2節(6)
文字数 6,247文字
「簡単よ。お兄様がまた素敵な色に染まってしまえば、それまでだわ」
ムラマサの気など知ってか知らずか語らう二人の異形 。
にしても、シアの言う“素敵な色”とは、少しだけネコチュウがムラマサに漏らしたディーンの瞳の事であろうか。
曰く、感情が高ぶるか死にかけた時にのみ、ディーンの黒い瞳は碧 くなり、とんでもない力を発揮すると言うのだが、実際見たことのないムラマサにとっては、なんとも想像し難い話である。
「さて、どうでしょうね。そう理想通りに行くでしょうか……」
機嫌を好転させたシアの言葉に、ルカは相変わらずの含み笑いを漏らしながら応える。
「もしかしたら……ですが」
その声にシアが眼下に落としていた視線をルカへと戻す。
「“もうひと組”の方はいざ知らず、この場は姫君の期待には応えてはくれないかもしれませんな」
「何よソレ、どう言う意味?」
いかにも思わせぶり、と言ったふうのルカの言 を聞き逃さず、シアが怪訝そうに聞き返すが、かの赤衣 の男は含み笑いを続けるのみで、視線を下界から戻したりはしなかった。
その様 に、若干なりとも抗議の視線を送るものの、すぐに無駄と悟ったのか、シアも視線を下へ戻して観戦を再開する。
二人の様子を伺いながらも、ムラマサも眼下で繰り広げられる戦いに注意を戻す。
すぐ真下付近、狩場の最南端に位置する、巨大な崖に隣接したエリアで黒角竜を相手どるディーン達は、再び黒きディアブロスを包囲する様に陣形を組んでいる。
対するディアブロス亜種も、怒りをあらわに彼らを威嚇する。
正面立って睨み合うのはフィオールである。
先程と同じく、ディーンとミハエルが左右から挟み込むように陣取り、エレンは後方へとまわる。
視線の会合は一瞬、皆一斉に地を蹴った。
「まぁ、いいわ。私の期待通りに事が運ぶか、貴方の予測通りになるか、結果は自 ずとやってくるもの」
その様子を見下ろすシアの口から紡がれる言葉は、先程とは打って変わって明るい。
ガンッと硬質な音を響かせて、フィオールの大盾が黒角竜の頭突きを防ぐや、その一瞬の隙をついて、ディーンとミハエルが両サイドから強襲する。
「御意 の通りに。まずは、彼等のお手並み拝見と参りましょう」
フードから僅かにのぞく口元にたたえる笑みを崩す様子なく、ルカが真白 い童女の言葉に応える。
それと同時に、エレンの放った矢が疾駆し、ディアブロス亜種の甲殻に突きたつも、頑丈で分厚い彼 の飛竜の甲殻を貫くには至らなかったようだ。
黒角竜は動きを止めず、強靭な尻尾を振り回してディーン達近接武器を扱う物達を薙ぎ払う。
「………」
ムラマサは、異形二人とディーン達両方に気を取られ、目眩さえ覚えそうな気さえしながら、それでもなお、解せぬ言動は逃さなかった。
…まずは、だと?
