1節(2)

文字数 4,951文字

「私がエレンシア様をあの場から……いいえ。違うわね。あの王国から逃がしたかったのはね……」

 意を決して語り出したコルナリーナからは、先程からのどこか抜けたような空気は薄れていた。

「エレンシア様側に問題が……と言うか、エレンシア様の身内に、問題人物がいるからなの」

 そこまで言うと、コルナリーナが一旦間を置いて、鉄格子の中の面々を見渡すと問いただす様に言った。

「さっきも聞いたかもしれないけど、ここから先は、よりヘヴィな内容になるの。話を聞くからには覚悟して。守秘義務程度じゃ、済まなくなるわよ?」

 その眼は、今までの緩い雰囲気を取り払った、真摯なものであった。

 対するディーン達といえば、相変わらずの大胆不敵さだ。

「誰に言っていやがる」

 とディーンが言えば。

「無論だ」

 とフィオール。

「あったりまえでしょ! エレンはウチの友達なんだから!」
「にゃんぷし!」

リコリスが握り拳を作って見せれば、ネコチュウだってそれにならった。

「第一、エレンちゃんの出生について聞いた時点で、ただでは帰す気無いでしょう?」

 と、冷静に返すのはミハエルであった。

「違いないな。私達以外にあの時ギルドにいた者は少ないが、彼等も拘束しているのだろう?」

 フィオールが便乗すると、コルナリーナは「あはは〜。確かに、愚問でしたね〜」などと、一瞬だけ今までのふわっとした口調になるが、続く言葉ではすぐに引き締まったものになっていた。

「フィーちゃんなら、バーネット卿の事は知ってるね?」

 視線をフィオールに限定して、問いかけるコルナリーナ。

 フィオールは頷いて肯定すると、数秒後に何かに気づいた様に目を見開いた。

「まさか、あの崇龍(ドラクル)子爵(ししゃく)が!?」

 フィオールの驚きの声に、コルナリーナが頷く。

「そうだよ。ルドルフ・シルフィ・バーネット卿は、エレンシア様の伯父上に当たるの。これが意味すること、わかる?」

 正直なところ、フィオール以外はチンプンカンプンだったが、それでもあの普段は沈着冷静なフィオールがこれ程同様している様を見れば、そのバーネット卿が穏やかに語れる人物では無いと物語っていた。

「私はてっきり、とっくに異端審問にでもかけられているものと思っていたんだがな…」

「フィーちゃんはずっと修行ばっかりだったからね」

 そう言って一瞬だけ苦笑するコルナリーナ。だが、再び表情を引き締めて言葉を紡ぐ。

「むしろ逆なの。調度フィーちゃんがお屋敷を飛び出した頃かな?バーネット卿はどんな魔法を使ったのか、元老院議員達の中から特に発言権の強い貴族を次々に味方に付けだしたの。今じゃ、子爵の身分にもかかわらず、国王への発言すら平然と行なっているわ。だからこそ、エレンシア様の存在が、現国王の権威を脅かす要因となってきてしまったの」

「ちょ、ちょっとまった!」

 ここまで来て、流石に理解の限界を超えたディーンが悲鳴をあげた。

「悪りぃが王宮内の権力だのなんだのって、俺みたいな平民には理解できないぜ。第一、そのバーネット卿ってのは、どんなヤツなんだよ?」

 ディーンの疑問は最もである。
 もし彼が、辺境の地でハンターをやっておらず、本土で暮らしていた場合は、知っていたかもしれない。


ルドルフ・シルフィ・バーネット子爵。


 通称、崇龍(ドラクル)子爵と呼ばれる男は、それこそ辺境の地に住まう者にはあまり知られてはいないが、本土、つまりは王都の人間であれば小さな子供までが知る人物である。

 平民から一代で子爵の位まで成り上がり、その豊富な知識で王都の対大型モンスターへの防衛設備、王都民の安全な避難経路の確保や、辺境のハンターズギルドへの速やかな連携を取るためのコネクションなど、現在の王都“城塞都市ヴェルド”を人からもモンスターからも護る、難攻不落の(みやこ)へと発展させた傑物ではある。

