2節(12)

文字数 6,925文字

 先程までと打って変わり、今度はルークが責められる形となったかのような錯覚を覚える。

 酷い圧迫感だ。

 先のルーク自身のように、声をあげて彼を糾弾するものは今はいない。

 唯一声を荒げたエレンも、現在は毅然(きぜん)とルークを睨みつけるのみだ。

 だがしかし、それでもルークはまるで首筋に刃物を当てられた気分であった。
 背後に立つミハエルは徒手空拳(としゅくうけん)だ。自慢の双剣はまだ抜いていない。

 だが近い。

 ルークの得物はディーンと同じ大太刀である。そもそもが超至近距離に対処出来る装備ではないのだ。

 もしもルークがギルドナイトの権限を行使するにしても、先の一戦であれだけの体捌きをみせたミハエルである。

 素手での対人戦術を心得ていようがいまいが、恐らく関係はあるまい。 
もしもミハエルをやり過ごせたとしても、眼前には抜き身のガンランスを地面に立てたフィオールがいる。

 その名も高き深緑騎士(マックール)の嫡男。

 親の七光りなどでは決してない。そんなものはこの男と対峙する時に考えてもいけない。それだけは直感する。

 そして、その更に後ろには、あのバケモノがいるのだ。
 逆に先の一触即発の雰囲気から、レオニードとイルゼのお陰で事なきを得なかったとしたら……。

 想像すると背筋が凍る。

 それが悔しく口惜しく、だがむしろそのためか、ルークはこの重圧(プレッシャー)の中で、意地を張り続けられるのであった。

「ルーク……」

 相棒の状況を不憫に思ったのであろう。

 彼の名を呟くリコリスの声が、この場をやり過ごすきっかけになってくれた。

「……ちっ、貴様らのその態度は、上に報告させて貰うからな! レオにイルゼ、お前達もだ!」

 吐き捨てて踵を返し、剥ぎ取り作業を装ってその場から退散する自分の(さま)が、いかに無様なものか。

 それがわかってしまうからこそ、気遣って近づいてくるリコリスに対しても、無意識にキツイ言葉を吐いてしまうルークであった。


・・・
・・



「……むう」

 今日幾度目になるか知れぬ息がムラマサの喉から(こぼ)れ落ちる。

 話には聞いていた。
 だが、実際に目の当たりにすると、なるほど出鱈目(デタラメ)である。

「いやはや、言葉も出ないものだな。アレがディーン・シュバルツ。フィオール君やミハエル君が“出鱈目(デタラメ)”と称するわけだ」

 独り言が口から勝手に出てくるのが抑えられない事を自覚しつつも、ムラマサは言う。

「くっくっく。確かにアレならば通常(タダ)の対大型モンスター用の武装では、強度の限界など簡単に突破してしまうでしょうね」

「む。ディーン君ももう心得ているのだろう。途中から“あえて”体術主体の攻撃に切り替えていた様だしな」

「おや、気付かれましたか。なかなかの御慧眼(ごけいがん)であらせられる」

 そこまで会話して、ムラマサは何時の間にやらこの赤衣の男との距離が思いの外近づいている事に気付く。

「おお、これは失礼」

 対してこの赤衣のルカは、飄々(ひょうひょう)とまるで柳がしなる様に、スッとその身をムラマサから遠ざけた。

「しかし、あそこまでの膂力(りょりょく)。むしろ、あのお方には大剣かハンマーの方が相性が良さそうな気が致しますが」

 それでも彼は会話を途切る気はないらしい。
 続けてかけられる声に、ムラマサは一瞬だけどう応えたものかと考えたが、今更この逃げ場の無い状況でどうしようもない事を思い出すと、この赤衣の男との会話を楽しんだ方がより生産的であると、彼なりの答えを口にする。

「いや、私はそうは思わないね」

「……ほう?」

 そう、今後このも得体の知れない連中にビビっていては面白くない。これでも彼は元凄腕のハンターなのだ。

 そんなムラマサの、ある意味覚悟の座った声音を聞いたルカが、いかにも面白そうに相槌(あいづち)を打つ。

「かなりクセのある戦いかたとは言え、ディーン君は太刀の正しい使い方をしている。そもそも、数ある対大型モンスター用の武器の中で、こと“斬る”という行為において、もっとも正しく機能しているのは太刀だ」