気にしすぎではないだろう。
この異形二人、やはり“これ”以外に何かを隠している。
全くもって信じがたい事だが、今回の現状……黒きディアブロスと片角の魔王は、どうやらこの二人が呼び寄せたに違いなさそうである。
ただでさえ、驚異的としか言いようの無い角竜ディアブロスの突然変異種、魔王ディアソルテだけでも、充分絶望に値する。
しかし、ムラマサには先程ルカが何の気なしに言った口上が、まるでいばらの様に胸中に引っかかるのを、どうしても気のせいに出来ないでいた。
・・・
・・
・
「ッラァァッ!!」
ディーンが上げた掛け声には、少なからずの苛立ちが見て取れた。
普通の剣士では無理がありすぎる体制、前転回避での起き上がり様 に、強引に振り抜いた太刀の一閃が、彼を引き殺そうと走り来たディアブロス亜種の右脚を薄く削る。
だが、如何に馬鹿力なディーンとは言えど、やはり充分な体重を乗せられずに放った一撃は、ロクなダメージを与える事はなかったようで、黒角竜は一切堪えた様子は無かった。
速度を緩める事なく走り抜けた黒いディアブロスは、砂上をズザザと滑るようにして、勢いを強引に殺して停止し、再びディーン達へと向き直った。
「チッ、どんだけしぶといんだクソヤロウ」
忌々しげに吐き捨てたディーンは、再び此方へと向かって駆け出す姿勢をとった黒角竜を睨み返す。
「全くだ。執着心の強すぎる御婦人の相手は、どの世間 でも骨が折れる」
同じく、少し離れた位置に立つフィオールもまた、言葉以上に辟易とした表情である。
「違ぇねぇ。俺達のチームの紅一点が、“そのテ”のタイプじゃない事に感謝しなきゃ……なっ!!」
語尾に合わせて横っ跳び。
そんなディーンのもといた位置を、漆黒の巨躯が駆け抜けて行った。
「確かに、攻撃は単調だから見切りやすいけれど、こうもタフだと、ちょっとしんどいね」
駆け寄って来たミハエルが、ディーンを助け起こしながら言う。
彼の言う通り、ディアブロスの攻撃は、基本的に単調で目立ったクセは少ない方だ、見切るのは容易い。
しかし、長期戦となると話は別である。
剥き出しの殺気を浴び続ける緊張感は、如何に屈強なハンター達であろうと、途轍 もない疲労を覚えずにはいられない。
そしてその疲労は、着実に身体の動きを鈍らせ、冷静な判断力をも奪って行き、例え単調な攻撃であろうと、捌ききれなくさせてしまうのだ。
「皆さん、気をつけてください! 潜る気です!」
走り抜けた黒角竜の様子を見たエレンが警戒の声を上げる。
一瞬ディーンがポーチに手を伸ばし、音爆弾を投げようとするも、地中に潜る黒角竜の様子を見て断念した。
先に述べたように、地中潜行するディアブロスは、視覚ではなく聴覚を頼りに移動する。
よって地中にいる間は神経を聴覚に集中させる為、強烈な音を発する音爆弾が実に効果的なのだ。
だがしかし、怒りに我を忘れたディアブロスは、聴覚を研ぎ澄ませるコトすら忘れるのか、音爆弾の金切り音にもビクともしない。
まさに今がそうである。
「立ち止まるな! 奴の潜った位置を視点に、円を描く様に走れっ!」
フィオールの険しい声が砂漠に鳴り響く。
この戦いで彼が見切った彼 の竜の癖である。
地中では音で探知しているとは言え、どうやらそこまで優れた聴覚を持っていないディアブロスは、潜る瞬間にある程度狙う相手を決めている様なのだ。
故に、潜った後に“横に”移動してしまえば、最初の照準を狂わせるコトができるのである。
更に言えば、抵抗の弱い水中ならばいざ知らず、角竜が潜行するのは、水よりもはるかに抵抗の強い砂の海だ。
自ずと、移動は直進する事に限られる。
移動する相手に合わせて、“カーブしながら”追いかけるなんて真似は出来ないのだ。
「……来るぞッ! ミハエルの方だッ!」
砂が動いた。
それを素早く見てとったディーンが声を上げる。
彼の言葉が終わるのを待たずに、ミハエルがだんっと地を蹴って横っ跳びにその場から離れる。
来るとわかっていたとはいえ、いかんせんあの巨躯である。かわすのも一苦労だ。
その一瞬の後 、彼が先ほどまで立っていた地面が爆 ぜて、漆黒の巨体が飛び出してきた。
「ッ!?」
息を呑んだのはミハエル含む、その場の全員である。
危なげなく地中からの奇襲攻撃を回避したミハエルだったが、今回は運が悪かった。
「ヤバイ!?」
ディーンが急いで飛び出したディアブロス亜種の前方から脚部へと潜り込もうとし、フィオールもそれに倣う。
これも今までの戦いで彼らが気づいた事なのだが、ディアブロスはどうやら、地中から飛び出した後、死角となる後方を自慢の尻尾で薙ぎ払い、敵の反撃を封殺しようとする。
