1節(8)

文字数 3,822文字

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結論から言うと、ディーン達は少なくとも、問答無用で拘束され王女誘拐罪に問われる事はなかった。

まぁ、エレンシア姫自体が公然の秘密であるため、虚位(いないはず)の姫君が“いなくなった”からと、表立って動けるものでもない。

ファルローラ姫が特殊なのである。
ディーン達は全員武器を預けさせられ、謁見の間側にある応接の間へと通された。

エレンも同室にての待機である。
王城の入り口での簡易な取り調べにおいて、自身はエレン・シルバラントだと言い張ったからであった。

流石に着替える暇が無かったため、全員防具は着たままであるが。

「……待たせるな」

流石に苛立ってきたディーンが呟く。

「まぁまぁ〜。組織の上層部が動くって事は、それだけ時間がかかるもんなのよ〜」

腕を組み、眉間にしわを寄せるディーン注意するのは、彼女もこの場に同席する事を許されたコルナリーナである。

彼女の方はしれっと「私はエレンシア姫の侍従です。主人の側に仕えるのは当然でしょ〜?」などと言ってのけ、自身のクロックスの地位を最大限に利用してみせたのであったから、その厚顔さに皆が苦笑するのであった。

「なぁ。王さんって、どんなヤツだ?」

流石に、王宮の扉を蹴破るほど空気を読まなくはない様で、それでも時間を持て余したディーンは、そんな質問をコルナリーナへと投げ返す。

エレンに聞いてところで、彼女の(ちち)への印象は、先に述べた事により推して知るべしというところだ。

「そうねぇ。ディーンくんからしたら納得いけないかもだけど、陛下は家臣からも国民からも人望の厚いお方よ。実際、ディーンくんも、国王陛下が暗黒時代を終わらせたお話くらいは聞いた事あるでしょう?」

「ああ、あの“作り話”か」

応えるディーンの言葉は辛辣だ。

以前も述べた様に、大型モンスターを討伐するには、生半可な戦力を投じたところで無駄なのである。

大型モンスターの頑強な甲殻や牙で作られた武装を用い、各モンスターの特性や性質などに精通し、そして何より屈強でタフなハンター達でもない限り、大型モンスターを一体(・・)倒す事すら困難なのだ。

当然、当時現役で活躍していたハンター達がかなり活躍しているはずである。

ハンター時代のフィン・マックール卿をはじめとして、だ。
そんな英雄クラスの猛者がいたにも関わらず、それよりも本土でぬくぬくと生きる王国軍(うごうのしゅう)が、どれだけ優秀な王の元に集おうとも、そいつらが時代を変えられるとは、実際ハンターをしているディーンからすれば、“作り話”と断じるには充分であった。

辺境は、それほど甘くはないのだ。

「これ! その様な不敬な発言をするでない」

不意に、彼らにかかる声があった。
ガチャリと重い開閉音をあげて応接の間の扉が開かれたかと思うと、開口早々ディーンの発言をたしなめたのは、ファルローラ姫の爺やであった。

「まぁポンパドール殿。陛下はなんと?」

コルナリーナが部屋へと入ってきた人物へと問いかける。
ポンパドールと呼ばれた老人は、「うむ」とくたびれたその顔に、難しげな表情を浮かべ、一回頷いてみせると、「陛下御自(おんみずか)ら、お会いになられるそうじゃ」と回答した。

「そうかよ」

パシン、と。
 ディーンが拳を手の平に打ち付ける。

「おい、お前。くれぐれも無礼な真似だけは……」

 やる気満々。
 というか、むしろやらかす気満々に見えるディーンへと、苦労性の老人が声をかけるが、かけられた声が小さかったためか、ディーンは先立ってズカズカ部屋を出て行ってしまっていた。

 そのすぐ後ろを、表情を引き締めたエレンが続き、コルナリーナ、リコリス、ネコチュウ達がそれぞれ部屋を後にする。

「申し訳ありません。ああなったディーンは、生半可な手段じゃ止まらんので」

「僕らも、できる限りフォローしようと思いますけど、あまり期待はしないでください」

 フィオールとミハエルが、老人に対し気休めにもならぬ声をかけて出て行った。

 残された老人は、まるで自身の寿命をガンガン削っていく三番目の姫君が、一気に数人増えた様な錯覚を覚え、ここが王宮でなければ卒倒するところであった。


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 謁見の間は、ただ国王陛下という一個人に会うためだけに、これほどの面積を必要とするのかと問いただしたくなる程、馬鹿げた面積を誇っていた。

