2節(3)

文字数 5,123文字

「すぐ戻って来てやる。それまで、挫けるんじゃねぇぞ」

そう言っていつもの様に頭を撫でてやると、エレンは「はい」と、勤めて力強くうなづいてくれた。

気がつけば、国王に続き、王妃や第一王女、第二王子も退室していた様だ。

ディーンが、おそらく貴族側の出入り口であろうその扉へと目を向ければ、ちょうど退出するバーネット卿と目が合った。

彼は今度こそ、隠そうともしない憎悪の表情を見せ、ディーンに一瞥をくれると、王族に続いて退出して行くのであった。

「いやはやすみませんね。離れ離れにさせてしまう様な事態にしてしまって」

 声がかかり、振り返る。
 そう言ってディーン達に話しかけてくるのは、先のコルベット・コダールであった。

「いえ、むしろ本当に助かりました。ありがとうございます」

 ミハエルが礼を述べ、皆もそれにならう。

「貴方が、ディーン君ですね? どうぞよろしくお願いします。私はコルベット・コダール。仲間内からは、頭文字(イニシャル)からココ(・・)なんて呼ばれておりますが、お好きに読んでください」

 そう言って、ディーンに右手を差し出すコルベットに応え、ディーンもその手を握り返した。

「こちらこそ、ココさん。助かったよ。俺たちだけじゃあ、彼処から状況をひっくり返せなかった」

「にしても、レオの言う通り面白い連中じゃねぇか!気に入ったぜ!俺はオズワルド・ツァイベル。気軽にオズって呼んでくれ」

 ディーンだけでなく、周りの皆にも声をかけるオズワルドは、挨拶がわりに片手を上げてがははと豪快に笑う。

 見た目と噂通り、豪快な男の様だ。
 そんなオズワルドの腰のあたりを、「うるさいぞ。少し声のボリュームを落とせ」などと言いながら、拳の裏で小突くのは、実際彼の分厚い胸板まで届かぬほどの身長の低い女だった。

「ディータ・ディリータ・ディードリッド・ツァイベル(・・・・・)よ。みんなよろしくね」

 そう言って魅力的な笑顔を見せるディータは「フルネームがやたら長ったらしいんで、みんなはDDD(トライディー)なんて呼ぶわ」と付け足した。

「あ、あの! 質問いいですか?」

 彼女の自己紹介に、ひとつ気になることがあったリコリスが、ぴょんと跳ねる様に右手を上げて申し出ると、ディータは「いいわよ。なぁに?」と聞き返す。

 エレン以上に小柄で、顔の作りは童顔だが、非常に大人びた表情をする、不思議な魅力の美女であった。

 そんな彼女に若干戸惑いながら、リコリスは己れの、いやおそらくは仲間達共通の疑問をぶつけてみるのであった。

「あの、ツァイベルって、おっしゃってましたけど……?」

「えっ!? いや、えっとぉ……」

 そう問われたディータの大人びた美貌は、一気に上気した。

「その、なんだ……まぁ」

 そこまで何とか口にしたと思うと、何と彼女は、先程の国王を前にも堂々としていた小さな美女は、自分の髪の色の様に真っ赤に染まった頰を両手で押さえると、口ごもりながらオズワルドの後ろに逃げ隠れてしまったのだ。

 あまりの急変に、一同がぽかんとする中で、ラストサバイバーズのメンバー達は笑い声をあげるのであった。

「リコリスちゃん、ごめんなぁ。ウチのディーちゃんってば、純情ちゃんでねぇ」

 くくくと腹を抱えて笑うレオであったが、抱えた腹に当のDDDが目を見張る速度で拳を打ち込み、「ぐえっ」と呻いてうずくまる。

「う、うっさいなレオ! 誰が純情だ、誰が!」

 真っ赤になって怒鳴るディータ。
 まぁ、驚くほど純情……と言うよりも初心(うぶ)な女性なのだろうが、その照れ隠しがあまりにバイオレンスな為、誰も突っ込もうとはしなかった。

