1節(4)
文字数 5,685文字
「腹は決まったな?」
問いかけにエレンが頷くのを確認すると、ハンターは一歩前に進み出ると、胴体を丸々隠せそうな大盾を突き出し、ランス特有の突進の構えをとる。
「さぁ、もう閃光玉の効力が切れる。ティガレックスが視界を取り戻す直後に仕掛けるぞ。私は前、君は左側面だ。倒そうと思うな、今は皆が撤退する時間を稼ぐんだ。」
「諒解 !」
ディーンがティガレックスから注意を外さず声だけで応える。
「お嬢さんは今の内に急いで離脱してくれ」
「わかりました」
エレンは返事を返すと、踵 を返して走り出した。
「よし、まずは彼女の背中を守るぞ!」
「応 !」
ティガレックスは視力が戻ったのか、自らに挑もうとする2人の人間に対し、怒りをあらわに顎 を打ち鳴らす。
「ハンター、フィオール・マックール!」
「ディーン・シュバルツ!ハンター志望!」
自己紹介の代わりとばかりに名乗りを上げる2人に、ティガレックスは雄叫び上げて返す。
いざ……
「「参るっ!!」」
まるで申し合わせたかのように、まったく同時に裂帛 の気合いを鬨 の声にのせ、2人のハンターが轟竜に向かって駆ける。
ここにまたひとつ、気高い魂が巡り会った瞬間であった。
「おおおぉぉぉぉっ!!!」
フィオールが猛然とティガレックスへ突撃する。
轟竜の顔面に体当たりするようにパラディンランスを突き出すも、頬 のウロコ数枚を削り飛ばした程度のダメージしかない。
小さく舌打ちし、すぐさま大盾で身を守る。
間髪入れる間もなくにティガレックスが反撃に転じてきた。
ブンと風を切り、鋭い爪の生えた左前足が振りおろされたが、フィオールの大盾はその一撃を見事に防いだ。
「はぁっ!!」
轟竜の意識がフィオールに向いた隙 を、今度はディーンが攻める。
左側面から目を見張るスピードで接近すると、がら空きになった左脇腹に体重の乗った斬撃を叩き込む。
ガィンッッッ!!
鈍い手応えが振り抜いた両手に残る。
かまわず突き、切り上げから流れるように刃を返して胴を薙ぐように切り払うと同時にバックステップ。
着地するやすぐさま横っ跳びで距離をとったディーンのもといた場所を、高速で轟竜の尻尾が通過する。
間一髪だ。
「ったく、あぶねーなぁ。オイ」
悪態をつきながらも、ディーンは巧 みに間合いをとって体勢を整えた。
同じ箇所を狙って叩き込んだ連撃も全て鈍い手応えであった。どうやら相当硬い鱗で被われているようだ。
一方、狙いを違 えた轟竜の尻尾は、勢いを無くさずそのままフィオールを襲う。
これも盾で危なげなく受け流したフィオールはすかさずランスを背中のマウントへと戻し、轟竜から離れた。
足元に小型のタルに発火性の強いニトロダケで作った爆薬をギッシリ詰め込んだ数個の小タル爆弾を残して……
ボボボンッッッ!!
