3節(15)

文字数 3,467文字

 その声に反応したのか、リコリス達と対峙していたアクラ・ヴァシムが振り返り、突如乱入して来たイビルジョーへとその視線を向ける。

「今だっ!」
「よしっ!」

 声を上げたのはレオニードとミハエル。

 それぞれポーチから握り拳大の球体を取り出すと、自分達それぞれの足元に叩きつけた。

 ボン。

 と、地面に叩きつけられた衝撃で弾けた球体から、まるで濃霧の様な煙が溢れ出し、みるみるうちに辺りを覆い尽くした。

 二人が使ったのはけむり玉と呼ばれる道具である。

 本来はモンスターに発見されにくくする為に用いる物で、すでに両方のモンスターに“敵”と認識されている状態では意味がない。

 だが今回は特別だ。
 二人とも単純に、このけむり玉はアクラ・ヴァシムとイビルジョーの視界を、少しでも悪くする為だけに使用している。

 理由は簡単である。


 ヴオオォォォォォォォォォッッッッッッ!!!!!!

 キシャアアアアアアッッッッ!!!!!


 乱戦状態に突入した今、加えて視界すら悪くなった場合、“少なくともイビルジョーの標的は、真っ先に目に入る巨大な生命体”であるアクラ・ヴァシムに集中するはずである。

 そう踏んだミハエルが、エレンにその旨を、おそらくアクラ・ヴァシムとの交戦経験があるであろうレオニードに伝達し、更にはディーンとフィオールであれば、イビルジョーをこのエリアまで引っ張ってこれるだろうと信じて実行に移したのだ。

 そして、その結果。


 バリィィィィィンッッッッッ!!!


 彼の予測通りに、迷わずアクラ・ヴァシムに標的を移したイビルジョーの大顎が、どれだけ斬撃を重ねてもビクともしなかった尾晶蠍の大鋏を噛み砕いたのであった。
 幸いというべきだろうか、“腕ごと”食いちぎられずにはすんだが、堪らず仰け反る尾晶蠍へ、怒り食らうイビルジョーは、その図太い尻尾を横薙ぎに打ち付けた。

 これには流石のアクラ・ヴァシムも耐えきれずに吹っ飛ばされ、ズシンと砂煙をあげてひっくり返ってしまった。

「よし!」

 ミハエルが珍しく拳を握り、自身の作戦打ち出した戦果に声を上げる。
 だが、すぐに気を引き締め、そばに立っていたエレンへ声をかけると、急ぎ皆と合流した。

「効果抜群だな!」

 見れば、ディーンとフィオールも一旦合流した様であった。
 彼らは、ひっくり返ったアクラ・ヴァシムを捕食せんとするイビルジョーの標的から、少なくとも一時的には完全に外れたことを確認するや、こちらにかけよってきたのである。

「流石ミハエル! ドンピシャリだぜ」

 まるで我が事の様に嬉しそうに言うディーンに、皆も頷きあうが、ミハエルやエレンは、彼らにならうよりも気がかりな事があった。

「リコリスさん……」

「大丈夫かい?」

 二人が気遣わしげにリコリスに声をかける。

「うん、大丈夫。平気だよ。ありがとね二人とも」

 気丈に応えはするものの、表情は険しい。しかし、本人の言う通り大丈夫そうである。

 酷かもしれないが、今は堪えてもらうしかない。

 そのことを本人が一番理解しているのであろう。リコリスの瞳には、先程までの自暴自棄の色は無くなっていた。
 だが、余裕を持っていられた時間もそう長くはなさそうである。

 ひっくり返ったアクラ・ヴァシムの無防備な腹に食らいつこうとしたイビルジョーが、先程自らが噛み砕いたはずの右の大鋏の一撃を顳顬(こめかみ)に叩き込み、一瞬イビル 
 ジョーが怯んだその隙をついて、器用にしっぽや脚部を駆使して素早く起き上がると、まるで怒りを露わにするかの様に大きな咆哮をあげたのだ。


 オオォォォンンッッッッ!!


