2節(2)

文字数 6,550文字

「な、なんだぁ!?」

 あまりに国の重鎮達の声が綺麗に重なったものだから、啖呵を切ったディーンの方が、逆に驚かされる。

「……お主、今なんと申した?」

 それまでロクに発言をしなかった国王が、最早狼狽と言っても過言ではないといった状態であった。

「え? 何って……」

「名じゃ! そなた、名を……名を何と申した!」

 明らかに余裕を失っている国王に、ディーンが思わず後ずさる。

「ディ、ディーン・シュバルツだ……」

黒きもの(シュバルツ)……」

 それだけ言うと、王は再び黙り込む。
 見ればバーネット卿も、何やらディーンを凝視してブツブツと呟いていた。

「まさか……だが、似すぎている……」

 マックール卿ですら、驚きを隠せぬ様だ。

「父上?」

 フィオールが彼に声をかけるが、マックール卿は唸るばかりであった。

「なんだってんだ……」

 困惑するディーン。それは、驚く三人以外の全ての者の共通の感情であった。

「ディーン君、だったね? シュバルツと名乗ってくれたが、君のご両親の名を、教えてはくれないか?」

 フィン・マックールが、意を決してといったふうに、ディーンへと問う。

 だが、ディーンはそれには応える事ができないのだ。
 何故ならば、彼には幼い頃の記憶がなくなっている。あるのは唯一、燃え盛る村と黒き龍と、白い騎士との原初の記憶のみ。

 何と返せばと迷っていると、彼の幼馴染であるリコリスが助け舟を出してくれた。

「ディーンくんは、以前の記憶を失っているんです。お父様のお名前はわかりませんが、お母様のお名前は……」

 そこで一瞬だけ、ディーンを見るリコリスは、構わないかと視線で問いかける。
了承の意味で頷くディーンを確認し、リコリスがその名を口にする。

「ライザ・シュバルツ」

 その言葉に対する反応は、三者が三様であった。

「やはりか!」と喜びを表したのは、英雄フィン・マックールであった。

 対してバーネット卿は忌々しいとばかりに、いや、それでは言い足りぬほど顔を歪めており、国王は一層表情をなくしていた。

「そうかそうか! やぱりか! その顔、その黒髪、間違いないな!」

 先程のように呵々(かか)と笑うと、マックール卿はディーンへと近寄り、彼の肩を抱いて言うのであった。

「そうか、あのセスに息子がいたのか(・・・・・・・・・・・・)!」

 その一言は、ディーンの心を鷲掴みにして離さなかった。

「セス……だって?」

 今度はディーンが驚愕の表情を浮かべて聞き返すが、それに応えるフィンは「ああ」とはっきり頷いてみせた。

「私が奴の顔を忘れるはずがあるものか。それに、君の母の名がライザ・シュバルツであるのなら、その父は奴に間違いがない」

 第一、君は奴の生き写しだ。と言うフィン・マックール。

「セス……俺の、父親……」

 父だと言う者の名を繰り返すディーンに、フィンは頷いてみせる。

「……ディーンさん」

 いつの間にか、ディーンのそばには仲間達が集まっていた。

「では、父上はディーンのご両親と知り合いだったのですか?」

 フィオールの問いに、彼の父は頷いた。

「ああ。そうだ。知り合いも何も、一時は共に戦った仲間だったのだよ。私も、セスも、ライザもな」

 その言葉にディーン達は驚いて、その続きを彼から聞き出そうと身を乗り出そうとした。
 その時であった。

「いい加減にして頂こうかマックール卿!」

 彼らを遮る声が上がった。
 皆が向けた視線の先には、陰湿な碧眼がギョロリと此方を睨みつけていた。

「其奴がセスの息子なら尚の事だ。早々に捕らえるべきであろう」

 などと、物騒な事を付け加えて。

「貴殿はまだその様な……。かの暗黒時代を集結させたのが王国軍の功績ではない事ぐらい、今日日(きょうび)本土の子供ですら騙せはしないと言うに」

「口の聞き方に気をつけて頂こうか近衛騎士長。今の私は子爵である。君よりも位は上なのだよ」
 呆れ顔で言うフィンに対し、バーネットは鼻を鳴らして言い返すので、かの英雄はますます呆れかえってしまった。

