2節(2)

文字数 6,085文字

 取り残された形となったエレンであったが、先に行っているディーン達を待たせる訳にはいかないと、慌てて彼らを追いかける。

 レオニードなりのアドバイスなのであろう。

 尻尾の裏側が弱点と言う事なのだろうが、それならば何故わざわざエレンを名指しして伝えたのであろう。

「エレ~ン!置いてくぞ~」

 などと考えていたら、想像以上に遅れてしまったようだ。

「すみません!すぐ行きます」

 そう言って返すと、駆け足でエレンは先行するディーン達もとへと向かうのだった。


・・・
・・



「ふむ。双方出発したようだな」

 双眼鏡を外して呟くムラマサ声は、吹き抜ける風に飛ばされていった。

 彼が今立っているのは、ハンターズギルドと深い協力関係にある古龍観測所(こりゅうかんそくじょ)の所有する気球の上である。

古龍観測所は、その名の通り古龍種(こりゅうしゅ)の生態調査だけでなく、多くのモンスター達を観察している。

 その活動の中で、外敵と遭遇したモンスターがどう言う動きをするかという調査の名目で、ハンター達の狩りを空中から見守る事が多い。

 今回のディアブロス種猟においても、古龍観測所は気球を飛ばしてディーン達の動きを見守る事になり、それにムラマサが便乗する形となったのだ。

「ふむ。レオ達はセオリー通り井戸の中を行くか。ディーン君達は砂漠を突っ切る様だが……さて、どうなるものか」

 文字通り、高みの見物といった状態のムラマサの言葉に、気球の操縦と観測を兼任する竜人族の学者は、ふむふむと少なからずの興味を抱いた様子であったが、気球の操縦と観測の兼任作業は思いの(ほか)大変らしく、それ以上はこちらに意識を向ける事はなかった。

 そんな竜人族の学者の様の苦笑いをしながら、再び双眼鏡を覗き込むムラマサ。
 眼下に広がる砂漠地帯には、ディーン達のチームがクーラードリンクという、氷冷石(ひょうれいせき)を溶かして作られた体温を下げる効果のある飲料を飲んで砂漠を行軍する姿が見える。

 砂の海原を自由に泳ぐ(さめ)の様な砂竜(ガレオス)達の隙間をすり抜ける様に駆け抜けながら、砂漠の狩り場を南下して行く模様だ。

 対する先輩組の方は、井戸から裏道を抜けてオアシスのあるエリアに出たようである。

 ディーン達が昨日ガノトトスと戦った場所だ。

 ディアブロスがこの場所をよく通りやすいという。今現在、気球上のムラマサ達からはこの狩り場内にディアブロスの影は見えない。そろそろこの狩場に現れてもいい頃なのではあるのだが、地中を移動するディアブロスの事、発見が遅くなるのは仕方の無い事である。

 ムラマサもディーン達の様子を見る事を一旦やめて、竜人族の学者に習ってディアブロスの行方に集中する事にする。

「おかしいな、姿を現す様子が無い……」

 しばらく狩り場の至る所に目を光らせていたムラマサ達であったが、ディアブロスの現れそうな場所に彼らが現れる様子は無い。

 下界では先輩組の方がこちらに手を振って来ている。モンスターの現在地を知らせて欲しいという合図だ。
 それに対して、竜人族の学者が『しばし待たれたし』と発光信号で返す姿が見て取れる。

…おかしいな。昨夜までの古龍観測所の調査では、今日この狩り場に現れる事は間違いないはずなのだが……

 そう思ってムラマサは、再び砂漠へと視線を落とそうとした。

 その時である。

「あら、探し物かしら?」

 不意に背後からかかる、鈴の音のような可憐(かれん)な声。

「ッ!? 君は!?

 驚いて振り返ったムラマサの視界に入ってきたモノは、先ほどまでこの場にいなかった人物であった。

 真白(ましろ)い長髪に真白(ましろ)い肌、真白(ましろ)いドレスに瞳だけが血のように真紅(あか)い、どんなに精巧に作られた人形よりも整った容姿の童女の姿がそこにはあ在った。


 シア・ヴァイス。


 信じられぬ事に、昨夜ディーンの前に現れた歌姫が、この手狭な気球の上にいつの間にか立っていたのだ。

 いつからそこに居たのか、否、そもそも“どうやって乗り込んだのか”?

