2節(5)

文字数 5,584文字

「そう、君の太刀だ。失礼ながら君が助けられたときに気になってな。私が預からせてもらって、加工屋の方々と検分させてもらった」

 言ってマーサは、今まで加工屋で当の検分をおこなっていたのであろう、カウンターに立っていた男から刀身の無い柄の部分だけとなったディーンの太刀を受け取ると、彼らによく見えるように持ちながら言った。

「見たところ何の変哲もない……ディーン君には悪いが、言ってしまえば対大型モンスター用としては、最も安価なものだ」

 身も蓋もない様な言い方だが、事実ではある。

「悪かったな、安モンで」

 と、口をとがらせてはみたものの、本当のことだからしょうがない。

「いや、気を悪くしないでくれディーン君。別に悪気があって言っているんじゃないんだよ」

 困ったように言うマーサ。悪気はないのはディーンにもわかっているが、つい拗ねたような口をついてしまったのだ。

「いいッスよ、ホントのことだし」

「すまないすまない。他意はないんだ、許してくれディーン君」

 つっけんどんになってしまった反省も含め苦笑いをするディーンに、マーサも苦笑気味に謝る。

 我ながら子供みたいだ。

 マーサの対応が大人なだけ、ディーンは余計にバツが悪かった。

「まぁまぁいいじゃないか。それよりムラマサさん。ディーンの太刀が、いったいどう気になるとおっしゃるんですか?」

 フィオールが気を利かせて話を戻してくれた。まったくどうして、いろいろと気の回る男である。

「私も見たところ、普通の骨の太刀にしか見えませんが」

「あぁ、俺が言うのもなんだが、正真正銘(しょうしんしょうめい)タダの太刀だ。別に何か特別な飛竜の素材とか使ってる訳じゃねぇよ」

 続けてフィオールにディーンも重ねるように言う。

 持ち主だったディーンすら、マーサの意図がよくわからなかった。

「いや、そう言った意味ではないのだよ。ただ……」

「「ただ?」」

 一瞬口ごもったマーサに、ディーンもフィオールも声を揃えて聞き返す。会話の外にいたエレン達も気になる話であることは変わらず、マーサの返答に傾注(けいちゅう)する。

「ただ、私達が気になっているのは、この太刀の折れ方なのだ……いや、砕け方と言った方が正しいか」

「……砕け方?」

 マーサの言葉の真意を計りかねてか、ディーンがマーサの言葉を繰り返す。

「そう“砕け方”だ。時にフィオール君、君の目から見てディーン君の太刀の振り方に、何か問題は無かったかね?例えば、刃の腹で相手の攻撃を受けてしまったとか、同じく剣の腹で力任せに叩いたとか」

 話を振られたフィオールは、一瞬マーサが何を言っているか理解しかねたが、「いや、自己流の振り方ではありましたが、特に間違った扱い方は……」とまで言ったところでハッとなった。

 マーサはフィオールが自分の言わんとする事を理解したととると、「そうか」と、少しだけカウンターに立つ加工屋の旦那と視線を合わせた。加工屋の旦那が(彼にしては)いつになく真剣な表情で頷くのを確認すると、マーサは「いまだに信じがたいことなんだが」と切り出した。

「まず、対大型モンスター用の武器というのは相当頑丈に作られている。これは、同じく相当に頑丈な大型モンスターの鱗や甲殻を打ち破るためだ。どんなに安物であろうと、それは変わることはない」

 ここまでマーサが語ったところで、普段から狩り場に足を運び、ハンター達とも交流のあるミハエルもマーサ達の言いたいことを理解する。

 そう……

「こんな、刀身が砕けるように壊れるわけが無いのだよ」

 マーサの重々しく吐き出された言葉に、ハンターではないミハエルですら戦慄(せんりつ)を覚えた。

「太刀ってのはデリケートな武器でな。刃の腹なんかに強すぎる衝撃を受けると、“折れちまう”こともある」

 (まれ)にな。と、マーサの後を引き継ぐように、加工屋の旦那が話を続ける。
「だがな、これは長年加工屋をやってきた経験から言わせてもらうんだが、たとえ刃の腹で轟竜の突進を受けたのだとしても、刀身が“砕ける”なんて事はまずありえねぇだろう」

