2節(2)

文字数 5,408文字

 ポッケ村は、連なるフラヒヤ山脈の中にあり、その山々のひとつの中腹に、斜面を切り取ったように位置していた。

 ディーンが寝ていた家は、斜面にそって斜めに位置するこのポッケ村の真ん中にある、ちょっとした広場の近くにあり、その広場を中心に、ハンター達を統括するハンターズギルドの支部、回復薬など狩りに必要な道具を並べた雑貨屋、ハンターの商売道具たる武器防具を売る店が立ち並び、少なからず活気があった。

 ギルドの右脇にある坂を下れば、下層部にある家々や、村の出口があり、左脇には小規模ながらハンター用の訓練所があるらしい。

「思ったより暖かいな」

 とりあえず広場まで歩き、足を止めたディーンは、率直な感想を口にした。

「そうですね。あの雪山の側とは思えないくらいです」

 エレンも同じ事を感じたようで、ディーンに同意し、不思議そうな顔をした。

「ああ。あっちはまさに極寒だったが、こっちは薄着でもなんとかなりそうだな」

「でも、辺りに雪とか残ってるぜ?それでこの陽気はちょいと不思議だ」

 同意するフィオールに続くように、ディーンが三人共通の疑問を代弁した。
 そう、極寒のフラヒヤ山脈において、このポッケ村は不思議と暖かかったのだ。

「そニョ疑問にお答えするのニャ!」

 疑問の答えは、唐突に彼らの足下から聞こえてきた。

 突然声をかけられて、エレンが「きゃっ」と声を上げたが、ディーンとフィオールは大して驚かず、不躾(ぶしつけ)に話しかけてきた声の主に視線を向けた。

 そこには、人間の腰ほどの身長しかない猫のような姿の亜人種。

 ネズミ色の毛並みのアイルーと呼ばれる獣人が一匹、いつの間にか3人の後ろに立っていた。

「ああ、ビックリしました……」と、エレンが胸をなで下ろす。

「あなたは、たしかネコチュウさん……でしたね」

「ニャ! そニョとおり。オイラはネコチュウ。2人とも元気そうでニャによりニャ」

 少々気取ったふうに自己紹介するネコチュウと名乗るアイルー。そんなアイルーを「こちらのネコチュウさんが、崖に落ちたお2人を見つけてくださったんですよ」と、エレンは丁寧に自己紹介の補足するのだった。

「キミ達幸運だったニャ。昨日の晩は晴れてて満月だったから、スグに見つけられたニャ」

「そうだったのか。ありがとうネコチュウ。俺はディーン・シュバルツ。ハンター志望でこの村に来た。よろしくな!」

言うとディーンは、片膝をついて目線の高さを合わせて右手を差し出した。

「ニャ!? これはごてーねーに。こちらこそよろしくニャ!」

 差し出された右手を握り返しながら、挨拶を返すネコチュウは、少なからず感動していた。

 亜人種の中には、独自の文化を持ち、人間とは関わらないものと、竜人種のように、人間社会の一部となるものと様々な種族があるが、アイルー族はその中間に位置する。

 独自の文化を持ちつつも、人間との交流も盛んであり、ともにこの辺境に共存していると言える。

 しかし、人間社会において彼らアイルー族の立場は、あくまで“仕える者”であった為、人間からの態度は(身長的な理由もあるが)常に上から目線であった。

 それ故、ディーンのようにわざわざ“膝をついて目線を合わせる”といった行為をするものはとても少なかった。

「キミは変わってるニャ。オイラ達アイルーに対してそんニャふうにしてくれた人は見たことないニャ」

「命の恩人にヒトもアイルーもないだろう? その恩人に対して上から目線はしたくないからな」

 アイルーの手は人間の手の半分程のサイズしかない為、握ると言うよりも摘むような感覚だが、ディーンは握手越しにニヤリと笑いながら応えた。

「たしかに、ディーンの言うとおりだな」

 2人(?)やり取りを見ていたフィオールも、ディーンにならって膝をついた。

「私もディーンも君には世話になったようだ。この恩義には必ず報いる事を、我が槍に誓おう」

 ディーンに変わってネコチュウの手を握るフィオールの言葉に、「ニャ、ニャんか照れるニャ~」と真っ赤になって顔をこするネコチュウはとても愛くるしく、3人とも自然と頬がゆるむのだった。