…馬鹿な、出発の時には間違いなく私と竜人族の学者しか乗っていなかったはずだ。

 胸中で驚愕の声を上げるムラマサ。
 それもそのはず、この気球は本来一人で扱うためのモノであり、今回のようにムラマサも便乗する形は稀であり、他の人物が乗り込む場合は、その人物を見落とす事など有り得ないからだ。

 しかし、闖入者はどうやら一人だけではなかったらしい。

「おやおや、どうやら少々驚かせてしまったようですね姫君」

 不意に横から聞こえて来た低い声音に振り返ると、そこにはもう一人、異形の男が立っていた。

 ──(あか)い。

 全身を覆い隠すかの如く身に纏った深紅の外套。目深にかぶったフードに隠されて表情は見えない。

 だが、顔も見えず服装も昨夜とは違うが、その声は覚えがあった。

 確か、ルカと名乗っていた。シアと言う童女と共にいた道化師(クラウン)である事は間違いない。

 しかし、今の彼からは道化じみた雰囲気からはかけ離れており、その存在感はただの道化ではなく、それこそ何か得体のしれぬ強大なモノのようであった。

「君達は……」

 どうやって此処(ここ)にいるのか。
 どうして此処にいるのか。

 解せぬ事が多すぎて、それ以上はすぐには言葉が続かない。

 そんなムラマサの様子を、 まるで嘲笑うようにくっくとフードのおくで押し殺したような笑い声が聞こえる。

 その足元には、先程まで共にいたはずの竜人族の学者が仰向けに倒れていた。

「ああ、このお方でしたら御安心下さい。少しの間だけお休み頂いているだけですよ」

 ムラマサの視線の先をみたルカが言う。
 確かに彼の言う通り、目立った外傷は無いし、胸はわずかながらも上下している。

 おそらくはルカの言う通り、眠らされているだけなのであろう。

 だが、だからと言ってこの現状は異常である事に違いは無い。

 一体全体この二人の目的は何なのだろうか。

「そんなに警戒しないでちょうだい。私達は貴方には危害を加えるつもりは無いわ」

 思わず身構えていたのであろう。そんなムラマサへシアが冷笑にも取れる様な表情で言い放つ。

「私“には”と言う部分がいやに気にかかるところだね」

 雰囲気に飲まれてしまわぬために、意図して軽口を返すムラマサだが、対する二人の存在感の前には、どこまで効果があったか知れない。

「だって、お兄様の太刀を打ってくれるのでしょう? そんな大事な方に危害なんて加えられないじゃない」

 そう言うとシアは、何故それを知っているのかと驚くムラマサを尻目に、鈴の音のようなその声音でコロコロと笑う。

「いやなに。私共(わたくしども)も、あのディーン・シュバルツ様には少なからずのご縁が有りましてな。彼の事には少々耳をそばだてているのですよ」

 今度はルカが言葉を引き継ぐ。
 フードの奥の表情は相変わらず見えないが、わずかに覗くその口元は、ややつり上がり気味に笑みの形をとっていた。

「そのようだね。ディーン君が昨夜とても気にしていたよ、君たちの事を……」

 そう言ってじりッと後退しようとするムラマサであったが、ここは狭い気球の上、逃げ道などあろうはずも無い。

「まぁ、警戒なさるのはしょうがありませんね。私共もそこは申し訳なく思っております。何、別にどうする訳ではありません。ただこの場をお借りして、彼等の戦いを見たいだけなのですよ」

 そう言うルカは、言葉を終えると同時に視線を下界へと向ける。

 つられたムラマサの視界には、広大な砂漠の狩り場の南側にある、巨大な崖に面したエリアに到着したディーン達新人組が、その場にたまたま集まっていた小型の鳥竜種(ちょうりゅうしゅ)ゲネポスの群れと抗戦していた。

 その反対側にあるオアシスのエリアでは、先輩組の面々の姿がある。

 どうやら彼等の方は“待ち”を決め込んだらしく、エリア中心にある巨大な岩のそばに集まってあたりを警戒している。

「そろそろ頃合いかしらね」

 いつの間に近付かれたのだろうか。
 眼下に目を向けていたムラマサの隣りに立つシアが、おそらくはルカに向けて言ったのであろう、意味深めいた言葉をもらす。

「頃合いだって?」

 (いぶか)しげに聞き返すムラマサにくすりと笑みを返すと、シアはルカが頷くのを見てとって、気球のへりから両手を伸ばすや、少しだけ溜めを作るように間をおいてから、拍手(かしわで)よろしく打ち鳴らした。


 パァァァンンッッッ!!


 鳴り響いた音は、小さき童女の両手からは想像だにしない程の音量をともなって、砂漠地帯の上空に鳴り響いた。

…一体何を?

 そう、ムラマサが疑問を投げかけようとした時であった。


 ドオオオオオオォォォォンッッッッッッッ!!!


 シアの拍手に呼応するかの如く(とどろ)いた轟音は、新人組先輩組それぞれのエリアにおいて、突如地面が爆発したのかと、そう錯覚しそうになる程の土煙を巻き上げて飛び出した巨大な存在が引き起こしたものであった。

「なッ!?

 ムラマサの口から驚愕の声が上がる。
 そんなムラマサの反応が余程お気にめしたのであろうか、口の両端を満足げにつり上げたシアが、ムラマサの方へと振り返った。

「さ、一緒に楽しみましょ? ムラマサの叔父様。」

 くるりと振り返った可憐な美貌が、邪気の無い瞳でムラマサに語りかける。

「そして、しかとその目で確かめて頂きたい。あの方の可能性を……“あの施設”を管理する御堂(みどう)の家の中において、()妖工(ようこう)の名を継いだ貴方だ、きっと何かを得るに違いありません」

 シアの言葉を引き継ぐように言葉を紡ぐルカの声に、再びムラマサが絶句(ぜっく)する。

…何故そんな事まで知っているのか!?