 彫りの深い顔を撫でながら、渋面で語る加工屋の旦那。

「あるとしたら、瞬間的に連続して太刀の耐久性を越える衝撃を与える事くらいなのだが、そんな芸当、とても人間業(にんげんわざ)とは思えなくてね」

 再びマーサが言葉を引き継ぐ。その表情は同じく渋面(じゅうめん)であった。

 たしかに、彼らの言い分はもっともなのだろう。

 実際に目の当たりにしていなければ、フィオールも(にわ)かに信じがたかったに違いない。

 しかし、あの豹変(ひょうへん)したディーンの猛攻は、まさしく加工屋の弁の通りであり、マーサの言うとおり人間業(にんげんわざ)ではなかった。

 あの轟竜の巨体を蹴り飛ばすほどのパワーの持ち主が、双剣の乱舞もかくや──否、それ以上の連撃を繰り出したのである。

 対モンスター用の武器の耐久限度をオーバーして太刀が砕けるのも、実際に目の当たりにしたからこそ、フィオールは何となく納得するのだった。

「まぁ、確かにあの時のディーンは常人離れしていました。あの斬撃ならば、如何(いか)に対モンスター用とは言え、安物の太刀ならば砕けてもおかしくないでしょう」

 当時のことを思い出しながら語るフィオールは、彼本人も驚くほど冷静だった。

「大剣ほどではないにせよ、対モンスター用の大太刀を片手で振り回していましたし、加えて凄まじいまでの連撃でした。それにより、どれほどの負荷がこの太刀にかかったかは正直想像もできません」

