶん殴って悪かったけど。あんたら、大の男が殺気ギラギラで女の子を拉致しようたぁ関心しねぇな」
「………」
男は応えない。どうやら無言でディーンの隙を伺っている様だ。
周りを見回すと、意識を保っている黒ずくめは、このリーダー格の男だけらしい。
「貴様、自分が何をしたかわかっているのか」
「ん?」
聞き返すディーンに対して、リーダー格の男は、半ば無理矢理唇を釣り上げて応えた。
「俺達のバックには、ある
ディーンの背後で少女が息を呑む気配がする。
彼女にはその止ん事無き御方について、心当たりが有るようだった。
「む……」
ディーンの目つきが険しくなる。
「今ここで我々から逃げたところで、どうせ最後には追い詰められるぞ。悪いことは言わぬ。その娘をこちらに……」
それを動揺と捉えたのだろう、男の口上はだんだんと調子を上げ……
「うっさい。教育的指導!」
めぎゃっ!
唐突に繰り出された後ろ回し蹴りで、無体にも黙らせられた。
哀れリーダー格の男の最後の威厳は、顔面に飛来した靴底によって踏み砕かれのだった。
「グダグダ言わずに反省してろ」
問答無用のディーンの言葉は、おそらくは既に聞こえていないだろう。
男はくっきりと靴裏の跡を顔面に刻み込んだ、何とも情けない姿で気を失っていた。
「え……え~と……」
少女は続く言葉が出てこないようだ。
無理もない。噂に聞くギルドナイトまでとはいかないまでも、彼等とて特殊な訓練を積んだ精鋭のはずだった。
それを不意打ちとは言え、ものの数十秒で全員打ち倒したなんて、まさしく出鱈目である。
…それでも、とにかく助けてもらったのだ、お礼を言わなければ。
そう思って、少女は精一杯頭を下げた。
「あの!危ないところを助けていただいて……ありがとうございました!」
元来、宮殿にいた頃から人見知り気味だったこの少女にしては、礼を言うのもかなり勇気のいる行為だったが、不思議と言葉はスムーズに口から出てくれた。
……のだが。
自分を助けた恩人は、何故か黙って俯いたままだった。
というか、何かフラフラ揺れている。
バターン!
そしてそのまま後ろ向きに倒れてしまった。
「え、ええ~!?」
さっきまであんなに元気だったのに!?
少女は混乱するばかりである。
慌てて駆け寄り「大丈夫ですか」と声をかけるが反応しない。
揺すってみたら、微かに唇が動いた。
「え?何でしょうか?」
呼びかけて耳を寄せた少女に、恩人は答えた。
「……ハラヘッタ……」
「……」
……やっぱり出鱈目だった。