 一体どの器官がこの大蠍にあの様な大声を上げさせるのか。

 距離を置いたディーン達であったが、もし近距離で同じ様にされようものなら、おそらく飛竜種などのバインドボイス同等のダメージを被ったに違いない。

「ディーンさん。あれを」

 エレンが咆哮を上げたアクラ・ヴァシムを指差す。

 彼女が怪訝そうな表情を作るのは、指差した方向の尾晶蠍に変化があったからである。

「アイツ、あんな色だったか?」

 この場に到着したばかりの上、尾晶蠍アクラ・ヴァシムの知識を持たぬディーンが、エレンと同じく怪訝な顔をする。

 それもそのはず。ディーン達よりも、自身へと襲い掛かってくるイビルジョーを第一の脅威と認識したのか、大口を開けて食らいつこうとする恐暴竜の横っ面に、フックパンチよろしく鋏を叩きつけるアクラ・ヴァシムの節々が、遠目にも鮮やかに黄色く変色していたのだ。

「ありゃあ、アクラ・ヴァシムの生態さ」

 その疑問に答えを出してくれたのは、やはり最前線(フロンティア)で活躍するレオニード・フィリップスであった。


「通称、尾晶蠍(びしょうかつ)。正式名称アクラ・ヴァシムは、言っちゃなんだが特徴の塊みたいな奴でな。体内で気化すると爆発する液体を生成し、しかもその成分をある程度自在に変化させられる。色が変わって見えるのは、その起爆性の体液がアクラ・ヴァシムの体調や緊張感などで変色するからなんだ」

 ちなみに、さっきまでは大したダメージも無かったため、無色だった。と続けるレオニード。

「ミハエルちゃんの作戦は、本当に理にかなってると思うぜ。アクラ・ヴァシムの体液は、爆発するとき付着部分の熱を大量に奪う。だから、万一あの液体を浴びちまったら極度の体温低下の為にスタミナを持っていかれちまうんだ」

 そこまで説明を受け、ミハエルがリコリスの顔色が悪い理由の一つには、直撃ではないにせよ、あの液体に触れたせいかも知れないと、ポーチの中の携帯食料を彼女に手渡していた。

「だからこそ、常にモノを食っていないとすぐにスタミナ切れを起こすイビルジョーには、アクラ・ヴァシムほど厄介な相手はいないだろうよ。逆に、イビルジョーの破壊力ならば、アクラ・ヴァシムの硬い甲殻の上からでも充分なダメージが期待出来るし、何よりイビルジョーの唾液が奴の甲殻の防御力を落とす。お互いがお互い、相性最悪の相手って訳だ」

 大手柄だぜ。
 と言ってミハエルに親指を立てて見せるレオニードに、「たまたまです」と謙遜して見せるミハエル。

 だが、あの危機的状況下で、起爆性の液体や硬い甲殻を持つアクラ・ヴァシムを、イビルジョーと同士討ちさせるなどという発想を、よくも思いついたものである。

 スタミナを奪うという効果までは分からなかったであろうが、それでもその大胆かつ冷静な判断力に、レオニードはただただ感嘆するばかりである。

…まったく、ディーンちゃんとフィオールちゃんだけでも驚いたってのに、ミハエルちゃんも凄い才能だ。うちの猟団(ラストサバイバーズ)に欲しいな。かなり真剣(ガチ)で。

 胸中でそう思わずにはいられないが、そんなレオニードの思考は、話にあえて加わらず、尾晶蠍と恐暴竜の争いに注視していたイルゼに遮られた。

「で、ちゃん付け。どうするんだ?このまま共倒れするのを待つのか?」
「いや、打って出よう」

 応えるレオニードは、言うや否やドン・フルートを構え直すと、支援のための演奏に入らんとしながらイルゼに返すと、それにフィオールが便乗した。

「私もレオに同意です。このままいけば、おそらくはイビルジョーがアクラ・ヴァシムを倒すでしょう。そうなれば、ある程度のダメージは受けていたとしても、アクラ・ヴァシムを捕食して体力を回復されかねない」

「ああ。それに、アクラ・ヴァシムの方が、俺は戦いなれてるしな。イビルジョーが生き残るよりは対処しやすい」

 フィオールの言い分に続けてレオニードが補足する。

「決まりだな!」

 パン、と。
 ディーンが右の拳を左の掌に打ち付ける。

 足元の砂原に大剣と大太刀を突き立てて、獰猛な笑みを浮かべている。
 彼の言葉に頷く皆を見渡して、レオニードは号令を発し、仲間達への支援の為の演奏に入るのだった。

「よし! そんじゃみんなで、アクラ・ヴァシムを援護するとしようや!」

「「「応!」」」

 応える皆が、それぞれの得物を手に駆け出していく。

「ルークの仇、討たせて貰うぞっ」

 仲間達に続いて走り出しながら、リコリスは自分自身に誓いを立てるよう呟くのだった。
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