その動きは、十中八九ほぼ間違いなく行われるのだ。
そして今回は運悪く、横っ跳びに回避したミハエルを、少し追い抜く様に飛び出した黒角竜が振るうであろう尻尾の効果範囲に、体制を急ぎ整えようとするミハエルが位置する形となってしまったのだ。
このままでは、ミハエルがあの巨大な棍棒の様な尻尾の直撃を受けてしまう。
言うまでもなく、痛いじゃ済まない痛恨 の一撃である。
黒角竜が飛び出した位置でそれを察したディーンとフィオールは、尻尾が振り回されるより先に脚部へとダメージを与え、それを阻止しようとしているのだ。
「デェヤッ!!」
「ハアァッ!!」
迅速な判断でいち早く脚部に潜り込んだディーンとフィオールが、各々の得物を振り下ろす。
だが、飛竜種の中でも突出したタフネスを誇るディアブロスの亜種が、それだけで攻撃の手を休める事は無かった。
「……クッ!!」
ミハエルが何とか身を起こして、尻尾の射程圏外へと脱出をはかる。しかし、間に合うかどうかは紙一重だ。
ディーンとフィオールの表情にも焦りが見える。
「……ッ!!」
一方、立ち位置的にディーン達の様に前方に回り込めなかったエレンが、せめて力の限り矢を放ち、ディアブロス亜種を止めようと、掴めるだけの矢を番 えて、今まさに振り下ろさんとされている黒角竜の尻尾目掛けて引き絞る。
何度も練習してきた動作だ、その両手は淀みなく動いて、無意識の内にピタリと狙いを定めてくれる。
元々一点にかける集中力は高い娘であったのだろう。この状態になると、世界がひどく静かに感じる程に神経が研ぎ澄まされる様な錯覚さえ覚える。
だからであろうか、エレンのギリギリまで鋭くなった脳裏には、ふと、クエスト開始時に言われた“あの言葉”が蘇った。
『尻尾の裏側、やや付け根近くだ』
思った瞬間には直ぐに身体が行動に移っていた。
右の膝を地につけ、居射の形を取る。
丁度尻尾の真ん中を狙っていた鏃 の先を、やや付け根部分に寄せ、居射によってより下から這い上がる様な起動を作ると、迷いなく引き絞った弦を解き放った。
ヒュオッ!!
張り詰めていた弓が、瞬時に番 えられた矢をディアブロス亜種目掛けて打ち出す。
一度に三本握られた矢が、縦一列の編隊を組んで黒角竜へと突撃した。
狙い違わず、ハンターボウⅢから連射矢と呼ばれる技法で飛び出した三本の矢は、エレンの意思通りに、今まさに振り下ろされんとされる黒角竜の尻尾の、その裏側付け根の部分に三本とも突き立った。
──その時である。
グアァァァァァッッッ!!??
対モンスター用の頑強な弓だ。一般で使われる矢よりも遥かに太く鋭い造りをしているのだが、それがもたらせた効果は、射手であるエレンの……否、その場の全員の想像を絶する程、劇的なものであった。
なんと、苛烈を極めるディーンとフィオールの攻撃ですら、ロクに怯ませる事の出来なかったディアブロス亜種が、たったの三本の矢によって大きく仰け反ったのである。
その隙に、急ぎ尻尾の射程外から逃れるミハエル。
彼もダメージを被ることを覚悟していたのだが、助かったとは言え、他のメンバーと同じく驚きは隠せなかった。
ディーンとフィオールも然 りである。
お世辞にも、エレンの扱う弓矢の破壊力は高いとは言えない。
ライトボウガンから弓へと転向したばかりで、まだまだ強力な装備を作れていないからだ。
足元でディーン達が攻撃をしていたとは言え、エレンのたった三本の矢による攻撃がもたらした効果にしては、あり過ぎと言ってもあまりある物であった。
「助かったよ、エレンちゃん」
「いえ、ご無事で何よりです」
一旦ディアブロス亜種から間合いをとるついでに、エレンのそばまで走り寄ったミハエルが声をかける。
「エレンちゃん、今のって……」
それ以上に何と言って問えば良いのか解らず、尻すぼみになる言葉を投げかけるミハエルであったが、対するエレンは少しだけ考えるようなそぶりを見せると「何となくですが、解ったような気がします」と、まるで独白の様に呟いて、再び腰に吊るされた矢筒から、矢を三本掴んで弓につがえた。
先程と全く同じ容量で狙いを定めるエレンが、未だ怪訝な表情のディーンとフィオールに向けて声を上げる。
「ディーンさん! フィオールさん! ディアブロスの注意を引いてください!!」
ミハエルさんも。
と、鋭く言い放つや、再び間合いを調節する為走り出した。
それを聞いたディーンとフィオール反応は早い。
疑問は取り敢えず無理矢理押さえ込み、再び烈火の如き猛攻を再開する。
フィオールが正面にまわって黒角竜の眼前でガンランスを突きつけるや、徐 に引き金 を引く。
ガウンッ! ガウンッ! ガウンッ!!