「ところで、先程ネコチュウさんがおっしゃった、この村が暖かい理由って何なのでしょう?」

「あぁ、俺も気になるな。フラヒヤ山脈に隣接してるこのポッケ村が、なんでこんなに穏やかな気温なんだ?」

 言われてウニャウニャ言いながら顔をこすっていたネコチュウはハッと我に返った。

「ミャ!? すまニャいのニャ。このポッケ村が温泉の源泉近くにある事で、ここら辺一帯の地熱は結構高いことと、あと、山ミャく間で発生する気流の影響で、日中はほとんどの場合晴れてるのニャ。だから、昼ミャは薄着でもいくらか寒くニャいのニャ」

 自分の住む村を誇らしげに語るネコチュウは、ディーンやエレンが「なるほど~」などと感心している様をみて、とても満足そうに喉を鳴らす。

「そうニャ! せっかくニャんだし、オイラが村を案ニャいするニャ」

 どうやらネコチュウは、この三人をいたく気に入ったようだった。


・・・
・・



 ネコチュウに案内され、ディーン達はまず村長のもとへ向かうこととなった。

 と言っても、先ほどネコチュウと話していた場所から目と鼻の距離、村の出入り口へと続く坂道の脇にある石碑の前に(くだん)のポッケ村の村長はいた。

 オババのと呼ばれるその竜人族の老婆は、いつも石碑の側で焚き火をしながら、村の様子を見、村人達の悩みを聞いているという。

「おや、おぬしらもう起きていられるのかい?」

 ふぉっふぉと笑いながら、挨拶にきた若者達に、(普段からそうなのであろう)やわらかい物腰で応えた。

 他の村人達と同じく、ポポの皮を加工した防寒性の高い服に、帽子とミノが一緒になったような不思議なかぶり物をした、一風変わった人物だった。

「ようこそポッケ村へ、ハンター殿。わしはこの村の長をさせてもらっとる。皆はオババと呼んでおるがの」

「ディーン・シュバルツだ」

「フィオール・マックールです。お世話になります、オババ様」

「エレン・シルバラントです。御挨拶(ごあいさつ)が遅れたことをお()びします」

 三人の若者が各々(おのおの)名乗ると、オババは柔らかい笑みで「お三方とも、よろしく頼むよ」と歓迎してくれた。

 ヒトと比べてはるかに長寿である竜人族は、かなりの年月を重ねていてもその容姿は若々しい。

 だが、ヒトの基準でみても相当年老いているオババは、いったいどれほどの時間を生きてきたのであろうか……

 まさか、(いにしえ)のシュレイド時代をも経験しているということはないにせよ、歴史好きなフィオールは、今後このオババから歴史書にはのっていないような昔話が聞けるかもしれないと、内心期待に胸を膨らませるのだった。

「フィオールとやらに関しては、ココットの奴からの手紙で聞いておるよ。わざわざこんな村のために、遠いところを来てくれてありがとうよ」

「い、いえ、これも武者修行の一環です。お気になさらないでください」

 一人で勝手に知的好奇心が満たされるところを想像していたので、少し戸惑ってしまった。慌てて慇懃(いんぎん)な態度を取り繕うが、ディーンやエレンから見ると、少し可笑(おか)しかった。

 だが、そんなフィオールの様子を見たオババは、彼が照れて謙遜(けんそん)したのだと勘違いしたのか、「うむ、殊勝(しゅしょう)な態度じゃの」などと感心したので、フィオールは余計に気恥ずかしかった。

「いやはや、『かのマックール卿の(せがれ)をよこす』などと、ココットの奴からの手紙に書いてあったのでな。どんな者が来るのであろうかと、楽しみにしておったのよ」

 そう言うと、オババはふぉっふぉと笑う。

 途端にディーン達の視線がフィオールに釘付けとなった。

 それもそのはず、“かのマックール卿”と言われれば、ハンターやそれを(こころざ)す者だったらその名を知らぬものはいない。かつて王都ヴェルドに現れた、古龍と呼ばれる、もはや天災とも言える大自然の生んだ脅威。その中でも最大級の巨大さを誇る老山龍ラオシャンロンを退けた英傑(えいけつ)意外に、その名が使われることはない。

