1節(4)

文字数 5,048文字

「じゃあ、あなたはエレンの味方なんだね?」

 そう問いかけるリコリスに「もちろんよ〜」と笑顔で、だがはっきりと応えるコルナリーナに、一同から少しばかり安心した様な息がこぼれた。

「己を天下を護る剣とせよ……か」

「一応私もマックールの槍術を受け継いでるんだからね〜。伊達にフィーちゃんの姉弟子じゃあないんだから」

 呟くフィオールに、コルナリーナが胸を張りながら言い返すのが滑稽だったが、気になる点が一つ残っていた。

「じゃあ、もう一つ質問っ!」

「はい。何かしら〜? ツインテールちゃん」

 ビシっと学生よろしく右手をまっすぐ伸ばして宣言したリコリスへと、コルナリーナが応える。

「リコリス・トゥルースカイって言うの。よろしくね! で、質問なんだけど。フィオールさんとコルナリーナさんって、一体どんな関係なの?」

 姉弟子って言ってたけど。
 と、フィオールとコルナリーナを交互に見比べながらたずねる彼女に、コルナリーナはうふふ〜と意味深な笑みを浮かべて、驚くべきことを言うのだった。


「いつも主人(・・)がお世話になってます〜」


 その言葉にディーンが吹き出し、ミハエルが硬直し、ネコチュウが驚愕し、リコリスが絶叫した。


「「「しゅ、主人っ!?」」」


 そして綺麗にハモる皆の声。

「いっ、いい加減にしろコル(・・)っ!! わ、私は認めていないっ!」

 そんな仲間達の反応をよそに、珍しく赤くなったフィオールがコルナリーナに慌てて怒鳴り返すのであった。

 対するコルナリーナは「え〜」とさも悲しそうに声を上げると、すぐに笑顔を取り戻し。

「でも〜。許嫁なのはホントよねっ❤︎」

 と、本編で未だに誰も使わなかったハートマークまでつけて(のたま)うコルナリーナに、流石のフィオールがおし黙る。

 その沈黙は、肯定したと同義であった。


「「「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっ!!!???」」」


 エレンの件に関して、コルナリーナが味方であるとわかったせいか、いつもの調子に戻った面々が、素っ頓狂な悲鳴を上げ、そのあまりの音量に、竜車自体を引っ張っていた三頭のアプノトスがびっくりして暴れ出し、御者が必死の思いで制御する羽目になるのであった。

「い、許嫁……?」
「親同士が決めたことだ! 私の意思ではない!」

 ディーンがフィオールを驚いた顔で見つめるので、彼にしては珍しくディーン相手に慌てふためいている。
 その様は、普段の彼らを知る者からすれば、非常に微笑ましいものではあったが、その彼ら自身も驚きのあまりそれどころではない。

「フィオール君、浮いた話一切しないと思ったら……」

「ミスター・ストイックを地で行ってると思ってたニャ。意外過ぎて未だ信じられないニャ……」

 出会ったばかりのリコリスを除く男陣が、あんぐりと口を開けていた。

「う、五月蝿(うるさ)いぞお前たち! だいたい、コルもコルで、断る事だって出来ようものなのに!」

「あらぁ? 私は〜フィーちゃんなら大歓迎よ〜。イケメンだし〜。生まれも育ちもいいし〜。真面目で向上心があって〜。将来有望な超優良物件だもの〜」

 ニッコニコ顔で、フィオールの言葉に21世紀ジャパンの婚活女子みたいな事を言うコルナリーナ。

「それに、お姉さんこれでも一応貴族の娘だしね。全く知らないおじ様の元に、政略結婚の道具として嫁がされるのに比べても、私は幸せよ?」

「くっ」

 私にそんな不幸を味わせるの?
 と、瞳だけで訴えるコルナリーナに、見事にフィオールが言い負かされる。

 幼い頃から口でだけは彼女に勝てなかったのである。

 フィオールがお屋敷を出て、武者修行の為にハンターになった大きな理由の一つに、父と母と許嫁が、所帯を持つ為の準備をしだすプレッシャーに耐えかねた事は、当の父と母とコルナリーナしか知らぬ内緒の話である。