銃槍が硝煙 を巻き上げ、弾丸がディアブロス亜種の顔面に降り注ぐ。
硬い甲殻に覆われた頭部を持つディアブロスだが、流石に至近距離での砲撃を受けては、先の尻尾へ奇襲をかけた相手を振り返ることもままならない。
更に脚部にはディーンと、一泊遅れて駆けつけたミハエルが、容赦ない斬撃を見舞う為、黒角竜は忌々しげに唸り声を上げる。
その隙をついて、ディアブロス亜種の背後で弓を構えるエレンの手から矢が放たれた
風を切って飛翔する3本の矢。
その凶暴なまでに鋭利な鏃が、先の矢と同じ箇所に突き刺さる。
刹那……。
グアアァァァァッッッッッ!!!???
再び上がる悲鳴。
あまりの激痛が襲いかかったのであろう。ディアブロス亜種は周りのハンター達への対処を忘れ、大きく仰け反った。
「漁夫の利 、頂戴する……ッ!」
大仰に叫ぶ黒角竜のその隙をついて、フィオールの銃槍がディアブロス亜種の双角のうち、右の一本に突き立つや、ブウゥンという音と共に内臓された液体燃料に火を付ける。
青白いバーナーの炎を思わせる火柱が、彼の持つガンランスの先端から立ち上がったかと思った、数俊後……。
ドドドオオォォォンッッ!!
ガンランス最大の砲撃、竜撃砲が火を吹いて、その砲弾を余すところ無く、超至近距離から黒角竜の右角へと叩きつけた。
頑強さを誇る黒角竜の角と言えど、これには流石に耐えきれなかったようだ。乾いた音を立てながら、竜撃砲の直撃を受けた箇所からばっきりと折れてしまった。
痛みに咆哮を上げるディアブロス亜種。
否、それは角を折られた痛みよりも、誇りの象徴たる角をへし折られた事による屈辱から来たものであろう。
ギロリと自らの角を折った下手人を睨みつけ、いざ制裁を加えんと攻撃体制に移る黒角竜。
それに対し、反射的に防御の体制に入ろうとするフィオールに、エレンからかけられた声は思わぬ内容であった。
「フィオールさん! 攻撃を続けてください! ディアブロスの反撃は私が封じます!!」
ムラマサの気など知ってか知らずか語らう二人の
にしても、シアの言う“素敵な色”とは、少しだけネコチュウがムラマサに漏らしたディーンの瞳の事であろうか。
曰く、感情が高ぶるか死にかけた時にのみ、ディーンの黒い瞳は
「さて、どうでしょうね。そう理想通りに行くでしょうか……」
機嫌を好転させたシアの言葉に、ルカは相変わらずの含み笑いを漏らしながら応える。
「もしかしたら……ですが」
その声にシアが眼下に落としていた視線をルカへと戻す。
「“もうひと組”の方はいざ知らず、この場は姫君の期待には応えてはくれないかもしれませんな」
「何よソレ、どう言う意味?」
いかにも思わせぶり、と言ったふうのルカの
その
二人の様子を伺いながらも、ムラマサも眼下で繰り広げられる戦いに注意を戻す。
すぐ真下付近、狩場の最南端に位置する、巨大な崖に隣接したエリアで黒角竜を相手どるディーン達は、再び黒きディアブロスを包囲する様に陣形を組んでいる。
対するディアブロス亜種も、怒りをあらわに彼らを威嚇する。
正面立って睨み合うのはフィオールである。
先程と同じく、ディーンとミハエルが左右から挟み込むように陣取り、エレンは後方へとまわる。
視線の会合は一瞬、皆一斉に地を蹴った。
「まぁ、いいわ。私の期待通りに事が運ぶか、貴方の予測通りになるか、結果は
その様子を見下ろすシアの口から紡がれる言葉は、先程とは打って変わって明るい。
ガンッと硬質な音を響かせて、フィオールの大盾が黒角竜の頭突きを防ぐや、その一瞬の隙をついて、ディーンとミハエルが両サイドから強襲する。
「
フードから僅かにのぞく口元にたたえる笑みを崩す様子なく、ルカが
それと同時に、エレンの放った矢が疾駆し、ディアブロス亜種の甲殻に突きたつも、頑丈で分厚い
黒角竜は動きを止めず、強靭な尻尾を振り回してディーン達近接武器を扱う物達を薙ぎ払う。
「………」
ムラマサは、異形二人とディーン達両方に気を取られ、目眩さえ覚えそうな気さえしながら、それでもなお、解せぬ言動は逃さなかった。
…まずは、だと?