 代わりに、そんなディータの様子に、オズワルドが先程の豪快な笑いと共に先程の質問に応えるのであった。

「おう! ディータは俺の嫁さん(・・・)だ」

「新婚なんですよ。お二人は」

 オズワルドがそう言い、コルベットが補足すると、ディーン達は大いに驚き、なぜか真っ赤になったディータ本人に「な、何よっ!文句あるっ!?」と怒られるのであった。

 皆それぞれの自己紹介が終わると、今後の動きを決める事となった。

 先の取り決め通り、ディーンはラストサバイバーズについて、ムラマサと共にシキの国へと向かう事となり、先の砂漠の死闘でディーンに愛剣フルミナントブレイドを壊されたイルゼも、それに同行する事となった。

 対してエレン側である。

 フィオール達はエレンと共に城塞都市内に留まる事になる。

 むしろ、ギルドの要請により、ディーンだけ連れ出せたと言った方が正しい。

 代わりに、出来うる限り彼女の側にいて王族や保守派の連中から彼女を守るのだ。

 フィオール父、フィン・マックールも彼らに協力を約束してくれた。

 近衛騎士長の位に先の英雄としての立場と、その圧倒的な支持率により、王国軍元帥以上に王国軍を指揮している上、ハンターズギルドにも太いパイプを持つマックール卿には、王家も保守派も、バーネット卿をはじめとするタカ派元老議員達も、おいそれとは口出し出来はしない。