「なるほど。確かにそれ以外の武器は総て、“斬る”と言うよりも“叩き斬る”と言ったところでしょうか」

(しか)りだ」

 皆まで言うまでもなく話についてくるルカに、ムラマサが満足そうに頷いて返す。
さて、“斬る”と“叩き斬る”。

 読者諸君は同じ様に聞こえるかも知れないが、本質的には違ってくる事にお気付きだろうか。

 大剣に代表される、ハンター達がその命を預ける数多くの近接武器だが、ムラマサ言う通りその多くは過重量(かじゅうりょう)による圧力の斬撃である。
 見るからに超重量な大剣だけでなく、片手剣や双剣に至っても、鋭い切っ先を勢いよく叩きつける事による結果、対象を切断させるのだ。

 それに対し太刀の“斬る”という行為は、当てがった刃を“(すべ)らせる”事による摩擦(まさつ)によって、対象を切断するに至る。

「確かに大剣の超重量は、ディーン君の怪力との相性が良いだろう。だが、ものには限度というものがある」

「ふむ。得心(とくしん)しました。確かに貴方の言う通り、あの方の膂力は大剣との相性が良すぎると言う訳ですか」

 良すぎる相性。
 つまりはこういう事である。

 太刀よりも分厚く重い大剣は、重い分余計にディーンの怪力による負荷を刀身にかけることになり、分厚い刃は刀身にかかる負荷を逃がし切る事ができない。

「同じ理由で、ハンマーも駄目だろうね。むしろ、衝撃を完全に吸収してしまって、余計に壊れやすいかも知れん。ランスやガンランスも無理がある。一点に集中して負荷がかかるだろうし、柄の部分がすぐイカレてしまうだろう」

 だからこその太刀なのだ。
 薄い刀身だからこそ、摩擦による斬撃だからこそ、負荷がかかり過ぎる前に対象が裂けるのである。

「やはり、私達の目に狂いは無かった様ですね。実に喜ばしいことです」

「そうね。私もそう思うわ」

 先ほどまで少し離れた場所で、話に加わるでもなく聞いていたシアも、ルカと同じ様に明るい声音で言う。

 幼い外見に寒気すら覚える程整った容姿の真白(ましろ)い童女は、不相応過ぎるくらいに妖艶に微笑んでみせるものだから、大の男であるムラマサも、思わずどきりとしてしまう。

 そんなムラマサの内心を知ってか知らずか、シアは澄ました顔で視線を下界へと落す。
 先に害意は無いと言ってはいたが、どうやらそれは本当の様だ。

 そう思ったムラマサは、眼下で繰り広げられた激戦のせいで有耶無耶(うやむや)になっていた疑問をぶつけてみる事にした。

「君達は、いったい何者なんだ? 何が目的でこんな真似を……」

 今更と言えば今更すぎる質問である。
 だが、聞くチャンスをずっと逸していた疑問だ。この機を逃せば、もう問いただす機会に恵まれないだろう。

「おじさま……確か、マーサさんと呼べばいいのかしら?」

 応えたのはシアの方だった。

「なんだか一段落ついたかの様な物言いだけれど、それはちょっと早計(そうけい)なんじゃないかしら?」

「何……?」

 帰ってきたシアの言葉に、話をはぐらかす様な色は無い。

 だが、レクサーラに迫る脅威たる角竜の(つがい)は無事狩猟されたのだ、これ以外にどの様な問題が残っていると言うのだろうか。

 シアは何を思うのか、そんなムラマサの表情を満足気な笑顔で一瞥(いちべつ)すると、再び眼下のディーン達へと視線を落とす。

「マーサさんもそうだけど、お兄様達も大概(たいがい)ね」

 つられて見れば、彼等は剥ぎ取り作業を終え、ベースキャンプへと戻るところらしく、オアシスのあるエリアから移動を開始していた。

 気付けば間もなく夕暮れ時の様だ。
 遠目からは解らないが、きっと彼等の心情には一狩り終えた後の達成感と安堵感が有るだろう。

 それをシアは言っているのだろうか。
 そこまで考えたムラマサだが、ふと視線の端に見えた光景にその思案を強制的に中断させられた。

 それは、今まさにディーン達が通りかかろうとする、オアシスのエリアの隣、巨大な岩山に挟まれた日陰のエリアである。

 その場所は先程ディーン達新人組が、追い詰めた黒いディアブロス亜種を捕獲したエリアだ。
 苦し紛れに逃げ出したディアブロス亜種を、ペイントボールの匂いを利用して冷静に追い詰め、エレンの弓によって動きを妨害しながら着実にダメージを与え続けて、最終的に捕獲に成功したのだ。