振り返ったティガレックスの顎の下で小タル爆弾が連続して炸裂する。
だが、一瞬動きを止めたものの、やはりダメージはほとんどない。
「チィッ!」
ティガレックスがお返しとばかりに雄叫び上げてフィオール目指して突進する。
武器を展開し、再び盾を構える暇はない。
慌てて倒れこむように横に跳ぶ。
無様にすっ転んだ様に見えるが、おかげでギリギリ轟竜をやり過ごすことができたのだ。背に腹は代えられない。
「大丈夫かぃ、先輩?」
いつの間にかディーンが走り寄り手を差し出してきた。
先ほどの太刀 裁 きといい、動きといい、この男、とても新人とは思えない。
さらに言えば、初めて見る飛竜に対し、当初は恐怖感や危機感はを感じていたようだが、今はむしろそれを楽しんでいるような雰囲気さえある。
「フィオールでかまわない」
何はともあれ、この状況では頼もしい限りである。
ディーンがフィオールを助け起こすと、2人は再び轟竜に向き直った。
ティガレックスは突進の勢いをスリップターンの容量で相殺し、獲物をしとめ損ねた苛立ちをこめて2人を睨み返した。
「ディーンと言ったな。戦い方は誰に習った?」
「ん?太刀の振り方は、昔村に住んでた元ハンターのジイサンから。戦い方は……まぁ、テキトーに」
言ってニッと歯を見せて笑うディーン。
…なんて奴だ。
思わず唸り声を上げそうになるのはフィオールである。
ただ一度斬りむすんだだけだが、適当な動きであれだけ完璧にティガレックスの死角に入り、尚且 つ一瞬で四連撃を叩き込んで見せるなど、末恐ろしい男だ。
「ハハ、テキトーときたか、まったく出鱈目 な奴だなお前は」
「そう言うアンタだって、あのデカブツの動きを今んとこ完封じゃねーか。流石 だぜ」
ディーンもフィオールに賛辞を返す。
あのティガレックスと言う飛竜、デカい図体のクセにとんでもなく素速い。
そんなヤツの攻撃を至近距離でしのぎきるなど、並の技量で出来る芸当とは思えない。
どうやら轟竜の方も、目の前に立ちはだかる2人の人間を明確な脅威であると認識したようだった。唸り声を上げて威嚇する。
しかし、2人の力量が高かろうと、明らかに準備不足な現状である。
やはり倒しきるのは難しいようだ。
「今の武装で倒すのは無理な相手のようだな。あのお嬢さんが安全圏に逃げるまで時間を稼いだら、私達も撤退するぞ」
「同感だ。だが、時間稼ぎっつっても、どんだけ粘らなきゃなんないんだ?」
「最低1時間だな」
「……うへぇ……」
ディーンが心底嫌そうな声を出した。
「ハンター志望者がそんな弱音をはくな」
「へいへい。わかりました……よっ!」
言い終わると同時に左右に散る2人。
ズダァンッッッ!!!!
そこへ、約40メートル強あった距離をひと跳びで飛び越し、ティガレックスが突っ込んできた。
2人が立っていた地面には、振りおろされた剛爪によって巨大な3本の、文字通り爪痕が残された。
「ゾッとしないぜ。ったく!」
無事回避したディーンが抉 られた地面をみて吐き捨てる。
あんなものをこの貧弱な防具でくらったら……
「想像したくもねえな!」
だが、今度はこちらが反撃する番だ。
「今だ!行くぞディーン!!」
ディーンとフィオールが空振りして隙を作ったティガレックスに左右から襲いかかった。
全く同時の両サイドからの攻撃である。
左側面からディーンが鋭い連撃を、右側面からはフィオールが渾身の3連突きを見舞った。
ギャアァァァッッ!!
痛みの声をあげ、轟竜が初めて後退した。
強靭 な四肢 で地面を蹴り、後方へ大きく跳びさがったのだ。
「チャンス!」
すかさずディーンが追う。ここで一気にたたみかけてるべく、目にも留まらぬ速さでティガレックスに接近する。
……嫌な予感がした。
「よせっ!ディーン、深追いするな!」
フィオールが叫ぶがディーンは止まらない。
否、止まれない。
一気に肉薄したディーンは、振りかぶった太刀を振り下ろ……
「っ!?」
そうとした時には既に遅く、ティガレックスの意図に気付いたディーンは己の迂闊 さを痛感するしかなかった。
ガアアアアアアァァァァァッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!