「……まったく」

 吐き捨てる様に呟くマックール卿。
 その様子をいかにも面白くなさそうに見るバーネットディーンの名を聞いて以降固まったままの国王に向けて進言するのであった。

「王よ。ここはやはり、この者共を捕らえ、我が姪を再び保護し、秘密を守るべきかと存じます。この都市の防衛に最大限貢献した、この私の声が聞けませぬか?」

 対してマックールも、負けじと国王へ進言する。

「王よ。いや、敢えて言おう。我が友ハロルド。また、貴方は過ちを繰り返すと言うのか?」

 尊大に言い放つバーネットとは対照的に、静かに言うのはフィン・マックールであった。

 皆の視線が集まる中、再び長い沈黙が訪れた。

 全ての決定権を委ねられたこの国の王は、誰もが見守る中、ようやく重たくなった唇を開くのであった。


「“エレンシア”よ。城の外に出ることは許さん」


 そう口を開く王の言葉に、エレンは目の前が暗くなる様な錯覚を覚える。

「父上! そんな!」

 今まで相当我慢をしていたのだろう、ファルローラが悲痛な声を上げるが、隣に立つ兄に抑えられていた。

「ハロルド王!?」

 フィンが目を見開いて叫ぶ声から逃げるかの様に、王はその顔を背ける。

「この糞ジジィがっ!!」

 ディーンが怒りのあまり叫ぶが、エレンの父親を殴りつけるのは、必死の思いで自重する。

 そしてそれは、彼のそばに立つ親友達。フィオールもミハエルも気持ちは同じであったのか、怒りに満ちた瞳を隠さずに、国王を睨みつけるのであった。

「さぁ、茶番は終わりだ。衛兵、この者共を拘束するのだ!」

 バーネット卿が勝ち誇った様に言い放つや、周りの兵達に命を飛ばす。
 リコリスとネコチュウが、放心するかの様なエレンに寄り添い、ディーン達が身構える。

 絶体絶命の窮地にも似た緊張の中、それを打ち破る声が、謁見広間の中に轟くのであった。


「その決議! 待っていただけますか!」


 広間に響き渡った声は、低く渋味がかったものであった。

 ばん、と。
 派手な音を上げて扉が開け放たれたかと思うと、その奥から数人の男女が淀みない足取りでその場に進み出る。

 一見してハンターとわかるその出で立ち。
 先頭に立つ男、おそらく今声をあげた本人であろう。

 褐色の肌に灰色の髪の毛を後ろで束ね、口の周りに髭を生やした男。しっかりと手入れされた髭に彩られた口元に、優しげな表情だが、その身にまとった装備は、ガリトスという、最前線(フロンティア)で活躍するハンターにしか支給されぬ防具である。

 背には、真っ白な、ランスにしては異様に長い槍を背負っている。
 顔の露出するタイプの兜だが、今はそれを外していた。

 彼に続いて部屋に入ってくるのは二人の男女。

 一人はしっかりとした体躯の大男である。
 短く切りそろえた茶色い頭髪に、いかにも豪快そうな性格がにじみ出る様な、髪の毛と同色の瞳を持つ男であり、纏う装備も彼によく似合っていた。

 エディオという、堅牢な全身鎧に身を包み、同じく兜を外してある。
 背中には大きく波打つ様な真紅の大剣を背負っていた。

 そばに立つ女は、男とは対照的に小柄であった。

 華奢で小柄なエレンよりも一層小さな身長に、燃える様な長い赤髪(せきはつ)
 気の強そうな美貌と深く青い瞳を持つ女は、まるでそれこそお姫様のドレスの様な防具を身にまとっていた。銘をオナブルと言う。

