3節(5)
文字数 2,259文字
「……ゴメン。もう、大丈夫」
仰向けに寝っ転がっていた体制からむくりと上半身を起こし、目尻に残った涙を拭いながら、リコリスが口を開いたのは、それからほんのすこしした後だった。
よっ、と。
勤めて軽い声で、ポンと飛び起きると、「余計な手間をかけさせちゃったね」と言って二人に頭をさげる。
「いえ、いいんです」
そう言ってエレンが未だに悲しそうな顔を向けるが、これ以上心配はいらないという意思を込めて頷き返す。
エレンはまだ心配そうな顔をしていたが、本人がそう言う以上、余計な気遣いなどはしなかった。
「じゃあ、出発しようか。どうやらベースキャンプ前のエリアには、アイツはやってきていないみたいだけど、近くに居るのは間違いないから」
風に乗って漂ってくるペイントボールの匂いを感じながら言うミハエルに、二人の少女はうなづいて返した。
「そう言えばリコリス。今更で悪いんだけど、君のデスパライズ」
「わかってる。多分、イルゼさんが使ってるんでしょ? 大丈夫」
応えてリコリスは、腰のポーチの脇に吊っていた剥ぎ取り用の大振りなナイフをスラリと抜いてみせ「ガレオスくらいなら、コイツで戦えるよ」とうそぶいてみせた。
「オーケー。じゃあ急ごう」
言って移動を開始するミハエルに続き、エレンとリコリスも走り出すのだった。
セクメーア砂漠のベースキャンプ前のエリアは、周囲を岩山や小高い砂丘に囲まれたかなり広いエリアである。
現代の読者諸君に広さを伝えるには、おおよそ野球場並みの広さがあると伝えれば、イメージはつかみやすいだろうか。
ディーン達がイビルジョーと交戦しているエリアは、このエリアの北側にあり、岩山が集まっている。
ベースキャンプはこの岩山の境目、大型のモンスターが入り込めない位置に陣取られている。
そこに入ってしまえば、少なくともしばらくは安全だ。
ミハエル達は、ベースキャンプの北側エリアからぐるりと砂漠の狩場を遠回りし、南側へまわってからこのエリアへとやってきた形だった。
「えっ?」
最初に気がついたのは、弓矢を扱うためか、遠くを見渡す癖のついているエレンであった。
「どうしたの?」
不意に立ち止まってしまったエレンに、怪訝な顔でリコリスが尋ねる。
そんな彼女の問いに、「あれは」と指をさすエレンの視線の先に違和感の正体が鎮座していた。
「……水晶?」
目を凝らしたミハエルが“ソレ”を遠目にみとめてつぶやく。
「あんな大きな水晶なんて、昼間はありましたでしょうか?」
問うエレンであるが、聞かれるまでもなくそんなモノは無かった。
第一、こんな砂漠のど真ん中に、しかも、周りに何もない砂の上に不自然に巨大な水晶が現れたのである。
異常としか言いようがない。
「……何だろう? かなりの大きさだけど、灰水晶の結晶体かな?」
自身なさげに言うリコリスだが、砂漠地帯で灰水晶が採取されたなんて話は聞いたことがない。
「わからないけど。それにしたってあれだけのサイズの水晶が、たかだか半日程度で発生するなんて……」
口に出したところで、疑問の答えが返ってくるわけでもない。
三人は、どちらにしても進行方向にあるその水晶に近づいていった。
「かなり、大きいですね」
近くにつれて、その水晶の巨大さが顕著にわかる。身の丈以上だ。
「うん。一体これ……」
言ってリコリスが水晶に恐る恐る近づいて、触れてみようとした、その時であった。
──ミシ。
「「!?」」
一瞬硬質な音がしたかと思うと、突然リコリスの眼の前の水晶が“立ち上がった”。
いや、近くにいた彼らの目には、急に巨大な水晶が立ち上がった様に見えたのだが、実際は違う。
水晶の下から黒い硬質なモノは現れ伸び上がったのだ。
更に驚くべきことにその伸び上がったモノは、ぶうんと大きく“しなり”、先端に着いた巨大な水晶を無造作に、且つ無作為に何度も地面に叩きつけ出したのだ。
だん! だん! だん! と恐ろしい音を立てて地面に打ち据えられる水晶体。
もしそれに巻き込まれようものならば、人間なぞ瞬く間に肉塊に帰られてしまうだろう。
咄嗟にミハエルに身体ごとぶつかられてその場を離れることができなければ、水晶体に触れようとしていたリコリスもそうなっていたに違いない。
「なっ!?」
そして、たまたま少し離れた場所にいたエレンは目の当たりにする。
縦横無尽に、まるで鞭の様に振り回された水晶体が落ち着いたかと思うのも束の間、水晶体がそこから伸びた黒く太い硬質な何かに引きずられる様にして地面に潜ったかと思うと、その不気味な水晶体の正体、否、本体が砂の大地を割って現れたのだ。
「あ、アイツはっ!?」
二人して倒れ組む様にして難を逃れたリコリスが、救ってくれたミハエルに助け起こされ、自分に奇襲をかけたモノの正体を見て驚愕する。
「知ってるのかい?」
既に臨戦態勢をとったミハエルが、緊張感を伴った声で問いかける。
「うん。ウチもギルドナイトをしているルークに資料を見せてもらっただけだから、実物を見るのは初めてだけど……」
応える彼女の声にも、否応なしに緊張感をまとう。
「ホントに、ツイテナイにも程があるよ……」
思わず弱音が口からこぼれるが、実際そうでもないとやっていられなかった。