 言葉にしてムラマサが彼等にぶつけようとするが、シアの「ほら、始まるわよ!」と言う声に再度注意を削がれてしまい、視線を眼下のディーン達へともどさざるを得なかった。

 確かに、シアとルカの存在は異常ではある。

 気にならない訳無いのだが、まずは突如として現れた巨影の前に立つディーン達の事である。

 とりあえず彼等の言う通り、ムラマサには危害を加えるつもりが無いのは本当のようだ。

 釈然としない思いの中、ムラマサはシアとルカの促すままに、これから眼下で繰り広げられるであろう激闘に立ち会う。

「さぁ、今回も私を楽しませてね」

 隣りに立つシアの言葉が、必要以上に意味深めいたものに聞こえた。

 一体彼等の真の目的は何なのだろうか。

 この狭い気球の上では、その疑問に答えを出せるものは期待出来ない。
 そんなムラマサの見守る中、それぞれのハンター達は突如として眼前に現れた脅威、角竜ディアブロスへと挑みかかるのであった。


・・・
・・



「ハッ!」

 鋭い声に乗せてミハエルの双刃(そうじん)が翻り、相対するゲネポスの喉元を引き裂いた。

 ゲェと耳障りな断末魔を上げながら、横倒しに倒れるゲネポスの絶命を確認したミハエルが周りを見れば、どうやら彼の倒した者が最後であったらしく、周りに立つのは彼の仲間達のみであった。

 時間はやや少しだけ巻戻り、ここは砂漠の狩り場の南端に位置する、切り立った巨大な崖に面したかなりの広さをもったエリアである。

「みんな、怪我は無いか?」

ガンランスを背中のマウントに戻したフィオールが皆に声をかける。

「応。問題無いぜ」

 同じく、背中の鞘に器用に大太刀を納めたディーンが応え、その傍によって来たエレンも「私も大丈夫です」と、弓を折り畳んで返した。

重畳(ちょうじょう)。では、早いうちに剥ぎ取ってしまおう。ガレオス共によって来られても困るからな」

 そう言ってフィオールは、腰から剥ぎ取りナイフを取り出すと、手早く自分が倒したゲネポスの死体に突き立てた。

 それに倣って他のメンバーもそれぞれ剥ぎ取りナイフを取り出して、ゲネポスの素材を剥ぎ取る作業に入る。

 ベースキャンプを出た彼等は、そのまま広大な砂漠地帯を突っ切ってこのエリアまでやって来ていた。

 縄張(なわば)り意識の高いディアブロスの事である。

 こうして大人数で闊歩していれば、自ずと向こうから出て来るかも知れないと、このエリアまでやって来たのだが、そこで待ち受けていたのは目当ての角竜ではなく、小型鳥竜種のゲネポスの群れであった。

 同じく小型鳥竜種のランポスによく似た姿の彼等の特徴は、前足から伸びたカギ爪にある神経性の麻痺毒である。

 砂漠地帯に合わせて進化したのか、黄色を貴重とした鱗に覆われた姿をしており、長いカギ爪で傷を付けられると、その毒で身体が短期間とは言え麻痺してしまう事があるため、注意が必要な相手だ。

 獰猛な性格をしているのは、ランポス系の鳥竜種共通の特徴と言える。

 このエリアに入ったディーン達の姿を見つけた途端に、威嚇の鳴き声もそこそこに襲いかかって来たゲネポス達であったが、1対多数であるならばいざ知らず、数頭が群れたところでディーン達の敵ではなかった。

「にしても、ディアブロスってのはリオレウスよりもデカイ奴が多いんだろう? そんな野郎がホントにこの狩り場に来ているんかね? さっきっからそれらしい気配(かんじ)は全然しないけどな」

 自分の倒したゲネポスから剥ぎ取りを終えたディーンが、ボヤくように口を開く。

 立ち上がった彼の足元では、既に気の早い腐肉食虫(スカベンジャー)がゲネポスの死骸にたかりだし、あっと言う間にその骸を貪っていく様が視界に映っていた。

「焦りは禁物だぞディーン。まだクエストは開始されたばかりなんだからな」

 そうは言うフィオールではあったが、思う内容はディーンと同じであるらしく、視線は無意識に周りを見回すように動いてしまうようだ。

「まぁ確かに、少し静かだね。古龍観測所の気球も、さっき『しばし待て』の信号を送ってたみたいだし」

「まだこの狩り場に来ていないのでしょうか?」

 ミハエルもエレンも、やはり周囲を見回しながら口々に疑問の声を上げる。

 やはり、少しおかしい。

 いかな地中に潜れるディアブロスと言えど、そろそろ遭遇してもおかしくはない。
 しかし、百戦錬磨のレオニードやイルゼを加えたリコリス達のチームも含めて、未だに遭遇出来ていないなど、少々疑問である。
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