両の前足を大地に突き立て、上体を上げたティガレックスの口から轟音がはなたれた。
バインドボイスと呼ばれる飛竜種の生態の一つだ。
大音量もさることながら、人間の体が反射的に硬直してしまう恐ろしい業 である。
だが、それだけではすまされなかった。
驚くべきことに、ティガレックスのバインドボイスは、轟竜の名に恥じぬまさしく轟音であり、それは衝撃波となりディーンを吹き飛ばしたのだ。
「ディーン!?」
吹き飛ばされたディーンは蹴鞠 のように数回バウンドすると、山の斜面にぶつかってようやく止まった。
岸壁にしたたかに背中を打ちつけたディーンが苦悶の息をはくが、太刀はまだ握り締めたままだった。
「くっ……」
その太刀を杖代わりに、何とか倒れずに踏みとどまろうとしたディーンだったが、至近距離でバインドボイスをくらってしまったためか、ふらつき膝を突いてしまった。
三半規管 が盛大に悲鳴を上げているのがわかる。
「まずいっ!」
フィオールがフォローに走ろうとするが、今度はティガレックスの方が速かった。
轟竜は振り上げた前足を地面に叩きつけると同時に、めくれあがった地面をその勢いでディーンに向かって弾き飛ばしたのだ。
弾き出された巨大な礫 は物凄い勢いでディーンに飛来し、そして当のディーンはかわせる体勢ではない。
「ディーンッ!!」
フィオールの叫び虚しく、塊はディーンを直撃し、その衝撃で背後の斜面の雪が崩れ落ちてディーンを埋めてしまった。
「そ……そんな……」
呻くフィオールに、ティガレックスが振り向いた。
怒りによる興奮のためか、体の表面に血管が浮き上がり、さながらボディペイントのような模様を浮かび上がらせて。
「くそっ」
吐き捨てて、フィオールはランスを構え、雪山に現れた絶対強者を睨み返した。
兎に角急いでディーンを救出し、手当しないと……
非常にまずい状況になった。
ディーンのあの貧弱な防具では、間違い無くあれで戦闘不能だろう。下手したら即死しているかもしれない。
急いでディーンの状態を確認したいが、眼前の轟竜はそれを許しはしないだろう。迂闊 には動けない。
そんなフィオールに、当然の事ながらティガレックスは容赦 などしない。
怒り状態のティガレックスの猛攻は、先程とは段違いに激しかった。
再びフィオールめがけて突進するその勢い、スピードは凄まじく、盾で受け流すも、その衝撃は腕を痺れさせ、体力を著しく奪っていった。
突進を受け流されたティガレックスは、アクセルターンの要領で無理矢理に方向転換し、執拗 にフィオールに襲いかかった。
「グゥッ!」
衝撃に歯を食いしばってなんとか耐えたが、こんなものもう何発も捌 ききれない。
「くそっ、せめて正規のクエストであったら……」
弱音ははきたくなかったが、つい口をついてしまう。
ギルドやそれに関する依頼であるならば、ハンターへのフォローとして支給品などを受け取ったり、アイルーと呼ばれる猫のような亜人種が救護班として負傷者を運んでくれたりするのだが……
「ディーン……生きていてくれよ!」
祈りながらフィオールは轟竜に向き直った。
ティガレックスは二度にわたる突進を防がれ、苛立ったようにガチンガチンとその大顎を打ち鳴らす。
対するフィオールは痺れる腕を気力で持ち上げ、再び繰り出されるであろう轟竜の猛攻から身を守るために、腰を落とした。
このままではジリ貧であることはわかっていたが、今はとにかく奴の怒りが鎮 まるまで耐え続けるしかない。
焦る心を無理矢理おさえ、フィオールは深く息をはいた。
「冷静に……冷静になれフィオール・マックール。
飛竜種の怒り状態は長続きはしないはず、まずはそれまで凌 ぎきるんだ」
自分に言い聞かせるように呟く。
その呟きに答えるように轟竜が吠える。
まるで、そうはさせぬとでも言うように。
ガアァァァァッ!!!!