 だが、しかし……

「馬鹿な……?」
 ムラマサが思わず呟く。

…そんな馬鹿な。確かにあのエリアはディーン君達がディアブロス亜種を捕獲した(はず)だ。私も確かに確認した。見事な狩りだった。だがそんな馬鹿な、如何に辺境のスカベンジャーが貪欲であろうとも、あの巨躯だぞ……


「いない……? 捕獲した(はず)のディアブロス亜種が……」


 ムラマサの驚愕の呟きに、シアの笑みが一層深くなった。

 そう。彼らの視線の先には、あるはずのモノが存在しないのだ。

 即ち、ディーン達が捉えたはずの黒角竜が。

 先程述べたとおり、岩山の陰になっているのでわかりずらいが、確かに捕獲したポイントには横たわっている筈の巨躯が無い。

(ちまた)では、貴方達みたいな人の事をこう言うんじゃ無いかしら?」

 そう言ったシアは、スッと気球のへりに進み出ると、先程と同じ様に両手を掲げる。
 傍には赤衣のルカ。

 ムラマサはこの光景に見覚えがある。

 この狩りの開始際》、まるで号令でも発したかの様に角竜を呼び出した時と同じである。

 ゴクリと生唾を飲み込むムラマサを尻目に、シアがさも面白そうに言い放つ。


油断大敵(ゆだんたいてき)


 そして、彼女の小さな手の平がうち合わされると、その一見華奢な両手から出された乾いた音は、不自然な程高らかに響き渡った。


・・・
・・



 時間は少しだけ(さかのぼ)る。

 違和感(それ)にいち早く気が付いたのは、先頭を歩いていたミハエルであった。

「えっ?」

 一瞬だけ状況を認識できずに、思わず間の抜けた声が彼の口からこぼれ出るが、すぐにその異常性を見てとった彼は、すぐさまその場へと駆け出した。

 その後ろには、彼と同じく表情を険しくした仲間達と、一体何事かと怪訝な顔の先輩組が続く。

「どうしたって言うんだ!」

 最後に現場に走りよって来たルークが、苛立ちを抑えることもなく問いかけてきたが、険しい顔の新人組の面々はすぐには応える事ができなかった。

「……」

 ミハエルが地面に手を当てて様子を探り、フィオールはその場の周りの様子を観察している中、少しだけ戸惑った様な声色で返した。

「それが、この場所で確かに黒角竜を捕獲したんですが……」

「何だって? そんなもの、どこにもいないじゃないか」

 ルークの言うとおり、(くだん)飛竜種(ひりゅうしゅ)の影も形もそこには無かった。

「まさか、逃げられたとか?」

 リコリスがそう口にする。だがすぐに後ろから「それは無いな」と否定され、憮然たる面持ちでかけられた声の主へと振り返る。

 言ったのはレオニードであった。

「俺達ハンターの扱う捕獲用麻酔薬(ほかくようますいやく)は強力だ。一度でもその効果を発揮したのであれば、例えば耳元で大タル爆弾を起爆されようが起きない。と言うか起きられないのさ」

 彼の言うのは、大型モンスターを捕獲する時に用いるのが、捕獲用麻酔薬を凝縮して詰め込んだ捕獲用(ほかくよう)麻酔玉(ますいだま)と呼ばれる物の事である。
そもそも捕獲用麻酔玉は、何の準備もなしに用いれば、はっきり言って一切効果が無い。

 鋭い反射神経を持つ大型モンスターは、明らかに毒物である捕獲用麻酔玉の成分を、間抜けにも吸いこんだりなどするワケもないし、仮に少しでも吸い込んでしまったとて、強靭な生命力が麻酔薬を克服してしまうからである。

 だが、充分に弱らせた後、罠にはめて身動きが取れぬ状態にまで追い込んでしまえば話は別だ。

 消耗した状態な上に、罠で自由を奪われていれば、如何な屈強な大型モンスターであろうとも、麻酔薬が誘う眠りの世界への誘惑には抗えない。

 それ故、一度でも麻酔玉による昏睡状態にしていてしまえば、 まず起きないし、逃げられるなど以っての外である。

「じゃあ、一体何処にその捕獲したハズのディアブロス亜種がいるって言うんだ!」

 どうやら、先の一件は彼にとって、相当腹に据えかねるようだ。
 刺々しく言及するルークだが、新人組達はそんな彼の罵声すら耳に入らない様子である。

 この日陰のエリアで黒角竜を捕獲したのは間違いない。

 だが、捕らえたはずのディアブロス亜種の姿は忽然と消え失せているのだ。

…では、いったい何処(どこ)に……?