 背中には、鋼色の甲殻で精製されたライトボウガンが担がれている。

 ディーン達は見たことの無い顔であったが、フィン達に関しては別だった様だ。

「ああ、君達か。ちょうどいい、助かったよ」

「いえいえ。私達も、本当は急遽呼びつけられたクチでしてね」

 口髭のハンターが、和かにフィンへと応える。

「ええ。彼等には、相当無理を聞いて頂きましたよ」

 入ってきた三人の後に続く人物の声に、ディーン達は心当たりがあった。

「「「マーサ(さん)!?」」」

 呼ばれてそれに応えるのは、レクサーラで彼等と別れたムラマサ・ミドウその人であった。

 黒髪に黒い瞳。怪我により一線を退いたその元ハンター。

 ディーンに専用の武器を作ると言って、共に砂漠の死闘をくぐり抜けたレオニードとイルゼと共に、メゼポルタへと向かったはずであった。

「やあ、みんな。間に合って何よりだよ」

 言いながら手を振るムラマサの後ろには、彼と共にメゼポルタへと向かったイルゼとレオニードの姿もあった。

「よ! 皆ちゃんお元気そうでなにより」

「また会ったな」

 それぞれ片手を上げて見せながら、謁見広間へと入って来ると、ディーン達に並び立つ様に王族へと向かい、代表して褐色肌の男が口を開いた。

「ご無沙汰しております国王陛下。この度は、突然の訪問をお許し頂きたく存じます。何分、急を要する件でしたので」

 言って丁寧に頭を下げる男。
 それを見たフィオールとコルナリーナが、「間に合ったか」と胸を撫で下ろす。

 それに気づいたミハエルが「どういうこと?」と尋ねる。

「いやな、こうなる可能性もあると思って、メゼポルタへと向かったレオニード宛に、救援要請を送っておいたんだよ」

「お姉さんのツテを使ってねぇ〜」

 そう言う二人。

 真相はこうである。
 第一の拠点に入る前に、ディーン達は皆で話し合い、今回のエレンの意向を王に伝える旨を決めていた。

 しかし、その願いが聞き届けられなかった場合、ディーン達は一気に不利な状況に立たされる。下手をすれば国家反逆罪だ。

 ハンターズギルドが王国とはほぼ治外法権とはいえ、王国側としてもディーン達を逃しはしないであろう。

 その為の援軍として、フィオールは先の砂漠の死闘で出来上がった最前線(フロンティア)最有力の猟団、ラストサバイバーズのコネクション。
 つまり、ディーン達を大いに気に入ったレオニードへと救援要請を飛ばしていたのであった。