仰向けに寝っ転がっていた体制からむくりと上半身を起こし、目尻に残った涙を拭いながら、リコリスが口を開いたのは、それからほんのすこしした後だった。
よっ、と。
勤めて軽い声で、ポンと飛び起きると、「余計な手間をかけさせちゃったね」と言って二人に頭をさげる。
「いえ、いいんです」
そう言ってエレンが未だに悲しそうな顔を向けるが、これ以上心配はいらないという意思を込めて頷き返す。
エレンはまだ心配そうな顔をしていたが、本人がそう言う以上、余計な気遣いなどはしなかった。
「じゃあ、出発しようか。どうやらベースキャンプ前のエリアには、アイツはやってきていないみたいだけど、近くに居るのは間違いないから」
風に乗って漂ってくるペイントボールの匂いを感じながら言うミハエルに、二人の少女はうなづいて返した。
「そう言えばリコリス。今更で悪いんだけど、君のデスパライズ」
「わかってる。多分、イルゼさんが使ってるんでしょ? 大丈夫」
応えてリコリスは、腰のポーチの脇に吊っていた剥ぎ取り用の大振りなナイフをスラリと抜いてみせ「ガレオスくらいなら、コイツで戦えるよ」とうそぶいてみせた。
「オーケー。じゃあ急ごう」
言って移動を開始するミハエルに続き、エレンとリコリスも走り出すのだった。
セクメーア砂漠のベースキャンプ前のエリアは、周囲を岩山や小高い砂丘に囲まれたかなり広いエリアである。
現代の読者諸君に広さを伝えるには、おおよそ野球場並みの広さがあると伝えれば、イメージはつかみやすいだろうか。
ディーン達がイビルジョーと交戦しているエリアは、このエリアの北側にあり、岩山が集まっている。
ベースキャンプはこの岩山の境目、大型のモンスターが入り込めない位置に陣取られている。
そこに入ってしまえば、少なくともしばらくは安全だ。
ミハエル達は、ベースキャンプの北側エリアからぐるりと砂漠の狩場を遠回りし、南側へまわってからこのエリアへとやってきた形だった。
「えっ?」
最初に気がついたのは、弓矢を扱うためか、遠くを見渡す癖のついているエレンであった。
「どうしたの?」
不意に立ち止まってしまったエレンに、怪訝な顔でリコリスが尋ねる。
そんな彼女の問いに、「あれは」と指をさすエレンの視線の先に違和感の正体が鎮座していた。
「……水晶?」
目を凝らしたミハエルが“ソレ”を遠目にみとめてつぶやく。
「あんな大きな水晶なんて、昼間はありましたでしょうか?」
問うエレンであるが、聞かれるまでもなくそんなモノは無かった。
第一、こんな砂漠のど真ん中に、しかも、周りに何もない砂の上に不自然に巨大な水晶が現れたのである。
異常としか言いようがない。
「……何だろう? かなりの大きさだけど、灰水晶の結晶体かな?」
自身なさげに言うリコリスだが、砂漠地帯で灰水晶が採取されたなんて話は聞いたことがない。
「わからないけど。それにしたってあれだけのサイズの水晶が、たかだか半日程度で発生するなんて……」
口に出したところで、疑問の答えが返ってくるわけでもない。
三人は、どちらにしても進行方向にあるその水晶に近づいていった。
「かなり、大きいですね」
近くにつれて、その水晶の巨大さが顕著にわかる。身の丈以上だ。
「うん。一体これ……」
言ってリコリスが水晶に恐る恐る近づいて、触れてみようとした、その時であった。
──ミシ。
「「!?」」
一瞬硬質な音がしたかと思うと、突然リコリスの眼の前の水晶が“立ち上がった”。
いや、近くにいた彼らの目には、急に巨大な水晶が立ち上がった様に見えたのだが、実際は違う。
水晶の下から黒い硬質なモノは現れ伸び上がったのだ。
更に驚くべきことにその伸び上がったモノは、ぶうんと大きく“しなり”、先端に着いた巨大な水晶を無造作に、且つ無作為に何度も地面に叩きつけ出したのだ。
だん! だん! だん! と恐ろしい音を立てて地面に打ち据えられる水晶体。
もしそれに巻き込まれようものならば、人間なぞ瞬く間に肉塊に帰られてしまうだろう。
咄嗟にミハエルに身体ごとぶつかられてその場を離れることができなければ、水晶体に触れようとしていたリコリスもそうなっていたに違いない。
「なっ!?」
そして、たまたま少し離れた場所にいたエレンは目の当たりにする。
縦横無尽に、まるで鞭の様に振り回された水晶体が落ち着いたかと思うのも束の間、水晶体がそこから伸びた黒く太い硬質な何かに引きずられる様にして地面に潜ったかと思うと、その不気味な水晶体の正体、否、本体が砂の大地を割って現れたのだ。
「あ、アイツはっ!?」
二人して倒れ組む様にして難を逃れたリコリスが、救ってくれたミハエルに助け起こされ、自分に奇襲をかけたモノの正体を見て驚愕する。
「知ってるのかい?」
既に臨戦態勢をとったミハエルが、緊張感を伴った声で問いかける。
「うん。ウチもギルドナイトをしているルークに資料を見せてもらっただけだから、実物を見るのは初めてだけど……」
応える彼女の声にも、否応なしに緊張感をまとう。
「ホントに、ツイテナイにも程があるよ……」
思わず弱音が口からこぼれるが、実際そうでもないとやっていられなかった。