 皆がそう思い浮かべた矢先である。

「みんな! こっちに来てくれるかな?」

 やや緊迫した面持ちの、ミハエルの声がかかった。

「……これは」

 夕暮れ時で太陽が大きく傾いている上に、薄暗いこの日陰のエリアであるため、わかりにくかったのだが、近づいてみると“それ”ははっきり見て取れた。

「……血痕(けっこん)……なのか?」

 声がかかった時一番近くにいたフィオールが、地面に膝をついてそれ──ドス黒く変色した血痕に触れるながら言う。

「その様だ……状況からみれば、おそらくはディアブロス亜種のモノだろうが、それにしたって……」

 レオニードが言葉を引き継ぐが、やはり彼もそこから先を続けるには抵抗があるようだった。

「ディアブロス亜種のって……」

「ば……馬鹿も休み休み言えっ!飛竜種の中でも屈指の巨体を持つディアブロスだぞ!」

 呻くリコリスにかぶせる様に、ルークが怒鳴り散らす。

 無理もない。

 ディアソルテとの激戦に、ディーン達新人組が援軍として現れてから今に至るまで、ものの数刻と経っていないのだ。

 そんな短時間で、あの巨大な飛竜種を文字通り消し去るなど、とても想像できない。

「いや、多分間違いねぇな」

 だが、そんなルークの言葉を否定する声が上がる。
 足元の、おそらく血痕が染み込んだのであろう、若干固まりかけた砂を摘み上げながら、ディーンが口を開いたのだ。

「みんな、足元をよく見てくれ。日陰になってて解りにくいだろうが、よく見ればこの辺り一帯、似たような血痕が飛び散っているぜ」

「……ヒッ」

「うわぁっ!?

 そう言うディーンの言葉に、思わずエレンとリコリスの喉から悲鳴が漏れる。

 そんな女性陣の中で、イルゼだけは冷静に足元に目を凝らし、ディーンの言い分が正しいと「なるほどな。少年の言う通りの様だ」などと呟きながら、彼女も足元の砂を摘み上げ、鼻を近づけながら言葉を続けた。

「この乾燥した空気と、狩場に無数にいる腐肉食虫(スカベンジャー)どものせいもあるだろうがな……やはりだ、微かだが血の匂いがする」

 言って土塊(つちくれ)の様に固まった砂を投げ捨てるイルゼ。
 言われて一同が目を凝らせば、ディーンとイルゼの言う通り、今自分たちが立っているこの場所が、夕暮れ時の暗がりに広がる(おびただ)しい血の海だった場所であることが理解できた。

 途端にエレンとリコリスが再び息を飲み、えも知れぬ恐怖にその身を寄せ合う。
 対してフィオールとミハエルは、背中合わせになって周囲を警戒し、レオニードも背中のドン・フルートを握り締め、その身を臨戦体制へと移行させた。

 野生的な勘の鋭いディーンとイルゼの二人に至っては、既に極力無駄な力を抜いて、何が来ても応じられるようにしている。

「何なんだって言うんだ……」

 そんな中、ルークが頭を抱えるようにして呟く。

「何なんだってんだ畜生!」

 すぐにでもこの場から離れたい意思の現れなのか、じりじりと後ずさりながら、発する声音が次第に大きくなってくるのを、本人も自覚しているのだろうか。

 いや、もし自覚していたとしても、それを誰が非難できよう。

 彼の身になって考えてほしい。

 都市伝説的な規格外である片角の魔王こと、突然変異種ディアソルテとの遭遇や、常識外なディーン・シュバルツの豹変。

 そして、自身の自尊心(プライド)を傷付けられた上で、今のこの異常事態だ。
 これでどうにかならぬ方がおかしい。
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