 まさか本当に来てくれるとは思っていなかったが、それでも助かったのは間違いなさそうである。

「何用だコルベット・コダール。今は見ての通り、取り込み中なのだぞ!」

 相当苛立った様子で、バーネット卿が褐色肌のハンターへと言葉を投げた。

「コルベット・コダール!?」

 その言葉に、リコリスが思わず声を上げた。
 いや、たまたま声を出したのが彼女なだけであり、他の仲間達も彼女と同じく、驚きに目を見開いていた。

 それに対し、先の砂漠の死闘で共闘し、友情を育んだ赤毛のレオニード・フィリップスが、ニヤリと笑って言うのだった。

「俺は“責任持って”って、言ったろう?最大限の援軍を、連れて来てやったぜ」

 そう言って片目を瞑ってみせるレオニード。

 彼等が驚くのも無理はない。
 今まさに、国王にも子爵にも臆さずに発言するこの男こそ、メゼポルタにその人ありと謳われた凄腕のハンター、コルベット・コダール。

 猟団ラストサバイバーズの団長、御自らの遠征であった。

「取り込み中なのは申し訳ないんですがねぇ。ギルド(こっち)としても困るんですよ子爵閣下ぁ」

 胴間声(どうまごえ)でそう言う、コルベットの隣に立った大男は、おそらくラストサバイバーズの豪剣と名高い、オズワルド・ツァイベルであろう。

 では、その傍に立つ小柄な女性は、弾雨(ブリットレイン)、ディータ・ディリータ・ディードリッド。通称DDD(トライディー)に間違いないだろう。

 それに加え、ラストサバイバーズの“斬り込み隊長”レオニード・フィリップス。
 ラストサバイバーズのトップ四人が勢揃いしていた。

「コイツらを拘束しようとしている様だが、何を勝手な事をしようとしているんだ?」

 小さい身体に似合わぬデカイ態度で、DDDがバーネット向けて言い放つ。

「アタシらギルドと、揉め事起こす気かい? 崇龍(ドラクル)子爵」

 つり上がった瞳でギロリと睨みつけるその様には、小柄だからといったハンデなど、この女性には全くの無意味な事であると思い知らされる。

 言われたバーネットは、言葉を失って呻くが、それでも引き下がりはしなかった。

「そうも言っていられぬ事情というものが、王国にもあるのだ。ギルドの言い分とはいえ、おいそれと此奴らを引き渡すわけにもいかん」

 その様子に、DDDはあからさまに舌打ちする。

「困りましたねぇ」

 言うのはコルベット・コダールである。
 見た目は強面なのだが、非常に丁寧な人物な様だ。

「私達も、大長老の名代として参ったものでして。そちらの事情もあるのはわかりますが、私達も、至急の依頼(クエスト)があるので、その関係上、彼等を引き渡すわけにはいかないのです」

 腕を組み、悩む様なポーズをみせるコルベットは、うーむとひとつ唸ってみせると、「では、こういうのは如何でしょうか?」と言って、妥協案を提示するのであった。

「私達ラストサバイバーズへの依頼(クエスト)は、そこにいる彼、ディーン・シュバルツ君を、ここにいるムラマサ氏と共に、シキの国へと送る事です。本来はディーン君の仲間達も同行させる予定なのですが、どうやらそれでは、そちらの都合がお悪い様子」

 そこまで一気に喋り終えると、コルベットは一旦言葉を区切って王家の者達と、そのそばに立つバーネット卿を見やる。
 フィオールからのレオニードへの文から、おおよその状況は認識しているが、どうやらフィオール達の懇願は聞き届けられなかったのは間違いだろうが、相手側も、問答無用で自分達の言い分を貫けるほど、強く出られぬ様であった。

 ならば、妥協案を飲ませることは容易い。

「では、一旦この場はこの問題は保留とさせていただき、私どもは依頼(クエスト)をこなさせていただこうと思います」

 そう言って、国王とバーネット卿双方を見渡すと、すぐに反論してこない事を確認し言葉を繋げるのであった。

「ディーン君の身柄は、申し訳ないんですが我々ラストサバイバーズが引き受けます。彼のシキの国での要件が済み次第、再び登城致しますので、その時にでも、改めてこの問題を議論すると致しませんか?」

 そこまで言うと、今度はフィンが賛同の意見を述べた。

「私もそれに賛成だハロルド王。ディーン君がシキの国から帰るまでの間は、彼等ハンター達の身柄は、このフィン・マックールが責任を持って預からせていただこう。ギルドとしても、元ハンターで近衛騎士である私であれば、納得してくれると思うが、如何かな団長殿?」

「ええ。マックール卿にそう言っていただけるならば、大長老の名代としても、なんの文句もありません」

 一気にそこまで話を進めてみせた二人は、どうだとばかりに国王へ向けて視線を向けた。

 流石に国王も、そしてバーネット卿も、ここまで言われてしまっては、それ以上自分側の都合を押し通すことはできなかった。

「……良きに、計らえ」

 ハロルド王は、苦しげにそれだけ口にすると「疲れたので休ませてもらう」と言い残し、ひとり足早に退いてしまうのであった。

 その背中めがけ、ディーンが一言言ってやろうとするが、腕にしがみついたエレンに止められ、その背中を目で追うしかできなかった。

 エレンに視線を送れば、悲しげな表情のまま自分を見上げる美しい瞳があった。
おそらく、望みを断たれて不安にかられているのだろう。

「大丈夫だ。心配すんな」

 そう声をかけてやると、少しだけだが、エレンの瞳に明るさが戻ってくれた様な気がした。
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