「スゴイ人ニャ」

 説明を受けたネコチュウが感心した声をあげる。

 だが、ここまで聞けば、彼に対する評価は普通に高いはずである。コルナリーナが問題人物などとは言わず、フィオールがそれに同意する様な素振りを見せるはずがない。

「確かに、バーネット卿の功績は偉大だ。だが、王宮内では彼の事はこう呼ばれている。“狂人(・・)崇龍(ドラクル)子爵”とな」

 フィオールの言葉は、明らかに隠さぬ嫌悪があった。

狂人(・・)ってのは、ちょっと穏やかじゃないね」

 ミハエルが少しだけ眉根を寄せる。

「そうね。表だってそう言う人は流石に居ないわ。一応、王政を敷く王都だもの。公然と貴族に暴言を吐いて不敬罪に問われる様な事は誰もしないわ。それに、政治に疎い王都民の間では、今でも彼は偉人で通っているしね。でも、貴族階級以上や軍の人間なんかからは、裏では狂人として通っているの」

 コルナリーナがフィオールの説明を引き継ぐが、彼女のバーネット卿への感情も、フィオールと同様の様であった。

「バーネット卿が狂人扱いされるのには理由があってな。彼の打ち出した王都の防衛政策が、度を過ぎて常軌を逸していたからだ」

「度を過ぎて? 攻めるのならともかく、常軌を逸した防衛手段って、一体何なの?」

 フィオールの言葉に、リコリスが疑問を投げかける。
 しかし、フィオールに代わり、その疑問に答えたコルナリーナのその内容に、その場の誰もが驚きを隠せなかった。


「“辺境の地を跋扈(ばっこ)する大型モンスターを操って、王国の護りとする”」


 一瞬、コルナリーナが言った言葉の意味を、ディーン達は理解できなかったが、数秒後に、彼らは一斉に声をあげた。


「「「はぁっ!?」」」


綺麗にハモる疑問の声。

「何ソレ?」
「じゃあ何か? 例えばリオレウスを操って、戦争とかになった時に戦わせようってのか?」

リコリスが信じられないとばかりに言い、ディーンがそれを引き継いでコルナリーナへと問いかける。

 問われたコルナリーナは、「まぁ、そう言う反応になるわよねぇ」と苦笑を浮かべるばかりだ。

「そんな事、できるとは思えないよ」

 ミハエルがそう呟く。
 ハンターを生業とする彼らからすれば、バーネット卿の政策は、まさに狂人の妄言でしかない。

 大型モンスター相手に、調教や理屈など通用しないのだ。

 ミナガルデやドンドルマといった大都市などで行われる、捕獲されたモンスターを放つ闘技場での公開狩猟(ショー)とは違うのである。

 闘技場の場合は、ただ単に眼前にハンターが現れたから、モンスターが襲いかかるだけである。

 もしも同様に捕獲した大型モンスターを王都を防衛目的で解放したとなれば、モンスターの牙と爪は、防衛するはずの王都の民へと振り下ろされるに違いない。

「当然。誰一人として、バーネット卿の政策を支持なんてしなかったの……。でも、ここ一、二年の間に、かなり有力な元老議員達がこぞってバーネット卿を支持しだした……」

 コルナリーナの言うには、ある日急に、今までの一笑に付していた元老議員が手のひらを返した様にバーネット卿を支持しだしたのだ。

 曰く『バーネット卿の研究により、彼の提唱する政策が現実味を帯びてきた為』との事だが、バーネット卿本人を含め、元老議員の誰もが当の研究成果とやらを秘匿としており、王家にすら報告をあげていない。

「そんな中、流れてきた噂があって、それが原因でエレンシア様の身に危険が及ぶ恐れが出てきたの」

「噂?」

 フィオールが初耳だとばかりに問いかけると、ひとつ頷いたコルナリーナは答えを返す。

「“バーネット卿が自身の姪。つまりはエレンシア姫を世間に公表させ、後見人としての王族入りを画策している”という噂。誰が言い出したか、何処から漏れたのかはわからないけれど、王家と保守派を必要以上に警戒させるには充分だった」