 ついでに保守派を裏切ったコルナリーナの保護も約束してくれた。
 まずは膠着状態。

 ディーン達が帰ってくるまでに、エレンを救う方法を、皆で考えようとの結論となった。

「皆さん。私の為に、本当にありがとうございます」

 精一杯の感謝の気持ちを込めて頭を下げるエレンである。

「気にしないでよっ。ウチらが好きでやってんだから」

「そういう事ニャ!」

 声をかけるリコリスとネコチュウに、改めて礼を言うエレンだった。

「協力に感謝します、父上」

「本当に助かりましたわ、お義父様」

 こちらは、揃って頭を下げるフィオールとコルナリーナに、笑いながら「構わん」と応えるフィンである。

「息子夫婦の面倒をみるのも、親の楽しみのひとつと言うものさ」

 その言葉に、フィオールはやはり動揺し、コルナリーナは「まぁ」と笑顔を浮かべるのであった。

「じゃあ、後は頼んだぜ」

「任せておいて。ディーン君こそ、気をつけてね」

 力強く頷いてくれるミハエルに、ディーンは頷き返してから、広間の出口で彼を待つムラマサ達やラストサバイバーズの面々の方へと歩き出し、ふと立ち止まった。

 目の前に小さなお姫様が立って、こちらを見上げていたからだ。
 まるで、懇願するかの様な眼差しである。

 彼女からすれば、ディーン達は王宮から大好きな姉を連れ去ろうとしているのも同義である。

 しかし、逆に彼らが大好きな姉を連れ去ってくれなければ、当の大好きな姉が元の不幸な生活を強いられる事となるのだ。

 だから彼女は、言葉にできなかった。

 言いたいことはあった。
 言いたくないことも言わなければいけないと思った。

 しかし。

「エレンを頼むぜ、第三チビ」

 ポン、と。
 優しく頭に手を乗せ、彼女の傍を通りすぎるディーンは、ただ一言そう言うのだった。

 だが、今はそれで充分だった。
 彼女も仲間と、受け入れられた気がしたから。

「うむ! 任せるのじゃ!」

 元気よく胸を張って応えるローラ姫に、背中越しに「おう、任せた!」と返すディーンは、広間の出口で立ち止まり、一度だけ振り返る。

 思えばこの四ヶ月間、ずっと一緒だった仲間達と別れて行動するのは、初めての経験で
あった。

 ディーン自身の異常さ、異様さを受け入れてくれた、最高の仲間達。
 その一人のエレンの危機に、彼女を残して一人離れることに、後ろめたい気持ちも強い。

 だが今回の依頼(クエスト)には、時間稼ぎの意味合いもあるのだ。
 腹を決めたディーンは、後ろ髪引かれる思いを断ち切って、仲間達へと声を投げるのであった。

「じゃあなみんな!行ってくる!」

 皆はそれぞれ、声を上げて応えてくれた。

 ──そして。

「ディーンさん!」

 エレンの声が、最後に届いた。

「お気をつけて。絶対に……絶対無事に、帰ってきてください」

 両手を胸の前で組んだ彼女は、まるで祈る様であった。

 おそらく、彼女も不安なのだ。ディーン(じぶん)と離れ離れになるのが。

 だから彼は、出来る限り普段通りの不敵さで言うのであった。

「誰に言っていやがる!」

と。


・・・
・・



「行ってしまったな」

 呟くフィオールに「うん」と応えるミハエル。
 これから何日になるかはわからないが、ディーンのいない状況で、エレンを護り抜かねばならない。

 フィオールも何度か(まみ)えた事があるが、あのバーネット卿と言う男。一体何を考えているのか謎である。

 国王と同じく、エレンを王宮から出したくはない様だが、その理由は国王とは別にある様だ。
 だが、その理由が全く見当がつかない。

「フィオール君……」

 おそらく聡いミハエルの事だ、自分と同じ事を考えているのだろう。

「探りを、入れてみるか……」

 二人は頷き合うと、マックール邸へと向かう一同の後を追って歩き出す。
 エレンも、とりあえず現状は“エレン・シルバラント”としての存在を黙認される様であり、離れ屋敷へと連行される様なことはなかった。

「コル」

 彼女達に追いついたフィオールが、コルナリーナへと囁きかける。

「わかってるわ〜。マックール邸にいる間は、私とリコリスちゃんが、終始付くことにする」
「ああ、頼む」

 流石は“クロックス”である。皆まで言う必要は無いようだ。

「フィーちゃんこそ、御免なさいね。本来なら、こう言う仕事は私の分野なのに……」

「仕方あるまい。今のお前は立場上動きが取りずらいだろう。私とミハエルで動ける限り動くから、エレンさんの警護に集中してくれ」

 そう言う二つ年下の幼馴染。
 やはり、あの親にしてこの子ありである。

 隣に立つその安心感は、この一年と四ヶ月見ないうちに一段と大きくなったようにも感じる。

…まったくもう。少し見ない間に、グッといい男になっちゃうんだもの。

「お姉さん、頑張っちゃうわよ」

 そうフィオールに笑いかけるコルナリーナに、フィオールは少しだけ照れたように頷いてくれる。

 そう言うところは、相変わらず可愛いと思えるコルナリーナであった。

 一方、前を歩くエレン達である。

 フィン・マックールに案内され、城塞都市はその中心にある王城のすぐ近くに建てられたその屋敷へと向かう道すがら、リコリスやネコチュウが、エレンを元気付けようと、笑顔で彼女に語りかけており、その輪にファルローラを加え、とても華やかであった。

「何とも、息子はこんな華やかな環境にいたのか。これは、なかなか戻ってこないわけだ」

 ニヤリと笑いながら、そう言うマックール邸に「いえいえ」と応えるのはリコリスである。

「ウチは、ホント最近仲間になったばかりですよ。フィオールさんは、いつも真面目に頑張ってました。多分!」

 などと笑いながら返す。物怖じしない彼女は、英雄を前にしても同じなようだ。

「そうか。それは重畳」

 応えて笑うマックール卿。
 そんな卿に、好奇心旺盛なリコリスが、先程流れてしまった話題を、改めて問うてみる。

「あの、マックール卿? ディーン君のご両親の事なんですが……」

 流石にデリケートな話題かもしれないからか、気を使うような素振りである。

「ああ。セスとライザの件か……。そうだな……」

 問われてしばし考える素振りのマックール卿である。
 気がつけば、少し離れてついてきていた息子達も聞き耳を立てているようであった。

「いや、止しておこう。バーネット卿の言うことに従うわけでは無いが、この話は、ディーン君のいない時にするものでも無いと思うのでな」

 そう言うマックール卿の言葉に、リコリスは少なからず残念そうな顔になるが、すぐに「そうですね」と頷くと、すみませんでしたと言って普段の表情へと戻る。

 そんなこんなで賑やかな一行は、マックール邸へとたどり着き、色々あった今夜の疲れを、それぞれ癒すのであった。

 その後数日は、何事もなく過ぎ去った。

 しかし、フィオールの予感していた通り、ディーン達がシキの国へと発ってから四日後の夜中に、それは起こったのであった。
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