1節(3)

文字数 4,876文字

 困ったような表情に、まるで生意気な弟に手を焼かされた姉の様に、優しげな表情である。

「不器用な性分でな」

 ふっ、と息を吐く様に笑いながら返すフィオールに、再び「むぅ」と眉根だけ怒った表情にしてみせると、コルナリーナは観念して「ホント。可愛くない」と最後の負け惜しみを口にすると、少し寂しげな表情でディーン達を見渡した。

「君達は、エレンシア様……ええと、エレン様って、名乗ってらっしゃったんだっけ?エレン様の事、どんな子だと思う?」

「どう思うって……」

 逆に質問され返されるとは思いもよらず、ディーンがどう応えたものかと考えを巡らす。

「いい子だよっ! 人の痛みのわかる。とってもいい子!」

 リコリスが真っ先に言い返すので、ネコチュウも続いて「んにゃ!」と相槌を打った。

「僕も同意見だね。いつも一生懸命で、努力家で、いつもみんなの為を思って行動できる、素敵な人ですよ」

 ミハエルもそれに乗っかって、エレンを褒め讃える。
 コルナリーナは「そう」と、ほんの一瞬だけ本当に嬉しそうに目を細めた。

「みんなと一緒の時は、エレンシア様はそんな風なのね」

「どう言う事だ?」

 そんな様子のコルナリーナに、ディーンが問う。彼女の先の寂しげな顔が気にかかったのだ。

 コルナリーナはその問いにはすぐには応えず、ミハエルに向かって「貴方、今エレン様は『常にみんなの為を思って行動する』って、言ったわよね?」と言葉を投げる。

「なんで、みんなの為を思って行動する人なのか、考えた事あるかしら?」

 突然そう聞き返され、ミハエルだけでは無く、全員が押し黙ってしまう。
 そんな静かな迫力がコルナリーナにはあった。

「変な事聞いちゃったわね。ごめんなさい」

 一言そう謝ると、コルナリーナは改めてエレンの……いや、エレンシア・シルフィ・シュレイド姫の王宮時代を語り出すのだった。

「私が、クロックスの性を賜姓され、エレンシア様専属で仕えることになったのは三年前からだけど、実はエレンシア様の事は昔からよく知ってたの。まぁ、ビスカヤーの家は、代々王国騎士の家系だし、要人警護なんかの関係で、エレンシア様のお近くにいる機会が多かったのね」

 護送用の竜車がガタンと大きく揺れる。

 大きめの石でも踏んだのだろう。この程度で転倒するようなヤワな構造ではないが、一旦コルナリーナはそこで息を整えた。

「エレンシア様は、確かにお父上は国王陛下だけど、妾腹の……しかも平民の娘って事で王族とは認められず、かと言って血統は高貴ってので、みんな正直、腫れ物に触れるような扱いだったわ。常に城塞都市の中心にある王宮の片隅にある離れ屋敷で、数人の使用人に囲まれて暮らしていた。唯一の身内はあの崇龍(ドラクル)子爵だけど、子爵は仕事人間だったのか、エレンシア様の面倒を見るような素振りを、少なくとも私は見た事が無いわ。稀に屋敷にお見えになられる事はあっても、じっとエレンシア様を睨みつけているだけで、会話らしい会話なんてものは無かったしね」

「エレンのお母さんは、どうしちゃったのニャ?」

 コルナリーナの話の節目になったのを確認し、ネコチュウがおずおずと尋ねる。

「エレンシア様をご出産された時に、お亡くなりになったそうよ。それを聞いた国王陛下が、お生まれになったばかりのエレンシア様を引き取ることになさったの」

 ネコチュウの質問に答えを返すコルナリーナに、彼は普段はピンと立った両耳を元気なく垂れさせながら「そうかニャ」とうつむくのであった。

「バーネット卿ってのは、そん時もエレンを引き取ったりしなかったのかよ?」

 続けて問うのはディーンである。

「そうみたいね。その時、既にバーネット卿は先に暗黒時代の王国軍出兵の際の功績で、男爵の地位を得ていたらしいし」

「……そうかよ」

 顔をしかめ、ディーンが返す。

「使用人達も、当然姫であるエレンシア様を丁重に扱ったわ。でも誰も、彼女を心から思って接する者はいなかった」

 ディーンが黙り込んだので、話を再開するコルナリーナだが、そこまで言うと自重気味に「当然といえば、当然なんだけどね」と間に言葉を挟んだが、先程激昂しかけたディーンは、憮然とした顔で顔を背けているだけであった。