ティガレックスが再び地を蹴った。ドスドスと大きな地響きを上げ迫り来る。
「馬鹿 の一つ覚えがっ!」
去 なすフィオール。
ぎぃんと盾が火花を散らし、轟竜の突進による衝撃を受け流す。
だが、ティガレックスもこれだけでフィオールを倒せるとは思っていなかったようだ。
轟竜は、再度アクセルターンで向きを変え、フィオールを狙う。
「くっ!」
先程と同じ往復攻撃だが、一度見たパターンである。痺れる腕でなんとか防ぎきった。
しかし、ティガレックスは休む間をフィオールに与えない。
走り抜けるとすぐさま向き直り、今度は振り上げた前足を地面に叩きつけ、めくれあがった地盤を飛ばしてきた。
流石にフィオールもスタミナの限界だった。
なんとか防ぎはしたものの、盾を持つ腕は下がり、膝を地面につけてしまった。その隙を見逃すほどあまい相手ではない。
轟竜が跳ぶ。
開いていた距離を一足でつめ、空中で振りかぶった右前足を躊躇なく振り下ろした。
「がはっ!!」
苦痛が息に混じり口から吐き出された。
まるで全身の骨が砕けたかのような激痛が体中を駆け巡る。
ティガレックスの一撃は、フィオールの鎧に痛々しい3本の爪痕を刻みこみ、且 つ、彼を大きく後方へ弾き飛ばした。
フィオールは切り立った崖の手前まで飛ばされ、最終的にゴロゴロ転がって止まった時には、まさしく崖っぷちの所だった。
離れゆく意識を懸命につなぎ止め、なんとか立ち上がろうとするが、僅 かに上体を起こすのが精一杯で、逆に全身に走った激痛に苦悶の声を出した。
噎 せるように吐血する。
自らの血が雪原に赤い染みを作るのを見たフィオールは、痛みを懸命にこらえながら、自身の状態を確認する。
……絶望的だった。
問いかけにエレンが頷くのを確認すると、ハンターは一歩前に進み出ると、胴体を丸々隠せそうな大盾を突き出し、ランス特有の突進の構えをとる。
「さぁ、もう閃光玉の効力が切れる。ティガレックスが視界を取り戻す直後に仕掛けるぞ。私は前、君は左側面だ。倒そうと思うな、今は皆が撤退する時間を稼ぐんだ。」
「
ディーンがティガレックスから注意を外さず声だけで応える。
「お嬢さんは今の内に急いで離脱してくれ」
「わかりました」
エレンは返事を返すと、
「よし、まずは彼女の背中を守るぞ!」
「
ティガレックスは視力が戻ったのか、自らに挑もうとする2人の人間に対し、怒りをあらわに
「ハンター、フィオール・マックール!」
「ディーン・シュバルツ!ハンター志望!」
自己紹介の代わりとばかりに名乗りを上げる2人に、ティガレックスは雄叫び上げて返す。
いざ……
「「参るっ!!」」
まるで申し合わせたかのように、まったく同時に
ここにまたひとつ、気高い魂が巡り会った瞬間であった。
「おおおぉぉぉぉっ!!!」
フィオールが猛然とティガレックスへ突撃する。
轟竜の顔面に体当たりするようにパラディンランスを突き出すも、
小さく舌打ちし、すぐさま大盾で身を守る。
間髪入れる間もなくにティガレックスが反撃に転じてきた。
ブンと風を切り、鋭い爪の生えた左前足が振りおろされたが、フィオールの大盾はその一撃を見事に防いだ。
「はぁっ!!」
轟竜の意識がフィオールに向いた
左側面から目を見張るスピードで接近すると、がら空きになった左脇腹に体重の乗った斬撃を叩き込む。
ガィンッッッ!!
鈍い手応えが振り抜いた両手に残る。
かまわず突き、切り上げから流れるように刃を返して胴を薙ぐように切り払うと同時にバックステップ。
着地するやすぐさま横っ跳びで距離をとったディーンのもといた場所を、高速で轟竜の尻尾が通過する。
間一髪だ。
「ったく、あぶねーなぁ。オイ」
悪態をつきながらも、ディーンは
同じ箇所を狙って叩き込んだ連撃も全て鈍い手応えであった。どうやら相当硬い鱗で被われているようだ。
一方、狙いを
これも盾で危なげなく受け流したフィオールはすかさずランスを背中のマウントへと戻し、轟竜から離れた。
足元に小型のタルに発火性の強いニトロダケで作った爆薬をギッシリ詰め込んだ数個の小タル爆弾を残して……
ボボボンッッッ!!