 部屋の中央に敷かれた金の刺繍付きの真っ赤な絨毯の先に鎮座する二つの玉座には、ディーン達が通された時には、誰も座してはいなかった。

 おそらく、王と王妃のためのものであろう。

 謁見していただく(・・・・・・)側のディーン達の後に、王族が御目見えなさるようだ。

 近衛兵に促されるまま、玉座へ向かって並ばされたディーン達は、(ひざまず)いて頭をたげるように言われ、それにならった。

 周りの皆は、ディーンがこの慣れぬ作法に従ってくれるかどうか、密かに不安ではあったが、ディーンは素直に従っていた。


「皆の者。国王陛下の御成である!」


 近衛兵のよく通る声が響き渡り、一同に緊張が走った。

 下げた頭でよく見えないが、どうやら玉座へ王と王妃が腰掛け、その側に豪奢な衣装をまとった人物が並ぶ。

 ディーンは、隣で彼と同じ姿勢のエレンに、緊張が走るのを察して、恐らくは王と王妃の側に並んだのが、彼女の兄妹達であろうと理解した。

 そして、彼ら以外にもう二人の人物の気配がある。

 一人は、恐ろしく隙のない男。
 未だ(おもて)を上げられぬ現状だが、鎧甲冑に身を包みながらも、一切の淀みない足音を響かせる人物こそ、ディーンの予想を裏切らないであろう。


 “英雄”。深緑騎士(しんりょくきし)、フィン・マックール。


 この場に実の息子であるフィオールがいるためでろうか。
 全てのハンターの憧れとも言える男が、玉座の手前側。王族を守護する位置に立って静止した。

 なるほど。流石は“英雄”である。

 万が一、ディーン達が王族に向けて害意をかけらほどでも見せたのであれば、彼は即座に王に仇なすものを誅する剣へと変貌するのだ。
 そして、たった一人でもそれを実行できるという自負と実力。そしてそれに対する信頼を、彼のまとう覇気が物語っていた。

 そして、もう一人。
 ディーンは何故だか、眼前の国王や英雄よりも、この人物が気になって仕方がなかった。

 いや、気になった。
 というには少し誤りがあるかも知れない。

…なんだ? コイツ……。

 理由は無い。
 理屈も無い。

 だが、直感した。

…コイツは、“敵”だ。と。

 だが、流石のディーンも、初対面の人間をいきなり敵視するほどではない。

 自分でも驚いていたほどだが、何故か、ディーンは下げた頭の先。フィン・マックールとは王家を挟んで反対側へとたったその人物を、そう認識してしまっていた。

 兎に角必死に、その敵意が顔に出ない様にと自制するディーンと、その仲間達へ眼前の人物が。

 並んだ二人の内、向かって左側に立つ騎士。フィン・マックールが声を発するのであった。

「諸君。面を上げるがいい」

 低く、よく響く声音であった。

 少しも大声を出してはいないのに、この無駄に広い謁見の間全体の空気を震撼させるかのようだ。
 ディーンの仲間達がその声に従い、面を上げるのに一瞬遅れて、ディーンも意を決して顔を上げた。

 いったい、眼前の高貴とされる面々が、どんな(ツラ)をしているのか。

 逆に睨み返してやろうと、あえて勢いをつけて顔を上げたディーンの視界には……。

「っ!?」

「お、お主はっ!?」

 驚愕に目を見開いた深緑騎士と、驚きのあまりに玉座から腰を浮かした国王の姿があった。
 どちらもその顔は、その驚きの感情を抑える事が出来ないといった様であった。

 彼らの視線は、この謁見の主役であるはずの虚位(いないはず)の姫君、エレンシアへは向いていなかった。

…俺?

 ディーンは、一瞬遅れて、彼らが一体誰の顔を見て驚愕したのかを悟る。
 それは、紛れもなく自分自身。ディーン・シュバルツをの顔を見た、彼らの反応なのであった。

 そして……。

「……クッ!」

 奥歯を噛み締め、まるで地獄の底からかき集めたかの様に、煮えたぎる負の感情を乗せた声が、ディーンの耳朶を叩く。

 恐らくディーンと同じく激しい敵意に苛まれているのであろう、長身で肩幅もあるが、どこか痩せこけた印象のある初老の男の、憎悪に満ちた瞳があるのであった。

 多分。
 気がついたのは、全く同じ思いを抱いていたディーンだけだろう。

「……セス……」

 微かに、しかし確かな憎悪を込めて忌々しげに溢れたその声を、一体誰が拾えただろうか。

 眼前で動きを止めてしまった国王と近衛騎士長。
 そしてもう一人の貴族の男の反応に、その場の全員が緊張の面持ちのまま見守る中、ディーンは自身の宿命と、自身が気づかぬまま対峙するのであった。


…To be continued.
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