 言っている当人(フィオール)も自覚はしている、これはあまりに荒唐無稽(こうとうむけい)な話だ。

 その場にいる皆が、驚いた顔をディーンに向ける。

 当然だ。彼の(げん)真実(まこと)であるなら、それは驚異的で非現実的であり、もっと言えば悪魔的ですらある。

 しかし、不思議とフィオールにはそれに(ともな)う負の感情はわかなかった。

 それはもしかしたら、その時フィオールは、(あお)く豹変したディーンの瞳の奥に、元のディーンと変わらぬ光を見たからなのかもしれない。

「………」

 ディーンは、皆からの奇異の視線を受けて視線を伏せる。

 フィオールの話を聞き終え、ディーンのその姿を見たマーサは「なるほど」と腕を組み、むぅと(うな)って言った。

「まったく。本当に君には驚かされてばかりだな」

「まったくだ。こんな出鱈目(デタラメ)な奴は初めてだ」

 加工屋の旦那も、驚きを通り越して呆れかえっている様子だった。

 そんな彼らを見て、ふと、ディーンの脳裏に暗い過去の記憶が呼び起こされる。

 次の瞬間、彼らの視線がその昔自分に向けられたものと同じように、白いものに変貌する(さま)を想像したディーンは我知らず戦慄した。

 以前自分を(さげす)んだハンター達のように、この者達も自分をバケモノ扱いするのだろうと思ったのだ。

…ああ、またやってしまった。せっかく新しい村で、新しいスタートを切れたと思ったのに……

 ディーンが胸中でそうつぶやいた矢先だった。


「ふむ。実に興味深い」


 耳朶(じだ)を打つバリトンに顔を上げると、そこにはまるで童心に帰ったかのようなマーサの笑顔があった。

「……ふえ?」

 思わずにうわずった声出る。

 今の自分の顔は、もしかしたらかなり間の抜けたものだったかもしれないと、ディーンはその間抜け(づら)同様に間の抜けた声を出しながらそう思った。

「ふむ、俄然(がぜん)君に興味が沸いたぞディーン君」

 言って、わははと笑いながら両手でバンバンとディーンの肩を叩くマーサ。

 ディーンはまさかこんな展開になるとは思わずに、目を白黒させるだけだ。もちろん、ディーン以外の面々も同様である。

(おの)が斬撃に太刀の方が耐え切らぬ剣士など聞いたことがない!」

呆気(あっけ)にとられて固まっているディーンの両肩叩く手を止め「まさしく出鱈目だ」と笑うマーサ。何故か上機嫌である。

「よし!決めたぞ!」

 顔を輝かせたまま唐突にそう言うと、両肩の手に力を込め、固まったままのディーンの目を見てマーサは言い放った。

「ディーン君。君の太刀は、私が打とうじゃないか!」

 言うやいなや、マーサは「旦那。悪いが工房を少し拝借するよ」と、返事も聞かずに加工屋の奥に入っていってしまった。


「「「………」」」


 残された者達は、皆が皆ポカーンとした顔だったのは言うまでもない。

「……何、だったんでしょうか……?」

 しばらく皆が固まっている中、いち早く立ち直ったエレンが口を開いた。

「……落ち着いた人物だと思ったんだが、私の思い違いだったか」

「さ、さぁ……僕もあんなマーサさんは初めて見た」

 引きつった表情のフィオールに応えたミハエルも、普段のマーサからは想像できないテンションの彼を見て面食(めんく)らっているようだ。

「君の太刀は私が打とうっつったって、竜人族でもニャいマーサしゃんに、対モンスター用の武器が作れるワケニャいのニャ…」

 ネコチュウが先ほどのマーサの言葉を思い出して、今更ながらに指摘する。

 厳密に言うと、竜人族以外に対モンスター用の武器を加工する技術を持つ人間族はいないわけではない。

 ポッケ村からは若干遠い位置にある新興の村であるジャンボ村には、人間でありながら竜人族にしか伝わらぬ秘伝を体得した人物がいるにはいるのだが、それはまた例外中の例外である。

 ネコチュウの言い分はもっともであり、ミハエルも「そうだね」と同意する。

 言い分ごもっとも。他の種族がおいそれと真似(まね)できぬからこその秘伝であり。その秘伝あっての鍛冶屋である。

 少しは(よわい)を重ねてるとは言え、高々三十路(みそじ)後半の元ハンターにそれができるとは到底思えない。

 しかし、加工屋の旦那だけは彼らとは違った事を思ったようであった。

「いや、そんな事はないぞ」

 そう呟くや、皆が「え?」と顔に疑問符を浮かべる中、「ディーン君だったな。君のおかげで、やっとマーサの奴に火がついたようだ」と、加工屋の旦那はカウンター越しにディーンに向かって言うのだった。

「……火がついた?」

 オウム返しにカウンターに立つ旦那に聞き返すディーンに、「ああ」と頷いて返す加工屋の旦那。

 ますます訳が分からない。俺のいったい何が、マーサの何に火をつけたというのだろうか……

 困惑するディーンは、たとえ人間離れしていようが、年相応のどこにでもいる普通の青年に見える。

 それを見た旦那は、苦笑いしながら言葉を続けた。

「シキの国って知っているか?名前で解ったかもしれないが、アイツはそのシキの国出身でな」


 シキの国。


 ここシュレイド地方の東の果て、海を渡った先に浮かぶ島国である。

 その名の由来は、広大なシュレイド地方をはじめとする、この世界の殆どの地域が温暖期、寒冷期、繁殖期と3つの季節で区別されているのに対して、春夏秋冬と(めぐ)り変化する4つの季節、つまり四季(シキ)で季節を区切っているからとか、独自の(シキ)と言う文化から来ているとか、諸説(しょせつ)色々ある。

「ディーン君の使っている太刀も、元々はシキの国が発祥なんだが、あそこには独自の錬成技術があってな。マーサの奴はその技術を身につけてるってわけさ」

「シキの国の、錬成技術……」

 フィオールが旦那の言葉を繰り返すように呟く。彼の記憶には、それに準ずる知識があった。

「聞いたことがあります。確か、(たたら)錬成法(れんせいほう)でしたか?」

 珍しい名前だったためか、すんなりと記憶の棚の中から取り出した知識を口にするフィオールに、加工屋の旦那は「ほう、よく知ってるじゃないか」と感嘆(かんたん)する。

 (たたら)錬成法(れんせいほう)

 元来は、たたら製鉄という砂鉄から和鋼(わこう)を作る製鉄方法から転じた技術である。

「太古の昔、古代文明時代からシキの国の一部の人間にのみ伝えられてきた技術らしくてな。何でも、特殊な(ふいご)を用いた超高温で(はがね)を鍛え上げる技術だそうだ。超高温で鍛え上げられた鋼は竜人族の錬成技術をも(しの)ぐ硬度を誇ると言われている」

 加工屋の旦那がフィオールの後を引き継いで(おそらくはマーサからの又聞きであろう)説明をする。

「それにしても、フィオールと言ったか?本当によく知っていたなぁ。武具に関しては本職の俺ですら、マーサの奴に聞いて初めて知ったくらいなのに」

「いえ、父が偶々(たまたま)シキの国に詳しかったものですから」

 しきりに感心する加工屋の旦那に返答するフィオールは、父親の話題だからであろうか、少々歯切れが悪かった。

「まぁ、俺も詳しくは知らないんだがな。マーサ……村正(ムラマサ)ってのは、シキの国では有数の名工刀鍛冶の家系らしくてな。技術自体は幼い頃から叩き込まれてきたらしいんだ」

 そこまで説明を聞き、段々とディーン達にも理解できてきた。

 つまり、どうやらディーンは、眠っていたマーサの鍛冶魂に火をつけてしまったと言うことらしい。
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