気にしすぎではないだろう。
この異形二人、やはり“これ”以外に何かを隠している。
全くもって信じがたい事だが、今回の現状……黒きディアブロスと片角の魔王は、どうやらこの二人が呼び寄せたに違いなさそうである。
ただでさえ、驚異的としか言いようの無い角竜ディアブロスの突然変異種、魔王ディアソルテだけでも、充分絶望に値する。
しかし、ムラマサには先程ルカが何の気なしに言った口上が、まるでいばらの様に胸中に引っかかるのを、どうしても気のせいに出来ないでいた。
・・・
・・
・
「ッラァァッ!!」
ディーンが上げた掛け声には、少なからずの苛立ちが見て取れた。
普通の剣士では無理がありすぎる体制、前転回避での起き上がり
だが、如何に馬鹿力なディーンとは言えど、やはり充分な体重を乗せられずに放った一撃は、ロクなダメージを与える事はなかったようで、黒角竜は一切堪えた様子は無かった。
速度を緩める事なく走り抜けた黒いディアブロスは、砂上をズザザと滑るようにして、勢いを強引に殺して停止し、再びディーン達へと向き直った。
「チッ、どんだけしぶといんだクソヤロウ」
忌々しげに吐き捨てたディーンは、再び此方へと向かって駆け出す姿勢をとった黒角竜を睨み返す。
「全くだ。執着心の強すぎる御婦人の相手は、どの
同じく、少し離れた位置に立つフィオールもまた、言葉以上に辟易とした表情である。
「違ぇねぇ。俺達のチームの紅一点が、“そのテ”のタイプじゃない事に感謝しなきゃ……なっ!!」
語尾に合わせて横っ跳び。
そんなディーンのもといた位置を、漆黒の巨躯が駆け抜けて行った。
「確かに、攻撃は単調だから見切りやすいけれど、こうもタフだと、ちょっとしんどいね」
駆け寄って来たミハエルが、ディーンを助け起こしながら言う。
彼の言う通り、ディアブロスの攻撃は、基本的に単調で目立ったクセは少ない方だ、見切るのは容易い。
しかし、長期戦となると話は別である。
剥き出しの殺気を浴び続ける緊張感は、如何に屈強なハンター達であろうと、
そしてその疲労は、着実に身体の動きを鈍らせ、冷静な判断力をも奪って行き、例え単調な攻撃であろうと、捌ききれなくさせてしまうのだ。
「皆さん、気をつけてください! 潜る気です!」
走り抜けた黒角竜の様子を見たエレンが警戒の声を上げる。
一瞬ディーンがポーチに手を伸ばし、音爆弾を投げようとするも、地中に潜る黒角竜の様子を見て断念した。
先に述べたように、地中潜行するディアブロスは、視覚ではなく聴覚を頼りに移動する。
よって地中にいる間は神経を聴覚に集中させる為、強烈な音を発する音爆弾が実に効果的なのだ。
だがしかし、怒りに我を忘れたディアブロスは、聴覚を研ぎ澄ませるコトすら忘れるのか、音爆弾の金切り音にもビクともしない。
まさに今がそうである。
「立ち止まるな! 奴の潜った位置を視点に、円を描く様に走れっ!」
フィオールの険しい声が砂漠に鳴り響く。
この戦いで彼が見切った
地中では音で探知しているとは言え、どうやらそこまで優れた聴覚を持っていないディアブロスは、潜る瞬間にある程度狙う相手を決めている様なのだ。
故に、潜った後に“横に”移動してしまえば、最初の照準を狂わせるコトができるのである。