「あっはっは! フィオールさんタジタジだね」
「本当だ」

 そう言ってリコリスとミハエルが笑う。
 ディーンも一度現状を忘れ「違ぇねぇ」と笑うが、ふと気になる事のもう一つの回答がまだである事を思い出した。

「んで、コルナリーナ……さん? さっきフィオールの姉弟子って言ってたけど、アンタもフィオールみたいな槍術を使うのか?」

 と言ったディーンの問いに「ええ。そうよ〜」と返すコルナリーナ。

「フィーちゃんとは幼馴染で同門。つまりは私も、かの英雄フィン・マックールの直弟子なの。ディーン君だっけ? さっきお姉さんに掴みかかろうとしてたみたいだけど、鉄格子があってラッキーだったわよ〜?お姉さんこう見えて、結構強いんだから〜」

 そう言って、茶目っ気のある表情で力こぶを作る真似事をするコルナリーナだったが、そこに関してだけは、コルナリーナの言い分に致命的な間違いがあった。

「あ……ははは、そうですね……」

 ミハエルが乾いた笑いで同意するが、挑発されたディーンが「そっか〜」と笑っていた為、人知れず胸を撫で下ろした。

 ラッキーなのは、ディーンの隣に座っていたのがフィオールだった事である。
 ミハエルではあそこまでの絶妙なタイミングでディーンを制止できたかわからないからだ。

 余談だが、ディーンとフィオール、そしてミハエルの三人は、それぞれが類い稀な才を持つのだが、では誰が一番かと問われると、なかなか返答に困る事になる。
 出鱈目な身体能力を誇るディーンだが、その身体能力に頼りがちな彼は、フィオールの圧倒的な技術力に対処しきれないし、そんなフィオールの数々の技を、ミハエルの天才的発想が覆す。
 しかしその天才的な思考を、ディーンは力任せに粉砕するのである。

 即ち。
 たまたま座った席順でディーンの隣に座ったのがミハエルでもリコリスでもネコチュウでも無く、ディーンに対して相性のいいフィオールだった為、ディーンをあの場に踏みとどめられたのだ。

 ディーンにとっては、鉄格子の檻なぞ障子紙に等しい。

 確かに、ディーンが“ほんの一瞬だけ殺気をまとった”事を看破したのだ。並みの技量ではないのだろう。
 しかし、彼女は未だ知らないのだ。

 相手が想像の遥か上を突き抜けて、むしろ下から突き上げてくるような出鱈目さを。

…多分。本当にコルナリーナさんは腕が立つんだろうけどね。

 この出鱈目男(ディーン・シュバルツ)には到底届かない。

 それが分かるが故、ミハエルは若干傷んだ胃のあたりを、自身で優しく撫でるのであった。


 閑話休題。


・・・
・・



 一方その頃。

 ディーン達を乗せた護送用竜車の前を走り、その周りに護衛として騎馬隊を配置した豪奢な造りの竜車の中には、エレンことエレンシア姫と、その腹違いの妹である第三王女ファルローラ姫があった。

「ファ……ファルローラ王女……?」

 ──エレンシア。
 エレンが困ったような表情で話しかける相手。
 西シュレイド王国のわがままな第三王女は、なんとさっきまでの勢いは何処へやら。

 滝のような涙を流しながら、ベソをかいていたのであった。

「あ"ね"う"え"ぇ"ぇ"ぇ"〜〜……」

 涙といい鼻水といい、流せるものは全部流さん勢いである。
 エレンの左隣に腰掛け、彼女の腰に抱き着きながら、ファルローラは泣きじゃくっていた。

「だ、大丈夫ですから。フィオールさんはお父上のお名前を使う事をあまり良しとしていません。今回の事をお父上に言いつけるような事はありませんよ」

 よしよしと彼女をなだめるエレンであったが、まさかファルローラがこうまでガチで凹むとは思えわず、わりかし本気で引いているのだが、まぁ、おかげで彼女の暴走が止まってくれたのだ。

…丁度いいといえば、丁度いいのでしょうか?