振り返ったティガレックスの顎の下で小タル爆弾が連続して炸裂する。
だが、一瞬動きを止めたものの、やはりダメージはほとんどない。
「チィッ!」
ティガレックスがお返しとばかりに雄叫び上げてフィオール目指して突進する。
武器を展開し、再び盾を構える暇はない。
慌てて倒れこむように横に跳ぶ。
無様にすっ転んだ様に見えるが、おかげでギリギリ轟竜をやり過ごすことができたのだ。背に腹は代えられない。
「大丈夫かぃ、先輩?」
いつの間にかディーンが走り寄り手を差し出してきた。
先ほどの
さらに言えば、初めて見る飛竜に対し、当初は恐怖感や危機感はを感じていたようだが、今はむしろそれを楽しんでいるような雰囲気さえある。
「フィオールでかまわない」
何はともあれ、この状況では頼もしい限りである。
ディーンがフィオールを助け起こすと、2人は再び轟竜に向き直った。
ティガレックスは突進の勢いをスリップターンの容量で相殺し、獲物をしとめ損ねた苛立ちをこめて2人を睨み返した。
「ディーンと言ったな。戦い方は誰に習った?」
「ん?太刀の振り方は、昔村に住んでた元ハンターのジイサンから。戦い方は……まぁ、テキトーに」
言ってニッと歯を見せて笑うディーン。
…なんて奴だ。
思わず唸り声を上げそうになるのはフィオールである。
ただ一度斬りむすんだだけだが、適当な動きであれだけ完璧にティガレックスの死角に入り、
「ハハ、テキトーときたか、まったく
「そう言うアンタだって、あのデカブツの動きを今んとこ完封じゃねーか。
ディーンもフィオールに賛辞を返す。
あのティガレックスと言う飛竜、デカい図体のクセにとんでもなく素速い。
そんなヤツの攻撃を至近距離でしのぎきるなど、並の技量で出来る芸当とは思えない。
どうやら轟竜の方も、目の前に立ちはだかる2人の人間を明確な脅威であると認識したようだった。唸り声を上げて威嚇する。
しかし、2人の力量が高かろうと、明らかに準備不足な現状である。
やはり倒しきるのは難しいようだ。
「今の武装で倒すのは無理な相手のようだな。あのお嬢さんが安全圏に逃げるまで時間を稼いだら、私達も撤退するぞ」
「同感だ。だが、時間稼ぎっつっても、どんだけ粘らなきゃなんないんだ?」
「最低1時間だな」
「……うへぇ……」
ディーンが心底嫌そうな声を出した。
「ハンター志望者がそんな弱音をはくな」
「へいへい。わかりました……よっ!」
言い終わると同時に左右に散る2人。
ズダァンッッッ!!!!
そこへ、約40メートル強あった距離をひと跳びで飛び越し、ティガレックスが突っ込んできた。
2人が立っていた地面には、振りおろされた剛爪によって巨大な3本の、文字通り爪痕が残された。
「ゾッとしないぜ。ったく!」
無事回避したディーンが
あんなものをこの貧弱な防具でくらったら……
「想像したくもねえな!」
だが、今度はこちらが反撃する番だ。
「今だ!行くぞディーン!!」
ディーンとフィオールが空振りして隙を作ったティガレックスに左右から襲いかかった。
全く同時の両サイドからの攻撃である。
左側面からディーンが鋭い連撃を、右側面からはフィオールが渾身の3連突きを見舞った。
ギャアァァァッッ!!
痛みの声をあげ、轟竜が初めて後退した。
「チャンス!」
すかさずディーンが追う。ここで一気にたたみかけてるべく、目にも留まらぬ速さでティガレックスに接近する。
……嫌な予感がした。
「よせっ!ディーン、深追いするな!」
フィオールが叫ぶがディーンは止まらない。
否、止まれない。
一気に肉薄したディーンは、振りかぶった太刀を振り下ろ……
「っ!?」
そうとした時には既に遅く、ティガレックスの意図に気付いたディーンは己の
ガアアアアアアァァァァァッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!
