恵人の編17

文字数 449文字

 するとそこに、「仙人たちが戻ってくる前にさあ、早く食べちまえよ」と耳元に息を吹き込むかのように、けしかけてきた。恵人はその囁き男をすぐさま追い払おうとすると、今度は別の声が聞こえてきた。いまはその声に従うべきだよ」と脳だけでなく口や食道、胃袋たちも賛同してきた。
 デパートやスーパーマーケットの試食コーナーで、恵吾と二人で試食を手伝ったように、完熟している果実たちのせっかくのお誘いなら、ここは素直に受け入れるべきではないのか、との口たちの意見を今度はあっさりと受け入れて、赤く熟した葡萄の房の目前に近づき右手をまっすぐ伸ばしかけたときだった。
 以外にも早く仙人たちが宮殿を出てくるのが、房と葉っぱの合間から見えた。
「ほらあ~、もたもたするから、食べそこなったぞ!」と胃袋たちの不満の声を耳にしながら、考えてみれば周りの秋色にそぐわない、季節外れの不自然に完熟した果実の前を離れて、恵人は慌てて門前に駆け寄って2人を出迎えた。 
 すると、仙人の後に続いて出てきた、沢口の異変に気付いた。
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