「そんで、万が一“そうなる可能性がある”って事で、エレンを亡き者にしようとした……って事か?」

 糞野郎が。
 とディーンが低い声で呟く。

 コルナリーナは「本当にそのつもりかどうかは、今となってはわからないけれどね」と、肩をすくめてみせた。

「実際、エレンシア様を追跡していた部隊は、フラヒヤ山脈手前で消息をたったらしく、誰がどの目的で、エレンシア様を追わせたのかは、わからなくなってしまったわけだけどね〜」

 その部隊はディーンに叩きのめされた後、哀れにも轟竜ティガレックスの餌食になってしまった。
 その旨をフィオールから聞いたコルナリーナは、「道理で」と納得していた様子だった。

「どいつもコイツも、とんだクソッタレ共だな。エレンをなんだと思ってやがる」

 ディーンが自身の左掌(ひだりてのひら)に右拳を打ち付けて、怒りを露わにする。
 短気な様に見えて、実際短気なディーンだが、本気で怒る時は案外激昂しない。

 今回の様に、瞳の奥に青白い炎を燃やすのだ。

「国王も国王だが、そのバーネットって野郎も気にくわねぇな。自分の娘だし、姪じゃねぇか。まるで置き物だか道具みたいに扱いやがって……」

 ギリっと奥歯を噛みしめるディーンを見たコルナリーナは、「仕方ないわ」とため息混じりに言うのである。

「貴族の女児なんて、ほとんど政治の道具みたいなものよ。政略結婚と言う名の貢物だったり、着飾って国民に手を振るだけの置き人形だったり、ね」

「そう言う割には、だいぶエレンさんの為に働いている様だなビスカヤー?さっき小耳に挟んだが、“クロックス”の名を賜姓(しせい)されたそうじゃないか」

 コルナリーナの言い分に一瞬カッとなったディーンが、座席から腰を浮かそうとするのを肩を押さえて静止させたフィオールが、彼女にしては冷たい物言いのコルナリーナへと問いかけた。

 余談だが賜姓(しせい)とは、古来日本にあった制度であり、王国でも同じ制度を使っている。
 皇族より名誉ある姓を頂戴することによって、それなりの役職につくといったものである。

 彼女が授かったのは“クロックス”。

 元々は(ワニ)を意味する言葉だが、転じて要人に仇なすものに喰らい付く牙となる様、王族などの侍従へと贈られるものであり、その職務は身の回りの世話以上に、身辺警護を重きとする。実は中々の地位を保証されるものなのだ。

「当然。“クロックス”であるお前も、エレンさんの“暗殺”に“関わって”いるはずなのに、何故自分の直属の組織の目的に反する?」

 フィオールの言い分に、今にも鉄格子を蹴破ってコルナリーナに掴みかかろうとしていたディーンが、驚いて振り返る。

「どういうことだい?」

 ミハエルも驚いた表情で、フィオールへと問う。

「“クロックス”を賜姓するのは王族だが、当然王が独断で行う訳ではない。実質は執政官や元老院などが取り決めて、王が決をくだす。恐らく、王位継承権を持たない“エレンシア姫”の侍従に“クロックス”を付けると言うことは……」

「身辺警護が本来の目的ではなく、王家の害になる様なら……って事?」

 フィオールの言葉から、リコリスがその続きを口にすると、フィオールは肯定の意味で頷く。

「そんニャ……」

 あんまりであるとばかりに、ネコチュウが口をつき、ディーンが舌打ちする。

「で、当然お前にも来たんだろう?“エレンシア姫暗殺の命”が。だが、お前はそれを実行しなかったばかりか、エレンさんを辺境へと逃した……」

 そこまで言うと、フィオールは視線だけで『どういうつもりだ?』と問いかける。
 しばらく黙ってその視線を受けていたコルナリーナであったが、やがて自身の沈黙に耐えきれなくなったのか「むぅ」と可愛らしく言うと、普段の彼女がそうである様に、柔らかい表情に戻り、言うのであった。

「フィーちゃんてば……相っ変わらず、可愛くないんだから……」
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