 その名も高き“深緑の騎士フィン・マックール”。

 その剛槍一つで数々の伝説を築き上げた、英雄の中の英雄である。

 現在はその功績を認められ、王より近衛騎士(このえきし)の位を授かった、ハンターとしては異例の人物である。

「父は、父です。私はただの若輩者のハンターですよ」

 フィオールは、努めて淡々と応える。

「ふぉっふぉ。その姿勢が大事なのじゃて。おぬしは父の偉功を笠に着ようと想えば、今頃は王都で高い身分を約束されて、豊かで平和な生活をしておったじゃろうて」

 オババはそんなフィオール心がわかるかのようであった。

「じゃがの、おぬしはそれをせずに自分を律し、一人のハンターとして()ろうとしておる。なかなか出来ることではないよ」

「……そんな格好の良いものではありませんよ」

 苦笑しながら返すフィオールは少々複雑そうな表情だった。

 そんなフィオールに「まぁ、存分に悩み、存分に精進するのがよかろうよ」と柔らかく諭すように言うと、オババは次にディーンに視線を向けた。

「さて、ディーンといったかね。ハンター志望者じゃと聞いたのじゃが、相違ないかね?」

「え?あ、ああ。ピノの村から来た。村長のばぁさまからの紹介状を書いてもらったんだけど……」

 フィオールの父親の話のほうばかりに気がいっていていたディーンは、突然話をふられて焦ってしまった。(ふところ)を慌ただしくパタパタとはたくが、目当て物は見つからない。

「あ、しまった。荷物はポーチの中だから、あの部屋において来ちまった……」

 うっかりしていた。散歩がてらと気楽に手ぶらできてしまった自分の迂闊(うかつ)さが情けない。

 すぐに取りに戻ろうと(きびす)を返しかけたディーンだったが、

「ふぉっふぉ……お主には申し訳ないがの、儂宛だったので読ませてもらった。くれぐれもよろしくと書いておったよ」

 どうやらその必要はなかったようだ。

「なんだ、それならそうと言ってくれよ。焦っちまったぜ 」

 頭をかき、照れ隠しを口にするディーンに、オババは相変わらず「ふぉっふぉ」と笑いながら。

「それはすまんかったの。こんな辺鄙(へんぴ)な村じゃ、余所から来た者の身元には敏感なんじゃよ。許しておくれ」

「いや、いいっすよ。見られては困るもんでもないし、手間も省けたし」

「そうかい、ありがとうよ。それじゃディーン。ギルドには儂からもよろしく言っておく。改めてよろしく頼むよ」

「ああ、ありがとうオババ。こちらこそよろしく」

 言って、握手を交わすディーンとオババ。フィオールもディーンに続き、改めてオババと握手した。

「さて、エレンだったね。おヌシはこの2人とは違う理由でこの村に来たようじゃが、わざわざこんな所まで、何故(なにゆえ)来なすったんじゃ?」

 最後に残ったエレンに向き直り問いかけるオババ。

 フィオールもそこは気になるところだった。この美しい少女は、どう考えてもこんな荒事だらけの辺境の地にはそぐわなかった。

 何よりも気品が違う。

 ハンターになる前は王都にいたフィオールは近衛騎士(こにえきし)として迎えられた父とともに、そう言った洗練された世界を見てきたためよくわかった。

 それに、この前は夜の暗がりだった為わからなかったが、エレンのその綺羅星(きらぼし)のように流れる銀髪と、整った顔立ちや鈴の音のような声には、どことなく覚えがあるようにフィオールは思えてならなかった。

…どこかで会ったか?それとも誰か似た人物を見たことがあるのか……

「え……と、わ……私は……その……」

 皆の視線にさらされるかたちとなったエレンは、すっかり萎縮(いしゅく)してしまったようだ。

 もともとが引っ込み思案な性格である上に人見知りなエレンである。

 兎に角追っ手から逃げ延びる事と、信頼できる伝手(つて)から聞いた「ポッケ村のオババは信頼できる。きっと助けてくれる」という言葉を信じて、命からがらなんとかポッケ村までたどり着けた。

 だが、加えて口下手な彼女は、どううまく状況を説明し、尚且(なおか)つ助けを乞う為の台詞(せりふ)が浮かばなかった。

「うぅ……」

…どうしましょう。なにをどう説明したら良いのか、皆目見当もつきません。いっそ全てを話してしまおうかしら……だ、駄目です!会ったばかりの皆さんを危険に(さら)してしまう。でも、私独りではどうすることもできないですし、万が一私が追っ手に捕まってしまうようなことがあれば、私の身柄を利用して、きっと大変な事態になってしまいます。
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