 少し可哀想ではあるのだが、エレンはそんな事を考えてしまうのであった。

 何故、ファルローラがここまで凹んでいるのかと言えば、理由は先程の出来事である。


『私は西シュレイド王国が近衛騎士長、深緑騎士(しんりょくきし)フィン・マックールが嫡男。フィオール・マックールである』


 これである。
 ファルローラが泣き出すほど大いに気にしているのが、フィオールが西シュレイド王国の近衛騎士長、英雄“フィン・マックール”の嫡男である、という事だ。

 元々は、辺境を駆け抜ける一介のハンターであったフィオールの父フィンは、かの暗黒時代に国王を何度も助けた功績を持ち、その中でも特に有名なのが、王都ヴェルドに迫った巨大な古龍種、老山龍ラオシャンロンをたった一人、槍一本で撃退したという英雄譚である。

 そしてこの英雄譚は紛れも無い事実であり、そしてその功績を讃えた王自らの願いにより、近衛騎士長へと抜擢された。

 当初は何処の馬の骨ともわからぬ若造がと、彼に対する当たりは相当強かったのだが、元来の豪胆さと聡明さを武器に、グングンと頭角を現し、数年後には西シュレイドにその人ありと言わしめるほどの(おとこ)となっていた。

 現在はモンスターハントから退き、王国騎士の後進育成などに努めているのだが、その人気たるや老いてなお衰えを知らず。
 宮中の女性の殆どが彼に憧れを抱いていると言っても過言ではなかった。

 エレンも何度か見かけた事はあったが、息子が成人しようという歳にもかかわらず若々しく、常に余裕を失わず、自信に満ち溢れ、ユーモアもあり部下に慕われ、顔も声も良いとくれば、世の女性達が放って置くわけがないのは頷けた。

 これだけモテる条件が揃っていながら、浮気の一つもしないというのは驚異的な事だが、それはマックール夫人が夫に負けず劣らずに女傑であるからだ。

 自らの美しさは勿論のこと、流石は西シュレイド最強の武人の心を射止めた女性である。

 普段は穏やかで柔らかな人物であるのだが、一度夫に色目を使う女がいようものなら、その眼力だけで射殺す程だと言われている。


 ──閑話休題。


 要は、自身の行為。つまりはエレンを保護しようとして、誤ってフィオールを狼藉者と勘違いして捕らえようとしてしまったことが、フィオールを通じてその父親の耳に入り、自分が嫌われてしまうのでは。と、この幼い姫君は危惧しているのであった。

 そもそも、相手にすらされていないのであろう事は、彼女の爺や──先程の派手な衣装のくたびれた老人の話を伺う限りでは容易に想像できた。

「本当かえ?」

 泣き腫らして酷い有様になったファルローラが、すがるように聞いてくるので、やや引きつったかもしれないが、エレンは笑顔で「本当です」と応えてあげるのだった。

「そうか! 良かったのじゃ!」

 子供特有の切り替えの速さであろうか。
 途端に笑顔に戻ると、「爺!ハンカチじゃ!」と個室の外に控える爺やへと命じ、やはりド派手なハンカチを受け取ると、いろいろ汁まみれなその顔をゴシゴシと拭き取った。

 サッパリとして「よし!」と気合いを入れると、改めてエレンの隣にちょこんと座りなおした。

「改めて姉上! お会いしたいと常々願っておったぞ!」

「そ、それは……光栄です」

 何故かこの小さな姫君だけは、王族の中で唯一、エレンにストレートな好意をぶつけてくるので、逆にエレンは戸惑ってしまうのであった。

「もう! なんでじゃ!」

 ぎこちなく笑いながら応えるエレンに、ファルローラは再び癇癪をおこす。

 一体何が気に障ったのだろうかと、焦るエレンに対し、ファルローラは膨らました頰をこれでもかと強調して言うのだった。

「母上の意地悪で王位継承権を持たぬとは言え、姉上はわらわの姉上じゃ! ならばどうして、わらわに対してそう形式張った言葉を使うのじゃ!」

 子供故の素直な疑問なのだろうか。

 しかし、エレンはそんな腹違いの妹に対して、彼女を納得させる言葉を持ち合わせてはいなかった。
 故に出てくる言葉は常にこれである。

「申し訳ありません」

 そう姉に言わせてしまうのが、何よりこの小さな姫君には苦痛だった。
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