「使用人の何人かは、彼女に対し親身になろうとした人もいたらしいんだけど、辞めさせられたみたいね。すぐに姿を見なくなったから。多分、下手に関わりを深くして王妃様からの心象を悪くしたくない、当時の侍従長辺りの差し金だと思うわ」

「……酷いよ」

 リコリスがいたたまれないと口を開くと、コルナリーナはニッコリと「そいつらは、私が“クロックス”になった時に、まとめてクビにしてやったわ〜」と言ってあはは〜と間延びした笑い声を出すので、リコリスは少しだけ表情を和らげる。

「でもね。私が専属でお仕えし出した時のエレンシア様は、物心ついた時から誰からも相手にされなかったエレンシア様は、常に寂しく笑うだけの、空虚なお人形みたいだった。誰からも愛されない。存在を認めてもらえない。虚位(いないはず)の姫君。それが、エレンシア姫様よ」

 虚位(いないはず)の姫。
 誰からも姫として扱われるが、誰からも認められない。
 誰からも敬われるが、誰からも愛されない。

 ドレスも着れよう。
 毎日食事にも困らない。
 清潔な空間を維持され、教養まで与えられる。

 しかし、そこには誰もいない。


 “自分”すら、である。


虚位(いないはず)の姫君、か……」

 ディーンが呟いて拳を握る。

「国王や子爵を殴るんじゃないぞ? お前が国家反逆罪に問われるのを、エレンさんは望まん」

「わかってるよ」

 フィオールに指摘されるのを、ディーンはぶっきらぼうに返す。

「あはは。君たちに出会えて、エレンシア様は本当に嬉しかったんだと思う。あんなに他人に感情的になるエレンシア様は初めて見たもの」

 そんなディーンとフィオールの様子を見て、コルナリーナは笑いながら言う。

 彼女が言うのは、今からおよそ三、四時間程前のことであった。


・・・
・・



「皆の者! この狼藉者どもを引っ捕らえるのじゃ!」

 ファルローラが右手を振って騎士達へと命をくだす。

 反射的に身構えるディーンとリコリスだが、フィオールとミハエルが「流石に正規軍相手に立ち回るのはマズイ」と二人を静止したので、彼らは瞬く間に組み伏せられたのであった。

「ファルローラ王女っ!?」

 エレンの口から悲痛な叫び声が飛び出す。

「ご安心なさいませ姉上。このわらわが、姉上をたぶらかす悪いハンター共から、姉上をお救いするのじゃ!」

 エレンの様子を何と勘違いしたのか、ファルローラ姫はドヤ顔で「えっへん」と胸を張っていた。

「違うんです! ファルローラ王女、話を聞いてください!」

 大きな声で叫ぶが、暴走状態にあるのであろうわがままな第三王女は「大丈夫じゃ、皆までおっしゃらずとも、わらわが姉上をお守りするのじゃ」と聞く耳を持たない。

 一瞬、狼狽えるエレンだが、無抵抗で組み伏せられたディーンが、騎士に後頭部を掴まれ、床に顔を擦り付けられる様を見た途端、彼女の中で何かが切れる音がした。


「控えなさいっ!!!」


 まさかこれが、あのエレンの口から出てくる声量かと思う程の大声であった。

 あまりの迫力に、騎士達だけではなく、第三王女や側近の老人、コルナリーナやディーン達までもが呆気に取られた程だ。

「彼らにこれ以上乱暴を働く様なら、この私が許しません」

 底冷えする様な声音で、エレンが騎士達に向けて言うものだから、訓練を積んだ誇り高き王国近衛兵である彼らですら、その迫力に固唾を飲んだ。

「……ったく」

 その様子に一瞬だけ呆けてしまっていたディーン達であったが、騎士達がエレンの迫力に気圧された隙に、瞬く間に拘束を解いて立ち上がる。

「うわっ!?」

 フィオールが、スルリと自分を押さえつけていた騎士とその身体を入れ替え、ミハエルも同様に、一体どんな魔法を使ったのか拘束を脱し、ディーンは無造作に後ろ手で背後の騎士の襟首を掴むや、そのまま力任せにその騎士を放り投げた。