更に言えば、抵抗の弱い水中ならばいざ知らず、角竜が潜行するのは、水よりもはるかに抵抗の強い砂の海だ。
自ずと、移動は直進する事に限られる。
移動する相手に合わせて、“カーブしながら”追いかけるなんて真似は出来ないのだ。
「……来るぞッ! ミハエルの方だッ!」
砂が動いた。
それを素早く見てとったディーンが声を上げる。
彼の言葉が終わるのを待たずに、ミハエルがだんっと地を蹴って横っ跳びにその場から離れる。
来るとわかっていたとはいえ、いかんせんあの巨躯である。かわすのも一苦労だ。
その一瞬の
「ッ!?」
息を呑んだのはミハエル含む、その場の全員である。
危なげなく地中からの奇襲攻撃を回避したミハエルだったが、今回は運が悪かった。
「ヤバイ!?」
ディーンが急いで飛び出したディアブロス亜種の前方から脚部へと潜り込もうとし、フィオールもそれに倣う。
これも今までの戦いで彼らが気づいた事なのだが、ディアブロスはどうやら、地中から飛び出した後、死角となる後方を自慢の尻尾で薙ぎ払い、敵の反撃を封殺しようとする。
その動きは、十中八九ほぼ間違いなく行われるのだ。
そして今回は運悪く、横っ跳びに回避したミハエルを、少し追い抜く様に飛び出した黒角竜が振るうであろう尻尾の効果範囲に、体制を急ぎ整えようとするミハエルが位置する形となってしまったのだ。
このままでは、ミハエルがあの巨大な棍棒の様な尻尾の直撃を受けてしまう。
言うまでもなく、痛いじゃ済まない
黒角竜が飛び出した位置でそれを察したディーンとフィオールは、尻尾が振り回されるより先に脚部へとダメージを与え、それを阻止しようとしているのだ。
「デェヤッ!!」
「ハアァッ!!」
迅速な判断でいち早く脚部に潜り込んだディーンとフィオールが、各々の得物を振り下ろす。
だが、飛竜種の中でも突出したタフネスを誇るディアブロスの亜種が、それだけで攻撃の手を休める事は無かった。
「……クッ!!」
ミハエルが何とか身を起こして、尻尾の射程圏外へと脱出をはかる。しかし、間に合うかどうかは紙一重だ。
ディーンとフィオールの表情にも焦りが見える。
「……ッ!!」
一方、立ち位置的にディーン達の様に前方に回り込めなかったエレンが、せめて力の限り矢を放ち、ディアブロス亜種を止めようと、掴めるだけの矢を
何度も練習してきた動作だ、その両手は淀みなく動いて、無意識の内にピタリと狙いを定めてくれる。
元々一点にかける集中力は高い娘であったのだろう。この状態になると、世界がひどく静かに感じる程に神経が研ぎ澄まされる様な錯覚さえ覚える。
だからであろうか、エレンのギリギリまで鋭くなった脳裏には、ふと、クエスト開始時に言われた“あの言葉”が蘇った。
『尻尾の裏側、やや付け根近くだ』
思った瞬間には直ぐに身体が行動に移っていた。
右の膝を地につけ、居射の形を取る。
丁度尻尾の真ん中を狙っていた
ヒュオッ!!
張り詰めていた弓が、瞬時に
一度に三本握られた矢が、縦一列の編隊を組んで黒角竜へと突撃した。
狙い違わず、ハンターボウⅢから連射矢と呼ばれる技法で飛び出した三本の矢は、エレンの意思通りに、今まさに振り下ろされんとされる黒角竜の尻尾の、その裏側付け根の部分に三本とも突き立った。
──その時である。
グアァァァァァッッッ!!??