両の前足を大地に突き立て、上体を上げたティガレックスの口から轟音がはなたれた。
バインドボイスと呼ばれる飛竜種の生態の一つだ。
大音量もさることながら、人間の体が反射的に硬直してしまう恐ろしい
だが、それだけではすまされなかった。
驚くべきことに、ティガレックスのバインドボイスは、轟竜の名に恥じぬまさしく轟音であり、それは衝撃波となりディーンを吹き飛ばしたのだ。
「ディーン!?」
吹き飛ばされたディーンは
岸壁にしたたかに背中を打ちつけたディーンが苦悶の息をはくが、太刀はまだ握り締めたままだった。
「くっ……」
その太刀を杖代わりに、何とか倒れずに踏みとどまろうとしたディーンだったが、至近距離でバインドボイスをくらってしまったためか、ふらつき膝を突いてしまった。
「まずいっ!」
フィオールがフォローに走ろうとするが、今度はティガレックスの方が速かった。
轟竜は振り上げた前足を地面に叩きつけると同時に、めくれあがった地面をその勢いでディーンに向かって弾き飛ばしたのだ。
弾き出された巨大な
「ディーンッ!!」
フィオールの叫び虚しく、塊はディーンを直撃し、その衝撃で背後の斜面の雪が崩れ落ちてディーンを埋めてしまった。
「そ……そんな……」
呻くフィオールに、ティガレックスが振り向いた。
怒りによる興奮のためか、体の表面に血管が浮き上がり、さながらボディペイントのような模様を浮かび上がらせて。
「くそっ」
吐き捨てて、フィオールはランスを構え、雪山に現れた絶対強者を睨み返した。
兎に角急いでディーンを救出し、手当しないと……
非常にまずい状況になった。
ディーンのあの貧弱な防具では、間違い無くあれで戦闘不能だろう。下手したら即死しているかもしれない。
急いでディーンの状態を確認したいが、眼前の轟竜はそれを許しはしないだろう。
そんなフィオールに、当然の事ながらティガレックスは
怒り状態のティガレックスの猛攻は、先程とは段違いに激しかった。
再びフィオールめがけて突進するその勢い、スピードは凄まじく、盾で受け流すも、その衝撃は腕を痺れさせ、体力を著しく奪っていった。
突進を受け流されたティガレックスは、アクセルターンの要領で無理矢理に方向転換し、
「グゥッ!」
衝撃に歯を食いしばってなんとか耐えたが、こんなものもう何発も
「くそっ、せめて正規のクエストであったら……」
弱音ははきたくなかったが、つい口をついてしまう。
ギルドやそれに関する依頼であるならば、ハンターへのフォローとして支給品などを受け取ったり、アイルーと呼ばれる猫のような亜人種が救護班として負傷者を運んでくれたりするのだが……
「ディーン……生きていてくれよ!」
祈りながらフィオールは轟竜に向き直った。
ティガレックスは二度にわたる突進を防がれ、苛立ったようにガチンガチンとその大顎を打ち鳴らす。
対するフィオールは痺れる腕を気力で持ち上げ、再び繰り出されるであろう轟竜の猛攻から身を守るために、腰を落とした。
このままではジリ貧であることはわかっていたが、今はとにかく奴の怒りが
焦る心を無理矢理おさえ、フィオールは深く息をはいた。
「冷静に……冷静になれフィオール・マックール。
飛竜種の怒り状態は長続きはしないはず、まずはそれまで
自分に言い聞かせるように呟く。
その呟きに答えるように轟竜が吠える。
まるで、そうはさせぬとでも言うように。
ガアァァァァッ!!!!
ティガレックスが再び地を蹴った。ドスドスと大きな地響きを上げ迫り来る。
「
ぎぃんと盾が火花を散らし、轟竜の突進による衝撃を受け流す。
だが、ティガレックスもこれだけでフィオールを倒せるとは思っていなかったようだ。
轟竜は、再度アクセルターンで向きを変え、フィオールを狙う。
「くっ!」
先程と同じ往復攻撃だが、一度見たパターンである。痺れる腕でなんとか防ぎきった。
しかし、ティガレックスは休む間をフィオールに与えない。
走り抜けるとすぐさま向き直り、今度は振り上げた前足を地面に叩きつけ、めくれあがった地盤を飛ばしてきた。
流石にフィオールもスタミナの限界だった。
なんとか防ぎはしたものの、盾を持つ腕は下がり、膝を地面につけてしまった。その隙を見逃すほどあまい相手ではない。
轟竜が跳ぶ。
開いていた距離を一足でつめ、空中で振りかぶった右前足を躊躇なく振り下ろした。
「がはっ!!」
苦痛が息に混じり口から吐き出された。
まるで全身の骨が砕けたかのような激痛が体中を駆け巡る。
ティガレックスの一撃は、フィオールの鎧に痛々しい3本の爪痕を刻みこみ、
フィオールは切り立った崖の手前まで飛ばされ、最終的にゴロゴロ転がって止まった時には、まさしく崖っぷちの所だった。
離れゆく意識を懸命につなぎ止め、なんとか立ち上がろうとするが、
自らの血が雪原に赤い染みを作るのを見たフィオールは、痛みを懸命にこらえながら、自身の状態を確認する。
……絶望的だった。