 その騎士が、リコリスとネコチュウを拘束していた騎士を巻き込んで転倒したので、結果的に全員が自由を取り戻すと、それぞれ自身についたホコリを叩いたり、エレンの元に駆け寄ったりし、一旦喧騒は収まりを見せた。

「おのれっ!」

 しかし、騎士達はすぐに先の第三王女からの命を思い出し、再びディーン達に挑みかかろうとするが、ギロリとディーンに睨み返され、二の足を踏む。

「何をしておる! はようこの狼藉者共を捉えるのじゃ!」

 そう喚き散らすのは第三王女ばかり。

 しかし、騎士達も訓練を積んだ名門の出である。素人ではない。
 眼前で此方を睨み返してくるこの黒髪の青年は“マズイ”と、そう騎士としての本能が告げていた。

「……やれやれ」

 できるだけ穏便に済ませたかったフィオールが、嘆息まじりに声を漏らす。

…是非に及ばず、だな。

 致し方ない。ここはまず場の収拾をしなくてはならないだろう。

 チラリとこの喧騒の一歩外に控えるコルナリーナに目をやると、彼女は目を合わせてうなづくのであった。

「控えろ! 未熟者が!」

 それを確認したフィオールが、騎士達に向かって一喝した。
 その声に、今度こそ騎士達の身が硬直する。

 それ程の覇気であった。

「私は西シュレイド王国が近衛騎士長、深緑騎士(しんりょくきし)フィン・マックールが嫡男。フィオール・マックールである。逃げも隠れもせん。護送用の竜車へと案内せよ」

 堂々と言ってのけたものであるから、さしもの第三王女までもが黙ってしまった。

 傍に控える無闇に派手な衣装(を無理矢理着せられた)の矢鱈と(おそらく心労で)くたびれた顔の側近が「まさか、マックール卿のご子息でいらっしゃるとは……」と、慄いていたが、そのすぐ後ろに控えていたコルナリーナがスッと前へ進み出ると、「では、私めがご案内させていただきます」と言って頭をさげる。

「エレンシア様。よろしいでしょうか?」

 (こうべ)を垂れたまま、自らの仕える主人へ伺いを立てる。

「頼みます」

 未だ怒り冷めやらぬのか、少しばかり怒気を残したまま、エレンが応える。

「では、フィオール様。お連れの皆様も、申し訳ありませんが御同行願います」

 言ってディーン達を促すコルナリーナ。

 それに従い、護送用の竜車へと向かうディーン達にエレンが思わずと言った声音で言うのだった。

「ディーンさん!」

 振り返ったディーンは、今にも泣き出しそうな顔のエレンに向けて、心配するなとばかりにニッ笑ってみせるとそのままコルナリーナに続いてハンターズギルドを後にするのであった。


・・・
・・



 そして、そのまま竜車の中の更に鉄格子の檻の中に入れられて今に至る。

「私が知ってるエレンシア様は、いっつも周りの顔色を伺って、誰に何も迷惑をかけない様に、面倒をかけない様にと、常に寂しげな笑顔で小さくなっている姿しか知らなかったから、驚いちゃったわ〜」

 だからなのかしらね。とそう続けて。コルナリーナは再び真剣な表情になるとディーン達へと言い切った。

「私の“クロックス”の名は、私の牙が喰らい付くのは、私が仕える可愛らしいお姫様ではない。そのお姫様に害意を持つ全てだ。って、そう誓っちゃったのよ〜」

 言い放つと再び「あはは〜」と緩やかに笑ってみせるコルナリーナに、ディーン達は今度こそ完全に毒気を抜かれてしまったのだった。
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