対モンスター用の頑強な弓だ。一般で使われる矢よりも遥かに太く鋭い造りをしているのだが、それがもたらせた効果は、射手であるエレンの……否、その場の全員の想像を絶する程、劇的なものであった。
なんと、苛烈を極めるディーンとフィオールの攻撃ですら、ロクに怯ませる事の出来なかったディアブロス亜種が、たったの三本の矢によって大きく仰け反ったのである。
その隙に、急ぎ尻尾の射程外から逃れるミハエル。
彼もダメージを被ることを覚悟していたのだが、助かったとは言え、他のメンバーと同じく驚きは隠せなかった。
ディーンとフィオールも
お世辞にも、エレンの扱う弓矢の破壊力は高いとは言えない。
ライトボウガンから弓へと転向したばかりで、まだまだ強力な装備を作れていないからだ。
足元でディーン達が攻撃をしていたとは言え、エレンのたった三本の矢による攻撃がもたらした効果にしては、あり過ぎと言ってもあまりある物であった。
「助かったよ、エレンちゃん」
「いえ、ご無事で何よりです」
一旦ディアブロス亜種から間合いをとるついでに、エレンのそばまで走り寄ったミハエルが声をかける。
「エレンちゃん、今のって……」
それ以上に何と言って問えば良いのか解らず、尻すぼみになる言葉を投げかけるミハエルであったが、対するエレンは少しだけ考えるようなそぶりを見せると「何となくですが、解ったような気がします」と、まるで独白の様に呟いて、再び腰に吊るされた矢筒から、矢を三本掴んで弓につがえた。
先程と全く同じ容量で狙いを定めるエレンが、未だ怪訝な表情のディーンとフィオールに向けて声を上げる。
「ディーンさん! フィオールさん! ディアブロスの注意を引いてください!!」
ミハエルさんも。
と、鋭く言い放つや、再び間合いを調節する為走り出した。
それを聞いたディーンとフィオール反応は早い。
疑問は取り敢えず無理矢理押さえ込み、再び烈火の如き猛攻を再開する。
フィオールが正面にまわって黒角竜の眼前でガンランスを突きつけるや、
ガウンッ! ガウンッ! ガウンッ!!
銃槍が
硬い甲殻に覆われた頭部を持つディアブロスだが、流石に至近距離での砲撃を受けては、先の尻尾へ奇襲をかけた相手を振り返ることもままならない。
更に脚部にはディーンと、一泊遅れて駆けつけたミハエルが、容赦ない斬撃を見舞う為、黒角竜は忌々しげに唸り声を上げる。
その隙をついて、ディアブロス亜種の背後で弓を構えるエレンの手から矢が放たれた
風を切って飛翔する3本の矢。
その凶暴なまでに鋭利な鏃が、先の矢と同じ箇所に突き刺さる。
刹那……。
グアアァァァァッッッッッ!!!???
再び上がる悲鳴。
あまりの激痛が襲いかかったのであろう。ディアブロス亜種は周りのハンター達への対処を忘れ、大きく仰け反った。
「
大仰に叫ぶ黒角竜のその隙をついて、フィオールの銃槍がディアブロス亜種の双角のうち、右の一本に突き立つや、ブウゥンという音と共に内臓された液体燃料に火を付ける。
青白いバーナーの炎を思わせる火柱が、彼の持つガンランスの先端から立ち上がったかと思った、数俊後……。
ドドドオオォォォンッッ!!
ガンランス最大の砲撃、竜撃砲が火を吹いて、その砲弾を余すところ無く、超至近距離から黒角竜の右角へと叩きつけた。
頑強さを誇る黒角竜の角と言えど、これには流石に耐えきれなかったようだ。乾いた音を立てながら、竜撃砲の直撃を受けた箇所からばっきりと折れてしまった。
痛みに咆哮を上げるディアブロス亜種。
否、それは角を折られた痛みよりも、誇りの象徴たる角をへし折られた事による屈辱から来たものであろう。
ギロリと自らの角を折った下手人を睨みつけ、いざ制裁を加えんと攻撃体制に移る黒角竜。
それに対し、反射的に防御の体制に入ろうとするフィオールに、エレンからかけられた声は思わぬ内容であった。
「フィオールさん! 攻撃を続けてください! ディアブロスの反撃は私が封じます!!」